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レビュー

西村京太郎が贈る、極上の謎と旅風景。鉄道や船で日本各地に舞台が広がる多彩な6編『裏切りの中央本線』

文庫巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。

(解説者:山前 譲 / 推理小説研究家)

 西にしむらきようろう氏の最初の作品である「黒の記憶」が推理小説専門誌「宝石」に発表されたのは、一九六一年二月のことだった。その半世紀以上にもなる創作活動のあいだに発表された、がわ警部シリーズを中心とするぼうだいな数の作品群については、今さら多くを語る必要はないはずだ。

 西村作品を読んで日本各地を紙上旅行で楽しみ、そして作品に誘われて実際に旅した人はたくさんいるだろう。今、外国人観光客の急増が話題になっているが、その目的地はずいぶん多彩である。日本人が見逃していたような所が、人気の観光スポットになっていたりする。それだけまだ、我々には未知の旅の目的地があるということだが、西村作品はいつも旅の指針となってくれるに違いない。

 全六作が収録されたオリジナル編集の『裏切りの中央本線』もまた、西村氏の短編による紙上旅行だ。


西村京太郎『裏切りの中央本線』(角川文庫)


 表題作の「裏切りの中央本線」(「小説現代」一九八六・四)は警視庁捜査一課十津川班の西本刑事の活躍である。久しぶりに休暇がとれたので今度の日曜日、信州のまつもとに行くと、大学時代の友人の崎田に話した。すると、自分もてんりゆうきようへ行くことにしていたから、そして相談することがあるから、一緒の列車で行こうと持ちかけてきた。

 そして日曜日の一〇時二八分、ふたりはしん宿じゆく駅から松本行きの急行「アルプス3号」で出発する。併結している「こまがね3号」がいい線の飯田まで行くので、崎田は切り離し駅のおかでそちらに乗り換えるという。

 彼の相談は、サラリーマンには向いていないことが分かったので、小説家を目指そうかというものだった。あまり適切なアドバイスのできなかった西本だが、学生時代の思い出話に花を咲かせているうちに、次の駅が岡谷となった。「こまがね3号」に移動する崎田を見送り、西本は一四時〇五分、松本駅に着いた。ところがホームが騒がしい。なんと「アルプス3号」の6号車のトイレで、死体が発見されたという……。物語の後半はその「アルプス3号」を巡ってのアリバイ崩しがたんのうできる。

 東京とを結んでいる中央本線は、しおじり以東を中央東線、以西を中央西線と呼んで区別しているが、「アルプス」は中央東線を代表する急行だった。走りはじめたのは一九五二年で、一九六〇年に急行となる。一時期は新宿・松本間の唯一の急行として十往復以上運行されていた。やがて次第に特急「あずさ」に取って代わられ、一九八六年には夜行のみとなってしまう。そして、二〇〇二年に定期列車としての運行はなくなった。

 国鉄時代にはビュッフェ車が連結されていて、信州そばもメニューにあったという。その「アルプス」の車窓からの風景を、この短編では楽しめる。西村作品には「急行アルプス殺人事件」(一九九二 角川文庫同題短編集に収録)と題された短編があり、「アルプス」が事件の目撃者といえる役割を果たしていた。なお、「こまがね」も一九八六年に廃止されている。

「トレードは死」(「小説現代」一九八〇・三)もまたアリバイの謎だが、トリックのかぎを握っているのは東海道新幹線だ。大阪のホテルでプロ野球の元投手で今はラジオ解説者の矢代が殺される。東京センチュリーズでピッチングコーチを務めている田島は、矢代から即戦力のピッチャーに関する極秘の情報を得て、後に裏工作を依頼していた。そしてその日、彼と大阪で会うため、東京発の新幹線に乗ったのだが……。

 西村作品の愛読者なら、作者がプロ野球好きらしいと推理することは簡単だったに違いない。長編に『消えた巨人軍ジヤイアンツ』(一九七六)、『消えたエース』(一九八二)、『日本シリーズ殺人事件』(一九八四)があり、短編にも「マウンドの死」(一九六四)、「ナイター殺人事件」(一九七八)、「サヨナラ死球」(一九七九)、「超速球150キロの殺人」(一九七九)、「審判員アンパイア工藤氏の復讐」(一九八〇)などがあるからだ。本書収録の「トレードは死」ではプロ野球界ならではの駆け引きが興味をそそる。

 西村氏は、トラベル・ミステリー中心の創作活動になる前に、島巡りを趣味にしていた時期があった。それは一九七〇年前後のことで、まさに島国らしいテーマの社会派推理『ハイビスカス殺人事件』(一九七二)や海底での密室殺人とアリバイの謎がトリッキィな『伊豆七島殺人事件』(一九七二)といった長編のほか、「南神威島」(一九六九)、「アカベ・伝説の島」(一九七一)、「若い南の海」(一九七二)、「死霊の島」(一九七六)などの作品に結実している(架空の島を舞台にしたものもあるが)。十津川警部シリーズの海洋ものである『消えたタンカー』(一九七五)や『消えた乗組員クルー』(一九七六)もその延長線上にあると言えるかもしれない。

