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レビュー

『ミッドナイト・ジャーナル』の著者が放つ、渾身の長篇小説――『不屈の記者』文庫巻末解説【解説:内藤麻里子】

真実を追う覚悟はあるか。
『ミッドナイト・ジャーナル』に連なる、著者の真骨頂!
『不屈の記者』

角川文庫の巻末に収録されている「解説」を特別公開! 
本選びにお役立てください。

不屈の記者』著者:本城 雅人



『不屈の記者』文庫巻末解説

解説
ないとう(文芸ジャーナリスト)

 我が国初のカジノ建設をめぐる疑惑を描いた『流浪の大地』(二〇二〇年)が、『不屈の記者』と改題されて文庫になった。疑惑の核心にあるのは、何が日本のためになるかという立場の違いからくる攻防。疑惑を追う新聞記者と、攻防に巻き込まれたゼネコン社員の苦闘に迫るこんしんのサスペンスだ。
 ところで、改められたのはタイトルだけではない。中身もほんのわずかだが手が入れられている。もちろんストーリー展開はいささかの揺るぎもなく『流浪の大地』のままなのだが、文庫用の手入れが驚くほどの効果を上げているのだ。
 本作はスーパーゼネコン、鬼束建設で軟弱地盤の専門家「シールド屋」と呼ばれてきたあらひろしと、中央新聞社会部の調査報道班キャップ、のりまさの視点で交互に語られていく。単行本の『流浪の大地』は新井の視点から始まったが、今回の文庫『不屈の記者』では那智から始まる。その関係で冒頭の二章分の中でそれぞれの配置を若干入れ替えている。さらに主に第4章で末節と思われるエピソードをわずかだが省いている。そうすることによって、ピシリと焦点が合った感がある。つまり、『不屈の記者』と改題したことからわかるように、新聞記者小説という軸がより印象強く立ち上がってきた。
 ご存知の読者も多いだろうが、ほんじようまさは元新聞記者だ。産経新聞入社後、支局勤務を経てサンケイスポーツでプロ野球、競馬を担当した。〇九年、大リーグを舞台にした『ノーバディノウズ』でデビュー。『スカウト・デイズ』(一〇年)などのスポーツ小説や、『境界 横浜中華街・潜伏捜査』(単行本は『希望の獅子』一二年)などの警察小説を手がける中、満を持して新聞記者を描く『トリダシ』が刊行されたのが一五年のこと。
 以降、『ミッドナイト・ジャーナル』(一六年)『紙の城』(同)『傍流の記者』(一八年)など、読み応えのある新聞記者小説を世に送り出してきた。ことに『ミッドナイト・ジャーナル』では一七年に吉川英治文学新人賞を射止め、作家としての地歩を固めた。舞台となった新聞社は中央新聞。そう、『不屈の記者』は、それ以来となる中央新聞の記者たちの物語だ。ただし、決定的に異なる点がある。
 それは、記者の現代性だ。かつては夜討ち朝駆けが当たり前。上司は怒って当たり前、時には理不尽な要求もする。しかし、社会にパワハラ、セクハラに対する意識が定着し始め、働き方改革も浸透しつつある。しかもネットの普及で新聞の速報性どころか、必要性まで問われている。そんな時代性を踏まえた人物像が練り上げられているように思う。
 それは主人公の記者像に明らかだ。『ミッドナイト・ジャーナル』のせきぐちごうろうは誤報の責任を取らされ、社会部から支局に飛ばされた。夜討ち朝駆けは当然で、スクープ命。後輩の指導も厳しく、ごうまん、強引という昔ながらの新聞記者のイメージそのものだ。
 一方、本作の那智紀政は調査報道班ゆえでもあるが、関口とはまずスタンスが異なる。調査報道のエキスパートだった伯父の志を継ぎ、「調査報道にできることはスクープを取ったり、大物を逮捕させたりすることではない。読者の心にさざ波を立たせることだ」という信念を持つ。しかし、それ以前に例えば職務上朝駆けしても相手を思いやって無理はしてこなかった。これでうまくいくこともある。複雑な過去を抱える部下に対しては、決して怒ったりイラついたりせず、大方は理性的に向き合う。上司から再生工場的役割を期待され、それを見事に果たした時、こんなふうに評価される。「大事なのは無理やり押し付けないことだ。仕事は与えるが、そこから先は自発的にやるのを待つ。それが案外難しいってことが上に立つと分かるんだが、きみはその若さで出来たんだから驚きだよ」。もはやしりたたいて働かせる時代ではない。この発言は記者に限らず、現代において人を動かすようていだろう。時代に合わせて変わりゆく記者像がここにはある。とはいえ、新しいスタイルの中に真実を追い求める熱い魂は健在だ。
