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特集

自分の居場所って、なんだろう?――『嘘つき就職相談員とヘンクツ理系女子』著者松崎有理さんインタヴュー

さて、桜も散り、なんとなく気の急いてくるこのごろ。カドブン読者には就職活動を本格化させている方も多いのではないかと思います。なりたい自分になる、って言うのは簡単だけど、大変ですよね……そもそもなりたい自分ってなんなのか、という疑問もあったりしつつ、そんなときはこの1冊、角川文庫の『嘘つき就職相談員とヘンクツ理系女子』をお読みください。心の底のほうから、ふあああんと軽くなってきます……というわけで、このたびカドブンは著者の松崎有理さんにインタヴューを敢行いたしました。

Q1.主人公のシーノはどういうひとですか。松崎さんからご紹介をお願いいたします。

松崎: 「進路に悩む等身大の若い女性」を描こうと思ったんです。だから欠点をたくさん盛りこみました。いわゆる田舎の優等生タイプでそこそこ優秀だけど、つきぬけたものを持ってはいない。しかしプライドだけは高い。そのプライドをみたすような「やりたいこと」はあるのだが、その仕事に向いていないことを自分で気づいていない。とはいえ、ひどい訥弁でコミュニケーション下手という自覚だけは持っている。この、コミュニケーションという点で悩んでいるひとって一定数いると思うのですよ。 もちろん欠点だけでなくおちゃめな長所も仕込みました。そこは読者のみなさまに発見していただければ。

Q2.就職相談員が嘘道の家元とはこれいかに。このような人物を着想したきっかけをお教えください。

松崎: 担当さんとのうちあわせのなかで、「主人公は固い職業で。役人とか」というリクエストが出てきました。求職ものがテーマでしたから、職安=職業安全保障部局の特命相談員といういかにも固そうな肩書きがするする出てきました。それだけではつまらないので、もうひとつ意外な職業を組み合わせてみようかと。百歩七嘘派という架空の嘘つき集団は、デビュー短篇集『あがり』収録の「代書屋ミクラの幸運」に登場させていました。これを日本に置いたら、家元になるのかなと考えました。作品の舞台である宮城県仙台市には「賣茶翁(ばいさいおう)」というしぶい店構えの和菓子屋さんがありまして、茶道のかたたちがごひいきにしています。ここを蛇足軒の家のモデルとしました。

Q3.舞台になっている「北の街」はどんなところですか。菓子舗あまんざは実在するのでしょうか。

松崎: そんなわけで、松崎が学生のころから10年ほどすごした仙台市がモデルです。あまんざは実在しますし、ほかの「北の街」シリーズ作品(『あがり』『代書屋ミクラ』『架空論文投稿計画』)に登場する店舗の多くは仙台市内にモデルがあります。 でも「仙台」という名前をどこにも出していませんから、ぜひ読者さまのお気に入りの地方都市をあてはめて空想してみてください。地方都市のもつ匂いや空気感や時間の流れがすきです。東京のミニチュアみたいなのばっかりにならないでほしいと願ってやみません。

Q4.いちゃぽんはどうして丸いものを好むのでしょうか。可食範囲は直径どのくらいまででしょうか。

松崎: 魚だから餌を丸のみするので、角があるとけがをしかねない、というたんに物理的な問題です。そっけなくてすみません。いまのいちゃぽんのサイズでは、仙台銘菓「萩の月」が最大。今後に期待しましょう。

Q5.毎回訪ねてくる特殊求職者の中で、お気に入りはどのひとですか。

松崎: 第三話の三秒予知の女の子。物語のなかで激変するキャラクタがすきです。おなじ手法を『あがり』収録の「ぼくの手のなかでしずかに」でも使っているくらい。なお、お手本はダン・シモンズ『イリアム』『オリュンポス』登場のディーマンというキャラクタ。甘ったれのちょいデブおぼっちゃんだったのが精悍な戦士に変身します。驚愕でした。

Q6.ご自身は就職活動をされましたか。また、松崎さんにとって「仕事」とはどういうものでしょうか。

松崎: うーん。諸事情によりいわゆるシューカツは経験しませんでした。松崎にとって仕事とはアイデンティティです。そして社会になにがしかを還元する手段。自分は社会に生かされていると思っていますので、ちょっとでもご恩返しができるとうれしいです。

