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レビュー

「生」と「死」の狭間で、日本人を支え続けた歌があった。――『奇跡の歌 戦争と望郷とペギー葉山』門田隆将 文庫巻末解説【解説:安倍寧】

貴重な証言をもとに描き出される感動のノンフィクション。
『奇跡の歌 戦争と望郷とペギー葉山』門田隆将

角川文庫の巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。

奇跡の歌 戦争と望郷とペギー葉山』著者:門田隆将



『奇跡の歌 戦争と望郷とペギー葉山』文庫巻末解説

「南国土佐を後にして」とペギー葉山の不思議なえにし

解説
 やすし(音楽評論家) 

『奇跡の歌 戦争と望郷とペギー葉山』は、一曲のヒットソングを巡るノンフィクションとして最高の作品です。
 ここではその理由をペギー葉山という歌手を軸にして語りたいと思います。なぜなら僕は彼女と同年生まれで、同じ時代を音楽とともに生きたからです。
 僕とペギーは昭和八年生まれ。戦中・戦後を体験している世代です。ペギーは平成二九年に亡くなり、今では第二次世界大戦の体験者そのものが少なくなっています。『奇跡の歌』は私たちとその親の世代の経験を伝える作品だと言えるでしょう。
 僕がペギーを知ったのはお互いまだ高校生の時です。音楽評論家になる前から、ペギー葉山を知り、彼女が歌手として歩むその道のりをリアルタイムで見てきました。
 ペギーの歌手デビューは昭和二六年の夏、後楽園球場で開かれた渡辺わたなべひろしとスターダスターズのナイター・コンサートでした。ペギーはこの第一級ジャズ・バンドの新しい専属歌手として登場したのです。演奏したのはアメリカのミュージカル『南太平洋』全曲。その中の主要な曲を彼女が歌うというプログラムでした。僕は新聞でこのコンサートの広告を見たことを覚えています。しかし残念ながら聴きに行ってはいません。
 ペギーの歌を聴き、本人に会ったのはその年の秋です。僕の友人のガールフレンドとペギーが青山学院で同級生だったことから、有楽町・日劇(日本劇場)に彼女の歌を聴きに行ったのです。その時にペギーと楽屋で初めて会っています。つまり、私にとってペギーはデビュー当時から見ていて、亡くなった時には新聞の依頼で追悼文を書いたほど思い入れのある歌手なのです。
『奇跡の歌』はペギーと彼女の代表曲『南国土佐を後にして』について書かれたものですが、本題に入る前に、軍歌について少しお話ししましょう。本書に書かれているように、『南国土佐を後にして』のルーツはとある部隊が歌っていた軍歌なのですから。しかし、軍歌って何? というのが、今の日本国民の大半の反応でしょう。
 軍歌と隣接する分野に戦時歌謡がありましたが、こちらは軍歌よりももっと死語になっています。軍歌と戦時歌謡の違いを簡単に言うと、軍歌は兵隊が歌う歌、戦時歌謡は銃後の国民が歌う歌です。どちらも悲しい歌が多い。
 戦時歌謡が悲しいのはわかります。自分の愛する夫や恋人、息子が戦争に行くことは大きな悲しみですから。しかし軍歌が悲しいというのは矛盾した話です。兵隊の勇気を奮い立たせるのが軍歌のはずだからです。
 僕もペギーも戦時中はまだ子供でしたが、軍歌は知っていました。唱歌と呼ばれた音楽の授業で教えられ、童謡と同じかそれ以上に歌っていました。ですから、僕たちの世代は、日本の軍歌には本来軍歌が持っていてはいけない悲しみ、哀調があると知っていたんです。その特色は『南国土佐を後にして』のルーツである『南国節』にもにじみ出ていると思います。
 兵隊たちの心のどこかに、この戦争に勝てる見込みは少ない、多分負けるだろうという気持ちがあった。それが哀調に結びつき、軍歌にも表現されていた。うがった見方をすれば、そういうことになると僕は思います。
『南国土佐を後にして』のもう一つの特色は民謡を取り込んでいることです。『南国節』を生んだ部隊の故郷、土佐の民謡、よさこい節です。
 部隊は県単位で編成されていますから、郷土の民謡が軍歌の中に取り入れられていくのは自然なことです。ですが『南国節』ほど顕著に曲の中に取り入れられているのは珍しいでしょう。『南国土佐を後にして』のルーツには土佐出身の兵隊たちの思いがあったのです。そのことはこの『奇跡の歌』に詳しく描かれています。『奇跡の歌』が感動的な理由の一つは、高知を故郷とする兵隊たちが『南国節』を歌いながら、負け戦を戦わざるを得なかったという悲劇が透けて見えることです。
 しかし『奇跡の歌』はそれで終わりません。後半のクライマックスとも言えるのが、『南国土佐を後にして』という大ヒット曲がどのように誕生したかというドラマです。
 軍歌、しかも民謡調のこの歌を、そのどちらともまったく関係がないジャズ出身のペギーに歌わせようとしたつまよしさんというNHKの音楽プロデューサーと、これは私の得意なジャンルの歌ではないと歌うことに抵抗したペギー葉山。この二人のかつとうがこのヒット曲誕生の一番のハイライトです。そして、この葛藤を乗り越えることによって『南国土佐を後にして』は大ヒット曲になったのだと思います。
 なぜ、ペギー葉山が歌った『南国土佐を後にして』は大衆に受け入れられたのか。一言で言えば異化作用です。民謡を取り入れた軍歌と、ジャズ出身のペギー葉山という異質の歌手が一つの歌の中でぶつかり合った。それが成功の大きな要因でしょう。
