文庫巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。
(解説者:松田 哲夫 / 編集者・書評家)
創業四十五年という
この小説は一言で言えば、企業や仕事の現場をクローズアップしたサクセスストーリーまたは企業再生の物語である。
この手のお話はドキュメンタリータッチのTV番組の場合、「社員一丸となって」と
一方、ドラマになると、派閥や人脈、ライバル会社や銀行筋などが絡んできて、「勧善懲悪」の物語にすり替わっていくことが多い。この小説は、そのどちらでもないまとめ方にしているのだが、これがとても良い。
さらにこの小説、ホテルの各部署の人たちのエピソードでは、それぞれの仕事における工夫や苦労が具体的に描かれている。こういう面から見ていくと、良くできた「お仕事小説」として読者を満足させてくれる要素を備えている。
さて、もう一度、どういう物語なのか振り返ってみよう。経営不振に陥っていたフィデルホテルは、かつての栄光を取り戻そうと、リストラ、経費節減、新商品開発、宣伝強化、料金値下げなどあらゆる手を打ってきた。しかし、これといった有効打は見つからず、身売りか商売替えかというところにまで追いつめられていた。
経営の
元山は、経営はもちろん、会社に勤めた経験すら皆無という学問一筋の学者だった。柴田は元山の二十歳年下だが、「先生の考えはユニークだし面白いと思うが、説得力の点では弱い」といつも批評していた。そこで、このホテルで「実体験をしてみませんか」と声をかけたのだった。
社長になった元山は、次々と奇手奇策を繰り出す。その第一弾が「総選挙」。それぞれの部署で約二割の定員減を実現しながら、すべての部署の要員全員について、全員の投票で決めるという大胆な提案だった。企業(組織)全体を活性化するには、ドラスチックなガラガラポンしかないということなのだろう。
日本の大企業の多くは、自分たちの力では、こういう大胆な方策を実現することができない。その結果、しがらみのない外国人に会社の命運をゆだねてしまったりするわけだ。
さらに言えば、組織というものは有機的に
この小説の主な登場人物は、元山新社長と、その方策を実施していく支配人の永野伸夫、それに、最初の総選挙によって他部署で選ばれ移籍した四人である。
*黒田雅哉(38~40歳)企画部(文字化け)料飲部ホール課、管理職。
*中西基晴(26~28歳)調理課(文字化け)ベルボーイ。
*小室萌(30~32歳)フラワーショップ(文字化け)フロント担当。
*後藤史子(43~45歳)客室清掃(文字化け)ウェディング部。
読み進んでいくと、このセレクションが効いてくるのがよくわかる。巻頭と巻末に、彼らが就活中の学生向けに語っているビデオが出てくる。一人一人が、ホテル再生前と後では、どのように変化しているのか、いないのか? このあたりの微妙な描写は、さすが桂さん、見事である。
さらに、この壮大な実験によって一番大きく変化したのは誰なのか? 「社員一丸となって」でも「勧善懲悪」でもない感動的な人間ドラマがここにはある。
わかりやすい状況設定、バランスの良い人物セレクション、軽快な語り口、適度の笑わせどころ、泣かせどころ。それに加えて、「仕事とは?」という根本的な問題提起。そして、さまざまな思いを断ち切るかのように、サラリとENDマークにいたる。まさに極上のエンタテインメントである。
(『本の旅人』2016年6月号掲載原稿に加筆修正を行いました。)
▼桂望実『総選挙ホテル』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/321903000330/