インタビュー 「本の旅人」2013年3月号より
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ドラマ放送直前! まっしぐら女性検事のお仕事小説『正義のセ』阿川佐和子インタビュー
撮影:石田 祥平 取材・文:河村 道子 / スタイリング:中村 抽里 ヘアメイク:金坂 純子
下町育ちのまっしぐら検事・凜々子が恋に仕事に奮闘する、元気がもらえるお仕事小説『正義のセ』が、吉高由里子さん主演のドラマとなって4月からスタートします。『聞く力』の応用編とも言える本作がどのように誕生したのか、単行本刊行時のインタビューを特別掲載!
── : なんと全三分冊! これまでにない大長編作が生まれましたね。
阿川: ここまでの分量になっていたとは、「野性時代」での連載が終わるまで、自分でもよくわかっていなかったんです(笑)。さぁ、単行本化、という段になり、〝一冊にすると、こぉんな凄まじい厚さになりますよ〟と言われ、もう仰天! 新たな登場人物が生まれると、つい面白い人間にしたがるという私のクセのせいもあるんでしょうけど、検事が主人公だったので、取材したことや、状況説明の要素も多く、いつのまにか膨らんじゃったんですよね。
── : 主人公の凜々子は新米検事。検事という設定にしたのは?
阿川: これまでの自分の小説とは違うものを書いてみたかったんです。とは言うものの、〝お前は書きたいものがあるか? 得意なものがあるか?〟と問われても、なーんにもなくて。時代物や評伝が書けるわけでもないし、ドロドロの恋愛ものと言ったって、そんな経験もない。だからこれまでは自分や身の周りの経験に基づいた女性モラトリアム系の物語を、設定を変えつつ書いてきたのですが、たまたまゴルフで仲良くなった女性検事がおりまして。これがほんとに検事なのかっていうくらい、ファッショナブルで、美人で社交的で。さらにお酒は強いし、気も強い。〝今、抱えている事件、周りアホばっかりで頭に来る!〟とか平気で言っちゃうわけ。そもそも司法試験に受かって検事になるってことだけで頭がいいと思うじゃない? でもね、『聞く力』を送ったら、〝面白かった〜! ところで、この〝うでしろ〟少年って誰なの?〟って。
── : 〝腕白〟少年のことですね。
阿川: 頭がいいのか、悪いのか(笑)。この漢字の〝読めなさ〟に象徴される、実際の公判中に起きた彼女のエピソードは2巻で書いちゃいましたけどね。で、検事の仕事について、よくよく話を聞いていくうちに、責任感のあり方とか、取り調べの時にペアを組む事務官との信頼関係をどうやってつくるかとか、知られざる人間ドラマがいっぱいある。面白いなあと思って。で、新米からだんだんと成長していく検事のドラマを書いてみたいなと思ったんです。
── : 物語の入り口は、凜々子の小学生時代に遡り、実家である豆腐屋の朝の仕込みの風景から始まります。
阿川: 検事や刑事をはじめとする捜査ものの小説って、いっぱいありますから。そんな中でアガワが書く検事ものは、どうすればいいかと考えたら、やっぱり個人、人間性。たまたま検事になっちゃった女の子の家族の設定を大事にしたいなと。下町の豆腐屋の娘にするというのは、朝起きて、ふと思いついたんですけどね。〝じゃあ、お豆腐屋さんの取材もしなくちゃ〟と思って見学に行ったところ、これがほんとに面白くて。豆腐づくりを綿々と書いた出だしは『みんなの科学』みたいになっちゃいましたけど。
── : 気はいいけど頑固な父親、それを掌上で転がす母親、店を継ぐしっかり者の妹、ちょこちょこ入れる合いの手がキュートなおばあちゃん。凜々子の初取り調べ前夜には、予行演習よろしく〝取り調べごっこ〟に興じるような楽しい家族ですね。
阿川: だから事件の方でややこしい話になってくると、〝そろそろ豆腐屋に話を戻さなきゃ〟って(笑)。私自身が帰りたい場所でもありましたね。検事としての成長物語ではあるけれど、主人公の原点は豆腐屋とそこにいる家族。それを忘れない小説にしたいと思いました。
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どうにもならなかった自分の性格が登場人物それぞれに隠れている
── : 同僚に〝ユウヅウキカンチン〟と呼ばれる、凜々子のまっしぐらさは、取り調べでも、恋愛でも、嵐を呼んでいきます。この性格の出所はもしかして……?
阿川: そんなあだ名はついてなかったけど、私自身、子どもの頃は凜々子のよう……だったかな(笑)。それで友だちとぶつかったり、うまくいかなかったりということはありました。視野が狭くて、周りが自分に反感持っていたりすることに、かーっとなったり、がーっと泣いたり。まぁ、いいじゃんって、流しとけばよかったのに、丸く捉えるということがなかなかできなかった。その性格、高校時代には直ったと思っていたんですけど、どうやら続いていたらしく、数年前に久しぶりにその頃の友だちに会ったら、「アガワ、柔らかくなったね。あの頃はカチンカチンだったもんね」とか言われたの。そういう自分の負の部分、どうにもならなかったところは、凜々子に重なっているかもしれませんね。もうちょっとゆったり構えればいいのに、それができない切なさはよくわかる。
── : そんな凜々子が周りとぶつかっては、怒ったり、落ち込んだりする姿を描いていた時の心境は?
