文庫巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。
(解説者:山前 譲 / 推理小説研究家)
西村作品を読んで日本各地を紙上旅行で楽しみ、そして作品に誘われて実際に旅した人はたくさんいるだろう。今、外国人観光客の急増が話題になっているが、その目的地はずいぶん多彩である。日本人が見逃していたような所が、人気の観光スポットになっていたりする。それだけまだ、我々には未知の旅の目的地があるということだが、西村作品はいつも旅の指針となってくれるに違いない。
全六作が収録されたオリジナル編集の『裏切りの中央本線』もまた、西村氏の短編による紙上旅行だ。
表題作の「裏切りの中央本線」(「小説現代」一九八六・四)は警視庁捜査一課十津川班の西本刑事の活躍である。久しぶりに休暇がとれたので今度の日曜日、信州の
そして日曜日の一〇時二八分、ふたりは
彼の相談は、サラリーマンには向いていないことが分かったので、小説家を目指そうかというものだった。あまり適切なアドバイスのできなかった西本だが、学生時代の思い出話に花を咲かせているうちに、次の駅が岡谷となった。「こまがね3号」に移動する崎田を見送り、西本は一四時〇五分、松本駅に着いた。ところがホームが騒がしい。なんと「アルプス3号」の6号車のトイレで、死体が発見されたという……。物語の後半はその「アルプス3号」を巡ってのアリバイ崩しが
東京と
国鉄時代にはビュッフェ車が連結されていて、信州そばもメニューにあったという。その「アルプス」の車窓からの風景を、この短編では楽しめる。西村作品には「急行アルプス殺人事件」(一九九二 角川文庫同題短編集に収録)と題された短編があり、「アルプス」が事件の目撃者といえる役割を果たしていた。なお、「こまがね」も一九八六年に廃止されている。
「トレードは死」(「小説現代」一九八〇・三)もまたアリバイの謎だが、トリックの
西村作品の愛読者なら、作者がプロ野球好きらしいと推理することは簡単だったに違いない。長編に『消えた
西村氏は、トラベル・ミステリー中心の創作活動になる前に、島巡りを趣味にしていた時期があった。それは一九七〇年前後のことで、まさに島国らしいテーマの社会派推理『ハイビスカス殺人事件』(一九七二)や海底での密室殺人とアリバイの謎がトリッキィな『伊豆七島殺人事件』(一九七二)といった長編のほか、「南神威島」(一九六九)、「アカベ・伝説の島」(一九七一)、「若い南の海」(一九七二)、「死霊の島」(一九七六)などの作品に結実している(架空の島を舞台にしたものもあるが)。十津川警部シリーズの海洋ものである『消えたタンカー』(一九七五)や『消えた
本書収録の「幻の魚」(「新評」一九七六・二)と「石垣殺人行」(「小説宝石」一九七七・七)もまた、島を舞台にした作品である。
「幻の魚」は西村作品では珍しい釣りミステリーだ。幻の魚と言われるイシダイを釣ろうと訪れた
東京から高速ジェット船で約三時間の式根島は、波の穏やかなリアス式海岸が磯釣りに適しているとのことで、五十センチクラス、七キロ超のイシダイが釣れることもあるようだ。もちろんそうそう簡単に釣れるものではないことは、「幻の魚」が語っている。
一方、
石垣島は沖縄本島から四百十キロほど離れている。ところが台湾からは約二百七十キロの距離だ。亜熱帯海洋性気候で、年平均気温は二十四度ほどである。美しいビーチなど、島の魅力はこの短編でたっぷり語られている。二〇一三年には新石垣空港(愛称は「
本土から遠く離れた島はいわば海の密室で、ミステリーの舞台としてじつにそそられる。だが、鉄道は走っていない。沖縄本島にモノレールが開通したときには『十津川警部「オキナワ」』(二〇〇四)が書かれたが、いわゆるトラベル・ミステリーの時代になって書かれた十津川シリーズでは、島ものは少ない。それでも「初夏の海に死ぬ」(一九九四)には、亀井刑事とともに石垣島を訪れる十津川の姿があった。
国内外から多くの観光客が訪れる京都で事件が起こっているのは、「水の上の殺人」(「週刊小説」一九八〇・七・二五)である。京都の夏の風物詩が
その日、京菓子「おたふく」の店主の
京都を舞台にしたものには、この短編のほか、「夜行列車『日本海』の謎」(一九八二)、あるいは長編に『京都感情旅行殺人事件』(一九八四)などが一九八〇年代に書かれているけれど、西村作品で京都がよく取り上げられるようになったのは一九九〇年代後半からだ。
『京都 恋と裏切りの嵯峨野』(一九九九)、『京都駅殺人事件』(二〇〇〇)、爆破事件である『祭ジャック・京都祇園祭』(二〇〇三)、『京都感情案内』(二〇〇五)、『十津川警部 京都から愛をこめて』(二〇一一)、『京都嵐電殺人事件』(二〇一一)、『Mの秘密』(二〇一二)といった長編、そして短編の「冬の殺人」(一九九九)や「雪の石塀小路に死ぬ」(一九九九)がある。二十年ほど住んでいただけに、
最後の「死への旅『奥羽本線』」(「オール讀物」一九八四・二)は珍しい亀井刑事単独の事件簿である。奥羽本線の夜行列車で秋田へ向かった矢野みどりが、姿を消してしまったのが発端である。彼女と結婚の約束をしていた高見には、四十五、六歳の平凡な男で、頼りになるとは思えなかったようだが、鉄壁のアリバイを見事に解き明かす亀井だ。
鉄道アリバイもの二作に十津川警部シリーズとはひと味違った四作と、日本各地を舞台にした、西村京太郎氏の多彩な短編ミステリーを楽しめる『裏切りの中央本線』である。
▼西村京太郎『裏切りの中央本線』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/321906000189/