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レビュー

早くも10巻! 人気沸騰の超シリーズ!――『ecriture 新人作家・杉浦李奈の推論 X 怪談一夜草紙の謎』松岡圭祐 文庫巻末解説【解説:千街晶之】

果たして開かれた宴席は、奇妙なものだった……。
『ecriture 新人作家・杉浦李奈の推論 X 怪談一夜草紙の謎』松岡圭祐

角川文庫の巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。

ecriture 新人作家・杉浦李奈の推論 X 怪談一夜草紙の謎』著者:松岡圭祐



『ecriture 新人作家・杉浦李奈の推論 X 怪談一夜草紙の謎』文庫巻末解説

解説
せんがい あきゆき(ミステリ評論家)

 二○二一年から文庫書き下ろしで始まったまつおかけいすけの「écriture 新人作家・杉浦李奈の推論」シリーズも、本書『écriture 新人作家・杉浦李奈の推論 Ⅹ 怪談一夜草紙の謎』でいよいよ十作目を迎えた。
 主人公のすぎうらは、初登場時二十三歳、現在は二十四歳のライトノベル作家。三重県から単身上京したが、小説だけでは食べていけないのでコンビニでアルバイトをしつつ、当初は駅から徒歩十七分のアパートで暮らしていた。第一作『écriture 新人作家・杉浦李奈の推論』で人気作家・いわさきしようの盗作疑惑を解明したのを皮切りに、文学に関する豊富な知識をもとに怪事件を次々と解決している(自身が事件に巻き込まれる場合も、彼女の名探偵ぶりを知る警察から内密で協力を依頼される場合もある)。やがて、同じさがにある1LDKのマンションに転居し、第九作『écriture 新人作家・杉浦李奈の推論 Ⅸ 人の死なないミステリ』で一気にベストセラー作家になり、本書の冒頭では2LDKのマンション(場所は同じ阿佐谷だが、転居のたびにだんだん駅に近づいてきている)に引っ越したものの、コンビニでのアルバイトは続けている。
 このシリーズには、架空の文学作品が謎に絡むパターンと、実在の文学作品が関わってくるパターンとがある。後者の例としては、あくたがわりゆうすけの童話「桃太郎」が連続殺人の現場に置かれていた第六作『écriture 新人作家・杉浦李奈の推論Ⅵ 見立て殺人は芥川』がそれにあたる。本書もまた後者に属する作品であり、タイトルにあるように、おかもとどうの「怪談一夜草紙」(一九三三年)が作中の事件と密接な関わりを持っている。
 といっても、「怪談一夜草紙」と言われてどんな作品だったか、すぐに思い出せる読者がどのくらいいるだろうか。もちろんミステリファンならば、綺堂が捕物帳の草分け『半七捕物帳』の作者であることはご存じだろう。しかし、怪談方面の作品まで目を通しているひとが多いとは思えない。そのため、本稿では綺堂の執筆したミステリと怪談について簡単に触れておくことにする。
 岡本綺堂(一八七二~一九三九年)はしんを代表する劇作家として『修禅寺物語』などを執筆、一方での風俗・文化に関する知識をかした『半七捕物帳』などの時代小説でも人気を博した。また、怪談小説の名手としても知られる──と紹介すると、『半七捕物帳』のような時代ミステリと、怪談小説とを別々に執筆していたように思われるかも知れないが、実は綺堂の作品系列において、ミステリと怪談は表裏一体に近い関係にある。
 例えば『半七捕物帳』の第一話である「お文の魂」(一九一七年)は、いしかわにある武家屋敷で、妻女と娘がお文と名乗る女の幽霊に悩まされる──という怪奇現象の裏に隠されたからくりを、「彼は江戸時代にける隠れたシャアロック・ホームズであった」と形容される岡っ引きの半七が合理的に解明するミステリである。ところが、この「お文の魂」には「お住の霊」(一九○二年)という原型が存在する。そちらでは、発端こそ共通するものの、結末では武家屋敷で過去に起きた忌まわしい出来事に起因する幽霊の出現だったという説明がなされているのである。しかも、書き出しは「これはわたくしの父が、まのあたりに見届けたとはもうしかねるが、直接にその本人からききった一種の怪談で今はむかしぶんきゆうの頃の事」となっており、実話怪談めかした印象を狙っているのだ。
 また、「真鬼偽鬼」(一九二八年)という小説は、ある殺人事件の取り調べを担当している南町奉行所の与力が、夜道でその事件の被害者の霊から「だんぎんは違つてります。これではわたくしがうかばれません。」と声をかけられる場面から始まる。気になった与力は事件の再吟味を開始して真相を解明し、被害者の霊にふんした者の正体をも暴く。そこで終わっていればミステリだが、事件はまるで幽霊が介在したかのような、理外の理とも言うべき不気味な決着を迎えるのである。
