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人と繋がるって、いいなあ――大人気放送作家、鈴木おさむが実感を込めて語ります。『透明カメレオン』

 こんにちは。放送作家の鈴木おさむです。えっと、道尾秀介みちおしゅうすけさんの『透明カメレオン』って小説を読ませてもらいまして。
 道尾さんは2011年に『月と蟹』っていう作品で直木賞も受賞している作家さんなんですけど、この『透明カメレオン』って小説はラジオパーソナリティが主人公で。声だけ素敵で、容姿はチンチクリンな主人公が、行きつけのバーに現れた美女に誘われて、ある計画に巻き込まれていくエンタメ作品で、すごく面白く読みました。
 それを読んで気づいたことがありました。僕が大好きなもの二つには共通点があるんだなって。大好きな二つっていうのは、「ラジオ」と「Bar」です。本当に大好きなんですけど、共通してるものがあったんだ。だから好きだったんだなって。
 まず、「ラジオ」の方から話させてもらいますが、僕は自分がパーソナリティをやっているラジオ番組をTOKYOFMで14年やらせてもらってるんですが。だから今日もこうやって話させて貰ってるんですけど。
 放送作家としてデビューしたのが25年ほど前でね。最初はラジオだったんです。
 大学1年生の冬にね、運良く、ニッポン放送ってラジオ局でね、放送作家の卵として使ってもらうことが出来ました。「槇原敬之まきはらのりゆきのオールナイトニッポン」って番組で火曜の深夜3時からやってました。
 もうね、ラジオ局に入ったとき、ドキドキしましたよ。いつも聴いてるラジオ番組が放送されている局ですから。キラキラしてました。
 広めのワンルームのようなスタジオがいくつもあって。ふと気づくと、オーラをまとった芸能人がスタジオから出てきたりして。
 19歳で放送作家を志すやつなんてね、結局痛いんです。自分に自信がある。何一つ結果も出してない癖に、俺は面白いなんて思ってるんですよね。
 そんな僕が、槇原さんのオールナイトで作家として働けることになって、絶対結果出してやろうと思いましたよ。
 現場に行ったらね、Tさんという作家さんがいました。僕より4つ年上で、入ってきたのは半年前だったんです。そしたらね、そこでね、チーフ作家のIさんがね、僕に言うんです。「おい! お前がどんな人生歩んでここにいるのか分からないけど、このTはな、なべやかんの明治大学替え玉事件の犯人なんだぞ」ってね。
 え?え? って思いましたよ。当時ね、世間を騒がせまくっていた事件でした。なべおさみさんの息子さんが、明治大学に入るために、お金を払って現役の大学生に替え玉で受験させたって事件でね。もうかなり世間を騒がせた事件でね。当時は誰でも知ってる事件でしたよ。僕もね、テレビでそのニュース知ってね、その替え玉をやった大学生のこと「バカだなー」って思いましたよ。せっかく明治大学入ったのにね、クビですよ。「こいつ、もう人生終わったじゃん」って思いましたよ。だけどね、ラジオ局に行ったらね、「人生終わった」と思ってたその人が、僕より半年先に入って作家として修業してたんですよ。チーフ作家のIさんは、マイナスのはずの経歴をね「おもしろいだろ」って感じで紹介したんです。
 いや、びっくりしましたよ。この世界ではね、世間でマイナスと思われることもプラスになるんだって。マイナスなこともプラスの付加価値になることがあるんだってね。それに比べてね、自分は何もなくてね。大人の人がおもしろがってくれることが、何もなくて。悔しくてね。負けたくないって思ってたんですよ。
 そこから僕も作家としてね、修業を始めさせてもらったんですよ。ある時ね、槇原さんがね、「君は僕の宝物」ってアルバムを出して、その発売記念の企画をやることになったんですよ。そのときにね、Tさんが言った企画がありました。それがね、葉書にね、「君は僕の宝物」って書いてね、「この葉書を見つけたらニッポン放送に送ってください」って書いてね、屋上から風船に付けて飛ばすって企画でした。
 それ聞いてね、正直、「そんな葉書返ってくるわけねえだろ」って思いましたよ。そもそも風船で飛ばしたってすぐ落ちるし、深夜3時に放送しているラジオのリスナーが運良く葉書受け取るわけねえだろって。何夢見てんだと。もっと刺激的な若い奴がおもしろがる企画あるだろ!? って。
 Tさんのアイデアは採用されて、当日、真夜中に、葉書の付いた風船が何個も空に飛んでいきました。「すぐに落ちるだろ」と思っていました。
 が、1週間後。汚れた葉書が2枚、返信されてきました。1枚は静岡まで飛んだもの。海辺の近くに落ちたものでした。ラジオを聴いていたリスナーがたまたま海辺で見つけたものでした。
