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レビュー

「虫屋」とは何者か? 里山徘徊中に著者らが実際に出会った41の怪しい物語『里山奇談 よみがえる土地の記憶』

文庫巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。

(評者:東 雅夫 / アンソロジスト)

 世の中に「虫屋」と自称する人々がいることを知ったのは、実は本書の共著者のひとり、cocoさんとの出逢いがきっかけだった。
 今を去ること十年ほど前、『リトル・リトル・クトゥルー』(学研)というクトゥルー神話の掌篇アンソロジーをへんさん刊行した際、装画用の邪神造形をお願いした粘土細工師のゆきおいのさんから、カバーに使う造形写真の彩色を、知人の漫画家さんにお願いしたい……という御提案をいただいた。
 聞けば、四コマ漫画シリーズ『今日の早川さん』(早川書房)の作者で、雪狼さんとは「虫」つながりの方だという。……え、虫つながり!? なにそれ?
 SFや幻想文学系のマニアックな読書ネタがてんこ盛りな『早川さん』は、本好きの間で話題になっていたので私も知ってはいたが、その作者が大の昆虫好きとは知らなかった。ネットを介してcocoさん撮影の虫写真や鳥写真を拝見、そのクオリティの高さに舌を巻いた。
 その後、cocoさんやお仲間のツイッターをおりおり拝見して、虫屋の皆さんの驚くべき生態(!?)を窺い知るようになった。無我夢中でスズメバチに接近しすぎて危うく襲われかけたり、くさやぶき分け山道にヌッと現われて不審者と間違われたり……うひゃあ~と呆れながらも、その愛すべき熱中ぶりには大いに共感を覚えた。
 これには私自身が少年時代、『ファーブル昆虫記』を愛読して、いっぱしの昆虫マニアを気取っていたことが関係しているのだろう。家の近くの野原や山林を、捕虫網片手に日がな一日歩きまわることを日課のようにしていた頃の記憶が、虫屋諸賢の写真とコメントを眺めるうちに、猛然とよみがえってきたのだ。
 路傍の植物の花弁や枝先で、人知れず繰りひろげられる虫たちの小宇宙に、息を殺して飽かず眺め入っていた、あの頃。
 ブーーーーーーンという『ドグラ・マグラ』冒頭みたいな羽音を立てて上空をぎる大型甲虫を夢中で追いかけようとして、段差につまずき足首を捻挫した、あの時。
 本書の「まえがき」に記された次の一文に、何度も大きくうなずくことになったのも、それゆえだろう。

 生き物屋とは蝶に限らずあらゆる生き物、生きてさえいないもの、まだ認識されていない存在、そういった不思議への想いを成長のどこかで忘れ去ることなく大切に抱えつづけてきた人種である。

 近代日本における昆虫文学の先覚者・小泉八雲ことラフカディオ・ハーンの名を引き合いに出しながら記されたこの一文は、本書のコンセプトを端的に示唆する名文だと思う。
 ちなみにハーンの名著『怪談』の巻末に、「虫の研究」という総題のもと「蝶」「蚊」「蟻」という、怪談ならぬ珠玉の昆虫エッセイが加えられていることは意外に知られていないのだが、そこに秘められた深い意味を、私は右の文章により再認識させられたものだ。

 そんなこんなで、虫ならぬクトゥルーつながりで、もっぱらツイッターを介してお近づきになったcocoさんが、あるとき(正確には二〇一六年一月六日。ツイッター便利!)次のようにつぶやいた。

 これに即反応してリツイートしたのが、当時『幽』編集長として公式アカウントに常駐していた不肖ワタクシであった(現在は『幽』終刊にともない、個人アカウント「東雅夫/おばけずきネットワーク」に移行)。cocoさんのリアクションは迅速だった。