 このように、綺堂の作品ではミステリと怪談がせつぜんと分かれているのではなく、ないまぜになっている場合が散見されるのだ。「怪談一夜草紙」もまた例外ではない。
 本書には「怪談一夜草紙」がまるまる収録されているのだが(そんなに長い話ではない)、その内容を要約すると──
 幕末の文久二年、江戸のほんごうにあったみようれんという寺の前に、あさそう右衛もんという浪人が息子のいちろうとともに住んでいた。彼らが越してきた頃、近所の人々は「あの人たちも今に驚いて立ち退くだろう。」と噂していた。というのも、その家は何かたたりがあるらしく、五、六年のあいだに十人ほど居住者が変わっていたのだ。ところが、七、八年経っても浅井親子の身には何も起こらず、悪い噂も自然と消えてしまった。
 やがて、宗右衛門が昔いた藩に再仕官することが決まり、近所の人々を集めて祝宴を開いた。それは五月半ばの雨の晩で、浅井家の家には十人ばかりの客と、手伝いを頼まれたおとよとおすみという二人の娘が呼ばれていた。夜遅く、裏口の戸をたたく音が聞こえたので、お角が様子を見に行った。続いて再び戸を叩く音が聞こえたため、今度は息子の余一郎が見に行った(本書の引用では一度目は「裏口の戸」、二度目は「裏の戸」となっているが、現在入手可能な中公文庫版『怪獣 岡本綺堂読物集七』と平凡社ライブラリー版『お住の霊 岡本綺堂怪異小品集』ではいずれも二度目は「表の戸」となっている)。そのまま、お角も余一郎も戻ってこず、そのまま姿を消してしまったのだ──。
 ここで終わっていれば怪談だが、そのあとで種明かしが行われる(余談だが、綺堂が二歳から四歳の頃に岡本家が住んでいた元旗本の古屋敷は、近所では化物屋敷と呼ばれていたそうだが、一家が住んでいるあいだは何の怪異も起こらなかったという)。さて本書では、杉浦李奈がこの「怪談一夜草紙」によく似た事件に遭遇するのだ。
 李奈はたん文学塾を主宰する純文学作家・丹賀げんろうからうたげに招待された。彼と全く面識がない李奈はいぶかしむが、招待客の中に丹賀文学塾の塾生はおらず、李奈以外に招かれた三人の小説家も源太郎とは初対面だという。源太郎にはりゆうという息子がおり、父以上の売れっ子小説家になっているが、その作風は極端かつ過激な差別主義に満ちあふれている。源太郎は息子の作風を認めていないが、笠都の稼ぎのおかげで丹賀文学塾が存続していたのも事実だった。その塾を、源太郎は解散することにしたのだという。
 宴に集ったのは丹賀おや、李奈たち四人の小説家のほか、笠都が手伝いとして呼んだ芸能人のかしみやれいやまほの、マネージャーのますおかという顔ぶれである。その宴の最中、勝手口を叩く音がして、様子を見に行った帆夏は戻ってこなかった。そして、再び叩かれた勝手口へと向かった笠都までも姿を消してしまったのだ。
「怪談一夜草紙」とこの事件とを対比するならば、浅井宗右衛門が丹賀源太郎、息子の余一郎が笠都、お角が小山帆夏、お豊が樫宮美玲ということになる。事件はその後、「怪談一夜草紙」とは異なる展開を見せるのだが、やはり本書のポイントは、これが本当に見立てなのだとすれば、どうして「怪談一夜草紙」という、岡本綺堂の中でもメジャーとは言えない作品を選んだのかという点だろう。誰も「怪談一夜草紙」とそっくりなシチュエーションだと気づかなければ、見立てが見立てとして成立しないのだから。
 李奈は相変わらずの鋭い洞察で、表向きの人間関係に隠された意外な構図を喝破してみせる。のみならず、ラストではシリーズの設定自体の根幹に関わるきようがくの事実(?)まで明かされるのだから、著者のファンならずとも読むべき一冊と言えるだろう。

作品紹介・あらすじ



ecriture 新人作家・杉浦李奈の推論 X 怪談一夜草紙の謎
著者 : 松岡圭祐
発売日:2023年10月24日

早くも10巻! 人気沸騰の超シリーズ!
『十六夜月』がヒットしたことで作家としてのステージが上がった李奈。三十階建て駅前マンションに引っ越し、気持ちを新たに次作に取り組む中、担当編集者から妙な頼み事をされる。ベテラン作家・丹賀源太郎が開いていた文学塾の閉塾に伴って催される宴に出席して欲しいというのだ。しかも依頼主は極端かつ急進的で差別主義的な思想を前面に出した長編小説がベストセラーになっている源太郎の息子だという。2人に面識もなく、塾にも関係のない李奈は戸惑うものの渋々参加を了承する。果たして開かれた宴席は、奇妙なものだった……。

詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322307000535/
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