KADOKAWA Group
menu
menu

レビュー

自分らしい働き方を見つけるアンソロジー。――『僕たちの月曜日』文庫巻末解説【解説:吉田大助】

今を時めく作家陣による、自分の「働き方」を探すためのアンソロジー。
『僕たちの月曜日』

角川文庫の巻末に収録されている「解説」を特別公開! 
本選びにお役立てください。

僕たちの月曜日



『僕たちの月曜日』文庫巻末解説

解説
吉田大助(ライター・書評家)

「男性主人公」縛りのお仕事小説&漫画アンソロジー、『僕たちの月曜日』をお届けします。
 編者を、という依頼が届いたのは二〇二二年三月末で、収録作のセレクトを完了させたのは六月初旬でした。探し方としては、いわゆる「働き方改革関連法」が国会で成立したのが二〇一八年六月なので、お仕事にまつわる日本人の意識の変化が明確化したのはこのあたり、とする。そのうえで、二〇一八年以降に発表・刊行された広い意味でのお仕事小説を片っ端からチェックしていきました。筆者は二〇一五年夏から「小説新潮」の書評欄で、「仕事・人生」という枠を担当しています。隔月で毎回二、三作を紹介してきたので、かなりフォローできていたようです。新たに読んだ作品もありましたが、収録したいと思うまでには至らず。最初期の段階で候補に挙げた漫画一作を含む現在の五作について、これで完璧、と自信を抱くためのセレクト期間だった気がします。ありがたいことに皆さんからご快諾いただき、理想のアンソロジーが完成しました。
 そもそもお仕事小説、お仕事モノとは何か。特定の職業の現場感や知られざる現実を、知る楽しさはまず一つあります。それ以上に重要なのは、仕事って何なんだろうと考える楽しさではないでしょうか。なかなか日常生活で「仕事とは?」と考えることはないし、そのトピックで隣人と語らい合う機会もあまりない。でも、お仕事モノの本を読んでいる間はそれができる。心の声も含めた登場人物たちの「仕事とは?」にまつわる思弁に聞き耳を立て、共感や反感を抱いたりすることは、彼や彼女たちとおしゃべりしているのと同じことではないでしょうか。
 前置きはここまでにして、収録作の内容紹介と簡単な解説を付していきたいと思います。

1.夏川草介「ダリア・ダイアリー」
勿忘草の咲く町で 安曇野診療記』(二〇一九年十一月刊、KADOKAWA→二〇二二年三月刊、角川文庫)収録の一編。全四話+αの、第二話に当たります。
 二〇〇九年のデビュー作から始まる『神様のカルテ』シリーズ、コロナ禍の医師たちの格闘を綴った『臨床の砦』などで知られる、現役医師である著者が手がけた医療小説です。『神様のカルテ』の主な舞台は信州松本の市街地にある基幹病院でしたが、こちらは同じ信州でも地方にある小さな病院、梓川病院が舞台。研修医としてここへ一年間限定でやって来た青年・桂が、地方医療の現実に直面します。若者は都市部へ流出してしまい、地方には高齢者ばかりが残っている。治す(助ける)ことと同じかそれ以上に、看取ることが医師の仕事になっていたんです。
 コロナ禍もあいまって世の中は今、目まぐるしく変わっています。その結果、あらゆる職種で起きている現象があります。その職業に就く前、その職業に憧れていた頃にイメージしていた仕事の中身と、就いた後で実際にやることになった仕事の中身が違う。特に若い人たちは、このしんどさにみんな心をキリキリさせている。でも、どうしたらいいのか。
 医師である桂は高齢の重症患者を前に悩みながら迷いながら、分かりやすい二択に寄りかからない、第三の選択肢を自力で見出しました。彼の思考法は職業の垣根を超えて、学ぶところが多いはず。ミステリー的にも優れた一編です。