Q7.自分の居場所ってどういうものでしょうか。(一般論として&松崎さんご自身にとって)

松崎: むむっ深いなあ。居場所とは一般的には、自分をみとめてもらえる、自分にとって居心地のいい、具体的な空間を指すのでしょうね。家庭だったり職場だったり趣味のサークルだったりいきつけのカフェやバーだったり。でも松崎的には、ほんとうの自分の居場所は自分自身のなかにあるのが理想だと思っています。であればどんな異界に放り出されても、そこが自分の居場所です。

Q8.程度の差こそあれ、シーノみたいに居場所がない、生きづらいと今みんなが感じているわけですが、そんな我々にアドバイスがあるとしたら……?

松崎: ひとさまにアドバイスできるような人間とは思えませんが、ご参考までに。 「生きづらい」「居場所がない」と感じたら、いったんちがう場所(=異界)へ出てみることです。たとえば海外。現代日本に生きていることがどれほどの幸運であるかしみじみわかります。広い世界にはまだ「コピー機がない」「紙は高価なので、はさみで小さく分けて使う。文字もちっちゃく書いて面積を節約」「研究所ぜんたいでコンピュータは3台だけ、しかも画面の表示がゆがんでいる」みたいな国が存在するのですよ。

Q9.黒耀斎さんが気になってたまりません。どうしたらいいでしょうか。

松崎: 動物園に隣接する大きな公園で、猫占い師としてご活躍ちゅうです。探してみてくださいませ。

Q10.単行本から文庫化の間に考えたことはありますか。また、今回、新井素子さんの解説をいただいて、いかがでしたか。

松崎: 単行本が2014年、文庫化が2018年。単行本を出したときには「これで完璧」と思っていましたが4年の歳月は松崎を成長させたようで、もとの文章がひどくつたなくみえて徹底的に手を入れました。その苦闘のようすは公式サイト掲載の記事「ゲラ完全ペーパーレス化への長い道のり」でみることができます。 ここまで執拗に朱を入れたのは、新井先生が解説を書いてくださるときまったせいでもあり。「デビューして8年、こんなに早く夢がかなってしまっていいのだろうか」といまだ信じられない気持ちです。あ、余談ですが新井作品は声に出して朗読するとめっちゃ楽しいですよ。読書だけどみんなでできますし。さっそく夕食後のレジャーにいかがですか。

Q11.電子版特典「惑星Xの憂鬱」について自己解説などを。

松崎: 初出は『小説すばる』2016年6月号「宇宙」テーマ競作に載せた短篇です。ほかの作家さんたちとかぶらないように工夫した結果、思いきりはっちゃけた内容となりました。おばかな小学生男子とその賢い妹をめぐる騒動、ぜひ楽しんでいただきたく。

Q12.読者のみなさんにメッセージをお願いいたします。

松崎: 小説って架空の世界なんですけど、Q8で答えた「ちがう場所」の役割も果たすことができると思っています。なにかにいきづまったとき手にとって、没入して、すっきりしてもとの世界へ帰ってきていただけたら、作家としてこれほどうれしいことはありません。 あっもちろん、いきづまっていないときでも気軽にページをひらいてみてください。楽しい仕掛けをたくさんほどこしていますので。 ほんとの蛇足。「似詩公園の言語茶屋」にはだれもつっこんでくれないんだなあ、当て字の最高傑作だと思ったんだけど。いや失礼いたしました。

 
松崎 有理(まつざき・ゆうり)
東北大学理学部卒業。2008年、第20回日本ファンタジーノベル大賞で処女作「イデアル」が最終候補となる。2010年、初の短篇「あがり」にて、第1回創元SF短編賞を受賞。近著に『5まで数える』『架空論文投稿計画 あらゆる意味ででっちあげられた数章』などがある。コンプレックスや届かぬ思い、小さな屈託など、個人の繊細な感情をSF的アイディアとミックスしてエンタテインメントに昇華する作風に定評があり、いま最も期待が集まる新鋭のひとり。


松崎 有理

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