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レビュー

強盗殺人事件に遭遇した日から、日常が一変する。猫探偵・ホームズ嬢の大人気シリーズ第47弾!――『三毛猫ホームズは階段を上る』赤川次郎 文庫巻末解説【解説:山中由貴】

しもべ(人間)と猫探偵・ホームズが事件をひも解く不動の人気作
『三毛猫ホームズは階段を上る』赤川次郎

角川文庫の巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。



『三毛猫ホームズは階段を上る』文庫巻末解説

解説
やまなか (TSUTAYA中万々店)

 世には自分で扉を開けたりお手をしたりする賢い猫がいるというけれど、さすがにホームズ嬢にかなう猫はいないだろう。人間のことばこそしやべらないけれど、人間の行動を理解し、犯罪のトリックを推理し、しもべ(人間:かたやま刑事)をあやつるすべまで心得ているのだから。

 猫探偵が活躍するあかがわろうさんの不動の人気作「三毛猫ホームズ」シリーズの第一弾は、ご存じ『三毛猫ホームズの推理』だ。
 大学教授の飼い猫だったホームズが、片山よしろう刑事にくっついて学内の事件を見聞きする。教授亡きあとホームズは片山とその妹・はるとともに暮らすようになり、晴れてふたりと一匹のトリオが生まれるのだ。ホームズが奇想天外なトリックを見破って、まさかの方法でそれを片山に伝えたときの驚きといったら! しかも、そのホームズのしぐさでぴんとひらめき真相にたどりつく片山刑事も、普段のほほんとしているくせに存外頭の回転がはやい。

三毛猫ホームズの推理』が誕生したのは一九七八年だというから、わたしよりも年上だ。なぜこんなにも長く愛されているのか。それはやはり、猫が人に指図するさまを、人間自身が小気味よいと感じてしまうからではないだろうか。
 わたしも猫にかしずく人間のひとりで、うちには三匹の猫がいる。かまってほしいときだけご機嫌に寄ってきて、でることを許す、食事の提供をかす、人間が猫のもたれかかるクッションになることはもう決まっている、みたいな態度だ。それを「おおなんと気高い」とよろこんで言いなりになる、それが猫のしもべたる人間共通の精神だ。
 まして人間の犯罪を暴くホームズともなれば、「おお、おおなんとそうめいな」と敬わずにはいられない。
 そしてむろん、物語のなかの人間関係の妙も魅力のひとつである。愛憎の機微をさらりと描く著者ならではの風のようなタッチは、ふと本を手にとるときの決断にも軽さを与えてくれる。ああ、久々に読んでみようかな、とか、片山刑事や妹の晴美は元気にしてるかな、くらいの気持ちで新たな作品を迎えることができるのだ。
 はじめて読んでみるという人にだってきっと、安心感があるのではないだろうか。こんなふうに誰もが旧友に会うみたいな気持ちで読むことができるなんて、なによりも得がたい作品だと思う。

 シリーズ第四十七弾となる本作『三毛猫ホームズは階段を上る』は、主婦が強盗の現場に居合わせるところからはじまる。
 五歳の娘、をつれて雑貨店に立ち寄ったなおみすずは、男が店主の老人をけんじゆうで撃って殺すところを目撃してしまう。男はあわてて立ち去り、駆けつけた向かいのコーヒーショップの女性店員によって通報がなされた。近くにいた警官、こんどうも騒ぎを聞きつけすぐにやってきて、それ以上の被害もなくその場は無事おさまった。しかしコーヒーショップで事情聴取を待つみすずは、本来ならなによりも子どもと自分の命が助かったことにあんしそうなものだが、そんなことよりももっと気にかかる用件で頭がいっぱいなのだった。はやく義母のもとに行かなければならない。
 事情聴取にやってきた片山刑事はみすずの焦りを感じとって、彼女の義母の家まで母子を送り届けるが──。
 この場面の片山がとても好きだ。そう思いませんか。きっとほんとうならどんな事情があっても聴取が優先されるだろう。片山は誰に対してもフラットでやさしく、さりげない言動に温かみがあって素敵なのだ。
 みすずの夫の母親、直井ミツは、刑事とともにやってきた彼女に異様な剣幕で当たり散らす。みすずの夫もしゆうとめも、嫁である彼女をこき使っている。義母の家の掃除や洗濯、食事の支度など、ひとりで家事をこなさなければならない。みすずは強迫観念に駆られ、ただそればかりで頭がいっぱいだ。片山が帰ったあとの彼女の心境は、どんなだったろう。
 しっかり目に焼きついた犯人の顔。
 言わなければならないことを言わないまま、みすずはしばし立ち尽くす。
 そしてそれが、この物語を動かすいちばん大きな歯車になる。

