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特集

「孤狼の血」シリーズ三部作完結! 『暴虎の牙』(単行本)&『凶犬の眼』(文庫)刊行記念 柚月裕子インタビュー

撮影:ホンゴ ユウジ  取材・文:タカザワ ケンジ  ヘアメイク:万田 敬子(FRANZ by adjuvant) 

第六十九回日本推理作家協会賞を受賞し、映画化作品が大ヒットしたことでも話題になった『孤狼の血』。続編の『凶犬の眼』に続き、新刊『暴虎の牙』で三部作が完結した。そこで『暴虎の牙』を中心に、柚月さんに三作を振り返っていただいた。

組織に属さず個を押し通す「沖」


――『孤狼の血』刊行から五年。ついに三部作が完結しました。もともとは一冊で完結のつもりだったとか。


柚月:そうですね。ありがたいことに『孤狼の血』の続編をと出版社から言われて、日岡秀一の成長を書いたのが『凶犬の眼』でした。今回もう一作となったときに、『凶犬の眼』で日岡は大上章吾の志を受け継ぐことを意思表示しましたが、どのように受け継いだかまでは書いていないことに気づきました。『暴虎の牙』では、日岡が大上から受け継いだもの、そして、大上が日岡に出会う以前の物語を書くことで、双方の生き方を一つの作品として書けたら、と思ったんです。


――新作では『孤狼の血』以前の大上が活躍するのが嬉しい。また、『凶犬の眼』以後の日岡の物語も興味深いところです。一方で、『暴虎の牙』から読み始める読者にとっては、この作品から登場する沖虎彦という人物が強烈な印象を残すと思います。沖の人物造形はどのように考えられたのでしょうか。


柚月:『孤狼の血』と『凶犬の眼』では警察と極道を描きました。一九九一(平成三)年に暴力団対策法が制定されてからは、極道が大手を振って歩いているような世界観を描くのは難しい。暴対法をまたいで二つの時代を通して描くために、愚連隊─いまでいう半グレですね─という、極道組織に属さずに暴れ回っている男を書きたいなと思ったんです。


――沖は極道を的にかけるという大胆なやり方で裏社会をざわつかせます。しかも自身のカリスマ性で同世代のワルたちを引きつける。ある意味でとても魅力的な人物です。


柚月:日岡も大上も一匹狼とはいえ警察組織の人間ですよね。極道たちも組という組織の一員という面がある。しかし沖は組織に背を向けて自分の流儀を押し通すことにすべてを懸けている。組織に属さず、個として生きている人間を出すことで新たな対比が生まれ、物語を大きく動かしていけるんじゃないかと思ったんです。


――沖は組織を嫌いますが、幼なじみである三島考康、重田元の二人とつねに行動をともにしています。この三人の関係も面白い。三人で悪事を重ねていくわけですが、次第に関係が変化していきます。


柚月:女性は共感性が強いと言われますが、男性は共感する部分は少なくても、〝これ〟という何か一つがつながっていれば手を組める。そういう性であると思うんです。ではもしも〝これ〟がズレたらどうなるんだろう。それまでのつながりが深ければ深いほど、切れたときの離れ方には激しいものがあるのかな、と。彼らの関係の変化は『暴虎の牙』のテーマの一つでもありますね。大きなテーマの一つは先ほど言った日岡が大上から受け継いだものの具体的なかたち、もう一つが沖たち三人の関係性です。とくに沖たちを描いた部分は、今回、一番苦労したところかもしれません。どう終盤に持っていこうか、どんな終わり方にするのか、というところですごく悩みました。


――三人のバランスが絶妙なんですよね。沖は直情型で暴力的。三島は少し引いて冷静に見ていて、もう一人の重田は弱いけどよく吠える。おそらく読者は、身の回りの人間や、フィクションの中に登場した人たちを重ねて読んでいくだろうと思います。