 得たりやおう、とばかり、私がこのオンラインな申し出に飛びついたのは申すまでもない。それというのも、右にも言及されている安曇潤平や『山怪』(山と溪谷社)の田中康弘など、山にまつわる怪談実話の書き手が当時、注目を集めていたからだ。
 早速、「虫屋の怪談の件、前向きに勘案したいと思います」と返信して、企画書の提出を依頼、それを版元の編集サイドに打診して、トントン拍子に企画が成立してしまったのだった。そのときは、いやあ~珍しいケースだ、時代は変わったのう、などと年寄り臭い感慨を覚えたものだが、その後、私自身も、ふとしたツイートが週刊誌の記者氏の目にとまり、いきなり記事の執筆を依頼されたり、公共施設から講演会などの出演オファーが舞い込んだりと、お仕事ツールとしてのツイッターは、近年いよいよ定着してきた感がある。


書影

coco/日高 モキチ/玉川 数『里山奇談 よみがえる土地の記憶』


 さて、そんな異色の経緯を経て、二〇一七年六月にじようされた本書(単行本タイトルは『里山奇談』)は、本業のかたわら「生き物屋」を自認する著者三名(日高トモキチさんは漫画家、イラストレイター、ライターとして多方面で活躍、玉川かずえさんは堅気のお仕事の由)が、里山はいかいのさなかにみずから遭遇したり、生き物屋仲間や土地の人々から聞かされた、怪しい話や不思議な話、全四十一話を収録したリアル奇談集である。
 あえて「怪談」ではなく「奇談」と銘打ったところに、著者たちの本書に寄せるこだわりと主張が透けて見えるだろう。
 本書に収められた話の中には、果たして何らかの超自然的な出来事なのか、たんなる偶然の産物、もしくは「気のせい」なのか、判然としないものも少なくない。いわば「怪談未満」ともいうべき物語群だが、著者たちはそれを脚色して(いわゆる「話を盛る」というやつですな)、いかにもな怪談話に仕立てることもしないし、だからといって捨て去ることもしない。眼前の不思議を不思議として、奇異の念を奇異の念として、あたうかぎり、ありのままに記し留めようとしているのである。
 こうした姿勢は、かれらが里山の自然に対するときの──眼前の、もしくはファインダーごしに向き合う、多種多様な虫たちや鳥たちにそそぐまなざしと、同じものなのではないかという気がしてならない。
 そう、そこには、おうせいな好奇心と、対象物に寄せる敬愛の念が、あふれているのだ。
 ひとつひとつの話は片々たるものであっても、そのコアにあやしく息づく不思議への想いが累積し増幅されることで、いつしか読者は里山というトポスが、この世とあの世もしくは異界とが隣り合うボーダーランドなのだということを、そくそくと実感するに違いない。あの日本一有名な里山奇談というべきトトロの物語を、まさに地でいくような──。
 山奥にひそむ忌まれた場所の恐怖を暗示的に描いて秀逸な「ヱド」、古寺の参道傍にうずくまるモノの無気味さ際だつ「鉤虫」、むし時雨しぐれにまつわる密やかな不思議を描いて同名の謡曲をほうふつさせる「松虫」……本書にひしめく多種多様な奇談のかずかずを読み進める読者は、それぞれの人生とどこかしら響き交わす一読忘れがたい物語と、必ずやめぐり逢うに違いない。

 往年の〈新耳袋〉シリーズ、近くは〈山怪〉連作に初めて接したときに覚えた、清新な驚きとの念を、まざまざと想い出させる画期的な一冊である。
 おばけずきはもとより、虫好き鳥好き山好きの読書家諸賢も、く読むべし。そして、おののくべし。
 本書を堪能した先には、好評をうけて書き下ろされた続篇『里山奇談 めぐりゆく物語』(二〇一八)と、待望の最新作『里山奇談 あわいの歳時記』が、手ぐすねひいて待ちかまえているのだから。

二〇一九年十月

coco日高 モキチ玉川 数里山奇談 よみがえる土地の記憶』の詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/321901000104/


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