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レビュー

女性だからこそ、重なり合えない。すべての「彼女たち」へエールを送る。 『ご機嫌な彼女たち』

 あぁ、やっぱり私、この物語が好きだ! 何度読み返しても、そう思う。本書を書いてくれた石井さんに、ありがとうと伝えたいし、本書を一人でも多くの女性――とりわけ母である女性、そして働く女性――に届けたいと思う。
 本書の主な登場人物は、四人の女たちだ。フリーの校正者である安岡ねい、寧の大学時代からの友人で、今はスタイリストとして活躍している西島万起子まきこ。寧と万起子は共にシングルマザーで、寧にはあんという娘が、万起子にはしょうという、ともに小三の子どもがいる。谷本美香は、翔と同じクラスの谷本美雨みうの母で、彼女もまたシングルマザーである。そして、万起子と同じマンションに住み、三年前から西麻布で小料理屋「大沢おおさわ」を営む、寡婦の大沢崇子たかこ。物語は彼女たちそれぞれのドラマを丁寧に紡いでいく。
 ここでお気づきになった方もいると思うのだが、彼女たちには共通点がある。それは、夫がいないことだ。寧と万起子は離婚したことで、美香は妊娠中に恋人と別れたことで、そして崇子は夫と死別したことで。もう一つは、彼女たちはみな、働く女である、ということだ。要するに、彼女たちは自立した女たちなのだ。
 もう、それだけで寧を、万起子を、美香を、そして崇子をぎゅうっと抱きしめたい。背中を優しくとんとんしたい。加えて、崇子は別にしても、寧と万起子、美香は現在進行形で子育て中。しかも小三という、もう数年で思春期の入口が見えてくる年頃の子どもと、一人で向かい合う日々。なかでも、高校を中退すると同時に家を出て、16歳から自分で自分の口を養ってきた美香が歩んで来た道は、寧や万起子のそれよりも、ずっとずっと厳しいものだった。この、共通項がありながら、でも、それぞれに抱える背景が違う女たちが、では、どうやって出会い、繋がっていったのか。それが本書の読みどころである。
 寧と万起子は、大学で同じゼミではあったものの、当時は薄い付き合いだった。二人が親密になったのは、お互いが社会人になってから。まだ下積みで、お金も時間もなかった二人だったが、「しょっちゅう会っては仕事と恋を語り合い、それぞれの現場へと戻っていった」。結婚して、子どもが生まれ(しかも、杏と翔の誕生日は一日違い!)、二人とも離婚をし、と、寧と万起子は、お互いの人生の戦友のようなものだ。
 けれど、杏と翔とでは、男女の差もあるだろうが、〝育て易さ〟がまるで違う。小学校に入った途端、翔は「たちまち問題児ぶり」を発揮し、万起子は頻繁に学校から呼び出しを受ける日々。翔と過ごす時間が少ないことを負い目に感じている万起子は、翔の問題行動を全部自分のせいのように思ってはいるものの、「一緒に遊んであげられなくてごめんね」とは言えない。「親としての弱みを見せる代わりに、翔を叱った」。
 あぁ、あぁ、と思わず声が出そうになる。子どもに素直になれない万起子の気持ちが、痛いほど分かる。そして、誰よりも万起子自身が、素直になれないことで傷ついていることも。この、万起子の、〝親として不器用な感じ〟が、ものすごくリアル。でもだからこそ、2歳と1歳の幼子を、家に残したまま外出して死なせてしまった母親のニュースを聞いて、くだんの母親を一方的に非難する風潮に、違和感を覚える万起子に説得力が出る。
 そして、そんな彼女だから、自分と同様に、娘のことでたびたび学校から呼び出しを食らっている(とはいえ、美雨は翔のように、クラス内で問題行動を起こしているわけではない)美香に、ふと声をかけてしまう場面――美香が働く高級スーパーに、偶然買い物に来た万起子が、今度一緒にご飯でも、と誘う――も、自然な流れとして読み手の腑に落ちる。