 それを見てね。企画を真っ向から否定していた自分を恥じました。夢を見てこの仕事を志し、入ってきたのに、小さな夢を乗せた風船の企画を僕は否定していたんです。
 ラジオを、特に夜聞いてる人って、BGMで聞いてる人もいるかもしれないけど、やっぱりね、どっかに小さな寂しさがある。不安がある。どこかで小さく繋がりたいと思っている。
 おもしろい話、おもしろい葉書ネタさえやっていればいいと思っていた僕でしたが、そうではなかったんですよね。
 葉書を乗せた風船は、リスナーに拾われることにより、ニッポン放送に戻ってきて槇原さんの手に渡った。小さな繋がりが、リスナー全員に大きな夢を与える。私たちが繋がっているんだって。
 そして「バー」です。僕はね、お酒が好きでバーにもよく行っていました。必ず友達や先輩と行って、お酒を飲みながら喋っていたんです。だけどね、35歳を過ぎて、変わりました。僕がいっつも一緒に飲みに行っていた芸人をやっていた後輩が、夢を諦めて実家に帰っていったのです。そこで心にポカンと穴があいた気持ちになりました。いつも一緒に飲んでいた友達がいなくなったんですから。
 バーに行く回数も一気に減りました。そんなある日にね、家の近所にあるバーに行ってみようって気になったんです。正直、入りにくいバーでね、何年もそのバーの前を通っていたけど、それまでは一度も入らなかった。だけどね、その日はなんとなく、ひきつけられるように入っていったんです。一人で。一人でバーに行くなんて初めて。
 入ってくとね、そこから笑い声が聞こえる。
 洋風のおしゃれなバーにはオールバックにしっかりとバーテンダーの格好をした男性とカウンターには僕より20歳上の素敵な熟女の方。おどおどしている僕にバーテンダーの方が「いらっしゃいませ」と言って、僕はカウンターに座りました。すると、その熟女の方が「家、近所?」と話しかけてくれました。その方は着物デザイナーをやっている方で、僕も自分のことを話したりして、すっかり打ち解けて、そこから一人で通うようになったんです。
 週に3回は行きました。深夜2時まで仕事があっても行く。いいことがあったら、報告したくて。いやなことがあったらリセットしたくて。一人で通う。
 そこに来ていた常連さんとも仲良くなっていきました。みんな、そのバーに来てカウンターに座る。
 それぞれ来てね、なんとなく今日の話とか、どうでもいい話してね、お酒飲みながら、元々は他人だった人同士が、バーのカウンターで繋がるんです。
 それはね、職場の友達でも昔からの友達でもない感覚で。東京という街の中でね、そのバーに来て、その時間だけ繋がる。
 それがね、とてもラジオ的でね。心地よかったんです。
 不思議なものでね、本当だったらね、そこで仲良くなったんだから、友達としてもっと仲良くなればいいじゃないですか。本当はなりたい。なったらもっと楽しいかもしれない。だけどね、そこの勇気が出ないんですよ。
 昼間や休日も遊ぶ仲間になってね、そしたら、嫌なところが見えるんじゃないかとか思ったりするんです。
 だから、そのカウンターから飛び出ようとしない。小さな心地よさから飛び出ようとしない。それがいいんだけど、飛び出たい気持ちもある。
 そこでね、『透明カメレオン』読んでね、うらやましくなるわけですよ。
『透明カメレオン』ではね、バーで出会った人たちが、ひとつの計画のために一致団結するんです。ただの常連仲間って枠組みを超えて繋がっていく。
 人と人との関係性って昔に比べて、薄く広くって所もあると思うんですよね。昔だったら会って話してお酒飲んでお互いのことを話し合ってた人も多いと思いますが、今はLINEやほかのSNSでお互いのことを知って、必要以上のところに入り込まなかったり。それはそれでいいのかもしれないけれど。
 やっぱりね、深まりたい。はみ出たい。冒険したいんですよ。
 みんなと。
 だからね、この本を読んでいてね、その関係性に憧れを抱くんですよ。
 言ってしまったら友達だってみんな、元は他人ですよ。
 東京なんて地方から来た人の集合体ですよね。そんな中で、いろんな人と繋がっていくんだけど。
 人とね、太く繋がると面倒くさいこともある。だから薄く繋がっていたいと思う。
 だけど面倒くさいからおもしろいんですよね。
 この本を読んだ日にね、いつものバーに行きましたよ。それでね、いつもそこで会う人にね、言いましたよ。「今度、昼にみんなで遊びませんか?」って。
 縁と縁が集まって円になるって僕はよく言うんですけど。
 生きてるなら、その円、大きくしたいよなって。思えました。45歳で。
 というわけで、お聞きください。
 槇原敬之さんで「君は僕の宝物」


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