2.一穂ミチ「泥舟のモラトリアム」
『砂嵐に星屑』(二〇二二年二月刊、幻冬舎)収録の一編。春夏秋冬全四話の、第二話〈夏〉に当たります。
 二〇二一年刊の『スモールワールズ』が吉川英治文学新人賞を受賞し、一般文芸の分野でも注目を集めている著者は、ボーイズラブ小説の書き手でもあります。その分野の代表作『イエスかノーか半分か』はテレビ業界の物語で、キラキラかつキュンキュンの仕上がりでしたが、同じ業界を舞台に一般文芸で発表した『砂嵐に星屑』はだいぶくすんでいる。
 大阪にある架空の地方局で仕事する人々が織りなす群像劇です。前後の短編では影の薄い無害なモブキャラとして登場している五〇代のニュース番組の男性デスク・中島が、この一編では主人公=視点人物となっています。月曜の朝に発生した大きな地震で電車が止まり徒歩で出社を余儀なくされた、その道のりで出会ったさまざまな風景が、これまでの自分の仕事やテレビ業界の変遷を振り返るきっかけとなっていく。
 ネットの広告費がテレビの広告費を抜き、テレビがメディアの王様ではなくなったのは二〇一九年のことです。作中のある人物は、テレビ業界を「泥舟」と表現します。もともと中島はこの業界に憧れがあったわけではなく、地元の大企業だからという理由で就職しました。できる、と言われるタイプの人間では決してない。けれど、中島には中島なりのテレビマンとしての思いがあり、過渡期を生きる組織人として担うべき役割がある。
 仕事に対して良いプライドを持つことは、自分や周囲の仕事に良い作用を及ぼす。そのメッセージは、三〇代のAD男性を主人公にした最終第四話「〈冬〉眠れぬ夜のあなた」とも共鳴しています。原典に当たってみてほしいです。

3.古市憲寿「彼は本当は優しい」
「文學界」二〇一八年四月号掲載。社会学者、テレビのコメンテーターとしてキャリアを重ねてきた著者の小説デビュー作です。芥川賞候補となった『平成くん、さようなら』がデビュー作と紹介されることもありますが、あちらは単行本デビュー作。本当の初期衝動が封じ込められた一作が今回、書籍初収録となります。
 主人公は民放テレビ局の夜のニュース番組でキャスターを務める、三九歳のアナウンサー・大賀泰斗です。憲法改正を問う国民投票がいよいよ実現なるかという情勢下で、母が末期の大腸癌であると判明する。多忙な仕事にできるだけ脳のリソースを割きたいにもかかわらず、母のことや母の病気をきっかけに復活した家族との関係のことで、考えなければならない、感じざるを得ないことがどっと増えてしまい願いは叶わない。いわゆる「ワーク・ライフ・バランス」の均衡が崩れた瞬間を切り取っています。
 男性アナウンサーの仕事が、当事者の内面込みで濃密に記述されている点も醍醐味です。できるだけ主観を出さず、感情の揺れを表に漏らさずに、何事に対しても中立で両論併記を心がける。そんなアナウンサーとしての本分が素の彼の人格に染み込んでいる、ある種の職業病小説として読むこともできる。純文学のフィールドで発表されたこともあり、エンタメ的な物語の起伏は少ない代わりに、多義的に解釈できるディテールが詰め込まれています。
 タイトルが秀逸です。「彼は本当は優しい」と看板に掲げられていることで、「彼は優しいか?」というクエスチョンが読み手に宿るんです。その答えは、本作に登場する他の諸問題と同様、簡単に白黒付けられないグラデーションの中にある。ただ、指摘しておきたい場面があります。二〇三ページ、病床で「死にたい」と言う母の気持ちを想像する場面です。この想像をできる人が、優しくないはずがない。と同時に、一般的に合理性は優しさから程遠いものだと思われています。でも、それは違うんじゃないか。本当に合理的に思考すれば、人は自然と優しくなれる。
 デビュー作には全てが宿ると言われます。優しさを巡る思考は、確かに、著者のその後の作品と強く共鳴しているように思うのです。

4.彩瀬まる「わたれない」
川のほとりで羽化するぼくら』(二〇二一年八月刊、KADOKAWA)収録の一編。全四話の、第一話に当たります。
 主人公の暁彦は退職をきっかけに、妻の咲喜のかわりに家事と育児を引き受け、主夫になることを決断します。戸惑いばかりの毎日を支えてくれたのは、コウテイペンギンと名乗る人物の育児ブログでした。副業で始めた人形の洋服作りがきっかけで、コウテイペンギンとの交流が始まり──。
 著者は二〇一三年刊のデビュー単行本『あのひとは蜘蛛を潰せない』で、母が娘に突きつける「正しさ」の呪いを扱っていました。そのような呪いは、男性にも降りかかっている。例えば、子供は三歳までは母親がべったり育てるべきだという「三歳児神話」はよく知られています。これぞ呪いなんですが、その裏には父親が家計を支えるべきという「大黒柱神話」がある、と指摘したのは男性学の専門家・田中俊之さんです。そうした呪いを、どうぶち破るか。まず大事なことは、呪いが発生する土壌を知ることだと思います。そして、自分も呪いに加担しているのではないか、というセルフチェックを怠らないこと。
 ほとんどの読者は、終盤の展開を前にアッと驚かされるはずです。それは、自分の中に固定観念──呪いの土壌が存在している証でもあります。その驚きを、大事にしてほしいなと思います。ちなみに、原典に当たってみると、他の短編とのギャップに度肝を抜かれること間違いなし。オススメです。