 シンプルに言ってしまえば、異分子同士が結び合って弁証法が実現したということです。正と反と合ですね。『南国土佐を後にして』を正として、ジャズを反とすれば、そこに新しい何か、すなわち、合が生まれたのです。
 それを可能にした背景に、僕はクラシック音楽があったと考えています。ペギー葉山はもともとクラシックを歌いたいと思っていました。高校生だった時に、ジャズを聴きながら、同時にクラシック音楽に対するあこがれも持っていたのです。実際にクラシックの個人レッスンをその道の専門家、うちるりさんから受けていました。
 一方、ペギーに『南国土佐を後にして』を歌わせたNHKの音楽プロデューサー、妻城良夫さんは、子供の時に日本の代表的なテノール歌手、ふじわらよしのコンサートを見て感動したという人です。自分もクラシックの歌手になりたいという希望を持っていました。
 二人ともクラシック音楽への憧れと執着があった。そこが重なり合うんです。
 ペギーがクラシックの勉強をしていたことを妻城さんが知っていたかどうかはわかりません。でも、ペギーの歌を聴いて、クラシックの素養があるんだということを感じていたのではないでしょうか。妻城さんは『南国土佐を後にして』を聴いた瞬間に、クラシックの素養のある人に歌わせたら面白いと思ったんじゃないでしょうか。そしてペギー葉山が思い浮かんだ。
 例えば、同じジャズ歌手でもチエミに歌わせようとは思わなかったでしょう。チエミは浅草のバンドマンと軽演劇の女優を両親に持つ庶民派で、クラシックとは無縁です。ほかに当時の代表的なジャズ歌手といえばナンシーうめがいますが、この人は本場のアメリカで通用するほどの見事なジャズ歌手でした。やはりクラシックのムードではなかった。
 ペギーはこの二人に比べれば、いわゆるジャスのフィーリングとはちょっと違う歌手でした。ジャズの最大の特色は即興、インプロヴィゼーションです。つまりアドリブです。
 チエミもナンシーもアドリブを苦にしない歌手でした。しかしペギーはどちらかというとアドリブは得意ではなく、きっちり譜面通りに歌うほうが向いていました。『南国土佐を後にして』との異化作用がうまくいったのもあまりジャズっぽくなかったせいかもしれません。
『南国土佐を後にして』をペギーが歌ったのは昭和三三年。ちょうど高度経済成長が始まった頃でした。高度経済成長とはどういうことかというと、生活の洋風化です。
 例えば、団地が新しい生活様式の住居として人気を集めました。キッチンとダイニングルームが一体化したダイニングキッチンがあり、隣には畳の部屋もあるという間取りでした。
 江利チエミのデビュー曲『テネシー・ワルツ』は、日本語と英語のちゃんぽんでした。ペギーも初期のヒット曲『火の接吻』は日本語と英語が混ぜこぜの歌詞で歌っています。高度経済成長を背景とした洋と和の文化のぶつかり合いが、歌の世界でも起きていたわけです。ペギーの『南国土佐を後にして』もその流れの一つに位置づけられるでしょう。
 また、ペギーが『南国土佐を後にして』を歌うということはジャンル破りでもありました。それまで日本の楽壇では軍歌、民謡、ジャズ、クラシックなど、それぞれのジャンルにそれぞれの専門家がいて、その領域は侵してはいけないと思われていましたが、その因習を堂々と破り大成功をもたらしました。戦後日本の新しい文化のあり方を象徴する出来事だったのです。
『南国土佐を後にして』が大ヒットしていた当時、ペギーはちょっと戸惑っていたようでした。当たったのはうれしいけれど、自分の歌とは違うジャンルだから、というニュアンスは隠しませんでした。でも、歌手にとっては、こんな大ヒット曲を生涯に持てたということは本当に幸せだったと思います。この『奇跡の歌』を読むと、ペギーが最後には納得して『南国土佐を後にして』を歌っていたことがよくわかります。
 歌は常に時代とともにあります。よって歌を主題にしたノンフィクションが優れたものであるためには、歌の背景となる時代を陰に陽に浮き彫りにしなくてはなりません。『奇跡の歌』は、『南国土佐を後にして』の旋律とともに戦時下の、そして戦後の日本のさまざまな光景を次々と想起させてくれます。極上のノンフィクションたる所以ゆえんにほかなりません。(談)
構成/タカザワケンジ

作品紹介・あらすじ



奇跡の歌 戦争と望郷とペギー葉山
著者 :門田隆将
発売日:2023年10月24日

「生」と「死」の狭間で、日本人を支え続けた歌があった。
戦後日本を代表する歌手・ペギー葉山の代表曲『南国土佐を後にして』。
国民的ヒットとなったこの歌のルーツは、遠く中国で戦った歩兵第236連隊「鯨部隊」によって歌い継がれた『南国節』にあった。
緻密な取材で明らかになる中国戦線の戦争秘話、鯨部隊に愛された1頭の豹・ハチの悲劇――
激動の時代に生まれたこの歌は、いかにして人々に「希望」を与える楽曲となったのか。
貴重な証言をもとに描き出される感動のノンフィクション。

詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322305000299/
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