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レビュー

赤川さんの人間を見る目には、優しさがある――『三毛猫ホームズの十字路』赤川次郎 文庫巻末解説【解説:吉田伸子】

友人の元恋人が仕掛けた爆発物。犯人を追う内、事件は複雑に絡み始める。
『三毛猫ホームズの十字路』赤川次郎

角川文庫の巻末に収録されている「解説」を特別公開! 
本選びにお役立てください。

三毛猫ホームズの十字路』赤川次郎



『三毛猫ホームズの十字路』赤川次郎 文庫巻末解説

解説
よし のぶ 

 私にとって、赤川さんの三毛猫ホームズシリーズは、父の思い出とつながっている。進学のために上京して以来、実家に帰るのは盆暮くらいだったのだが、ある帰省の折、ふと父の書棚に何気なく目をやると、そこには三毛猫ホームズシリーズが数冊並んでいたのだ。その時の、ちょっとほかほかした気持ちを、今も覚えている。東京で、自分の人生にだけかまけていた親不孝な娘には、遠く離れた実家に一人で暮らす父が、三毛猫ホームズを読んでいる、というのがなんだか微笑ほほえましく、うれしかったのだ。
 今思えば、どうしてあの時、父に三毛猫ホームズの話を振らなかったのか、と思う。父の感想を聞きたかったな、と。大事なことには、いつも後になってから気づく。
 三毛猫ホームズといえば、赤川さんの代名詞といっても過言ではない大人気シリーズ(累計部数は、2800万部!)で、テレビドラマ化もされている。数年前、赤川さんの著作の書評で「日本のお茶の間にミステリを定着させたのは、映像ではサスペンス系の二時間ドラマであり、活字では赤川ミステリだと私は思っている」と書いたのだが、このことは折に触れ何度でも書いていきたいと思っている。ミステリは、一部のマニアだけのものではなく、老若男女がそれぞれに楽しめるエンターテインメントなのだ。
 本書『三毛猫ホームズの十字路』は、シリーズ第45作。ファンのみなさまにはもうおみかもしれないが、シリーズの大枠をざっと説明しておく。メインキャラクターは、警視庁捜査一課の刑事でありながら、血を見るのが苦手で、おまけにちょっとした女性恐怖症でもあるかたやまよしろうと、彼の妹のはる。そして、シリーズ途中から登場する、晴美に首ったけの片山の部下・いし。そして、忘れてはいけないのが、三毛猫のホームズ。この三人と一匹が、事件を解決していく、というのがシリーズのメインストリーム。三人で、ではなく、三人と一匹というのがミソで、さらに言うなら、推理の主導をするのが三人ではなく、一匹のほうであるところが、肝である。
 今回は、晴美の目が見えなくなる、という衝撃のプロローグから始まる。友人のにしつこくつきまとっている男・ざきに引導を渡す役割を引き受け、首尾よくその役目を果たした晴美だったが、久保崎の影におびえる絵美をアパートまで送って行ったところ、久保崎が仕掛けた爆弾から絵美をかばい、目を傷めてしまうのだ。幸いなことに視神経は無事だったし、視力が失われているのも一時的なものだとはいえ、晴美はしばらく入院することに。
 大事な妹を傷つけた久保崎を追う片山と石津の前に立ちふさがるのは、久保崎の母親だった。久保崎逮捕に向けて、母親を尾行した片山は、とある団地に行き着くのだが、団地をけい中の元刑事に痴漢と間違われて取り押さえられてしまう。ここから、片山は、その団地内のあれやこれやにもかかわることになるのだが……。
 シリーズ共通である、メインの事件と同時に枝葉の部分でも事件が起こり、それが絡まりあい、やがて解きほぐされていく、という筋立て、多様な登場人物が物語をけんいんしていくというスタイル、は本書でもたっぷりと味わえる。そればかりか、本書では入院中の晴美にまで魔の手が迫り、と読み始めたら最後までぐいぐいと読ませてしまうのは、流石さすが
 謎解きに至る道すじを示してくれるのが、三毛猫のホームズである、というお約束もばっちり! このホームズ、赤川さんの愛猫がモデルなのだが、愛猫家ならではのホームズの描写には、猫好き読者のハートも持っていかれてしまう。そもそも猫好きの間では、三毛猫の賢さは定評があるのだが、ホームズは格段なのだ。まぁ、なんと言っても、名探偵ですからね、ホームズは。