 事件を通してみすずの心がどう動いていくのか、さらりと書かれる文章からすべては読み解けない。しかし、そのミステリアスさが読者を引きずり込んでいく。
 みすずが変わったのは、職場の主任との会話がきっかけだった。夫の不貞を知って泣いている彼女に声をかけたのはやすという上司で、みすずの身の上を聞いて「普通じゃないわよ」ときっぱり断言してくれる。それでやっとみすずは、自分がかわいそうだと思えるのだ。
 読み終えたあと、安代の励ましのことばがかぎとなるこのシーンはいっそう印象に残る。しかしふと気がゆるんだのもつかの間、みすずのまわりで新たな凶事が起こるのだ。
 はかなげで幸薄い印象だったみすずがどんどん強くしなやかになっていくのは、小気味よくもあり、不穏でもある。どこかうっすらと怖ささえ感じながら、その魔性にきつけられていく。
 これは、今まで抑えつけられ我慢しつづけてきた女性が自分をとり戻し、大きくさま変わりしていくおはなしなのだ。
 みすずだけではない。
 この物語にはさまざまな“強さ”を持った女性が多く登場する。
 コーヒーショップの店員でみすずを介抱したおかは、店長のさかとの「特別な仲」を終わらせてはつらつと歩み出す姿が頼もしい。みすずの夫・直井えいいちあさくらあやも、みすずの職場に乗り込んで宣戦布告してくるつわものだ。婚約者の男があてにならないとわかっていながら妊娠を告げるぶきだって肝が据わっている。先述の木田安代もそうだし、物語後半で思わぬ活躍を見せる晴美もまた、長年のファンはすでにご存じだろうがたくましい。
 彼女たちはそれぞれにチャーミングで親しみ深い存在だ。
 男性に依存しない、なにかに束縛されない、自分を信じて自分らしくふるまう。
 おなじ女性として、わたしはそれがどんなにむずかしく、素晴らしいことか知っている。

 冒頭の事件自体はすぐに読者に内情が明かされる。しかし、片山たちにはそうではない。
 強盗事件の犯人、まえてつは自分の顔を目撃したみすずを探し当て、彼女に接近していく。もしもみすずが片山にすぐに犯人について証言していたら、この展開はまったく違ったものになっただろう。これほど殺人が連鎖することはなかったかもしれない。
 前田哲二とみすずが出会い、殺人犯と目撃者としてではない関係になっていくこともなかったはずだ。
 なぜみすずの周囲で、そして強盗殺人事件の遠い関係者のあいだで、こんなにも人が死んでいくのか。両者に共通するつながりはあるのか。
 わたしは早々に考えることを放棄した。というより、じっくり考える間もなくストーリーが急変していく。その力技でぐんぐん読まされていく。
 まさか主要人物として数にいれてもいなかった○○が再び登場するとは──。
 これから本作をたのしむ方には、ぜひわたしよりも注意深く読んでほしいと思う。

 さて、猫派のわたしはホームズについても最後に書いておきたい。
 謎めいた展開のなかで猫であるホームズが果たす役割は、推理ばかりではない。
 ホームズが片山や晴美のお供をするのが、ストーリー上も、読者にとっても、あたりまえすぎるほどあたりまえになっているのは承知のうえで、あえて言わせてもらおう。
 殺害された人間の通夜にまでひょっこり登場するなんていかがなものか、と。
 思わず吹き出してしまったじゃないか。
 シリアスな場面にホームズがやってくるとそれだけで気持ちの半分がずっこけるのは、もちろん赤川次郎さんの狙いなのだろう。わかっていてもつっこみたくなるその可笑おかしみは、まさに著者のおおらかさ所以ゆえんだと思う。お会いしたことなどないけれど、かしこまるのが苦手な、サービス精神おうせいな、にこにこしながら読者を眺めているような、そんな人なんじゃないか、と勝手に想像してしまう。きっとあなたもそうだよね?

作品紹介・あらすじ



三毛猫ホームズは階段を上る
著 者:赤川次郎
発売日:2024年05月24日

強盗殺人事件に遭遇した日から、日常が一変する。大人気シリーズ第47弾!
直井みすずは幼い娘を連れて義母の家に向かう途中、立ち寄った雑貨店で強盗事件に遭遇。店主が犯人ともみ合った末に、目の前で撃ち殺されてしまう。犯人は逃走しみすずたちは危うく難を逃れたが、その後、今度は義母が何者かに殺害された。2つの事件を捜査することになった片山刑事は、事件を追う内にみすずが何かを隠していることに気が付き……。そして、みすずの周りでさらなる殺人が起ころうとしていた。シリーズ第47弾!

詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322402000638/
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