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レビュー

2024年の大河ドラマは紫式部! 華やかな世界を描くアンソロジー――『君を恋ふらん 源氏物語アンソロジー』文庫巻末解説【解説:末國善己】

歴史小説の名手たちが織りなす、美麗なるアンソロジー。
『君を恋ふらん 源氏物語アンソロジー』

角川文庫の巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。

君を恋ふらん 源氏物語アンソロジー
著者:末國善己、田辺聖子、瀬戸内寂聴、永井路子、森谷明子、澤田瞳子、永井紗耶子



『君を恋ふらん 源氏物語アンソロジー』文庫巻末解説

解説
すえくに よし 

 むらさきしきの『源氏物語』は、成立したとされるかんこう年間(一〇〇四年〜一〇一三年)から千年の時を経た現代でも読み継がれている古典文学の最高傑作の一つである。
『源氏物語』は写本によって広まったため誤写や筆写した人物の加筆修正があり、古典としての地位が確立したとされるへいあん末期には、どれが紫式部が書いた本文なのか分からなくなっていた。そのためみなもとのみつゆきと息子の源ちかゆきふじわらのさだいえらによる本文の確定作業の実施や、藤原これゆき『源氏釈』など連綿と執筆された注釈書、さらにビジュアルで物語世界を伝える源氏物語絵巻などが作られたことによって、時代が下るにつれ公家だけでなく幅広い層が『源氏物語』に親しむようになっていった。二〇一九年に、定家本『源氏物語』の第五じよう「若紫」が発見され、大きなニュースになったのは記憶に新しい。
 武家政権を倒し王政復古を成し遂げた明治政府が、古典の知識を学ぶ教材として用い、日本の伝統的な美を広めるイメージ戦略に利用したこともあり、『源氏物語』の評価はますます高くなった。近代に入ると難解な『源氏物語』の現代語訳も刊行され、あきたにざきじゆんいちろうくぼうつえんふみなべせいはしもとおさむうちじやくちようおおつかひかり、いまいずみただよしたまがみたくざきはやしのぞむかくみつらが全訳を手掛けている。アーサー・ウェイリーの英訳で欧米に紹介された『源氏物語』は、三十以上の言語に翻訳されており、まさに日本が誇る世界文学となっている。
『源氏物語』は有名だが、作者とされる紫式部は生没年も本名も伝わっていない(諸説あり)。父は下級貴族ながらざん天皇に漢詩文を教えた藤原ためときで、幼少の紫式部は女性に必要ないとされた漢文を読みこなしていたとの逸話がある。また従兄いとこの藤原のぶたかと結婚して一女をもうけた紫式部は、夫と死別後、藤原道長の娘でいちじよう天皇の中宮になったしようの女房になり、この頃に『源氏物語』を書いたとされる。中古三十六歌仙、女房三十六歌仙に選ばれる和歌の名手であり、宮中での生活をつづった『紫式部日記』も古典文学の名作とされているが、晩年の動向ははっきりしていない。
 偉大な業績を残した紫式部だが、死後にひどい仕打ちを受けている。『源氏物語』というフィクションを書いたのは、仏教の五戒の一つ「不妄語」を破ったことになり、紫式部は地獄に落ちたというのである。紫式部と『源氏物語』の読者の罪業を消すため、中世期には源氏供養が行われていたとの記録がある。
 二〇二四年のNHK大河ドラマが紫式部(「まひろ」という名を与えられるようだ)を主人公にした「光る君へ」になったのは、武家社会になった鎌倉時代以降よりは女性が活躍できる場は多かったが、それでも男性中心の社会だった平安時代に自分の人生を切り開いた紫式部の活躍を描くことで現代の女性を応援し、熱心なファンがいる一方で古典に苦手意識を持っていて『源氏物語』を敬遠している人たちに、その魅力を伝える意図があるように思える。
 第二十二帖「玉鬘」に出てくる和歌の一節をタイトルにした本書『君を恋ふらん 源氏物語アンソロジー』は、紫式部のはるかなる後輩といえる女性作家たちが発表した『源氏物語』と紫式部が生きた時代を題材にした六篇をセレクトした。『源氏物語』の世界を独自に解釈した二次創作から、紫式部や同世代の人物を描く歴史小説まで幅広く作品を収録したので、楽しみながら平安時代と王朝文学への理解が深められると考えている。
 以下、収録作を順に見ていきたい。
 田辺聖子「やんちゃ姫 玉かつらの巻」は、中年になりぼうと体力が衰えた光源氏を女性たちの目でとらえたパロディ『春のめざめは紫の巻 新・私本源氏』の一篇。
 光源氏の従兄で親友、恋のライバルでもあるとうのちゆうじようと夕顔の娘・玉鬘を中心人物にした『源氏物語』の第二十二帖「玉鬘」から第三十一帖「真木柱」までは、玉鬘十帖と呼ばれている。本作は、この玉鬘(作中では玉かつら)が主人公である。
 原典での玉鬘は、乳母めのと一家とつくへ下向し美しく成長するが、有力な豪族・たいふのげんの求婚を逃れ上京し、母の侍女だった右近を介して光源氏に引き取られた。ひなで育った玉鬘が、光源氏のもとで都で暮らす女性に相応ふさわしい教養を身に付け、多くの貴公子から求婚を受ける展開はシンデレラ・ストーリーといえる。これに対し田辺の描く玉かつらは、本作が書かれた頃の若者言葉でしゃべり、都の貴族たちの常識に違和感を持ち、最後は敷かれたレールを拒否して自分の意志で進むべき道を決めていく。
 タイトル通り「やんちゃ」な玉かつらには、女性が抑圧されていた戦前を知る田辺が、現代の女性に自由かつたつに生きて欲しいというメッセージを込めたように思える。
『源氏物語』の女性たちが心中を語る『女人源氏物語』に続き現代語訳を刊行した瀬戸内寂聴が、改めて短篇小説で『源氏物語』の世界に挑んだのが「髪」である。
 本作は、『源氏物語』の宇治十帖(光源氏没後の宇治を舞台にした第四十五帖「橋姫」から最終の第五十四帖「夢浮橋」まで)で、かおるにおうのみやに愛され苦しむうきふねを助けたかわの僧都の弟子・じやを主人公にしている。