 とはいえ、本書が、いや、三毛猫ホームズのシリーズが、ほんわかとしたコージーミステリかと思えば、そんなことはない。口当たりの良いカクテルだと思って杯を重ねていくうちに、気がつくと泥酔してしまうことがあるように、時折、舌を刺すようなぴりりとした苦味が顔を出す。そもそも、登場人物、ばんばん死にますからね。
 そう、三毛猫ホームズシリーズは意外と〝歯ごたえ〟があるのだ。たとえば、久保崎の母親がそうだ。息子をできあいするあまり、そのねじれた感情が晴美に向かってしまう。片山を痴漢と間違えてしまった、元刑事のくにはらも、そうだ。定年になってまもなく、妻をうしなった彼は、抜け殻のようになってしまう。家事一切を妻に任せていた国原に自活する能力はなく、見かねた娘が同居を提案し団地に越してきた、という設定だ。
 引っ越し後も1日中TVの前に座っていた国原だったが、団地の自治会長から、見回り班のリーダー役を頼まれたことで、見違えるように生気を取り戻す。そう、彼の張り切りすぎがあだとなって、片山の捜査を妨害することになるほどに。
 この国原の、生活のことは何から何まで人任せなのに、元刑事である、というそのプライドの高さとゆがんだ正義感がね、もう、読んでいて、うへぇっとなるんですよ、うへぇっ、と。でも、そこは赤川さん。そういう読者のもやもやした感情も、物語の中で見事に回収してくれるのだ。とはいえ、国原のような、定年後に燃え尽き症候群のようになってしまう男性は、ちまたにも沢山いるはずで、その辺りの社会性の取り込み方も、鮮やかだ。
 さらに、さらに、先ほど、赤川ミステリはほんわかとしたコージーミステリではない、と書きましたが、それとは別に、物語自体というか、赤川さんの人間を見る目には、優しさがあるんです。そこがいい。それは、物語のラスト、晴美の言葉に集約されている。
 全ての事件が終わった後、彼女はこう言うのだ。前科のあるしもかわという男を、「根はいい奴だな」と片山が言った言葉に返して、
「そうね。ただ、どこかで道に迷うんだわ、みんな」と。
 晴美のこの言葉が、タイトルの「十字路」とも呼応しているのが、なんとも心憎いじゃないですか。
 そうなのだ、ほんわかとはかけ離れた現実の厳しさ、世知辛さまでをもきっちりと描きつつ、けれどその現実に順応することができなかった人を、「道に迷う」と表現するところに、赤川さんの優しいまなしがあるのだ。しかも、みんな、とすることで、道を誤るのは特別な誰かに限ったことではない、としているあたり、さりげないけれど、本当にいい。三毛猫ホームズシリーズが愛される理由は、こんなところにもある、と思う。
 今年の秋、父の七回忌を迎える。三毛猫ホームズの文庫の解説を書いたよ、と伝えたら、父はどんな顔をしただろう、と思う。その顔を見ることはもうかなわないけれど、三毛猫ホームズシリーズを見かけるたびに、父の書棚を見た時の、あの柔らかな気持ちを思い出せるのは、小さな、けれど確かな幸せ、でもある。

作品紹介・あらすじ
『三毛猫ホームズの十字路』赤川次郎



三毛猫ホームズの十字路
著者 赤川 次郎
定価: 748円(本体680円+税)
発売日:2022年05月24日

友人の元恋人が仕掛けた爆発物。犯人を追う内、事件は複雑に絡み始める。
友人・絵美の別れ話に立ち会った片山晴美。別れを切り出された男は絵美のアパートに爆発物を仕掛け、爆発に巻き込まれた晴美は目が見えなくなってしまう。兄の片山義太郎刑事は、姿を消した犯人とその母親を追い始める。しかし、見つけた母親を尾行し行き着いた団地では、幼女を襲う犯罪が多発、さらに爆破犯の姉が死体で発見されて……。複雑に交錯する事件の結末は?
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322202000831/
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