「極道がなんぼのもんじゃ!」
令和最強の警察小説「孤狼の血」シリーズ完結編!
『暴虎の牙』
角川文庫の巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。
『暴虎の牙』著者:柚月裕子
『暴虎の牙』文庫巻末解説
解説
白石 和彌(映画監督)
※「孤狼の血」シリーズの核心に触れた内容になっておりますので、シリーズを未読の方はお読みになった上でご覧いただくことをお勧めします。
『孤狼の血』を最初に読んだ時の衝撃は今でもしっかりと体に刻まれている。柚月先生自らが語るように70年代初めに東映で作られた『仁義なき戦い』などの実録ヤクザ映画の世界観をベースとしながら、警察小説として極上のミステリーを入れ込み、そして何より物語の行先を全く予想させないその手腕に圧倒されたのだ。この世界観で物語を紡ぐこと自体が大きな発明で、その手があったか! と、地団駄を踏んで悔しがった同業の方は多かったのではないだろうか。
「孤狼の血」シリーズの面白さは巧みなストーリーだけではなく、際立ったキャラクターの個性による所も大きい。大上と日岡はもちろん一ノ瀬やチャンギン、『凶犬の眼』の国光、本作の沖、三島、元など、どのキャラクターもまるで実在しているかのように生き生きとしている。それは端々まで行き渡った台詞の生々しさやちょっとしたことのエピソードの積み上げが分厚いからに他ならない。柚月先生とお話しすると広島の取材で出会った、その道では逸物な人たちの楽しく愉快な話がゴロゴロと出てくる。どのエピソードも小説から溢れ落ちるには勿体ないものばかりで、そこから厳選されたエピソードがキャラクターと物語の厚みを作っているのだ。『仁義なき戦い』は広島弁のシェイクスピアと称されて名台詞をたくさん生み出したが、「孤狼の血」シリーズも決して引けを取らないキャラクターと名台詞の宝庫であると言えるであろう。ぜひ読者の方もシリーズの中からお気に入りの台詞を探してみてほしい。広島弁の台詞を並べるだけでも楽しい。
私は幸運にも『孤狼の血』の映画化の監督という大役を務めさせて頂いた。大上役に役所広司さん、日岡役に松坂桃李さんというこれ以上ない布陣で臨み、多大な評価を頂けたのも柚月先生の原作の素晴らしさあってこそである。映画化の作業の中で私がもっとも心動かされ、かつ慎重に取り組んだのは継承の部分である。2時間という映画のランニングタイムの中で大上が居なくなってからの30分が映画の成否を決める肝だと考えていた。むろん孤独な狼の血を継承するのは日岡しかいないわけではあるのだが、その構造がシンプルであるからこそ一筋縄ではいかない。最後の30分が映画として上手くいったかどうかは見て頂いた方に委ねるとして、日岡は大上の弔い合戦を自分なりの形で成就した。だが大上を継承するという点においては、それはほんの入り口だったのである。冷静に俯瞰して見れば、そりゃそうである。継承とは言っても大上とでは貫目が違い過ぎるし、同じことをやっても同じ結果にはなかなかならない。続編である『凶犬の眼』も日岡が大上を継承していく、その過程を描いた作品と読むことも出来る。国光との濃密な遣り取りや慟哭、そういう経験を幾度もして日岡は少しずつ大上に近づいていく。
さて、本作である。日岡の大上化というある種のビルドゥングスロマンを期待すると、いきなり梯子を外され、冒頭のプロローグから度肝を抜かれることになる。土砂降りの雨の中、必死にリヤカーで何かを運ぶ三人の少年たちの緊迫した様子にいきなり心臓を鷲摑みにされる。クライム小説としてこれ以上無い完璧な出だしだ。ちなみに柚月先生の作品のプロローグはいつもミステリアスで映画的で視覚や聴覚、嗅覚などの五感を刺激して思わず声が出てしまうほどに素晴らしい。本章が始まり、日岡が登場するかと思いきや、現れるのは大上である。また大上に出会えたのが無性に嬉しくなる。『孤狼の血』の時から物語の大きなポイントになっていた大上の過去が次第にめくれ、大上という人物にさらに奥行きが生まれる。読み進めれば合点がいく流れである。