柚月:誰でも経験していることだと思うんですが、人生は固定したままということがないんですよね。川のように、流れたらもう戻ってくることはない。流れの中でどういう決断をするのかが人生。この物語も川だと思います。物語の中で、読者の方たちそれぞれが、きっと沖ならこう決断する、日岡はこうするんじゃないかと考えてもらえれば嬉しいし、こういう決断をするのね、と意外に受け止めてもらってもかまいません。なんでもいいので感じてくださればいいなと思います。


――沖たち三人は、子供時代の出会いのエピソードが丁寧に書かれていますし、パチンコ屋で大暴れするエピソードなどからキャラクターがあざやかに浮かび上がってきます。大上、日岡に感じるような親密ささえ感じました。


柚月:人ってエピソードの積み重ねなんですよね。その人がどういう人かを知りたかったら、幼少時からのエピソード一つ一つを聞くことです。私が同意できないと思う発言を聞いたとしても、その人が積み重ねてきたエピソードを知れば、この方がこういう考え方を持つのはわかるな、と思える。それが相手を理解する第一歩だと思います。小説の場合でも同じですよね。デビュー当時から、キャラクターをつくりあげていくために細かいエピソードはとても大切だと思ってきました。沖たち三人を身近な存在だと感じてもらえたら嬉しいですね。


『孤狼の血』
昭和六十三年、広島県呉原市。暴力団担当の新米刑事、日岡は大上というベテラン刑事とコンビを組む。極道とツーカーで違法捜査も辞さない大上に反発していた日岡だったが、抗争事件の捜査に関わるうち、考えが変わっていく。正義とは何かを問う第一弾。


大上の内面を描いた『暴虎の牙』


――一作目の『孤狼の血』では、日岡の目線で書かれていたこともあり、大上は規格外のマル暴刑事として暴れ回っている印象がありました。ところが、『暴虎の牙』では大上目線のシーンや、過去のエピソードが描かれているため、大上という人物をより深く理解できたような気がします。


柚月:『孤狼の血』では大上の内面や過去を書いていませんし、『凶犬の眼』には出てきませんから、読者にとってどこかミステリアスな登場人物だったはずなんです。今回、大上の若い頃の話や、妻とのなれそめも書いていますので、読者にとっては自分の父親の若かりし頃の話を読むような感じになるかもしれません。でも、それって、ある意味で諸刃の剣なのでは、とも思ったんです。

「ああ、あの父親にこういう時代があったのね」と素直に受け止めてくださるか、それとも逆に「こんな人だったの?」と違和感を持つか。『孤狼の血』の大上と印象が変わってしまわないか、読者がどう感じるかは少し不安でした。


――そういう危惧をお持ちだったとは意外です。というのも、『孤狼の血』の大上の行動の裏付けが取れたというか、よりはっきりと大上の考え方がわかったと感じたからです。


柚月:そう読んでいただければ嬉しいのですが。先ほどお話ししたように、丁寧にエピソードを積み重ねることで、『暴虎』を読んで、『孤狼』の大上はこういう行動を取ったのね、と納得してもらいたかったので。

 小説、物語は、最終的に読者に納得していただけるのが一番だと思うんですね。読者に媚びるということではなく、たとえ読者が望まない結末であっても、説得力があれば納得してもらえるはず。いつもそこに心を砕いています。



――『暴虎の牙』にはたしかに大上の内面も描かれていますが、決してミステリアスな部分がなくなったわけではないんですよね。なぜなら、大上から日岡へと時代が移ったときに、大上は物語からふっと退場してしまう。まだ描かれていない部分があると感じました。


柚月:ああ、そうですね。それは意識していませんでした。二つの時代の間は『孤狼』で書いていると思っていたので。


――『孤狼の血』でも大上はすっと物語からいなくなる。『暴虎の牙』が面白いのは、大上と日岡が沖と別々に出会うこと。『孤狼の血』と『凶犬の眼』が見事に合流しているんですよね。


柚月:ありがとうございます。大上がいなくなる、その消え方で思い出したのが、好きだった小説が突然終わってしまうのは失恋に似ている、とおっしゃった方がいたことです。それも、はっきりとフラれるよりも、理由もなく消えてしまったほうが尾を引くんですよね。そういう意味では、これでよかったんでしょうね。


