一読して思った。
 うわあ、居心地のいい世界だなあ。
 このお話って、なんか、とっても、居心地がいい。

       ☆

 今の世の中とそっくりだけれど、どっかが違う世界。(何たって、この世界の〝職安〟は、ハローワークじゃないのだ。〝職業安定所〟じゃなくて、〝職業安全保障部局〟。何なの、この(いか)つすぎる名称は。)
 その世界で、主人公であるシーノさんは、就職浪人。
 博士号までとったのに。
 それまで、大学院生だったシーノさん、大学に通って、研究をして、奨学金で生活を賄っていたのに……大学出ちゃうと、奨学金は当然なし、生活費は自力で稼がなきゃいけない(その上、奨学金を返済しなきゃいけなくなる)、これで就職ができなかったら、さあ、どうしよう。職安に通っても通っても、シーノさんにお仕事はみつからない。
 この状況で、シーノさんはとても割のいいバイトをみつけるのだ。とある家元の秘書。でも、この〝家元〟がなあ。華道とか茶道とか、剣道とか柔道とか、そういう判りやすいものじゃなくて……〝嘘道〟。由緒ある、〝百歩七嘘派〟の家元なんだそうだけれど……怪しい。あきらかに、怪しい。実際に、看板破りのひとなんかもきちゃうんだけれど……そのひとだって、充分怪しい。
 しかも。この家元は、嘘道の家元だけじゃなく、職安の特命相談員までしているのだ。……怪しすぎないか?

 でも。この世界が、本当に居心地いいのは、確かなのだ。
 落ち着いて考えてみると、なんだかすんごく怪しい世界なのに、織りなされる情景は、まったく普通の世界。いや、それどころか、普通の世界より微妙に優しくて(ひとが妙に穏やかだ)、ゆるい。街の情景まで、妙にゆるくて、でも普通で、居心地がいい。
 作者である松崎(まつざき)さんには、他にいくつかの著作があるんだけれど、この北の街を舞台にした作品が結構ある。どのお話も、直接に繋がっている訳ではないんだけれど、ゆるやかにどこかが繋がっていて、みんなゆるくて、居心地がいい。
 なんか、楽に息ができる、松崎ワールドに(ひた)れるのが、松崎さんのお話の魅力のひとつかな。

 魅力のひとつかな。
 こんなふうに書いたのは、ゆるくて、居心地がよくて、楽に息ができる松崎ワールドなんだけれど、時々、はっと思う程きつい状況になってしまうことがある。このお話だと、ぽにいを巡るエピソードに、その片鱗が。
 私は、実は、その手の松崎作品がとても好きだ。(「不可能もなく裏切りもなく」『あがり』収録とか、「たとえわれ命死ぬとも」『5まで数える』収録とか。)
 ゆるい松崎ワールドでほっこりしてたら、いきなり胸に刺さってくるものがある。胸がきゅんとするんだけれど、それ、普通の意味の〝胸きゅん〟じゃなくて。ぬるい温泉に、ゆったり(つか)ってのんびりしていたら、いきなり側に源泉が湧きだしてきてしまった、うわっ、あっつい、うわ、きっつい。でも、これ、ぬるい温泉にゆったり浸っていたからこそ、味わえる楽しみ。(最初っから源泉だったら、のんびり浸ってなんかいないから、こんなショックは味わえない。)
 それに。この源泉のきつさって、ゆるい松崎ワールドとおんなじ原理でできているから……みんなが優しくて、みんながゆるくて、その中でも特に誰かが優しいから、優しいひとがいるから、だから逆にでてきてしまう〝突き刺さってくるもの〟。私は、とても、この感覚が好きだ。

       ☆

書籍

『嘘つき就職相談員とヘンクツ理系女子』

松崎 有理

定価 691円(本体640円+税)

発売日:2018年02月24日

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