5.小山健『osaka.sora』
 同名コミックス(二〇一六年六月刊、キノブックス)収録の二ページ漫画八〇本+αから一六本、筆者がセレクトしました。著者の代表作と言えば手塚治虫文化賞短編賞を受賞した『生理ちゃん』ですが、裏ベストと称すべき傑作です。
 大阪の出版社で働く三〇歳同い年の山形さんとハナちゃんが、隣り合うデスクで仕事しながら他愛ないおしゃべりをする。それだけです。会話の中では時おり、本や雑誌の企画をしてデザインもして営業もして記事も書く、編集プロダクション寄りの出版社ならではの仕事のしんどさが顔を出します。でも、基本的にはずっと楽しい。リモートワークの推奨で状況は変わってきましたが、就労時間を鑑みると、仕事仲間は家族以上に長くおしゃべりする相手です。その相手が、こんなにも気心の知れた相手だったらどんなに幸せか。
 新聞のサラリーマン四コマや超長期連載『OL進化論』(秋月りす)など、仕事の現場で発生する断片的なきらめきを、断片のまま切り取って差し出すことができるのは、定型コマ漫画の専売特許です。断片が積み上がっていくグルーブ感、その結果生じるテーマのぶ厚い感触は、小説ではなかなか表現できません。編集者からの依頼は「お仕事小説アンソロジー」だったのですが、代わりが利かない作品であるため、どうしても入れたかった。
 この仕事を、この職場を選んだから山形さんとハナちゃんは出会えたわけです。選んでいなければきっと出会えなかったし、ここまで仲良くなることはまずなかったと考えると、仕事ってすごいです。読んだ後は束の間であれ幻想であれ、「仕事、最高!」と感じていただけるのではないかと思います。

 以上、収録した五作について個別に記してきました。願わくは、本書を読み通した時に「仕事とは?」「仕事は人生にとってどんな意味があるのか?」について、心の中に何かしらの言葉がうごめいているようであれば、編者を務めた甲斐があったなと思います。そして、本書がそれぞれの作家・漫画家の本を手に取るきっかけになるならば本当に嬉しい。
 いついかなる時代も、本はあなたの最良の話し相手です。

作品紹介・あらすじ



僕たちの月曜日
著者 彩瀬 まる / 一穂 ミチ /  小山 健 / 夏川 草介 /  古市 憲寿
編者 吉田 大助
定価: 880円(本体800円+税)
発売日:2023年01月24日

別に出世なんてしたくない。自分らしい働き方を見つけるアンソロジー。
局のエースアナウンサー、研修中の医者の卵、冴えないテレビマン、子育てしながら新しい仕事を探す主夫、同僚とのささやかな会話を楽しむ編集者。仕事とプライベートの両立に悩むそれぞれの男性の働き方を描いた、マンガを含む短編5作品を収録。
バリバリ働いて出世を目指すか、自分の時間を大事にするか、本当にどちらかを選ぶことしかできないのだろうか。
今を時めく作家陣による、自分の「働き方」を探すためのアンソロジー。

詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322208000292/
amazonページはこちら


紹介した書籍

関連書籍

新着コンテンツ

もっとみる

NEWS

もっとみる

PICK UP

  • ブックコンシェルジュ
  • 「カドブン」note出張所

MAGAZINES

小説 野性時代

最新号
2025年3月号

2月25日 発売

ダ・ヴィンチ

最新号
2025年3月号

2月6日 発売

怪と幽

最新号
Vol.018

12月10日 発売

ランキング

書籍週間ランキング

1

気になってる人が男じゃなかった VOL.3

著者 新井すみこ

2

はじまりと おわりと はじまりと ―まだ見ぬままになった弟子へ―

著者 川西賢志郎

3

今日もネコ様の圧が強い

著者 うぐいす歌子

4

地雷グリコ

著者 青崎有吾

5

ただ君に幸あらんことを

著者 ニシダ

6

雨の日の心理学 こころのケアがはじまったら

著者 東畑開人

2025年2月17日 - 2025年2月23日 紀伊國屋書店調べ

もっとみる

レビューランキング

TOP