――そもそも『孤狼の血』は、途中まで、大上と日岡のコンビでシリーズ化するんじゃないかと思いながら読む読者が多いんじゃないでしょうか。


柚月:いろんな作家さんに言われたんですよ。そうすればもっと儲かったのに、と(笑)。映画の『孤狼の血』で大上を演じてくださった役所広司さんにも言われたんです。


――そういう意味でも『暴虎の牙』に大上が登場するのは嬉しいですね。


『凶犬の眼』
平成二年。山奥の駐在所に左遷された日岡は、関西極道の大物、国光寛郎と出会う。国光は日本最大の暴力団、明石組の四代目暗殺事件の首謀者と見なされ潜伏中だった。手柄を立て刑事に返り咲こうと考えた日岡は、国光に接近する。大上の志を継ぐ日岡の戦い。


死にざまイコール生きざま


――日岡は主要登場人物の中でもっとも普通の人。読者に近い存在です。しかし、周囲にキナくさい人が集まってきます。


柚月:いますよね。あの人の周りにはトラブルいっぱい起きるよね、と(笑)。


――きっと日岡自身が自分の中に何か荒ぶるものを抱えている。それが大上や極道を引き寄せるんだと思うんです。読者の中にも、心の奥底にそういうものを抱えている人がいるかもしれないですよね。


柚月:誰の言葉だったか、人は自分が選ばなかったもう一つの人生に嫉妬している、という言葉があるんです。誰でも、あのとき別の道を選んでいたらどうなったのかな、と考えることってあると思うんですよね。日岡は普通に大学を出た人ですけど、何か満たされないものがあって警察に入った。それでいいと思うんです。たらればを言ってもしょうがない。いまここでどう生きるかがすべて。私の小説でいえば、『慈雨』は過去の事件を思い起こしながら元刑事がお遍路をする話ですけど、シリーズ三部作に登場する人物たちはその正反対。後悔している人間はおそらくいない。悩みはあっても、後悔はしていないと思いますね。


――欲望のままに、太く短く、生を燃やし尽くす。普通の人生ではなかなかできないことですね。


柚月:自分がこれをしたいと思っても、さえぎるものが多い。自分の気持ちよりも周りの状況とか、人間関係や立場でできないことって多いと思うんです。思い通りに動いたら人との間に摩擦が起きる、不具合が起こるとなったとき、人からどう思われてもいい、と決断できる人はすごく少ないと思います。あの人は冷たい、自分勝手と言われるリスクも大きい。責任もぜんぶ自分に来る。何があっても自分で責任を取るという勇気、パワーが必要ですよね。だから、この三部作は、書いてるほうもパワーが必要で、振り返ると、けっこう疲れたな、と(笑)。

 去年、盛岡で高校生の方たちが書いたテキストを読む、というイベントがあって出席してきたんです。高校生の方の質問の中に「見事な死にざまってどんなものですか」というものがあって、「死にざまは生きざまとイコールなんです」とお答えしたんです。生きることと死ぬことは分かれているわけじゃない。どう生きたかがどう死ぬかなんだ、と。「孤狼の血」シリーズ三部作で私が書きたかったのは、どう生きて、どう幕を下ろすかだったのかもしれません。読者のみなさんには、登場人物それぞれの生きざま、死にざまをお読みいただけると嬉しいですね。


『暴虎の牙』
昭和五十七年。広島で極道が行方不明になる事件が相次いでいた。捜査に関わっていた大上は、沖虎彦という愚連隊のリーダーと出会う。沖は極道の賭場やヤクの取引現場を襲い、裏社会を揺るがせていた。暴対法をまたぎ、大上と日岡、二つの時代を描く完結編。


>>「孤狼の血」シリーズ特設サイト


柚月 裕子

1968年岩手県出身。2008年『臨床真理』で第7回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞しデビュー。13年『検事の本懐』で第15回大藪春彦賞、16年『孤狼の血』で第69回日本推理作家協会賞(長編及び連作短編部門)を受賞。18年『盤上の向日葵』で本屋大賞2位を獲得。著書に『蟻の菜園―アントガーデン―』『慈雨』『検事の信義』など。

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