 横川の僧都が病魔退散の読経どきようを始めた頃、やしきの裏の方を見回っていた阿闍梨は黒髪の女を見つけた。僧都の命で死にかかっていた女を小部屋に運び込んだ阿闍梨は、裸体をいたことで煩悩を募らせ、特に黒髪へフェティッシュな欲望を感じてしまう。
 阿闍梨は、女の官能美にとらわれ、僧都の聖性を疑い、俗世を離れたいと考えている女が再び愛欲生活に戻る可能性などを考え悩みを深める。ただ瀬戸内は煩悩に囚われた阿闍梨を批判しておらず、人間の〝生〟を肯定する終盤は強い印象を残す。
 ながみち「桜子日記」は王朝ものの短篇集『噂の』の一篇で、紫式部と同じ時期に彰子の女房だった和泉いずみ式部の恋愛遍歴を、側近くで仕えた桜子を通して描いている。
 れいぜい上皇のきさき昌子しようし内親王に仕える高官の父と、昌子内親王の乳母だった母との間に生まれた和泉式部は、十歳の頃から恋文を送られていたが、結婚したのは和泉いずみのかみたちばなのみちさだという地味な男だった。和泉式部の女房名は、道貞の官名に由来している。
 米、財宝があふれる屋敷を道貞に譲られた和泉式部は娘を生むが、父親は道貞ではないと桜子にほのめかすなど恋の話が絶えなかった。物語は、道貞と離婚し天皇のだんじようのみやためたか親王、その弟のそちのみやあつみち親王と関係を持つ奔放な和泉式部と、為尊親王の使者を務めるかつらまるひそかな恋心を抱く桜子を対比しながら進んでいく。
 平安時代、宮中で働く女房たちが和歌を詠み、物語を書いたのは、文化の力で自分が仕える中宮を盛り立て、天皇に渡っていただく機会を増やす政治的な一面があったとされる。恋愛も政治と無関係ではなく、華麗な恋愛を繰り広げる和泉式部を描く本作は、冠婚葬祭などで簡単に権力構造が変わり、取り入る相手を間違えれば転落の危険もある政治的な駆け引きが描かれており、華やかな宮中の裏側がうかがえる。
 紫式部を探偵役にした『千年のしじま 異本源氏物語』でデビューしたもりあきは、その後も『白の祝宴 逸文紫式部日記』『望月のあと 覚書源氏物語「若菜」』などの平安ミステリを発表している。「あさがおさいおう」は、七夕のおりひめの七つの異称と同じ名前を持つ女性たちを主人公にした『七姫幻想』の一篇である。
 朱雀すざく天皇の皇女・けんは、父の崩御でもの神社の斎王を降りた。みなもとのとしふさが娟子と通じたため、弟のたかひと親王(後のさんじよう天皇)は激怒し、れいぜい天皇から勅勘を受けた俊房はちつきよした。この史実をベースにした本作は、斎王を辞めた娟子が落ち着いた河合かわい御所で、猫の死体が投げ込まれたり、垣の朝顔が根こそぎ引き抜かれたりする事件が起こり、それをしよう納言なごんと呼ばれる謎めいた女性探偵が解き明かすミステリである。少納言が誰かも、物語をけんいんする重要なかぎになっている。
 屋敷の垣にちなみ朝顔と呼ばれる娟子の物語を、『源氏物語』でももぞのしききようのみやの死により斎王を退いた朝顔が光源氏に求愛されるも拒んだ第二十じよう「朝顔」とリンクさせ、さらに『拾遺和歌集』に収められた「詠み人知らず」の朝顔の歌にもつなげるみつな構成が鮮やかだ。作中に「朝顔」の批評が織り込まれているのも面白い。
『源氏物語』が千年にわたって読み継がれてきたのは、優れた写本や注釈書だけでなく、『源氏物語』を題材にした能『はしとみ』『夕顔』『ののみや』『須磨源氏』『住吉詣』『玉鬘』『落葉』『浮舟』など芸能が果たした役割も少なくない。瀬戸内寂聴が手掛けた「髪」をベースにした新作能『夢浮橋』も、この系譜の一作といえる。
 さわとうてるの鏡──あおいのうえ」は、能を題材にした『稚児桜 能楽ものがたり』の一篇で、『源氏物語』の第九帖「葵」を題材にした能「葵上」を取り上げている。
 能「葵上」は、シテ(主役)がいきりようで、それに苦しめられる葵上は登場せず舞台上に広げられたそでで表現される。これに対し本作は、あずさゆみを使って魔をはらてるまえが、葵上にいた生霊の調ちようぶくを頼まれるので、葵上を軸にした物語となっている。照日ノ前が雇い入れた少女の視点で、生霊との戦いがダイナミックに描かれ、それに生霊を飛ばしているのは誰かを探る犯人当ての要素も加えられている。
 能「葵上」は、照日ノ前のモデルになった照日ノなど『源氏物語』に登場しない人物が活躍し、原典本文からの引用もないため〝原作離れ〟との指摘もあるようだ。ただ澤田は、能にだけ出てくるキャラクターを使いながら『源氏物語』ファンも満足できる物語を作っている。美男美女の恋愛を描く『源氏物語』の世界を使って、ルッキズム(外見至上主義)を批判する現代的なテーマを描いた離れ技も見事である。
 ながの書き下ろし「栄花と影と」は、あかぞめもんを語り手にして、藤原みちながが権力を握るまでの壮絶な宮廷陰謀劇と、せいしよう納言なごんの『枕草子』、紫式部の『源氏物語』、そして赤染衛門の『栄花物語』がなぜ書かれたのかにも迫っている。
 道長の兄で関白のみちたかを父に持つていは一条天皇に嫁ぎちようあいを受けていたが、父の急死で状況が一変する。道隆の弟・みちかねが関白を継ぐも急死し、次の関白を道隆の長子・これちか、道隆の弟の道長が争い、宮中を二分する派閥抗争に発展したため道長は娘の彰子を入内じゆだいさせたが、帝の寵愛は変わらず定子は懐妊するも第二皇女の出産直後に崩御した。
 永井は、伊周と道長の政争や定子の苦悩に触れず、明るく華やかな定子のサロンの様子だけを『枕草子』に書いた清少納言は、「まつりごと」を理解していたとする。そして最愛の定子を亡くし、その「かたしろ」になる女性を求めた帝の姿は、紫式部がふじつぼ宮の「形代」を探し続ける光る君の物語として『源氏物語』に反映させたとしている。
 生まれた時代は異なるが、同じ表現者として清少納言と紫式部の心の中に入って創作の動機を導き出しているだけに、永井の解釈には説得力がある。道長が政権を奪取する激動の時代を生き、巻き込まれた人たちの栄光と悲劇を目にした赤染衛門が、天皇からほりかわ天皇までの約二百年を追った歴史物語『栄花物語』を書く決意を固める展開は、永井が歴史時代小説を書いている理由とも重なっているように思えた。

