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レビュー

自分らしい働き方を探すアンソロジー。――『私たちの金曜日』文庫巻末解説【解説:三宅香帆】

ただ普通に心地よく働きたいだけ。自分らしい働き方を探すアンソロジー。
『私たちの金曜日』

角川文庫の巻末に収録されている「解説」を特別公開! 
本選びにお役立てください。

私たちの金曜日



『私たちの金曜日』文庫巻末解説

解説
三宅香帆(書評家・作家)

 本書は同じく角川文庫から同時発売となった『僕たちの月曜日』と並ぶ、仕事をテーマにしたアンソロジーである。しかしこのタイトルの並びを見て、
 なぜ男性版は「月曜日」なのに、女性版は「金曜日」なのか。
 と、眉を顰めつつ解説を開いた方もいるのではないだろうか。
 今回の企画のコンセプトは「女性主人公を中心とした、日本のお仕事小説(※分量の関係で短篇に限る)」。このコンセプトを編集の方から持ち掛けられた時、「女性の労働小説アンソロジー」がいまだ日本に存在しないことに、素直に驚いた。たしかに恋愛や青春といった縛りで組まれたアンソロジーはしばしば見かける。が、労働というテーマはこれまでなかったらしい。おお、とっておきのアンソロジーを編んでやるぞ。私はそう意気込み、自分の脳内読書検索をかけた。労働小説で、女性が主人公で、短篇小説。しかしこれが、意外と難しかったのだ。
 愕然とした。みんな働いているのに、働いていることをテーマにした女性の短篇小説は、今もそこまで多くない。もちろん舞台が会社の短篇小説は多数あるが、主軸は恋愛だったり家庭だったりすることも多い。もっと根源的に、仕事それ自体が持つ、魅力や、嫌悪や、恐怖や、歓びを主軸に据えた作品──そんな基準で探したものの、存外、短篇小説の数は少ないように思えた。そして気づいたのだ。本書の依頼が、「お仕事小説」としてやってきたことを。
 そう、なぜか小説の世界で女性の労働をテーマに据えようとすると、「お仕事」という言葉に変換されるのである。お仕事ってなんだ、お仕事って。この原稿を書いている作業も「お仕事」なのだろうか。ただの労働である。そこにあるのは、お金を稼ぎ、生活をまわし、できればより不快の少ない環境で人と関わりたいと思う、ただそれだけの作業である。
 しかし女性の労働を描くだけで、「お仕事」と呼ばれてしまう現実がある。この「お仕事小説」と呼ばれる現象そのものが、女性の労働を取り巻く問題の一表象ではないだろうか。私はそう思わざるを得なかった。タイトルの話に戻るが、やはりいまだに女性の仕事は「金曜日」──つまり仕事以外のことをする時間と、仕事をする時間を、天秤にかけながらやっていることだと思われているのではないか。
 そこまで考え、そのうえでやはり私はこのアンソロジーを「私たちの金曜日」と名づけたい。なぜなら私は、月曜日ではなく、金曜日の労働だとみなされ続けている、女性たちの働く姿をきちんと記録しておきたかったからだ。
 本書に収録されているのは、昭和から平成にかけて刊行された、女性の労働を描いた短篇小説である。中には時代錯誤に感じる描写もあるだろう。しかし私はそれも含めて残しておきたいし、楽しみたい。労働という途方もない毎日の営みのなかに、わずかな余白を見つけ、そこに物語を見出した作家たちの軌跡を読みたいからである。
 ただただ男女平等な職場で、ただただ普通に働きたい。そんな願望すら難しい昨今だが、それでもそんな現実を物語に昇華してくれる作家たちがこれだけいることに、私は救われた心地になるのだ。
 さて、ここからは個別の作品の解説に入ろう。せっかく選者として書くスペースをいただいたので、選出意図と収録順の理由も、合わせて書き留めたい。

 まずトップバッター、「社畜」(山本文緒)。私自身、この作家の描く労働の話がもともと好きだった。今回なんとか入れられないかと改めて短篇集を漁り、見つけた作品である。長篇ではあるが『自転しながら公転する』のアパレル仕事や、『パイナップルの彼方』の信用金庫の仕事など、彼女の小説には地道な労働描写がみちみちと敷き詰められている。今回の「社畜」の主人公もまた、派手な目標があって仕事をしているわけではない。生活のなかで仕事を地道にやっていくのが心地いいだけなのだ。ロマンや夢や成し遂げたい目標がなくても、仕事を楽しいと思える。そんな淡々とした主人公が私は大好きなのだ。
 この作品を読むと、労働が「自己実現」と切り離せなくなっていることの難しさを感じる。本当は、実現すべき自己なんてどこにもない。居場所は今自分のいるこの場所だ。それだけのことを受け入れることが、現代では意外と難しい。淡々とした主人公が、私たちに、それでいいんだと教えてくれるようである。

