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レビュー

彼岸と此岸の境界線上でゆらぐ人々 『私の頭が正常であったなら』

 この世にはあり得ないモノ&それを視みて感じてしまう人間のこころを表現するには、ビジュアルを表現要素に持たない小説こそがうってつけだ。日本で唯一の怪談専門誌「幽」を中心に活動する山白朝子やましろあさこは、そのテーゼを実作によって証明し続けてきた。最新の成果として届けられた短篇集『私の頭が正常であったなら』は、きっちり怖い。でも、やっぱり泣ける。過去三作の著作との明確な違いは、時代設定だ。これまでは「昔話」のテイストがやや強めだったのだが、今回は「現代」縛りで全八篇がまとめられている。もしかしたら今この世界の片隅で、本当にこんなことが起こっているのかもしれない。そう感じさせるシグナルが、文中からさまざまな形で発信されている。

 例えば、第一篇「世界で一番、みじかい小説」。書き出しの一文は、〈中央線沿線のマンションで家内と二人暮らしをしているのだが、先日から三人目の人影を部屋で見かけるようになった〉。物語世界と現実のへその緒を「中央線」の一語で繋げながら、彼岸と此岸しがんの境界線上へとたちまち連れ去ってしまう。もちろんその人影は、世に言う幽霊だ。それが「僕」だけでなく、妻の千冬ちふゆにも見えていることが判明してから、物語は不可思議な軌道を描き始める。理工学系の大学を卒業している千冬は、幽霊の存在を否定したり恐れたりするどころか、「見てしまったものを否定はできないから」。ビクビクする「僕」とは裏腹に、幽霊の出現した日時をパソコンの表計算ソフトでリスト化し、たゆまぬ観察と実験のなかから、正体にまつわる仮説を導き出す。その作業を「推理」と呼び替えれば、これはれっきとした本格ミステリーだ。

 第一篇に盛り込まれたサイエンスの感触、ミステリーの方法論、ほんのりコメディな演出、マクガフィン(重要な小道具——第一篇であれば「世界で一番、みじかい小説」)と人間ドラマを重ね合わせる手腕は、以降の作品でも健在だ。現実に起きた嘘みたいな本当の話に材を採った、第二篇「首なし鶏どり、夜をゆく」。時間SFを怪談風にトルネードさせた、第三篇「酩酊SF」。実話怪談の趣向を逆手に取った、第四篇「布団の中の宇宙」。第五篇「子どもを沈める」では、娘を愛することができない母、という今日的な関係性を、極めて奇想天外な物語へとメタモルフォーゼさせた。第七篇「私の頭が正常であったなら」は、別れた夫のせいで娘を喪うしない、精神を病んでしまったヒロインが、リハビリがてらの散歩途中で「ママ、たすけて」という声をキャッチする物語。最終第八篇「おやすみなさい子どもたち」では、この世にはあり得ないモノの、言葉による視聴覚化が全面展開されている。

「昔話」ではなく、「現代」の話にする。その変更がもっともダイレクトに反映されることとなったのは、第六篇「トランシーバー」だ。〈二〇一〇年、会社帰りに通りかかったおもちゃ屋の店先で、ワゴンにトランシーバーが売れのこっていた〉。本書収録作で唯一、時間軸が明確に指定される冒頭のたった一語で、これから何を描こうとしているのか読者に予感させ、数ページ先で物語はそれに応える。二〇一一年三月一一日に起きた、東日本大震災だ。妻と息子は津波にのまれ行方不明となり、「俺」だけが助かった。サバイバーズ・ギルト——生き残ってしまった者の悲しみに押し潰されそうになっていたある日、超常現象と呼ばざるを得ない出来事が起こる。死者を思うこと、死後の世界を想像することは、現世を発た(断)つ誘惑にもなり得る。その危険性も議論の俎上そじょうに載せながら、死者と生者の新しい関係性の有り様を探る。彼岸と此岸の境界線上でゆらぐ人々を描き出してきた著者が辿り着いた、ひとつの到達点がここにある。

 本書を「最高傑作」と呼ぶことはできない。率直に言って、山白朝子の小説は常に最高だからだ。だが、こんなふうに表現することはできる。「山白ワールドへの入口とするにはうってつけの一冊」。なので、ぜひ。


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