KADOKAWA Group
menu
menu

レビュー

【解説:宮部みゆき】切なさの名手が描く、恐ろしく美しい8つの“喪失”の物語『私の頭が正常であったなら』

文庫巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。

(解説:宮部 みゆき / 作家)

 この著者名には見覚えがないという方でも、ミステリーやホラーや青春小説の読者であれば、本書の雰囲気に、ふと一人の作家の名前を思い浮かべるのではないか。その勘は正しい。熱心なファンのあいだでは周知の事実だそうだが、本書の著者「やましろあさ」は、『夏と花火と私の死体』や『GOTH』などで知られる作家・おついちさんの別ペンネームなのである。びっくりですよね。でも、職業作家を続けてゆくうちに、それまで自分が創ってきた作風とは違うところで勝負してみたい、新しい筆名で新たな自分を作りたいと思うようになる気持ちはよくわかる。

 とはいえ、本書はまぎれもなく乙一ワールドの作品だ。全八篇、淡いユーモアとファンタジーと恐怖を絶妙に配合した八杯のカクテル。そのベースは蒸留水のように透明で混じりけのない「悲しみ」だ。残念ながら日々社会のどこかで起きている災害や事故や事件──運命の非情や、人間の身勝手な欲望や悪意、愚かさが引き起こす、かけがえのないものの喪失による悲しみ。それをせいひつな言葉でつづり、結末に安易な救いを設けず、失われたものは戻らないけれど、それを悼む私たちの人間性はけっして失われないものだと語りかけてくる。表題作は、別れた夫の手でまなむすめを殺害され心を砕かれた主人公の女性が、ある不可思議な現象を通して現実のなかへ帰還する姿を描いている。巻頭の「世界で一番、みじかい小説」はライトなゴースト謎解きたんだが、タイトルの由来を読めばここにも大きな喪失の悲劇が隠されていることがすぐわかる。東日本大震災で妻子を失った男の心情を描く「トランシーバー」の悲痛な優しさ。巻末に置かれた唯一の書き下ろし(単行本時)「おやすみなさい子どもたち」にある天上の存在が現れるのは、本書の登場人物たちと、彼らの悲しみを読み通した読者の双方を祝福し、救済を祈るためではないだろうか。

(「読売新聞」2018年3月25日付書評より)


書影

山白朝子『私の頭が正常であったなら』
定価: 748円(本体680円+税)
※画像タップでAmazonページに移動します。


山白朝子『私の頭が正常であったなら』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/322008000179/


紹介した書籍

新着コンテンツ

もっとみる

NEWS

もっとみる

PICK UP

  • ブックコンシェルジュ
  • 「カドブン」note出張所

MAGAZINES

小説 野性時代

最新号
2025年4月号

3月25日 発売

ダ・ヴィンチ

最新号
2025年5月号

4月4日 発売

怪と幽

最新号
Vol.018

12月10日 発売

ランキング

書籍週間ランキング

1

紳士淑女の≪逆食炎≫お戦記

著者 BirdHatter

2

意外と知らない鳥の生活

著者 piro piro piccolo

3

気になってる人が男じゃなかった VOL.3

著者 新井すみこ

4

メンタル強め美女白川さん7

著者 獅子

5

ねことじいちゃん(11)

著者 ねこまき(ミューズワーク)

6

ちゃんぺんとママぺんの平凡だけど幸せな日々

著者 お腹すい汰

2025年4月7日 - 2025年4月13日 紀伊國屋書店調べ

もっとみる

レビューランキング

TOP