「社畜」がオーソドックスな会社を舞台にした話だったので、同じく会社を舞台にした小説を次に選出した。しかし大きく異なるのが、時代。一九七九年刊行の『日毎の美女』という連作短篇集に収録された一篇、「美女山盛」(田辺聖子)である。主人公は「醜女」を自称するOLマメちゃん。彼女は木原梢をはじめとする会社にいる「美女」と、彼女たちにニヤニヤと近づく男性たちの観察を怠らない。お仕事小説の歴史は長けれど、ここまで「職場とルッキズム」を直接的かつコミカルに描いた作品がほかにあるだろうか。
 今読むと、セクハラ発言もかなり多く、職場の華として女性が雇われる時代性にげんなりする読者も多いかもしれない。しかしこの作品の魅力は、七〇年代において早くも、容姿にとらわれることの滑稽さを描いている点である。現代においても、いくら職場で容姿を評する発言を禁じたところで、自分の容姿の評価を気にする人が減っているわけではないだろう。しかしマメちゃんの発言を読んでいると、容姿をなにか重要なものだと思い込んでいる私たちの方が、おかしく滑稽なのではないか。そう思わざるを得ないのだ。
 またシスターフッドのような要素もあり、田辺聖子の先見の明に驚かされる短篇でもある。美人だが頭の悪い同僚・梢が「おもしれえなあ!」とマメちゃんに思われるラストシーンは爽快。バカな評価を下してくる人間なんてほっといて、ぜんざいでも食べたくなる小説だ。

 会社員小説が続いたため、個人事業主の苦悩を描いた小説として選出したのが「こたつのUFO」(綿矢りさ)。三十歳の誕生日を迎えた小説家が、自分の仕事や人生に思いを馳せつつ一日を過ごす物語である。
 語り手は「小説家が同世代の同性を主人公にすると、経験談だと思われる」と嘆く。なぜそのような構造が生まれるかといえば、小説家は自己実現の果ての職業、つまり、ありのままの自分を社会に(小説というかたちで)表現する仕事だと思われているからだろう。その思想に従うと、小説家は小説が評価されたぶんだけ、自分自身を評価され認められた気分になるはずだ。しかし本作の語り手は、「走った距離の分だけ心の空白は大きい」と吐露している。年齢を重ね、そのぶんだけ成長せよと言われる社会のプレッシャーが強くなっているからだ。それは本当に正しいプレッシャーなんだろうか? と考える間もなく、現代の私たちは走れと言われてしまうのだが。
 どんな仕事をしていても、社会の求める姿と自分を比較し、悩んでしまうことは避けられないのかもしれない。しかしそうだとしても、本当は社会のプレッシャーに苦しみすぎず、軽やかに生きてみたい──この作品を読んでいると、そんな願望に気付かされる。

 しかし仕事という概念を考えれば考えるほど、人間は奇妙なシステムを考えついたものだなと思ってしまう。「茶色の小壜」(恩田陸)は、職場という存在が持つ根源的な恐怖をそのまま小説にした作品と言えるだろう。
 そもそも職場は、血縁も地縁もない人間同士が「ただ同じ仕事をする」という目的のために集められた場所だ。そのため隣の席で仕事をして、毎日顔を合わせている人であっても、同僚としての一面以外の顔を知らずに終わっていることは多々ある。が、それって意外と怖いことだ。こんなに長い時間一緒にいるのに、私たちは隣の人がどういう人か、あまり知ろうとしない。最近になってプライベートを詮索しないという規範はより強くなっている。しかしふと考えると、私たちはなんて奇妙な共同体を作り上げたのだろう、なぜそれが普通のことになっているのだろう、とゾッとする。この作品は、そんな職場に貼りついた恐怖を、小説にしてくれたのだと私は感じている。具体的にどのような展開か述べるのは控えるが、「職場ってこういう側面あるよな」と思ってもらえるのではないか。

