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漫画の神様が遺した十二の恐怖マンガアンソロジー――『のろわれた手術 手塚治虫恐怖アンソロジー』文庫巻末解説【解説:鈴木光司】

手塚治虫が描いたホラー傑作ホラー漫画。装いを新たに復刊!
『のろわれた手術 手塚治虫恐怖アンソロジー』

角川文庫の巻末に収録されている「解説」を特別公開! 
本選びにお役立てください。

のろわれた手術 手塚治虫恐怖アンソロジー』著者:手塚 治虫



『のろわれた手術 手塚治虫恐怖アンソロジー』文庫巻末解説

解説
鈴木光司(作家)

 二年ほど前、某文芸誌上で、「あなたは何に恐怖を感じますか」というアンケートに答えたことがあった。
「死(自分の死も含め)によって、愛する者と永遠に別れてしまうこと」
 これがぼくの答えである。愛する人間がいなければ、死はそれほど恐いものではない。死に伴う肉体の痛みなど、何ほどのことかと思う。だが、幼い娘たちを残しての死を想像しただけで、恐怖のあまり身体は萎えてしまう。もしそんなことになれば、成仏できないではないか。娘たちの成長を見守らねばという思いは、怨念となって、きっと現世に残り続けるような気がする。
 執着の対象は人それぞれによって異なるだろう。身近な愛する者に執着を抱く人間もいれば、仕事に執着を感じる人間もいる。執着がなければ、生きていて恐いものは何もない。対象が何であれ、無理な力で執着が断ち切られたときの無念さは、恐怖の源となりうる。執着を断ち切るもの……、それは死にほかならない。
 したがって、ホラーと銘打たれた作品で、死を扱っていないものがごく稀なのもうなずける。ここに取り上げた手塚治虫の十二の短編中、「死」を取り込んでいないのは、わずかに『蛾』だけである。
『のろわれた手術』は、千五百年前に死んだ若い女の怨念が、現代に甦るという話だ。ミイラと化した女の身体の、頭や手足には傷がつけられている。生前の傷と思われるが、傷を負って死ぬに至った、女の執念が何であったかは、読者の想像に任されている。ただ、千五百年も消えることのない怨念が、執着の強さを物語って、恐怖をかきたてる。
『溶けた男』もまた、化学兵器開発に携わった男の執念が、現代に生きる科学者を動かすという話だ。強い意志は、形を変えて未来永劫にまで残り続け、後世にまで影響力を及ぼすに違いない。
『妖馬ミドロ』では、母と子の、互いへの思いが、馬という動物の肉体を借りて語られる。この普遍な愛情を語るために、敢えて人間を主人公に据える必要はない。逆に、陳腐の謗りから逃れるためにも、哺乳類であったほうが説得力を持つ。
『怪談雪隠館』と『夜の客』は、コミカル風味の幽霊小咄といったところ。両編とも死に満ち満ちているが、タッチは軽く愉快に読める。
 盲目になった画家が、今は亡き恋人と蜘蛛の力を借りて、未完成だった仕事を完成させるのが、『新・聊斎志異 女郎蜘蛛』である。仕事への執念、仕事に情熱を傾ける恋人を思う気持ち……、執着は蜘蛛の糸のように張り巡らされている。そして、執着を断ち切った人間は、蜘蛛の糸に搦め捕られて罰を受ける。蜘蛛という動物は、この手の話にはまさにうってつけだ。
『ジャムボ』でもまた、蜘蛛が重要な役割を果たす。現代文明の粋を凝らしたジェット機内部に、一匹の毒蜘蛛が紛れ込んだだけで、乗客たちはてんやわんやの大騒ぎを演じてしまう。風刺のきいた一編であるが、ラストには、『妖馬ミドロ』でも見られるような、傷ついた弱者を無下に突き放さない優しさが込められ、ほっとさせられる。手塚治虫の、人間を見る眼差しの温かさを、かいま見ることができる。
『寿命院邸の地下牢』と『深夜の囚人』では、時間がキイワードとなる。前者において、第三の目を持つ少年は未来を見通し、後者において、過去を悔いた死刑囚は時間を遡って胎児となって消滅する。特に興味深く読んだのは、後者のほうである。手塚治虫は、タクシーの運転手と客という関係を使って、恐怖をかき立てるのが得意だ。ここでもまたそのシチュエーションが生かされ、車という密室の中だけでストーリーが展開する。
 刑務所の前でひとりの客を拾ったタクシードライバーは、死刑囚と思われるその客から、夜空に浮かぶ星を目指して進むよう指示される。しかし、救いの星と信じて進むうち、死刑囚の身体には変化が生ずる。徐々に身体が若返ってゆくのだ。そして、星の真下に来たとき、死刑囚は赤ん坊となり、胎児から受精卵へと縮小し、やがては消え失せる。とき同じくして、死刑囚の刑は執行された……。
「死」を、生まれる以前に戻ることと定義できるだろうか。存在しない、という観点から考えれば、同義ともいえる。だが、やはり、生まれて生きて死ぬことと、生まれなかったことの間には、大きな隔たりがある。そうでなければ、人間が生きる意味などあるはずがない。しかしまた、取り返しのつかない罪を重ね、生きてきた意味を肯定できない死刑囚が、死に臨んで、生まれる以前に戻りたいと願うのも、ごく自然な感情である。生まれなかったほうを望む人間とは、あまりに哀しいではないか。
『新・聊斎志異 叩建異譚』は、三人の軍人に強姦されて殺された女の怨霊が、気のいい若者の助けを借り、復讐を果たす話である。ところで、怨霊と化すのは、古今東西、女のほうが多いのはなぜだろう。女のほうが、現世への執着が強いためだろうか。ぼくには、そうとも思えないのだが……。
 以上、十二編の作品を、人間が現世に残す執着という点から眺めてみた。『蛾』『猫の血』『妖馬ミドロ』『女郎蜘蛛』『ジャムボ』等は、人間以外の生物を小道具として描いているため、生物という切り口で眺めたほうがよかったかもしれない。
 いずれにせよ、手塚治虫の作品は、どんな切り口で切って眺めても、現代への風刺のきいた、考えさせる、おもしろい作品ばかりである。恐怖の度合いよりも何より、その志の高さが、ぼくは好きだ。

作品紹介・あらすじ



のろわれた手術 手塚治虫恐怖アンソロジー
著者 手塚 治虫
定価: 1,034円(本体940円+税)
発売日:2023年01月24日

漫画の神様が遺した十二の恐怖マンガアンソロジー。ホラー漫画の原点!
表題作となったブラック・ジャックの奇跡の手が、千五百年前のミイラの呪いを解く「のろわれた手術」、「愛する子馬と引き離され、人間への復讐に燃え妖馬となった悲しみの物語「妖馬ミドロ号」、写楽クンが三つ目一族の謎に挑む「寿命院邸の地下牢」など、手塚治虫が描いたホラー傑作ホラー漫画。解説は鈴木光司。装いを新たに復刊!

詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322209001194/
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