時代小説の名手が贈る、珠玉の作品全5編を収録!
『剣狼の掟』
角川文庫の巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。
『剣狼の掟』著者:鳥羽 亮
『剣狼の掟』』文庫巻末解説
解説
細谷 正充(文芸評論家)
「鳥羽亮さんの時代短篇集が作れないか」。編集者からそう聞かれて、一瞬、言葉に詰まった。というのは作者が、長篇型の作家だからだ。書庫の鳥羽亮コーナーに行って、膨大な本を確認してみても、ほとんどが長篇。連作短篇集が、僅かにあった。さらに記憶を引っ張り出してみると、時代小説のアンソロジーに、何作か短篇が収録されていたはずだ。あちこちのアンソロジーをひっくり返して、短篇を発掘。ようやく本を作る目途がついたのである。残念ながら諸般の事情で収録できなかった作品もあるが、五作を採り、一冊にまとめることができた。長篇とは一味違う、鳥羽作品の世界を堪能していただきたい。それでは以下、各話を見てみよう。
「怒りの簪」は、「小説NON」二〇一六年二月号に掲載され、『競作時代アンソロジー 怒髪の雷』(祥伝社文庫)に収録された。物語は、小伝馬町の牢屋敷の土壇場から始まる。「首斬り浅右衛門」こと山田浅右衛門吉利の高弟・片桐京之助は、二十両を盗んで死罪となったおゆきという女の首を落とした。土壇場まで隠し持っていた銀簪と、源次という男を怨むというおゆきの言葉が気になり、事件のことを調べ始めた京之助。やがて源次がおゆきを食い物にしたことを知り、斬ることを決意する。
というストーリーからラストは京之助と源次のチャンバラだろうと思っていたら、そういう方向に行くのか。設定を生かした展開がお見事。ちょっとした描写から見えてくる主人公のキャラクターもいい。作者の手練が遺憾なく発揮された一篇だ。
「首斬御用承候」は、「小説NON」一九九七年二月号に掲載され、時代小説アンソロジー『落日の兇刃』(ノン・ポシェット[現・祥伝社文庫])に収録された。「介錯人・野晒唐十郎」シリーズは長篇主体だが、短篇も幾作かある。その中から、読みごたえ抜群の本作を選んだ。
小宮山流居合の達人である狩谷唐十郎は、ある理由で道場主では飯が食えなくなり、今は市井の試刀家をしている。依頼があれば、介錯人も務めている。そんな彼が、幕府の御先手御弓頭で、名刀の収集家として知られる横瀬外記から依頼を受けた。外記の養女を連れて逃亡した家臣の天野八郎左衛門を討ってくれというのだ。八郎左衛門は心隠刀流の奥儀の一つ〝瀬落し〟の遣い手だという。また、八郎左衛門を討つ刀は外記の所持する、備州長船にするようにいわれた。外記の言葉に不審なものを感じながら唐十郎は、八郎左衛門との対決に向かう。
八郎左衛門に〝瀬落し〟があれば、唐十郎には小宮山流居合の秘剣〝山彦〟がある。互いの秘剣によるチャンバラは迫力満点。これぞ鳥羽流剣豪小説である。しかも八郎左衛門が引き起こした騒動には裏があった。その真相を見抜き、試刀家として決着をつける唐十郎の姿が、なんとも格好いいのである。
「人斬り佐内 秘剣腕落し」は、「小説歴史街道」一九九五年八月号に掲載され、長谷部史親編の時代小説アンソロジー『斬刃 時代小説傑作選』(コスミック・時代文庫)に収録された。主人公の小野寺佐内は、本所相生町にある富田流居合術の道場主……というのは表の顔。裏の顔は、依頼を受けて人を斬る刺客だ。材木問屋だという藤兵衛の依頼により、深川を巡るやくざ者の縄張り争いにかかわった佐内は、かつて道場で立ち会ったことのある一刀流武甲派の遣い手・斎藤十左衛門と対決することになる。
藤兵衛の依頼の時点から予想外の捻りがあり、ストーリーの行方は予断を許さない。富田流居合の秘剣〝腕落し〟と、一刀流武甲派の秘剣〝鳥影〟の斬り合いも、読んでいると両者の動きがビジュアルとして目に浮かび、血が滾る。さらに対決が終わった後の、佐内の行動にも痺れる。剣客の意地と、人斬りの鉄則を融合させた、チャンバラ・ノワールといいたくなる秀作だ。なお、佐内を主人公にした作品には、長篇『必殺剣二胴』(現『必殺剣「二胴」』)もある。