 さて、ここまで新聞記者にフォーカスしすぎたので、全体に話を戻そう。
 那智の手元には、倒れた伯父から託されたゼネコン関係の膨大な資料がある。しかしそれらが何を意味する資料かまるで分からない。調査報道班は那智以下、元週刊誌記者のたきたにりようへい、支局から本社に異動したばかりのむかいがフルメンバーだ。滝谷がひっかけてきた、ある事務次官の副業問題を皮切りに物語が動き出す。波乱含みの幕開けに一気に引き込まれる。
 もう一人の視点人物である新井は、三年前に高速道路談合事件に巻き込まれ閑職に追いやられていたが、複合型リゾート(IR)第一号となるカジノホテルを任されることになった。土地買収の入札が二十日後に迫る。明るい展望が開けたかに見えた新井だが、徐々に影が差し始め、やがて、資料の正体を追う那智ら調査報道班と新井が交錯していく。
 これらを描いていくディテールが面白い。謎の情報提供者「スミス」と接触する時のゲイの出会い系サイト、新井が現場に出ていた時につけていた「学習ノート」と「歩掛りノート」、政治家も官僚も記者も大河ドラマが大好きな理由などの彩りが、物語のスパイスにも推進力にもなる。特に建設業界の細々とした描写は、どれほど取材したのか、驚嘆に値する。そこから不正のからくりと、政治家たちの思惑が浮かび上がる。まだそれを知らない時の新井は、疑惑の政治家と関係する人物がカジノの事業主体である複合企業体の会長に就任しないことを喜んだりする。からくりと思惑の影の濃さに対して、卑近な出来事に一喜一憂するこうした下々の姿もおろそかにしない。そういえば、那智の持つ資料に振られたアルファベットの謎の伏線も丁寧に張られていた。大きな骨格のミステリーやサスペンスを書く腕に惑わされがちだが、みつさも忘れてはいけないこの作家の要素だ。
 本作の肝の一つは、IRを素材にしたことだろう。現実ではカジノの誘致申請をしているのは大阪と長崎で、東京は新型コロナウイルス感染症の拡大により誘致の検討を休止している。ここでは第一号の場所として東京を選び、しかもしん宿じゆくという都心に設定した。本作は『小説 野性時代』の連載が初出だが、一八年から一九年にかけて執筆している。当時はコロナ前だが、それでも先行き不透明な情勢のIRを、よくぞ取り上げる決断をしたと思う。
 作中、複合企業体の役員の一人が言う。「我々次世代のレジャー産業がすべきことは人を眠らせない娯楽施設を造ること。(中略)僕らが考えているのは終始一貫、『東京・不夜城計画』です」。さらに国内資本と外資の対立構造もある。読んでいると、さまざまにIRの意味を教えてもらい、思考実験をしているかのようだ。今はコロナ禍のために話題に上らないが、いずれ必ずカジノはできるのだろう。その時役立つ、事態の推移を見る目を養ったような気がするとは言いすぎか。
 実は、カジノ事業をめぐる疑惑は、巨悪を叩いて大団円というそうかいな結末にはならない。それだけ問題が複雑なのである。いったん鎮まったかに思えた事態が、とんでもない展開を見せもする。徒労感、虚無感に襲われそうになるところを、ある一点で救われる。
 それは人間のきようである。那智たち新聞記者の、世の中に「さざ波を立てる」という志。そしてゼネコン現場には、四大原則があるという。「工程」「コスト」「安全」「品質」がそれだ。中でも一番大事なのは作業員の「安全」なのだそうだ。新井が見せる「安全」を脅かすものへの怒りも矜持である。
 さまざまに思い悩み、揺れもするが、まさにタイトルにある「不屈の」人間たちが克明に描かれている。それが心を熱くする。

作品紹介・あらすじ



不屈の記者
著者 本城 雅人
定価: 1,078円(本体980円+税)
発売日:2023年01月24日

『ミッドナイト・ジャーナル』の著者が放つ、渾身の長篇小説
中央新聞の那智紀政は、記者の叔父が残した、謎の建設工事資料の解明に取り組んでいた。叔父は、伝説の調査報道記者と呼ばれていたが、病に倒れてしまったのだ。那智は、仲間たちとともに、叔父の追っていた事件の闇に、少しずつ近づいていくが──。一方、鬼束建設の新井は、日本初の統合型リゾートの工事計画を任され、過去の汚名を返上しようとしていた。だが、新井の周囲には、計画を妨害するような不穏な動きが……。

詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322209001178/
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