阿川: もはや、面白かったですね(笑)。こういうやついるよね? え? 私? って。でも、凜々子の周りには、融通の利く人も、いい加減なやつもいて、それもすべて私が息を吹き込まなければいけないわけで。同じような人物造形にならないように、キャラクターの色分けは、その時どきの自分のいい加減な部分とか、そういう友だちを参考にしたりとか、小学校の頃の私を少しずつのっけていくとか、そんな作業でした。
── : ちょい役でもキャラが立っていて、検察&下町版「サザエさん」のようですよね。
阿川: 私、登場人物をどんどん増やすので、編集の方にとても迷惑をかけているらしいんです。へんなキャラつくるの、大好きですし。ちょい役でも〝この人はここしか出てこないだろうな〟って思うと、逆に力が入っちゃう。あと、男を書くと、どうもダメ男になる。好きなんですよ、憎めないダメ男が(笑)。落語に出て来る熊さん、八つぁんみたいな凜々子のお父さんも、口では威張っているけど、基本的にはダメ男。でも仕事はできるのよ(笑)。
── : 凜々子に何度ダメ出しされても、めげずに言い寄って来る、同僚のあの男も。
阿川: 神蔵守! あれはほんとに瓢箪から駒。検事になって、いろんなことがうまくいかず、イライラしている凜々子が、ロクでもない男にナンパされ、さらに腹を立てるという流れのためだけに登場させたら、女性編集者の方に〝神蔵守、気になります! もっと出してください〟って言われて。二度と書くつもりはなかったのに、いつの間にか自称・フィアンセにまでなっちゃって。まぁ、ちょっとはいいこともするけれど、やっぱりウザい、ダメ男ですね(笑)。
── : そんな人々のやりとりが絶妙で、若干ズレの生じてくるようなところがまた可笑しくて。時々会話からトリップしては、ふっとヘンなことを考えてしまう凜々子の脳内音声も(笑)。
阿川: 私は常日頃から、人の会話って、そんなに理路整然とキャッチボールしていないと思うの。デートしている時に〝わぁ、雲きれい〟って、助手席の女の子が言っているのに、運転している男の子は〝ガソリンスタンドないかな〟とか。〝あれって、秋の気配よねぇ〟って言っているのに、〝エネオスじゃ、カード使えないよなぁ〟って、話、全然、聞いてないじゃん! ということって、普段の会話ではよくあることだと思うんですよ。そこで喧嘩や齟齬が起こったりするんだけど、それがまた人のやりとりの面白いところ。だから私は、小説に〝会話として全然成立してないじゃん!〟という会話をつくりたいと思っているんです。ものすごく深刻な空気になっているのに、どうしてもそこの埃を拭きたくなるとか、父親にがんがん怒られている時に、〝マニキュア剥げてきちゃったなぁ〟とか、大事な時にとんでもないこと考えているのも、人間って、いいなぁと思うところなんです。
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今、そこに立つ経緯が見えてくる人間たちのドラマが書きたかった
── : 検事としての〝ヒヨコのヒ〟が描かれる第1巻ですが、社会に出たばかりの青年が死亡事故を起こしてしまった案件をはじめ、凜々子が担当する検察の現場では、様々な人間ドラマが描き出されますね。
阿川: 昨日まで普通に生活していた人が、ちょっとしたあやまちで事件を起こし、取り調べを受けなければならないという心境にも思いが動きましたね。検事側としては、被害者のことを考えると、許せないって思うらしいんです。でも、なぜそんなことになったのかってことを掘り下げていくと、たとえそれが凶悪事件であっても、被疑者の過去に同情するところをみつけたり、本人に対して心を寄せていくこともあると。それとこれは別だとわかってはいるけれど、被疑者にも人間ドラマがあるということを理解し始めるそうなんです。そういうことを多面的に書けたらいいなぁと。
── : 凜々子の考えや行動を通して、登場人物がそれぞれ抱えている〝正義〟のあり様の多様性も浮かび上がってきます。
阿川: そう捉えていただけるとうれしいのですが、書いている本人は、主人公を検事にしたことで、時代性や社会性を柱にして、何かを伝えなくては、というつもりはまったくなかったんです。検事の仕事を調べていくうちにわかってきたのは、被疑者とのやりとりは完璧なインタヴューだということ。それも一回こっきりでなく、二十日間も同じ相手とトコトン付き合うプロのインタヴュアーなんだと。そう思った時、自分の仕事と重なる部分もあったし、〝うまく質問が出てこないぞ〟などという動揺も見えてきた。そこからさらに考えていったのは、凜々子が、どんな局面で行動を起こし、どんな時に腹を立て、がっかりするのかということ。無我夢中になって登場人物の気持ちに思いを馳せ、誠意を持って書いていったことから、そう解釈していただけるような物語になっていたとしたら、うれしいです。
── : 凜々子には、阿川さんの〝聞く力〟も託されているわけですね。
阿川: まあ、そうですね。ですから『聞く力』を読んでくださったみなさんには、その応用編だと思っていただければ(笑)。
── : お仕事小説とも、家族小説とも読める本作には、阿川さんならではの様々なエッセンスが込められていますね。なかでも際だってくるのは、やはり人間——。
阿川: こわいおじさんも、不良少年も、誰でも昔は可愛い赤ちゃんだったっていう、クレイジーケンバンドの「みんな赤ちゃんだった」という歌があるんですけど、それ聞くとね、誰もが、無垢で、将来どんな大人になるんだろうという希望を託されていた時代があったんだよなって、いつも思うんです。そう考えれば、人の見方も変わってくる。検事も、犯人も、自分とは別世界の人間だと思いがちだけど、その人たちにも普通の小学生だった時代があるし、見えていない部分は〝大体、私と同じじゃん〟というものかもしれない。肩書きより背後にあるもの、人間として、そこに立っている経緯が見えて来るような物語を私は書きたかったんです。