【付記一】
 本書の編集作業中に、永井紗耶子さんが『木挽町のあだ討ち』で第一六九回直木賞を受賞されました。おめでとうございます。

【付記二】
 本書の編集作業中に、『炎環』『流星 お市の方』『姫の戦国』など女性に焦点を当てた歴史小説を発表されてきた永井路子さんがお亡くなりになりました。多くの名作を残していただいたことに感謝しつつ、謹んでごめいふくをお祈り申上げます。

作品紹介・あらすじ



君を恋ふらん 源氏物語アンソロジー
著者 : 末國善己、田辺聖子、瀬戸内寂聴、永井路子、森谷明子、澤田瞳子、永井紗耶子
発売日:2023年10月24日

2024年の大河ドラマは紫式部! 華やかな世界を描くアンソロジー
光源氏の養女は、お転婆娘だった(「やんちゃ姫 玉かつらの巻」田辺聖子)。放浪の僧侶が秘めた懊悩とは(「髪」瀬戸内寂聴)。和泉式部の奔放な恋を描く(「桜子日記」永井路子)。皇女に嫌がらせをするのは誰? (「朝顔斎王」森谷明子)。高名な巫女が召したのは、醜い少女だった(「照日鏡──葵上」澤田瞳子)。朝廷の権力闘争と、女房たちの創作の源を描く(「栄花と影と」永井紗耶子)。歴史小説の名手たちが織りなす、美麗なるアンソロジー。

詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322303000877/
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