お茶の間がテレビに齧りついた昭和四〇年代の芸能界を舞台にした『テレビ探偵』を刊行される小路幸也さん。
テレビ黄金期の熱気を視聴者として知り、業界に身をおいてきた放送作家の鈴木おさむさんと対談いただきました。
テレビが伸び盛りの時代
――今日は小路幸也さんと、放送作家で小説もお書きになっている鈴木おさむさんに、あの時代のテレビと『テレビ探偵』についてお話しいただきます。
鈴木: 最初にお聞きしたいんですけど、どうしてこのテーマで小説を書こうと思われたんですか?
小路: さかのぼりますと、以前、ドリフターズをモデルにした短篇を書いたことがあったんです。それぞれミュージシャンを主人公にした『うたうひと』という短篇集の「明日を笑え」で、ドリフターズがビートルズの前座をやったときに、ベースがぶつかったという逸話をヒントに書きました。それから時間がたちまして、今回、長篇で書いてみようか、と。『8時だョ!全員集合』をヒントにした架空の番組を舞台に、あの時代のテレビの熱気みたいなものを書きたい。それにミステリ風味を加えて、ということでタイトルが『テレビ探偵』。重い動機があったわけではないんです(笑)。
鈴木: なぜお聞きしたかというと、僕はテレビの人間なので前から気になっていたんですが、テレビをテーマにした小説って意外とないからなんですよ。エッセイはあるんですけど。あっても報道局とかなんですよね。だから拝読して新鮮でした。テレビがテーマ。しかもしかも昭和のテレビが伸び盛りだった時代のバラエティ。一九七〇年代のテレビで育った四〇代、五〇代ってたくさんいるわけじゃないですか。僕もその一人としてこのテーマで書いていただいたことがうれしかったですね。主人公のトレインズのメンバーたちがすごく近くにいるように思えました。 ありそうでなかったものはヒットする、爆発したときが大きいって、僕はいつも言うんですけど、この作品もそうじゃないかと思いましたね。テレビをつくる人たちって熱いし、イタいし面白い。その物語はありそうでなかったなあ、と。
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小路: ありがとうございます。僕、五七歳なんですけど、テレビっ子と言われた最初の世代なんですよ。テレビばっかり見ていると馬鹿になるよと言われた世代です。物心ついたときにはテレビがごくあたりまえの日常の一部だったし、テレビの向こうにいる人たちが楽しませてくれた。本をいっぱい読む読書好きの子でもあったんですけど、並行してずっとテレビを見てきたんですね。僕の作品に「東京バンドワゴン」というシリーズがあるんですが、テレビに捧げた作品なんです。一五分でCMというリズムを意識しながらずっと書いています。僕が書いている台詞もまちがいなくドラマのテンポなんです。
鈴木: 小路さんの作品はどれも読みやすいですよね。
小路: 自分でもそう思います。もともと広告業界にいてコピーライティングの勉強もしていたので、まず読みやすいことが第一。意識しなくてもそうなります。それにテレビのリズムがしみついているので読みやすいと思うし、僕自身も書きやすい。
テレビが家族の団らんだった
鈴木: 書かれるときに苦労したところってありますか?
小路: 書きたいことがありすぎるというのが悩みでしたね。トレインズはもともとミュージシャンだったのにコントで大人気になった。その葛藤は当然あったと思うし、当時の芸能界にはもっと黒い部分も、逆に華やかな部分もあっただろうし。どこを捨ててどこを取るかに苦労しましたね。「テレビ探偵」というタイトルをつけたことで、ミステリめいた話という枠をつくり、トレインズにあとから入ってくる最年少のチャコを狂言回しにすることで解決しましたけどね。あの時代のテレビはもっと小説になっていいと思うんですけどね。ネタはいっぱいあるから。なんで書かないのかな。
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鈴木: テレビを避けてきたり、否定してきた方が多いからかもしれない。テレビは偏差値が低いということで否定してきた文化もあるじゃないですか。テレビで育ってきたのに、テレビをさげすむ。それがいまはテレビの人たちがネットをさげすむ、みたいな感じがあるんですけど。
小路: 僕らの時代って、マンガで育った世代でもあるんです。最近になって、僕らの年代の作家さんたちが少年少女マンガを読んで育ってきたと公言しはじめている。どんどんマンガの地位が上がってきているんですよね。それと同じで、テレビも僕らのベースになっているんだよ、と言いたい。
鈴木: この小説がすごくいいなと思ったのは、歳を重ねて──四六になったんですけど──いろんなことを忘れていくじゃないですか。でも、頭の中にはあって、ちょっとしたことでお母さんがつくってくれたすき焼きを思い出したり、小学校のときの何気ないことを思い出してノスタルジックな気持ちになるみたいなところがある。この時代のテレビを知る世代の方たちは、この小説を読むことで、物語を楽しむのと同時に、少年時代や家族のことを思い出してパワーになるんじゃないかと思うんですよね。
小路: テレビができたことで家族の団らんがなくなった、なんてことが昔、よく言われたんですけど、僕に言わせると、居間のベストポジションにテレビがあって、お父さん、お母さん、子供たちがいて、みんなで同じ方向を見て泣き笑いしていた。あの状況が家族の団らんだったんですよね。でも僕らより下の世代になってくると、一家にテレビが一台とは限らない。
