文庫巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。
(解説:
『里山奇談 めぐりゆく物語』の舞台となる「里山」という存在が、一般に知られるようになったのは、それほど古いことではない。高度経済成長期も陰りを見せた1970年代には、全国的に自然保護運動が盛んになったが、まだ「里山」とさえ呼ばれていなかったこうした環境を守ろうという声はなかった。そこは集落と耕地をめぐって小川が流れ、
それまで辞書にも載っていなかった「里山」という言葉が、突然のようにメディアに取り上げられるようになったのは1990年代である。里山を舞台にしたアニメや美しい写真集が注目を浴びる一方で、そこに
里山に生き物の生息地としての価値が
現在では、里山こそが人間と自然が共生する理想の姿であり、日本人の原風景とまで高く評価されることも珍しくない。アクセスも良いので多くの関心を引きつけ、放置されて荒れた環境を整備して、かつての風景を再現したような公園も各地にある。
しかしその一方で、里山の生き物の将来は決して安泰ではない。絶滅の危機にある生き物を掲載した国や地方自治体のレッドデータブックが発表されるたびに、リストアップされる生き物たちの名前が急増しているのだ。
こうした危機にいち早く気づいたのは、この本の案内役のような「生き物屋」を自称するアマチュアの愛好家や研究者である。あまり知られていないかもしれないが、日本では国内にどんな生物が棲み、生息環境がどういった状況にあるかという基礎研究については、重要視されていると言い難い。大学や博物館に所蔵される資料や標本の多くも、アマチュアが情熱と時間と資金を投じたコレクションが寄贈されたものだし、自然を保護するための基礎データをモニタリングするにも、彼らの協力が不可欠だ。
こうした人々が筆をとったこの本に、生き物の固有名詞が数多く登場するのも至極当然だろう。それもアオダイショウやヒグラシ、ヤマトタマムシのような
例えば「振り返る人」や「みつばね、つけばね」で描かれるオニヤンマ。彼らの幼虫であるヤゴは、川底が砂泥質の穏やかで小さな流れを好む。湧き水を導いて谷筋に
一方、いかにもトンボが多そうな環境が舞台の「川に引かれる」にはオニヤンマは登場しない。子供が
そんな理由があるので、里山で出会う生き物屋の多くが、カメラや捕虫網を臨戦態勢のように構え、眼光鋭く
里山体験を重ねて解像度が上がった生き物屋の目は、そこに関わる人々の生活や農村の変化にも気づく。例えば、よく散策する道で毎シーズン見られたオニヤンマが、ある年からぱったり姿を消してしまったら、頭に浮かぶのは谷戸田の耕作放棄だ。水路の管理がされなくなり乾燥化が進めば、安定的な流れも干からびて消えてしまい、幼虫が成虫へと羽化するまでに3~4年かかるオニヤンマも運命を共にする。
耕作放棄の原因は、顔見知りだった地主が高齢で農作業がしんどくなったからだろうか。すでに亡くなってしまい、跡を継いだ者は里山の管理などに関心がないのかもしれない。そうなればヤブも茂り放題になるし、よそ者が持ち山をうろつけばいい顔をされないだろう。すでに土地を手放してしまい、やがて雑木林は伐り払われ谷戸田は埋められて、ソーラーパネルが並ぶという最悪の展開もよく聞く話だ……。里山を歩く生き物屋の脳裏には、1頭のオニヤンマの不在からも、これだけの連想が浮かんでくる。
やがて彼らは、現代が肯定的に描いた、豊かで親しみやすく明るい里山の下に、全く別の顔があることを見出す。それは非効率な重労働、因習ゆえの格差や貧困、文化の恩恵に
最近の植生景観史などの研究でも、高度経済成長期以前の里山は、人間が賢く利用し自然と共生したユートピアとは言い難いことが、次第に明らかになってきた。古写真や古文書から浮かび上がったのは、過酷なまでに収奪されていた光景だ。短いサイクルで頻繁に繰り返された伐採や刈り取りによって、
解像度の高い目で観察すれば、収奪の名残はそこここに見つかる。カブトムシやクワガタが樹液に群がる不自然な枝ぶりのクヌギの巨木は、かつて肥料に使われた「
里山の存在が一般に知られるのと同時に手放しで礼賛されたせいか、こうした不都合な真実は忘れられていたらしい。不思議なことには、同じ時代を農村で過ごした世代のなかにも、自分の知る里山は豊かで優しい存在だったと記憶している人が少なくない。子供でも労働力として扱われ、学校から帰れば遊ぶ暇なく農作業に駆り出されたはずの思い出も、広く一般的になった明るいイメージによって上書きされているのだろうか。
この本の著者たちも、別の角度から既成の里山観を見直している。多くの生き物が楽しく命を
里山での人間と自然は決して共生などせず、常に並列して存在しながら互いの隙をうかがってきたのかもしれない。収奪の手が緩んだとたんに笹ヤブに覆われ、常緑広葉樹が成長を始めて人間の侵入を拒み、イノシシやシカが勢力を広げつつある現代の里山も、自然の側が
台風や地震といった大きな災害がなくても、自然は怖いものであることは、生き物屋は日頃の観察を通してよく知っている。「正しく怖がれ」という教訓は、ようやく社会のコンセンサスになってきたが、まずは危険についてよく知ることが
そんな生と死をめぐる不思議なエピソードを掘り起こすことができたのは、生き物屋として鍛えられた解像度の高い目と丁寧なフィールドワークの賜物である。しかし著者たちが最も伝えたいのは他でもない、生き物にあふれた魅力のある里山への誘いだろう。そこでは読者も、自分だけの「里山奇談」に出会うかもしれませんよ、と。
▼coco / 日高トモキチ / 玉川数『里山奇談 めぐりゆく物語』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/321901000136/