二人の少年を繋ぐ悲劇の幕が上がる!! ラストまで一気読みの本格ホラー&ミステリー
『過ぎる十七の春』
角川文庫の巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。
『過ぎる十七の春』著者:小野 不由美
『過ぎる十七の春』文庫巻末解説
解説
このところ必要あって、日本のホラー小説史をふり返る機会があったのだが、その際あらためて痛感したのは、このジャンルにおける
ホラーとミステリーを巧みに融合させた初期の代表作で、現在は「ゴーストハント」の名で知られる「悪霊」シリーズ(一九八九~九二)、神隠しを扱ったモダンホラーにして、ファンタジー巨編「十二国記」誕生の契機となった『魔性の子』(九一)、スティーヴン・キング風の超重量級ホラーに挑み、作者の名を広く知らしめた『屍鬼』(九八)、事故物件怪談の金字塔にして、平成怪談文芸ブームの頂点ともいうべき『
こうして代表作を並べてみると、小野不由美がデビュー以来継続して、ホラーの重要作を放っているのがよく分かる。もし小野不由美という作家が存在しなければ、わが国のホラー小説はずいぶん淋しいものになっていたはずだ。
なかでも目を引くのが初期の充実ぶりである。日本のホラー小説シーンが本格的に勃興したのは一九九〇年代初頭のことだが(たとえば
具体的な作品名を挙げるなら、先頃『緑の我が家 Home, Green Home』のタイトルで角川文庫に収められた『グリーンホームの亡霊たち』(九〇)や、本書のオリジナル版にあたる『呪われた十七歳』(同)、「悪霊」シリーズのリブート作品である『悪夢の棲む家 ゴースト・ハント』(九四)がそれにあたる。これらはティーンズ向けの文庫レーベルで出版されたこともあり、熱心な小野不由美ファン以外には言及されてこなかったが、いずれも日本の現代ホラーを語るうえでは欠かせない作品であり、初期小野不由美の才気がいかんなく発揮された秀作となっている。
本書『過ぎる十七の春』は、九〇年七月に朝日ソノラマ・パンプキン文庫より『呪われた十七歳』のタイトルで刊行されていた長編を、改題したものである。九五年に現タイトルで講談社X文庫ホワイトハートより刊行、二〇一六年には新装版も刊行されている。それがこのほど小野不由美のホラー系作品を数多く収める角川文庫に、あらためて編入された形だ。
十七歳の誕生日を目前に控えた春休み、高校生の
春の花々が咲き乱れる谷間の集落。その中に建つ隆の家は数寄屋造りの広い日本家屋で、周囲にはおだやかな春の光景が広がっている。普段ベッドタウンの建売住宅で生活している直樹にとって、そこはまるで別天地のようだ。
同い年の従兄弟による歓迎、懐かしい伯母や久賀家で飼われているトラ猫の
その完璧な世界に、かすかな異変が起こり始める。それは隆が十七歳になるのを気に病んでいるような美紀子の様子であり、寝室に何かが訪れる気配がするという隆の言葉だ。作者はそうした不穏なエピソードを、慎重な手つきで平穏な日常に混ぜ合わせる。これはまずい、と読者が気づいた時にはもう遅い。非日常の扉は、すでに大きく開かれてしまっている。
それが決定的になるのが、隆の言動の明らかな変化だ。いつもは親孝行で穏やかな彼が、まるで別人のように母親を拒絶する。飼い猫の三代は異変を察知してか、隆に寄りつかなくなってしまう。
一体この家で何が始まったのか。ひたひたと押し寄せる恐怖の
『過ぎる十七の春』という物語は、いくつかの味わい方ができるように思う。たとえば和製ゴシックホラーとしての側面だ。この小説は直樹と隆という同い年の従兄弟を軸に、それぞれの母である
海外のゴシックロマンスは古城や洋館を舞台に、名家の血塗られた因縁が解き明かされていくというパターンが多いが、一連の怪異の原因を探るため、直樹が書き付けから一族の過去をさかのぼっていくシーンはまさにゴシック風。石垣に支えられた斜面に建つ大きな日本家屋という舞台も、いかにもゴシックロマンスにはふさわしい。クライマックスシーンのひとつが墓所であることも含めて、和の様式美が隅々までいきわたったホラーなのだ。
