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生田斗真『渇水』インタビュー 心が渇ききった男を全身全霊で演じるその想い

©「渇水」製作委員会

生田斗真の寂しい目に思わず引き込まれる…それが映画『渇水』だ。生田はこれまでアクションやシリアスな人間ドラマなど、数々の作品で自在に役を演じてきた。その彼が本作で演じるのは、孤独な水道局員。日照り続きの真夏に水道を停める仕事をする男は、日々さまざまな滞納者たちと対峙することで心をすり減らし、妻と子にも逃げられ、生きる目的を見失いかけていた。水だけでなく心までもが渇いてしまった男が、二人の幼い姉妹との出会いをきっかけに奮起し、“生”への希望を取り戻していく…。
劇中では渇いた目を見せていただけでなく、些細な心情の変化を目で表現していたのが印象的だった生田。彼はどんな想いでこの役を生きたのか、インタビューで迫る。

水だけでなく、岩切の心も渇ききっている


生田斗真演じる水道局員の岩切は、料金を滞納する家庭を訪ね、水道を停める仕事をしている。©「渇水」製作委員会


――原作は、故・河林満によって1990年に刊行され、第70回文學界新人賞、第103回芥川賞候補となり注目を浴びた同名小説です。そこに描かれている貧困問題は、今現在の社会にも通じる問題で。オファーがあった際に小説を読まれてどのように感じましたか。

生田斗真(以下、生田):今当たり前のように見聞きする、限りある資源の問題や貧困問題、ネグレクトといったテーマが河林さんの書かれた小説には込められていて。刊行から時間がたった今も、同じ事柄が問題化していることに対しては、少しモヤモヤしました。なぜ科学や技術が進化しているのに、こういう問題はいつまでも残っているのか。きっと多くの人はこの流れを望んでいないはずなのに、なぜかその流れは止められないという現実がありますよね。


――では、“なぜ世の中は変わらないのか”という岩切の歯がゆい気持ちには強く共感できたのではないですか。

生田:「空気や太陽の光はタダなのに、どうして水はタダじゃないのか」というセリフには心を強く動かされました。映画のラストは原作とは違うのですが、原作よりも少し希望を感じさせるようなラストでほっとしました。


――演じた岩切はどんな男だと思いましたか。

生田:仕事に没頭して家庭を顧みず、結果として家族と心が離れてしまった男です。結局そのシーンは撮影しなかったのですが、もともと脚本には岩切が一度息子に手をあげたことがあると書かれてありました。しつけの一環だったかもしれないし、もしかしたら息子が何かひどく悪いことをしてしまったのかもしれない。その手をあげてしまった時の感触や、息子の怯えた表情…… それらを忘れられないまま生きている岩切を想像し、演じる上で意識していました。


尾野真千子が演じるのは岩切の妻・和美。岩切とは心がすれ違い、今は別居中。©「渇水」製作委員会


――職場でも家でも無表情、無感情で生きていますよね。

生田:仕事では人から罵られ、家に帰ってお腹が空いているのに何を食べても味がしないし、何を飲んでも美味しくない。それでもなにかを無理やり胃に入れて、寝て、また仕事へ行く…。そういう岩切を演じていると、自分の居場所がだんだんわからなくなってくる感覚がありました。同僚から「(仕事は)嫌じゃないんですか?」って心配されるけれど、嫌かどうかもわからない。そんな感覚をずっと抱えて演じていました。


――岩切の疲れきった顔が印象に残っています。水を停められる側は当然辛いでしょうが、停める側も辛いのだと、生田さんのお芝居から伝わってきました。

生田:罵声を浴びせられて何も感じていないフリをしていますが、実はぷすぷすと心に針が刺さっている感覚だったんですよ。毎日あんなに罵られて何も感じないわけがないですよね。その心の揺らぎを表現できればいいなと思いました。


――その心の動きのお芝居はどう作っていかれたのですか。

生田:作品にもよりますが、今作の場合は現場で共演者の皆さんと話し合いながら、徐々に気持ちを作っていきました。そうして生まれてくるものを監督にうまく切り取っていただくということの繰り返しでした。実は髙橋正弥監督は、10年以上前からこの脚本を温めていらっしゃっていて、ようやく実現した企画なんです。現場では監督の、“人が希望を感じる物語を作りたい”という熱意を感じましたし、僕もこの熱いチームに参加させていただいて、監督の期待に応えたいと思いました。

子役たちとの台本のないお芝居


岩切と、同じ水道局員の木田(磯村勇斗)は、水道を停められた幼い姉妹と束の間のコミュニケーションをとる。©「渇水」製作委員会


――共演者との対峙がとても重要だったのですね。

生田:僕は、この物語の主軸は岩切ではなく、劇中で出てくる親に放置された幼い姉妹二人だと思っています。姉妹役を演じた子役の山﨑七海さん、柚穂さんの魅力がそのままスクリーンに映っているなと。二人とのお芝居は特に重要でした。彼女たち、台本を渡されていないんですよ。現場で監督にその場その場でセリフをもらっていて、彼女たちの芝居に合わせるように演技をしていました。


――そうだったのですね!

