【カドブンレビュー9月号】
そこは会社であり、学校だった。2014年に世界遺産に登録された富岡製糸場。製糸技術向上による絹産業発展を目的とし、1872年に官営模範工場として操業が開始された。各地から集められた工女は単なる人手ではなく、習得した技術を地元に戻って伝承するという役割を担っていた。彼女たちは労働者でありながら、生徒でもあった。
記録として刻まれている「働きながら学ぶ女性たち」にスポットを当て、2017年に蘇らせたのが本作『明治ガールズ』だ。
主人公は松代(現在の長野市)で生まれ育った11歳から24歳までの女性16人。異なる境遇の彼女たちはそれぞれの理由から富岡製糸場に向かうことになる。区長を父に持つ「横田英」は、家に仕える使用人「幸次郎」を好きなってしまう。時代は江戸から明治に移って間もなく、二人が平等だと世間はまだ認めてくれなかった。家同士の縁談で別の相手との結婚を迫られた英は、時間稼ぎの為に富岡製糸場で働く事を決意する。英の縁談相手の姉「初」、ご家老の娘の「鶴」、土下座して志願した「蝶」も富岡行きに裏事情を抱えていた。故郷の発展のために尽力したいという情熱ばかりではない、秘めた想いがそこにはあった。
「絹産業発展に貢献した人々」といわれると、自分とはかけ離れた立派な人格者を思わず連想してしまう。でも、それは記録から捉えた工女たちの姿でしかない。一人一人の人生を物語として再構成した本作によって彼女たちの生き生きとした人物像が鮮やかに浮かび上がる。自分の習熟度合を周囲と比較して一喜一憂したり、仕事が嫌になって愚痴をこぼしたり、先生の陰口で盛り上がったり、オシャレを競ったり…。11歳から24歳の彼女たちがはしゃぎながら富岡製糸場に向かう道中などは、まるで修学旅行の様でなんだか安心してしまう。そう、彼女たちだって毎日をどうにか生きている自分と変わらない人間だったのだ。そんな等身大の「明治ガールズ」が悪戦苦闘しながらも、仲間たちと切磋琢磨し合って、ぐんぐん成長していく姿に勇気が湧いてくる。自分だって出来るはず。「やってやろう」「かんばってみよう」という前向きな気持ちにさせられる。彼女たちが必死で紡いだ糸が、キラキラと光って眩しい。
さっき自分の手の中で生まれた形ある糸が、自分の見えないところで旅立ち、その先に心地よさと愛がある――。 英は、自分の操った糸がすべてを繋いでいるのだと思った。
(p213より)
かつて彼女たちが紡いだ物語も、本作『明治ガールズ』を通じて、「今」「私たち」に確実に繋がっている。