 とはいえ、万起子自身は、どうして美香に声をかけてしまったのか、よくわからない。ただ、「学校で会う彼女にはなんの興味も持てなかったが、スーパーで会った彼女はよかった」のだ。美香の働く姿を見て、万起子は瞬時に読み取る。「そこには、生活も子どもも一人で背負い込んでいる――実際のところは知らなかったが、そうに違いないと万起子はふんでいた――母親の姿は微塵もなく、きびきびと働く清潔な若い女がいた。仕事に自信と自負があるのも見て取れた。エプロンの丈があと2センチ短かったら、すべてのバランスが完璧だと万起子は思った」この、エプロンの丈が、というくだりがいい。そこにあるのは、プロのスタイリストとしての万起子の目だ。
 衝動的に声をかけてはみたものの、そもそも誰かと「ママ友」なんかになったことがない(寧とはママになる前からの付き合いだ)万起子である。いっそ仕事を理由に中止にしてしまおうか、とまで思った万起子は閃く。そうだ、寧がいる、と。この後、万起子が「もやし事件」と名付けているエピソードが描かれているのだが、これが実に実に、寧の人柄を如実に表しているのと、女子のハハというものが何たるか、その片鱗を伺わせていて、絶妙だ。こういう、ごくさりげない、けれど素晴らしいシーンは、本書のあちこちに散りばめられている。
 万起子の家で、三人は語り合う。同い年の子どもの母であるだけでなく、三人ともシングルマザーであり、ワーキングマザーなのだ。その共通点は強い。けれど、その共通点が、逆に万起子と寧の二人と、美香の境遇の差を浮かび上がらせる。きっかけは、万起子も違和感を抱いた、子どもを置き去りにして死なせた母親のニュースが流れたことだった。美香はせきを切ったように話し出す。「どうして母親だけが罪に問われるんですか。非難されなくちゃならないんですか」と。「その子たちの父親はなにをやってるんでしょうね。父親にもならず、なんの責任も取らず、誰からも非難もされずに、どこかでのうのうと生きている男がいるんですよ」
 なんの責任もとらず、どこかでのうのうと生きているのは、美香のかつての恋人であり、美香の妊娠を知って姿を消した、美雨の父、でもあった。「憤りたい気持ちはわかる」と口にした万起子に、美香は噛み付く。わかるわけがない、と。「だって、あなたたちはお嬢さんじゃないですか。大事に育てられて、結婚して子どもも産んで、離婚したって、こんな贅沢な生活をしてるじゃないですか」
 吐き出した美香の本音に、万起子も真正面から向き合う。このシーンがいいのは、美香に対する対応で、二十年来の親友同士とはいえ、寧と万起子の間にある〝重なり合わない部分〟も浮かび上がるからだ。親友同士だから分かってしまう心のひだの奥、が垣間見えるからだ。本音で語り合ううちに、いつか夜は明ける。同時に、美香の心にあった垣根も、開いて、三人の心が通い合い始める。このシーン、本当に好きだ。
 と、三人のことばかり書いてしまったが、崇子のエピソードもいいのです。とりわけ、崇子がケータリングの仕事(小料理屋を始める前は、ケータリングをしていたのだ)を始めた頃に知り合い、今では親友となっている栗原みどりとの初めての打ち合わせの件とか! そしてそして、崇子の夫で、結婚十五年目にして、病に倒れかえらぬ人となった大沢と、美香の上司である粕谷かすやとの思いがけない接点とか、大沢の親友である小沢と崇子の抜群の距離感、とか、とか。
 寧と万起子が同じ年の42歳、美香が29歳、そして崇子が52歳という年齢設定も絶妙で、世代別の女が抱え持つあれこれが、くっきりと立ち上がってくるのもいい。私は、「女の敵は女」なぞという戯言たわごとは、この世から消えてなくなればいいと、常日頃から思っているのだが、同じような思いを抱いている人には、ぜひ、ぜひ、本書を読んで欲しい
 本書のタイトルにもなっている最終章が、また、しみじみといい。時を経て、小三だった杏と翔、美雨は22歳に。この章は、頑張って生きて来た寧と万起子、美香と崇子、みんなへの石井さんからのご褒美のような、祝福のような章だ。同時に、本書の向こう側にいる、大勢の名も知れぬ「彼女たち」へのエールでもある。彼女たちよ、ご機嫌であれ! ご機嫌であるために、頑張れ! と。


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