「剣狼」は、「小説新潮」二〇〇〇年二月号に掲載され、連作集『剣狼秋山要助 秘剣風哭』(双葉文庫)に収録された。主人公は、江戸後期に実在した剣客・秋山要助。一九九八年六月に講談社より刊行された『幕末浪漫剣』にも脇役で登場しており、作者が深い関心を抱いていたことが窺える。
岡田十松の経営する撃剣館で修行に励み、師範代にまでなった秋山要助。しかし金と真剣勝負に魅了され、身を持ち崩した。あちこちで怨みを買った彼は江戸を捨て、今は本庄宿を縄張りとする下仁田の浅次郎の世話になっていた。しかし、縄張りを二分する坊主の森蔵の賭場を襲撃したことで、命を狙われる。森蔵にやとわれた、甲源一刀流の八寸円蔵。江戸から要助を追ってきた、神道無念流の朝倉恭之介。剣客たちの思惑が絡み合い、本庄宿に血風が吹く。
チャンバラに始まり、チャンバラに終わる。要助を中心にした物語は、予想外の錯綜を見せながら、ノンストップで進行。その中から、剣狼ともいうべき要助の肖像が立ち上がる。無頼剣客の、したたかな立ち回りから、目が離せないのだ。
なお『剣狼秋山要助 秘剣風哭』は、ほんまりうの作画によりコミカライズされている。小学館から全一巻のコミック『剣狼 秋山要助』が刊行されているので、興味のある人はこちらもお読みいただきたい。
「幽霊党」については、ちょっと詳しい説明が必要だろう。そもそもは二〇〇四年五月に講談社から刊行された、江戸川乱歩賞作家による書き下ろしアンソロジー『乱歩賞作家 白の謎』に、大身旗本の三男坊・早川波之助を名探偵役にした時代ミステリー「死霊の手」を掲載。その後、本作と「消えた下手人」を書き下ろし、二〇〇六年二月、講談社文庫から連作集『波之助推理日記』を刊行したのである。以後、シリーズとなり『からくり小僧』『天狗の塒』が上梓されたが、こちらは長篇だ。
入り浸っている釣り宿「舟甚」で、釣り仲間たちと飲んでいた波之助。廻船問屋の「野島屋」と、米問屋の「西崎屋」に現れた、経帷子姿の男の幽霊の話を聞いた。どちらの店も、幽霊騒ぎが続いている最中に大金が消えたとのこと。さらに馴染みの材木問屋「大黒屋」の娘のおふみから、店に幽霊が出たと聞き、波之助はこの騒動解決に乗り出すのだった。
「大黒屋」で見張っていた波之助たちの眼前で、幽霊が消失。この不可解な謎を、波之助が鮮やかに解決する。一連の事件の黒幕を追い詰める方法も楽しい。周知のように作者は、一九九〇年に『剣の道殺人事件』で第三十六回江戸川乱歩賞を受賞し、ミステリー作家としてデビューした。そのミステリーの腕前を、存分に振るっているのだ。チャンバラだけではない作者の懐の深さを、本作で実感できることだろう。
さて、こうやって作品を並べてみると、鳥羽亮が優れた短篇の書き手であることが、あらためて理解できた。長篇中心で活動している作者だが、斬れ味、もとい切れ味の鋭い短篇を、もう少し執筆してほしい。この解説を執筆しながら、本気でそう願うようになったのである。
作品紹介・あらすじ
剣狼の掟
著者 鳥羽 亮
定価: 836円(本体760円+税)
発売日:2023年01月24日
時代小説の名手が贈る、珠玉の作品集。
山田浅右衛門の弟子である首斬り人の片桐京之助は、おゆきという女の斬首を任されることになった。おゆきは、女中として奉公していた薬種問屋から二十両を盗んだという。だが、彼女は処刑場で、襟に挿してあった簪を京之助に教え、源次という者を殺してほしいと怒りを露わにした──。京之助は、自ら斬首したおゆきの最後の願いを叶えるため、事件の背後を探りはじめる(「怒りの簪」より)。全5編を収録した珠玉の時代小説。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322209001176/
amazonページはこちら