鈴木: 部屋ごとにあったりしますよね。
小路: 家族全員で同じ時間に同じ番組を見ていたのは、僕らが最初で最後の世代なのかなって思うんですよね。ベタですけど、ラブシーンになると、お父さんが咳払いして新聞を広げるとか。
鈴木: ありました、ありました。高島忠夫さんが解説をやっていたゴールデン洋画劇場で、ジャッキー・チェンの映画とか見ていたんですけど、たまにキスシーンが出てくるじゃないですか。やっぱりちょっと気まずくなる。ああいうのっていいですよね。
小路: そういう空気感も込めたかったんです、今回の作品では。
七〇年代はもうファンタジー
――テレビの裏側でこんなことが起こっていたのかも、という興味も引かれました。
鈴木: 生放送でパトカーがセットに突っ込むとか。小説の中でもお書きになっていましたけど、そういうのってすごいことで。
小路: すごいことやってたんですよ、ほんと。いま考えると。
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鈴木: TBSは一九七〇年代から八〇年代にかけてメイクとか衣装、かつらとかがすごく進化したそうなんです。なぜかというと、ドリフがあったから。ハゲヅラ一個にしてもすごく高くて大変なんです。ドリフが終わって、TBSの次に進化したのがフジテレビ。『オレたちひょうきん族』が始まってコント番組をやるようになって進化していった。
小路: 舞台をつくる、場面をつくるって面白い。実は僕、前職の広告業界のときにイベント・プランナーをやっていて経験があるんですが、ほんと、大変なんですよね。
鈴木: 大変です。たらいが一個落ちてくるだけでもタイミングが難しいですし、本当に痛かったらだめで、音がしなくてもだめ。どう音を鳴らして、リアクションを取れる程度の当たり方に抑えるか。
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小路: リハーサルにリハーサルを重ねて、工夫に工夫を重ねて。だんだんできあがっていく。文化なんですよね。
鈴木: ドリフの中でカトちゃん牛乳っていって、牛乳を一気飲みするんですけど、実は牛乳瓶が斜めに上げ底されていた。こうすれば満タンに見えるってことを言い出すやつがいるんですよ。
小路: つくるやつもいて。
鈴木: これだったら一杯分で三杯分に見えるぞ、と。こういうのもハリウッドとは違う、日本人らしい細やかなものがありますよね。テレビをつくることに関して、笑わせようとすることに対する日本人の能力って異常ですよね。
――事実を参考にされたということですが、小説としては事実から離れる必要がありますよね。
小路: そうですね。『テレビ探偵』は、キャラクター、ストーリーも含めて完全にフィクションですから。そもそも一九七〇〜八〇年代はもはやファンタジーの世界だと思う。ファンタジーだから何を書いてもいいんです。だけど、九〇年代から先はまだファンタジーにならない(笑)。
鈴木: まだ生々しい。たしかにそうですね。ところで、小説はいつもどういうふうにお書きになるんですか?
小路: 僕はね、本当に何も考えないんですよ。
鈴木: えっ。書きながら考えるんですか。
小路: 最初と最後だけは決めます。あとはもう流れですね。
鈴木: 一章一話ずつのエピソードになっていますよね。じゃあ、今回は双子の歌手の話で、というくらいの決め方ですか。
小路: そうですね。「何か」が必ずあるので、それだけは決めますけど。
鈴木: そうなんですか。僕も小説を書くときは全部は決めないですが、ある程度ゴールを決めて、その章ごとのプロットをある程度は決めてから書いていきますね。それがないと怖い。だからすごいですね。その書き方でどれくらいのスピードで書かれるんですか?
小路: 僕、速いんですよ。最近、ちょっとパワーが落ちちゃったんですけど、ちょっと前だったら、一章分なら二日もあれば。
鈴木: 何時から何時まで書くんですか。
小路: 朝起きてご飯食べて、よし、って書き始めたらあとは夜まで、書いて休んで、書いて休んで。『テレビ探偵』は得意な分野だったので、それこそ何も考えずに書いていました。プロットは立てずにずーっと。
鈴木: 今回の話、好きですか?
小路: 好きですね。
鈴木: そんな気がしました。あの時代は、起きていることがテレビの世界で初めてだというところが面白いですよね。初めてのことに挑戦してるワクワク感がある。
小路: あの時代、誰もやったことがないことばかりやっていたんですよね。すごいなあ、と思いますよ。
鈴木: いろいろあっていい時代。いまはやったら怒られちゃいますから。僕がよかったのは九〇年代からこの世界に入ったこと。バブル崩壊でも九〇年代はテレビが元気でしたから。よく言われますけどテレビは時代の合わせ鏡。この小説を読んでも、オリンピックを経たあとの日本のパワーが出ていますよね。
小路: 僕は少年時代にテレビの黄金時代を体験できて幸せだったなとつくづく思うんですよ。その気持ちを小説にして、あの頃のテレビの中にいた人たちに恩返ししたい。幸い小説家としてやっていけているので、何ができるかといったら、僕が吸収してきたものを僕なりの表現で出して残していくこと。これからもどんどんあの時代のことは書いていきたいと思いますね。