生田:彼女たちからすると、母親(門脇麦)が帰ってこない間に急に知らない大人たちが来て「家の水道停めますよ」と言われてしまう。そのリアクションには生々しさがありました。僕も、同じ水道局員役の磯村勇斗くんも、彼女たちのリアルな動きに自然に芝居を合わせていかないとみたいな使命感がありましたね。


――姉妹にアイスを買ってあげるシーンでは、木田(磯村)が姉妹と親しげに話すのに対し、岩切は距離をとっていましたね。

生田:息子の件もあって、子どもとどう接していいのかわからないという感じを出したかったんです。純粋無垢な子を見ていて、どうにかいまの現状を変えなくてはいけないという思いが自然と湧いてきましたね。


給水制限が続く中、母親(門脇麦)は、外で遊ぶ姉妹二人に晩御飯代を渡して去っていく……。©「渇水」製作委員会


――それをきっかけに岩切はある行動に出ますが、岩切の渇いた心が感情でいっぱいになる公園のシーンは本作の観どころですね。

生田:演じているときの自分の感情は、あまりうまく伝えられないですが、自分がせき止めていた感情が決壊して、本当に滝のように溢れてきて。正直、岩切はある意味ヒーローだなと思いました。彼一人が動いたところで世の中は変わらないけれど、一歩踏み出したことに大きな意味があると信じたいですよね。それと、ここでの姉妹の表情が本当に素晴らしくて! あの表情を見て、素晴らしい女優さんが二人も誕生したなと思いました。波風を立てずに静かに日々を過ごすことは簡単だけど、この清々しいラストシーンを観ていただいて、一歩動き出すことも悪くないなと思っていただけたら嬉しいですね。皆さんにとってそのきっかけの映画になったとしたら、役者としてこんなに嬉しいことはないです。

プロフィール

Toma Ikuta

1984年生まれ、北海道出身。97年、連続テレビ小説「あぐり」で俳優デビュー。以降も映画、ドラマ、舞台で活躍。10年公開の『人間失格』で映画初出演にして初主演。以降、『脳男』(13年)、『土竜の唄』シリーズ(14、16、21年)、『彼らが本気で編むときは、』(17年)、『友罪』(18年)、『湯道』(23年)などの映画に出演。7月より主演ドラマ「警部補ダイマジン」(テレビ朝日系)が放送予定。

作品クレジット



『渇水』
原作:河林 満「渇水」(角川文庫刊)
監督:髙橋正弥 脚本:及川章太郎 
企画プロデュース:白石和彌
出演:生田斗真 門脇 麦 磯村勇斗 尾野真千子 他
配給:KADOKAWA

6月2日より全国公開
https://movies.kadokawa.co.jp/kassui/
©「渇水」製作委員会

story
岩切俊作(生田)は市の水道局員で、妻(尾野)や子どもとの関係がうまくいかず、現在は一軒家に一人で暮らしている。ある日照り続きの夏、岩切は同僚の木田(磯村)とともに水道料金を滞納する家庭を訪れては水道を停めて回っていた。そのなかで、親に放置されてしまった二人の姉妹と出会う。困窮した彼女たちの家の水道を停めるかどうか葛藤を抱えながら、彼は規則に従い停水を執り行うが……。

原作紹介



『渇水』
河林 満
角川文庫 
定価:748円

市役所の水道部に勤め、水道を止める「停水執行」を担当する岩切は、3年間支払いが滞っている小出秀作の家で、秀作の娘・恵子と久美子姉妹に出会う。小出の妻は不在、秀作も長いあいだ家に戻っていなかった。姉妹との交流を重ねていく岩切だったが、停水執行の期限は刻々と迫っていた――。芥川賞候補にもなった表題作『渇水』を含めた3編を収録。厳しい日常を懸命に生きる人々を濃密に描き出す、絶望の底に希望の光がきらめく作品集。

詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322107000437/
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