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どんなに科学が進歩しても家族の問題はなくならないことを教えてくれる〝家族地獄六景〟――『ファミリーランド』澤村伊智 文庫巻末解説【解説:細谷正充】

いつの時代も「家族」は、やさしく、あたたかく、いびつで、おそろしい。
『ファミリーランド』澤村伊智

角川文庫の巻末に収録されている「解説」を特別公開! 
本選びにお役立てください。

ファミリーランド』澤村伊智



『ファミリーランド』澤村伊智 文庫巻末解説

解説 
ほそ まさみつ  

「ファミリーランド」を日本語に直訳するならば、「家族の国」になるだろう。しかし、さわむらのSF短篇集『ファミリーランド』は、ちょっとひねって、『絶望の国』にしたい。なぜなら本書に収録されているのは、家族の絶望の物語だからだ。
 本書『ファミリーランド』は、「SFマガジン」二〇一七年六月号から二〇一八年十二月号にかけて断続的に掲載された五篇に、書き下ろし一篇を加え、二〇一九年七月、早川書房から単行本が刊行された。同年、第二回細谷正充賞を受賞。と、他人ひとごとみたいに書いてしまったが、私が受賞作を決める文学賞(まったく権威はないが、優れた作品を選んでいるという自信はある)だ。この賞の諸々に関しては長くなるので省くが、一度に五作選ぶので、そのうちの一冊は短篇集という思いがあった。だから、いろいろ読んでいるうちに本書と出会い、もうこれしかないでしょうと、すぐさま受賞作に決めたのである。そして、このようなコメントを書いた。

「作者はホラー小説の優れた書き手としてすでに高く評価されている。しかし、その地位に安住するつもりはないようだ。
 今年、長篇ミステリー『予言の島』と、SF短篇集『ファミリーランド』を刊行し、自己の世界を広げているのである。その積極的な姿勢が頼もしい。
 しかも作品の内容がすごかった。『予言の島』もよかったが、本書にはぶっ飛んだ。まず冒頭の「コンピューターお義母さん」だが、題材が嫁しゆうとめ問題である。実にドメスティックだが、これが切れ味鋭く、さらにイヤな後味をたんのうできる秀作になっている。
 その他、デザイナーベビーが当たり前になった世界の絶望を巧みに表現した「翼の折れた金魚」や、宇宙人とのファーストコンタクトに卑近なオチが付く「今夜宇宙船の見える丘に」など、どれも読みごたえあり。
 ひとりでも多くの人に、このイヤすぎる悪夢を体験してもらいたいのだ」

