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レビュー

自分自身の人生を取り戻す旅。――武田綾乃『噓つきなふたり』書評:三宅香帆

『私が先生を殺したの』 “正解を選ぶだけの人生”からの逃避行がはじまる
武田綾乃『噓つきなふたり』

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武田綾乃『噓つきなふたり



書評:三宅香帆

 抑圧のない人間なんていない。そんな当然のことを初めて認識したのは、一体いつのことだっただろう。どんなふうに振る舞っていても、どんな性格をしていても、みんな自分になにかしら抑圧を課していて、それによって苦しんでいることがたくさんある。しかしその抑圧は他人に見せるものでもなく、個々人が各自で何とかしていくしかないものなのだ――と、なんとなく分かってきたのは、二十代になってからだったように思う。どうしたって十代のうちは、他人の葛藤に気づかず、自分の逡巡ばかり目に入ってしまうものだから。武田綾乃の最新作『噓つきなふたり』は、やはり十代のときに課してしまった抑圧に、必死にあらがおうとする、ふたりの少女の物語である。
 19歳の光は、小学校のときの同級生・琴葉と再会する。偶然出会ったふたりは、ひょんなことから京都へ旅立つことになる。京都は、小学校のときの修学旅行先だったのだ。しかしそのロードノベルは、実は、ある真実から逃げるための旅路だった。
 光と琴葉は、正反対の性格の人物として描かれる。光は、勉学に熱心で、真面目で、そしてあまり人の言葉の裏を読まない素直な人物。琴葉は、垢ぬけていて、人間付き合いに長けていて、明るく喋るが本心は分からない人物。彼女たちの会話を眺めるだけでも、その性格の差異が分かる。

「それに、どうせ誘われても同窓会なんて行くつもりなかったし」
「なんで?」
「だって、十代で同窓会に行きたがるのって特権階級の人間だけじゃん」
「特権階級?」
「勝ち組陽キャってこと。自分の立ち位置が変わらずそこにちゃんとあるって確信がないと、同窓会なんて行こうって気になんないじゃん。学生時代の力関係が変わってないことを確認したいから皆参加するんでしょ?」
(『噓つきなふたり』p62~63)

 同窓会なんてものは誘われたら行くものだと思っていたと素直に思う光と、教室のパワーバランスについて語る琴葉。――おそらく読者はどちらの心情も分かる人が多いのではないだろうか。同窓会くらい何も考えずに行ってしまう自分と、同窓会くらい昔の人間関係が如実に表れる場もないと思う自分。どちらも、ああ十代のうちってそういうことが気になるよな、と共感してしまいそうになる。本書に登場する女性たちの会話を見ていると、みんな性格は異なるのに、「ああ、どのキャラクターの言ってることも分かるなあ」と思わず頷いてしまうところがたくさんあるのだ。それはおそらく、彼女たちを抑圧するものが、今の私たちを取り巻くものと似通うところがあるからではないだろうか。
 物語が進むにつれ、光の真面目な性格は、母親が原因であることが判明する。そして琴葉の言動もまた、とある人物によって踏みつけられたことが理由だったことが分かる。しかし光も琴葉も、旅のなかで、他人に奪われそうになった自分自身の人生を取り戻そうとするのだ。
 人は簡単に他人の人生を奪ってくるものだと、きっと誰しも大人になるうちに分かってくるのだろう。しかし他人を奪う人間もいるが、同時に、お互いを大切に思える他人もまたたしかに存在する。そしてそれは「特権階級」かどうかなんて関係ない場所にある。――本書はそんなメッセージを読者に伝える。光や琴葉がいる場所は厳しい現実にほかならないが、そこから抜け出そうとする姿は、どこか爽やかで瑞々しい。
 はたして、彼女たちの自分の人生を取り戻す旅は、どのようなものだったのか。彼女たちのやり直した修学旅行についていくように、読者にもゆっくりとページを捲ってみてほしい。

作品紹介・あらすじ



噓つきなふたり
著者 武田 綾乃
定価: 1,650円(本体1,500円+税)
発売日:2022年11月11日

『私が先生を殺したの』 “正解を選ぶだけの人生”からの逃避行がはじまる
誰か教えてほしい
恋愛や親友の定義を、人生の模範解答を――

親元から離れ寮で生活する19歳・朝日光は、小学校の同級生だった長谷川琴葉と偶然再会する。
当時の担任が川に転落したニュースが飛び込んできて動揺していると、
琴葉が「私が先生を殺したの」と告白、そのうえ一緒に逃げてほしいと言う。
しかし光は先生を殺した犯人は琴葉ではないと確信していた。なぜなら――。
互いに秘密を抱えながら、ふたりは小学校の修学旅行先だった京都に向かう。

『愛されなくても別に』の著者が描く、愛と友情と噓だらけの衝撃作!
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322207000239/
amazonページはこちら


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