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昼は甘酒屋、夜は天下の大泥棒。――『鼠、十手を預かる』赤川次郎 文庫巻末解説【解説:藤田香織】

赤川次郎が贈る人情時代劇シリーズ第12弾
『鼠、十手を預かる』赤川次郎

角川文庫の巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。

鼠、十手を預かる』著者:赤川次郎



『鼠、十手を預かる』文庫巻末解説

解説
ふじ をり(書評家) 

 二〇〇四年末、赤川次郎氏初の時代小説として、シリーズ第一冊目となる『鼠、江戸を疾る』の単行本が刊行されてから、早いものでもうすぐ二十年になります。
 作家のうちやす氏が、第五弾『鼠、剣を磨く』の文庫解説で、かつて赤川さんと対談した際、時代小説は調べなくちゃいけないから無理だし苦手だと仰っていたのに……と記されていましたが、にもかかわらず本書『鼠、十手を預かる』で、シリーズは十二冊目。今や「赤川次郎が時代小説を書いている」ことは、赤川作品ファンの方のみならず、広く知られるようになりました。とはいえ、数多あまたある赤川さんのシリーズ作と同じく、いつ、どこから読んでも楽しめるので、本書で「鼠」を初めて手にとった方もご安心を。時代小説自体をあまり読んだことがない、という方でも、すんなり江戸の世界へ入っていけること確約です。
 主人公のきちは、通称「あまざけ屋」と呼ばれてはいるものの、甘酒を売ったことは一度もなく、ふらふらしている自称遊び人。ともあれ、周囲の人々の困りごとや厄介ごとに、巻き込まれたり首を突っ込んだりして何かと頼りにされている──というのが表の顔で、夜ともなれば江戸に建ち並ぶ武家屋敷やおおだなに忍び込み、宝を狙う盗賊「鼠」としての裏の顔を持っています。
 モデルとなっている「鼠小僧次郎吉」が実在した大泥棒であることは有名ですが(ちなみに「鼠」と呼ばれるようになったのは、どこにでも入り込むから、という説が有力)、ドラマや小説でおみの、盗んだ金品(三千数百両といわれています!)を貧しい人々に分け与えたという話は史実にはなく、む打つ買うの遊興費として使い、捕まった後は市中引き回しの上、はりつけ、獄門(さらし首)という、江戸時代ではいちばん重い刑に処されたとか。
 本シリーズの「鼠」も、実在した鼠小僧と同様に、盗んだ金をばらまくような派手なことはしません。それでいて、本物とは違い、それなりの付き合いはあるものの、身を持ち崩すような遊び方もしない。鼠の本業である「盗み」にフォーカスするのではなく、副業にさえしていない次郎吉の「人助け」の人情味&痛快さが主に描かれ、人気となっているのです。
 ところが、本書のタイトルは『鼠、十手を預かる』。貧しい江戸の庶民をあからさまに「金」で救うのではなく、文字通り身体を張って「趣味」として人を助けてきた鼠=次郎吉が「十手を預かる」とは、これいかに。え? もしかして、当代一の大泥棒といっても過言ではない、本来、追われる側なのに、罪人を追う側になるってこと……? と大いに興味をそそられます。
 その、気になる表題作が収められているのは第二話。次郎吉と妹のそでが、女医のぐさとともに診療所へ向かう途中、追われてきた四人の男と遭遇し、押し込み(強盗)だと追ってきた目明しのさだきちが転んで足首の骨にひびが入ってしまったことから、「十手」が転がり込んできてしまう。一般的に「目明し」とは、公儀の役人である同心が個人的に雇っていた、岡っ引きや御用聞きと同類とされていて、なので「差し当り、定吉の代りを、それそこの〈甘酒屋〉の次郎吉さんに頼みたいということに……」と同心のおおたにもんの一声で決めることができたわけです。小袖いわく「あれで気が弱いんです。断りきれない」次郎吉は、十手を預かりはしたものの、見つけてみれば猫だった迷子探しや夫婦げんの仲裁にほんろうされ疲労こんぱい。そこへ夜毎くるわに通い詰めている同心がいる、どうやらそれは大谷らしい、その金の出どころはどうなっているんだ? という問題が浮上してくる展開です。
 次郎吉の目明し仕事に対して同心の大谷から多少なりとも給金が支払われたのか否かはわかりませんが、この表題作に限らず、本書では「金」について語られる印象的な台詞せりふが多々あります。大谷に斬りつけた犯人として次郎吉が目ぼしをつけた浪人・とうまさてるが吐露する「お前などには分るまい。長く浪々の身でいると、食うためにはどんなことでもするようになる……。情ない、と自分で思っても、空腹には勝てぬ」。第一話の「鼠、無名橋の朝に待つ」で、酒の席で同輩を斬り出奔中のまえてつすけが心の底から絞り出す「貧乏だ」。「何よりの敵は、貧乏だ……」というつぶやき。「鼠、女にを見る」で、茶店で言いがかりをつける浪人に苦言を呈したが、居合わせた千草が医者だと知り語る身の上も、何気ないように記されているのに深く刺さります。紫乃が自分も医者になりたくて、父に長崎へ勉強に行かせてくれと懇願したがかなわず、その代わりに三十も年上の亭主を押し付けられた、と聞いた千草が、「私などは恵まれているのですね」と受ける場面です。多くの大名や幕府の要人を診ている名医・せんりようあんの娘に生まれた千草は、父にならい治療費を請求できない患者もいとわず診ていて、「貧しさ」を知らぬわけではありませんが、今の自分があるのは誰にでも開かれた道ではないのだとみしめる。赤川さんの小説には、いわゆる決め台詞ではなく、こうした何気なく書かれている言葉にもハッとさせられることが実に多い。