 本書収録の「幻の魚」(「新評」一九七六・二)と「石垣殺人行」(「小説宝石」一九七七・七)もまた、島を舞台にした作品である。
「幻の魚」は西村作品では珍しい釣りミステリーだ。幻の魚と言われるイシダイを釣ろうと訪れた諸島のしき島で、挿絵画家が殺人事件に巻き込まれている。イシダイ釣りのだいは引きにあるそうで、最初のアタリは軽いのに、最後は竿さおをひったくるように泳ぐという。

 東京から高速ジェット船で約三時間の式根島は、波の穏やかなリアス式海岸が磯釣りに適しているとのことで、五十センチクラス、七キロ超のイシダイが釣れることもあるようだ。もちろんそうそう簡単に釣れるものではないことは、「幻の魚」が語っている。

 一方、なん西せい諸島やま列島のいしがき島が舞台となっているのが「石垣殺人行」だ。東京から飛行機で沖縄本島へ、そしてさらに飛行機を乗り継いで、岡田夫妻が訪れている。それは典型的な観光旅行だったが、夫は邪悪な意志を抱いていた。なかなか離婚してくれそうにない妻を、事故に見せかけて殺そうと……。

 石垣島は沖縄本島から四百十キロほど離れている。ところが台湾からは約二百七十キロの距離だ。亜熱帯海洋性気候で、年平均気温は二十四度ほどである。美しいビーチなど、島の魅力はこの短編でたっぷり語られている。二〇一三年には新石垣空港(愛称は「ぱいぬ島 石垣空港」日本最南端の空港!)が開港し、交通の便はさらに良くなった。東京、名古屋、大阪、福岡からの直行便も運行されている。

 本土から遠く離れた島はいわば海の密室で、ミステリーの舞台としてじつにそそられる。だが、鉄道は走っていない。沖縄本島にモノレールが開通したときには『十津川警部「オキナワ」』(二〇〇四)が書かれたが、いわゆるトラベル・ミステリーの時代になって書かれた十津川シリーズでは、島ものは少ない。それでも「初夏の海に死ぬ」(一九九四)には、亀井刑事とともに石垣島を訪れる十津川の姿があった。

 国内外から多くの観光客が訪れる京都で事件が起こっているのは、「水の上の殺人」(「週刊小説」一九八〇・七・二五)である。京都の夏の風物詩がかもがわ納涼床、いわゆる「川床」だ。鴨川に向かって床を張りだし、涼をとりながら食事をしたりする。

 その日、京菓子「おたふく」の店主のあきやまとくさぶろうたちが、ぽん町通りの料亭の「まんげつてい」で懐石料理を楽しんでいた。食べ終えて帰ろうとしたとき、一行のひとりが手すりにもたれるようにかわを見下ろしていた。少し酔ったらしい。徳三郎らは先に帰ったが、なんとその五十五、六の男はナイフで刺し殺されていた!

 京都を舞台にしたものには、この短編のほか、「夜行列車『日本海』の謎」(一九八二)、あるいは長編に『京都感情旅行殺人事件』(一九八四)などが一九八〇年代に書かれているけれど、西村作品で京都がよく取り上げられるようになったのは一九九〇年代後半からだ。

『京都 恋と裏切りの嵯峨野』(一九九九)、『京都駅殺人事件』(二〇〇〇)、爆破事件である『祭ジャック・京都祇園祭』(二〇〇三)、『京都感情案内』(二〇〇五)、『十津川警部 京都から愛をこめて』(二〇一一)、『京都嵐電殺人事件』(二〇一一)、『Mの秘密』(二〇一二)といった長編、そして短編の「冬の殺人」(一九九九)や「雪の石塀小路に死ぬ」(一九九九)がある。二十年ほど住んでいただけに、いにしえの都の描写は細かい。

 最後の「死への旅『奥羽本線』」(「オール讀物」一九八四・二)は珍しい亀井刑事単独の事件簿である。奥羽本線の夜行列車で秋田へ向かった矢野みどりが、姿を消してしまったのが発端である。彼女と結婚の約束をしていた高見には、四十五、六歳の平凡な男で、頼りになるとは思えなかったようだが、鉄壁のアリバイを見事に解き明かす亀井だ。

 鉄道アリバイもの二作に十津川警部シリーズとはひと味違った四作と、日本各地を舞台にした、西村京太郎氏の多彩な短編ミステリーを楽しめる『裏切りの中央本線』である。

西村京太郎裏切りの中央本線』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/321906000189/


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