直木賞受賞を記念しまして、カドブンでは門井慶喜さんのKADOKAWA作品の試し読みを3日連続で公開いたします。
本日2月13日(火)は『マジカル・ヒストリー・ツアー ミステリと美術で読む近代』を公開いたします。
この機会に「推理作家協会賞も受賞した歴史ミステリ評論の決定版」をぜひお楽しみください。
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図1 リチャード三世像 (1500年代末。ナショナル・ポートレートギャラリー蔵)
リチャード三世。
一四〇〇年代なかばに生まれ、王の座に就くためにあらゆる汚い手を使った。暗殺、脅迫、甘言、裏切り、近親相姦、政略結婚……めでたく王位に就いたあとも市民に妖言をまきちらし、政敵を粛清し、何より先代の王のおさない息子たちを殺害した。自分よりも王位継承の正統性が高いからだ。
なおかつその殺しかたが残忍きわまる。いくらリチャード自身が手を下してはいないにしろ、まだほんの十二歳と十歳にすぎない王子がロンドン塔のベッドの上ですやすや眠っているところへ枕をおしつけ、窒息させるとは。少年たちはさぞかし苦しかったろう、母親の顔を思い浮かべたかもしれない。いっきに剣や槍を使わないのが逆にむごい。
暴戻残虐。
奸佞邪智。
彼より百年あとに活躍した劇作家シェイクスピアが、この王のために「道を歩けば犬も吠える」という嘲罵のせりふを案じたのも、まったく当たり前としなければならないだろう。そう、リチャード三世はイギリス史上最悪の王にほかならないのだ。
しかし、どうだろう。
そんなに悪い顔に見えるだろうか。
と、一冊の書物の冒頭でいきなり重要な疑問を繰り出すのは私ではない。ロンドン警視庁の名刑事、アラン・グラント警部だ。グラント警部はいま或る事件でけがをして入院しているところなのだが、その退屈のつれづれにこの絵をながめ、
「あまりに良心的すぎた人物だ」
という第一印象を抱いたのだ。
この第一印象は、さらにじっくりと深められていく。
グラント警部の観相術はすごいのだ。これはまだ若いころのことだけれども、彼は或る日、面通しの場に出たことがあった。十二人の似たりよったりの顔の列のなかから目ざすひとりを見つけ出すのが目的だったが、若きグラントは、その様子をひそかに別の場所から見ていたのだ。すると、ふいに上司から、
「どれが真犯人だか、きみ、知ってるか?」
「知りませんが、推理はできます」
グラントはそう断りを入れた上、きっぱりと、
「左から三番目です」
はたして犯人はその男だった。グラントが「犯人を顔で見分けられる」という噂はただちに警視庁内にひろまり、ほどなく副総監の耳にまで届いてしまったという。
そういう異能の刑事が言うのだから、あの絵のモデルもじつは悪王などではないのだろう。少なくとも、あのロンドン塔でのむごたらしい幼子殺しを命じたのがほんとうにリチャード三世その人だったかどうかに関しては再検討の余地がある。何しろグラント警部は「こういう顔をした殺人犯人」をそれまで見たことがないのだから。ジョセフィン・テイの歴史ミステリ『時の娘』(小泉喜美子訳、ハヤカワ・ミステリ文庫、一九七七年刊)は、もはや古典と呼んでも誰からも異論は出まいが、つまりは歴史の再検討の物語にほかならなかった。
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ミステリのうち、歴史に材を採ったものをいう。という定義づけはむろん可能だし、正確だが、これは新刊書店とは何かと聞かれて新刊書を売る店ですと答えるようなもので、正しさ以外の意味がない。いまのうちにもう少ししっかりとこの語を見つめておかなければならないのではないか。「歴史ミステリ」は本書の主題そのものだからだ。
歴史ミステリは、大まかに二種類にわけられる。
『マジカル・ヒストリー・ツアー ミステリと美術で読む近代』
定価 950円(本体880円+税)
発売日:2017年12月21日
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『屋根をかける人』
定価 1728円(本体1600円+税)
発売日:2016年12月21日
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『シュンスケ!』
定価 778円(本体720円+税)
発売日:2016年07月23日
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