 平成になって、少女たちにとってぐっと身近になり、それでいて憧れは募る職業のひとつに、アイドルがあるのではないだろうか。「神様男」(桐野夏生)は、10代からアイドルを目指して上京したが、なかなか芽が出ない娘を眺める母の物語である。アイドルを目指すためのレッスン料を自分で払う必要があったり、アイドルグループ界で出世することの困難さを痛感したりと、現代のアイドルという職業にまつわる問題点も表現された小説だ。『グロテスク』や『OUT』といった長篇小説で、社会における搾取をテーマにしてきた作者だからこそ描ける、アイドルという夢を人質に男性に搾取される少女の悲劇がここにある。
 アイドルに限らず、世間が若者の職業選択に際して「夢を持て」と煽るようになって久しい。しかし夢を煽る世間は、決して煽られた若者たちの未来に責任を取ってくれないのだ。この後、本作品に登場した姉妹がどのような道を辿るのか分からない。しかし夢という言葉が内包する気持ち悪さを、たしかにこの作品は掬い上げている。

 仕事にまつわる熱狂と、執着と、そして諦念を描いた普遍的な作品として選出したのが「おかきの袋のしごと」(津村記久子)。仕事をやめた主人公が、さまざまな職場を渡り歩く連作短篇集『この世にたやすい仕事はない』に収録された作品である。主人公が関わる「おかきの袋に書かれた話題を考える仕事」も架空の仕事ではあるのだが、どこかで絶対に存在していそうな仕事内容や職場の雰囲気。架空の職場を描いているからこそ、友達の仕事の話を聞いているかのような身近さがある。そして主人公はどんどん「おかきの袋の仕事」に熱中するのだが、いつのまにか心身ともに少しずつ削られるようになる。その仕事への熱中と疲弊のタイムラインが、なんとも「よくありそうな話」で、読んでいて背筋が冷たくなるのだ。
 職場という場所に伴う閉塞感、そしてふと醒めてしまう仕事への熱意。どちらも体験した人の多い感覚ではないだろうか。

 そんなわけで仕事の内包する生臭さや恐怖を堪能しきった後で、最後は爽やかかつ女性の仕事を取り巻く環境に希望を持てるような作品にしたいと思い、「ファイターパイロットの君」(有川ひろ)を選出した。『空の中』という長篇小説の番外編だが、この作品単体でも、自衛隊の女性パイロットの日常を楽しめる作品となっているのではないだろうか。
 これまでの作品とは打って変わって、仕事と家庭の両立に奮闘する女性が主人公。子育てしながら仕事に奮闘しつつ、理解のある夫を持つ光稀の姿を見ていると、「この世の男性がみんな高巳くらい愛と理解と言語力を持ってくれたら、女性の労働はどんなに楽に……」と思いかけてしまう。それはさすがにファンタジーだろうか。いや、ファンタジーでもいい、こういう作品で癒される人もきっといるはずだ! 今回読み返して改めてそう思ったので、最後を飾ってもらった。

 さまざまな働く女性がいる。仕事は所詮、仕事だ。月曜日には憂鬱になり、金曜日にはホッとすることも多い。しかしそれでも私たちは、仕事で自分のやりたいことをなんとか実現しようとしたり、そんなつもりなかったのにうっかり仕事に邁進してしまったり、予想外に仕事に削られてしまったりする。「所詮」と言い切れないところに、仕事の難しさがある。
 それでも明日、仕事はやって来る。楽しくなくても、楽しくても、仕事はただ、そこにある。
 だとすればせめて、日本で働く人々を取り巻く環境が、少しでも良いものになることを願ってやまない。
 働く人々にとって、本書が金曜日に飲むビールのような存在となることを祈って。そして日本にもっともっと働く女性の物語が多様に増えることを、切に願っている。

作品紹介・あらすじ



私たちの金曜日
著者 有川 ひろ / 恩田 陸 / 桐野 夏生 / 田辺 聖子 / 津村 記久子 / 山本 文緒 / 綿矢 りさ
編者 三宅 香帆
定価: 814円(本体740円+税)
発売日:2023年01月24日

ただ普通に心地よく働きたいだけ。自分らしい働き方を探すアンソロジー。
ストレスから職場を転々とする会社員、小壜をロッカーに隠し持つミステリアスな同僚、上京した売れない地下アイドル、30歳の誕生日を迎えた小説家、育ち盛りの子供を抱える自衛官のパイロットなど……思い通りに仕事をすることが叶わないなかで働く様々な女性たちを描いた短編7作品を収録。
周りと比べたり、羨んだり、もう辞めてやると思ったり。それでもなぜ、私たちは働くのか。「働く」の今を知るためのアンソロジー。

詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322208000293/
amazonページはこちら


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