本作では沖という無軌道で暴力に突き進む男を軸に物語が進んでいくが、沖が刑務所に入るまでを大上が、そして出所してからを日岡が対峙することになる。ちなみに沖に象徴されるような暴力がどこから来るのかという根源的な問いは、私も一映画作家としていつもテーマにしていることの一つなので、どこか柚月先生と通底していることを感じることが出来て無性に嬉しかった。
沖が出所してからの日岡は目の覚めるような頼もしい刑事へと変貌を遂げている。『凶犬の眼』から十五年近い年月が経ち、刑事として酸いも甘いも経験したであろうことは容易に想像出来るから当然かもしれない。部下への的確な指示の出し方と嫌な上司のいなし方も申し分ない。だが、いやだからこそなのか、前半の大上と比べると、どうしても日岡に物足りなさも感じてしまう。昭和の時代から平成の時代へと変わり、世の中がめちゃくちゃなことを出来なくなったこともあるかもしれない。だが、それだけではないはずだ。それが証拠に、日岡は沖が事件を塒で犯す時も、そして潜伏先を見つけて出動してからも肝心な場面には間に合わない。思い返せば大上を失う時も、国光の時も日岡はやはり何か一歩間に合っていなかったのかもしれない。私はその昔、とある先輩監督から飲みの席でしみじみと言われたことがある。「青春ってのは常に間に合わないもんなんだよ」。自分を振り返るといつも何か肝心なことに間に合っていない気がすると、その言葉を聞いてえらく得心した覚えがある。その法則に照らし合わせると、まだ日岡は青春の真っ只中というか、成長し大上を継承する最中なのだなとつくづく思い至り、そしてハタと気付くのだ。これは明確に柚月先生の意図したものではないだろうか、と。
「このままでは日岡は終われないです」と私に言ったのは『孤狼の血LEVEL2』を撮り終えた直後の松坂桃李だ。そのことは小説版の日岡も思っているのではないだろうか。シリーズを通してのビターな読後感を考えると、日岡の未来をあまり想像したくはなくなるが、たとえどんな未来が待っていようとも見届けたいと思うのはファンの心理だ。日岡が真の孤狼を継承した姿を私も一ファンとして心の底から読んでみたい。きっと多くのファンもそれを望んでいるはずだ。もうすぐ日岡の年齢は大上を越える。
作品紹介・あらすじ
暴虎の牙 上
著者 柚月裕子
定価: 748円(本体680円+税)
発売日:2023年01月24日
「孤狼の血」シリーズ完結編!
「極道がなんぼのもんじゃ!」博徒たちの間に戦後の闇が残る昭和57年の広島呉原――。愚連隊「呉寅会」を束ねる沖虎彦は、ヤクザも恐れぬ圧倒的な暴力とカリスマ性で勢力を拡大していた。広島北署二課暴力団係の刑事・大上章吾は、その情報網から、呉寅会と呉原最大の暴力団・五十子会との抗争の臭いを嗅ぎ取る。賭場荒らし、シャブ強奪……酷薄な父からの幼少期のトラウマに苦しみ暴走を続ける沖を、大上は止められるのか?
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322203001836/
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暴虎の牙 下
著者 柚月裕子
定価: 792円(本体720円+税)
発売日:2023年01月24日
令和最強の警察小説!
広島呉原最大の暴力団・五十子会と、愚連隊「呉寅会」を束ねる沖虎彦との一触即発の危機に、マル暴刑事・大上章吾は間一髪で食い止めることに成功、沖は収監されることに。時は移り平成の世、逮捕直前に裏切った人物に報復を誓い沖はシャバに戻るが、かつて大上の薫陶を受けた呉原東署の刑事・日岡秀一が沖の暴走を止めるべく動き出す。果たして沖の運命は? 最強の警察小説「孤狼の血」シリーズ完結編!解説・白石和彌(映画『孤狼の血』監督)
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322203001836/
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