ミステリー的な構造も大きな特徴のひとつだろう。一族の過去について調べていた直樹は、やがて降りかかる災厄にある一定のパターンがあることを発見する。この展開が実に小野不由美らしい。小野不由美のホラーにおける怪異は多くの場合、曖昧模糊とした不条理な存在ではなく、一定の超自然的ルールに則ったシステムのようなものだ。さまざまな手がかりから、怪異をもたらすものの仕組みが徐々に明かされていく展開は、本格ミステリー的な興趣に満ちている。
もっとも怪異の輪郭が明らかになったからといって、それを阻止できるわけではない。一度動き出した歯車は止まることなく、災厄をもたらし、容赦なく命を奪っていく。そのあまりにも無慈悲な展開が、人には太刀打ちできないものの存在を実感させ、物語を絶望で覆っていく。小野不由美のホラーの怖さの秘密は、このシステマティックな構造にある。
さらに注目したいのが正統派のゴーストストーリーとしての側面だ。この物語は強い怨みの念を抱いて死んだ者が、霊となって祟りをなすという古典的な怨霊譚の展開をなぞっている。ご存じのように小野不由美はこれまで〈神隠し〉〈吸血鬼〉〈土地の穢れ〉などさまざまなホラーのモチーフを扱ってきたが、死霊の怖さをここまでストレートに扱った長編は意外にもあまり例がない。
幽霊が生者の日常を侵食してくる、怪異シーンもまた出色だ。庭に訪れるものの気配が変わったことで生まれる緊張感、襖越しに聞こえる女の声の不気味さ。白眉は、霊に取り憑かれた登場人物の意識の変化を、一人称視点で語っているくだりだろう。幽霊の実在をなまなましく実感させる、屈指の怪異シーンとなっている。
それにしても一族に祟りをなす幽霊の、なんと恐ろしく哀れなことだろうか。日本の幽霊観の変遷を辿った古典的著作『日本の幽霊たち 怨念の系譜』の著者・
そしてもうひとつ、この物語は少年たちの成長物語でもある。著者の「ゴーストハント」や「営繕かるかや怪異譚」では、悩める人々の前に怪異のエキスパートが登場し、事件を解決に導いてくれる。しかしこの作品にそうしたヒーローは登場しない。直樹と隆は自分たちの力だけを頼りに、運命に立ち向かわなければならない。その命懸けの苦闘によって、ふたりは残酷な真実に触れることになる。そしてその真実は、かれらの幸せな子供時代を終わらせてしまう。
物語の序盤、山里の家がまるで桃源郷のように描かれていたことを思い出してほしい。それは失われることが約束されたかりそめの楽園であり、だからこそあれほど美しかったのだ。そのことに気づき、幸せな子供時代の終わりに直面した少年たちは、亡き者から受け取った思いを胸に、新たな一歩を踏み出していく。少年期のイニシエーション(通過儀礼)を過ぎ去る美しい季節とともに描き、この物語は深い余韻を残す。
小野不由美が『過ぎる十七の春』を発表してから早くも三十年あまりが経過した。今日わが国のホラーシーンはかつてない活況を呈し、中でも旧家の悲劇・因縁を描いた作品や、呪詛を扱ったオカルト的な作品は人気が高い。そうした作品を好む若い読者は、本作を読んで驚くのではないだろうか。
呪われた一族の悲劇を描ききった、ジャパニーズホラーの逸品。何年経っても色あせることのない恐怖と感動を、あらためて堪能していただきたい。
作品紹介・あらすじ
過ぎる十七の春
著者 小野 不由美
定価: 792円(本体720円+税)
発売日:2023年01月24日
十七歳、少年たちをつなぐ運命とは。ラストまで一気読みの本格ホラー&ミステリー
運命の春が来る──。従兄弟同士の直樹と隆は、まもなく十七歳の誕生日を迎えようとしていた。毎年同様、隆の住む花の里の家を訪れた直樹と典子兄妹。そこは木蓮や馬酔木や海棠や空木などに埋もれた野草の里。桃源郷のような場所にも関わらず、心優しい隆の目は昏く、なぜか母親の美紀子に対して冷淡な態度をとってしまう。母子に一体何があったのか――。「あの女が、迎えに来る…」毎夜部屋を訪れるなにものかの気配に苛立つ隆。息子の目の中に恐れていた兆しを見つけて絶望する美紀子に異変が。直樹と隆──二人の少年を繋ぐ悲劇の幕が上がる!!
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