 最終話の「鼠、恋心を運ぶ」は、個人的にシリーズ全話のなかでもとりわけ好きな作品ですが、無体を働くあるじに使いを命じられたおさとが、旅の途中でやせこけた野良犬に食べものを与えながら言う「お腹いてるんだね。──お腹が空くと、人も犬もつらいのは同じだよね」にも胸をうたれました。やがてきよくせつの末、小袖に「あなたは……。若いのに、強い子ね」と言われたお里が返す「いいえ。でも──貧乏人はだまされつけてますから。貧しい百姓なんか、いつも偉い人に噓をつかれてるから、慣れてるんですよ。私だって──さぶろうさんの言葉を信じたかったけど、心の中じゃ、分ってました。こんなこと、あるわけがない、って」も切なさMAX。できることならお里をぎゅっと抱きしめたくなるほどです。
 第二弾『鼠、闇に跳ぶ』に収められている「鼠、八幡祭に断つ」で描かれた永代橋崩落が、実際に起きたのは文化四年(一八〇七年)であることから、本シリーズは実在の鼠小僧が「活躍」した文政六年(一八二三年)から天保三年(一八三二年)より、少し前の時代を想定してつづられているとみられています。いずれにしてもこの時代は、今よりずっと自由になることが少なく、生まれた場所や家によって人生が半ば決まったも同然でした。親や主の命令は絶対で、武士には武士の、町人には町人の揺るがぬヒエラルキーがあり、格差があたりまえだった社会。お家存続が何より大事だからこそ、本書の「鼠、女にを見る」のような事件が頻発し、旗本の次男であるよねはらひろしんは、「侍などに生まれるものじゃありませんよ」「どうも私は武道には向いていないのかも……」(『鼠、恋路の闇を照らす』所収「鼠、心中双子山の噂話」)と言いつつも身分を捨てることは難しい。紫乃のように、目上の者に従い、自分の置かれた立場を受け入れ生きていくのが常で、それにはあらがうことのできないあきらめ、やるせなさ、悔しさやもどかしさ、もっといえば虚無や絶望がつきまとっていたのです。
 身分や職業問わず多くの人が、諦めることに慣れ、多くを望まず、夢を見ることもなく、「身の丈」にあった日々を死ぬまで生きるしかないなかで、甘酒を売らない甘酒屋の次郎吉はいってみれば異端の存在です。「鼠」も、集団に属しているわけではない一匹狼(鼠ですが)として動いている。誰に命じられることもなく、義務も責任もなく生きている(そうした意味でも「十手を預かる」のは珍しい!)。
 これは持論でしかありませんが、次郎吉はその自覚があるからこそ、人の道に外れた悪人を許せず、まっとうに生きている人々の味方をしているのではないでしょうか。
 かつて廓から「身請け」してきたおくにや、本書のお里のように、知恵と勇気と努力で自らの道を切りひらく者に、肩入れせずにはいられないのもまたしかり。自由度は高いとはいえ、江戸の時代と変わらず、しがらみやきずなに縛られ、義理や人情に囚われ、納めなければならない年貢は増えるばかりでままならない令和の今を生きる身としては、次郎吉はどこか近しく頼もしく、あらゆる意味でその軽やかさをうらやましくも感じるのです。
 さて、最後に。先にどこから読んでも楽しめる、と記しましたが、本シリーズをこれからさかのぼって読破してみようとお考えの方に、まずは一冊お勧めするならば、次郎吉と小袖が、今では欠かせぬ存在となったお国と千草に出会う話が収められている第三弾『鼠、影を断つ』を上げておきましょう。廓の下働きをしていた十二歳のお国が、なぜ千草のもとで助手を務めるようになったのか。次郎吉を「だんさん」と呼ぶお国にも新鮮味があり、緊迫した状況での初対面でありながら、千草にじっと見つめられ、うろたえる次郎吉の姿もおがめます。今でいうところのぎっくり腰とおぼしき腰を痛めた武士に小袖が荒療治を施す場面もあり、もしや本書の「鼠、隠居を願う」で、お国が次郎吉に披露した「心得」は、小袖仕込みだったのかも……と想像するのもまた楽しい。この後、残念ながら次郎吉と千草の関係は、ひざまくらをしたり抱きしめたりもしているのに(でも色恋っぽさはない……)、これといった発展は見られませんが、「遡り読み」は、そんなこともあったのか! と思う発見がだいといえます。
 ねずみから始まる干支と同じくひと回りしたところで、これから先、どんな話が待っているのか。小袖と広之進、次郎吉と千草の恋の行方も気にならないわけではありませんが、密かに、以前第六弾『鼠、危地に立つ』で千草の父・良安先生が、お国の働きを褒め、「いずれ長崎にでも勉強にやろうかと思っております」と次郎吉に話していたことが実現するといいな、と思っています。となれば、次郎吉の性格的に、その費用を持つと言い出すに違いなく──。やはり隠居を願ってもいられませんね。

作品紹介・あらすじ



鼠、十手を預かる
著者 : 赤川次郎
発売日:2023年09月22日

昼は甘酒屋、夜は天下の大泥棒。赤川次郎が贈る人情時代劇シリーズ第12弾
ある夜、人助けの帰り道で捕物に遭遇した鼠小僧・次郎吉。犯人は無事捕まるも、目明しの一人が怪我を負い動けなくなってしまう。彼の代わりになぜか十手を預かることになった次郎吉のもとに、廓通いの同心の噂が飛び込んできた。さらに遊郭で客が何者かに襲われる流血事件が発生。被害者が噂の同心と知った次郎吉は、慣れない十手を握り、妹の小袖と事件の真相を追うが……(「鼠、十手を預かる」)。
表題作を含む短編6作を収録。大人気の痛快時代劇シリーズ、第12弾!

詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322303000869/
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