 今回の引用に際して一カ所、表記を変えた単語があるが、内容は一緒である。基本的な評価はこれに述べたとおりだが、もう少し各作品について触れながら、その魅力を語ってみよう。まずは冒頭の「コンピューターお義母さん」だ。主人公のは、夫のやすあきと息子のけんの三人暮らし。だが、関西の老人ホームにいる義母から、多大な干渉を受けている。ネットデバイスとアプリを駆使して、家のことを監視し、メールで恵美に連絡してくるのだ。母親の役割まで侵食されいらつ恵美は、パート先(澤村作品でおみの「くらしマート」)のかわさんに愚痴をこぼしてガス抜きをしている。しかしその愚痴まで見張られていたことが分かり、ついに堪忍袋の緒が切れた。激しい怒りに突き動かされた恵美は、老人ホームに向かうのだが……。
 現代の少し先にあるかもしれないネット社会を構築して、作者が描き出すのは嫁姑の確執だ。このギャップにやられた。しかも恵美が老人ホームに向かってから、思いもかけない展開になる。パート仲間の佐川さんの扱いもうまい。それだけに、もしかしたら近い将来にあり得るかもしれない、恵美の絶望におののいてしまうのである。
「翼の折れた金魚」は、トヤマ製薬が販売している「コキュニア」という薬により、金髪と青い目という外見を持ち、知能が劇的に高まった子供が生まれるようになった時代を舞台にしている。いわゆる、デザイナーベビーだ。「コキュニア」を使って生まれた子供は計画出産児、使わずに生まれてきた子供は無計画出産児(デキオ・デキコというべつしようが実に不快)と呼ばれ、無計画出産児に対する差別が強まっている。主人公のもりむらは小学校の教師だが、やはり無計画出産児に対する差別意識があった。しかし、さまざまな出来事により、森村の意識は揺さぶられる。
 本作を読んで思い出したのが、グレッグ・ベアの短篇「姉妹たち」(『タンジェント』収録)であった。そちらの作品も学校を舞台にして、設計デザインされた学生と未加工ナチユラルの学生の確執が描かれているからだ。細谷正充賞の授賞式の控室で、作者にこのことを聞いたのだが、特に意識はしてないという。考えすぎであったか。ただ、この二作の読み味の差は象徴的だ。「姉妹たち」が前向きな終わり方をするのに対して、本作は、薄ぼんやりとした絶望の風景で終わる。もちろん国も時代も違うので、単純に比べることはできない。それでも私は本作の、やりきれないラストの方に親近感を覚える。なぜなら今の日本も、本作の無計画出産児のように、自分ではどうにもならない生まれによる格差が、あらわになっているからだ。
「マリッジ・サバイバー」は、恵まれない少年期を経て、三十五歳になったサラリーマンが、結婚を考えて国内最大手のマッチングサイト「エニシ」に登録。妻も得て、新たな生活を始めるのだが、そこで自分が、相互監視が当たり前になった社会に適応していなかったことに気づく。現在もGPSによって配偶者や子供の行動をチェックする人がいるそうだが、それが常識となった社会は、こんなにも息苦しいのか。追い詰められていく主人公の気持ちに共鳴してしまうが、これは私が旧世代の人間だからかもしれない。
「サヨナキが飛んだ日」は、自宅看護用小型飛行ロボット「サヨナキ」に依存する娘を、なんとかしようとする母親の苦悩がつづられる。お掃除ロボットが家庭にある時代である。このような看護用ロボットが実用化される時代を、この目で見られるかもしれない。そしてロボットに人間が依存することだって、あるのだろう。……と思わせて、作者は別の依存関係を見せつける。デビュー作『ぼきわんが、来る』から始まる、「姉妹」シリーズでも、ホラーの中にミステリーの要素を入れてきた作者である。本作でも、その手腕が堪能できるのだ。
「今夜宇宙船ふねの見える丘に」は、介護問題とファーストコンタクトを組み合わせた、ユニークな作品だ。まず主人公とその父親を通じて、貧困家庭の介護の現状が描かれる。この介護のための「ケアフェーズ」が強烈だ。なんともいえない気持ちで読んでいると、宇宙船の来訪というビッグ・イベントが発生。なぜか宇宙人のメッセージを受け取った父親と共に、主人公はファーストコンタクトを迎える。
 いんうつな話に、ささやかな希望が訪れたかと思ったら、作者はとんでもないオチを付ける。一歩間違えればギャグになりかねないが、主人公とその父の姿と重ねることで、重いテーマを鮮やかに表現したのである。読みごたえ抜群の作品だ。だけど「ケアフェーズ」が実現する時代は、きてほしくないなあ。
 ラストの「愛を語るより左記のとおり執り行おう」は、仕事も葬式もバーチャル空間で行うのが普通になった時代の物語。メタバースが順調に発展すれば、このような世界になるかもしれない。他の作品でもそうだが、現代と地続きの未来を創り出す、作者の才能に脱帽だ。
 ストーリーは、仕事を干されたドラマ・ディレクターが、昔ながらの葬式が行われることを知り、ドキュメンタリーとして撮影するというもの。そこで繰り広げられるドタバタ劇が読みどころだ。オチも含めて、苦笑いしながら、本を閉じることができるのである。
 さて、以上六篇を読んで、あらためて感じたのが、作者の〝家族〟に対するこだわりだ。思えば、『ぼぎわんが、来る』で、早くも家族が重要なテーマとして扱われていた。『予言の島』や『邪教の子』でも、それぞれ違ったアプローチで、家族が題材になっている。ホラーから始まり、どんどん作品の領域を拡大している作者だが、一方で、自分の書きたいテーマをしんに追求しているのだ。そして人間が人間である限り、どんなに科学が進歩しても、家族の問題はなくならないことを、本書の〝家族地獄六景〟が教えてくれるのである。

作品紹介・あらすじ



ファミリーランド
著者 澤村伊智
定価: 792円(本体720円+税)
発売日:2022年08月24日

いつの時代も「家族」は、やさしく、あたたかく、いびつで、おそろしい。
スマートデバイスを駆使して遠方から家族に干渉してくる姑と水面下で繰り広げられる嫁姑バトルの行方。金髪碧眼のデザイナーズチャイルドが「普通」とされる世界での子どもの幸せのかたち。次世代型婚活サイトでビジネス婚をしたカップルが陥った罠とその末路。自立型看護ロボットによって育児の負担が減った一方で、隔たれる母と娘の関係。技術革新によって生み出された、介護における新たな格差。対面しない葬式が一般的な世界で、二十世紀型の葬儀を希望する死者の本当の願いとは。ホラーとミステリ、ジャンルを超えて活躍する澤村伊智がテクノロジー×家族をテーマに描いた、新感覚の家族小説。

詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322112000470/
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