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試し読み

「この染みは、血か?」闇の濃い不気味な館で、男たちの悪巧みがはじまる。『やまのめの六人』試し読み#5

▼前回はこちら 『やまのめの六人』試し読み#4
https://kadobun.jp/trial/yamanomenorokunin/entry-42851.html

横溝正史ミステリ&ホラー大賞受賞作家原浩さん待望の新刊『やまのめの六人』発売!

火喰鳥を、喰う』で令和初の横溝正史ミステリ&ホラー大賞を受賞した原浩さん、待望の2作目となる『やまのめの六人』が2021年12月2日に発売されました!
嵐の夜、ワケありの男たち5人が逃げ込んだのは、不死身の老婆が棲む館。
しかも5人だったはずの仲間がいつのまにか6人に……。紛れ込んだ化け物は誰?
気になる設定と畳みかけるような謎でページをめくる手が止まらない、スリリングな密室ホラーミステリです。
特別に冒頭試し読みをお届けします!


やまのめの六人 カバー画像

やまのめの六人
著者 原 浩


『やまのめの六人』試し読み#5

 一郎の言葉に、緋村と山吹は複雑そうな面持ちで視線を交わした。
「まだ、道路については知られていないんでしょうか?」と、緋村が尋ねる。土砂崩れが明らかならば、程なく警察が駆けつけそうだ。一郎は首を振る。
「崩れたのはついさっきですからね。誰かが見つけて通報したとしても、この台風が通過するまでは来られないと思いますよ」
 立ち上がった一郎は壁際に向かって歩むと、棚の上に置かれている大きなラジオの電源を入れた。ノイズ混じりのくぐもった音色が台風情報を流し出す。
『……十六時までの一時間に百二十ミリ以上の猛烈な雨が降ったとみられるとして、記録的短時間大雨情報を発表しました。上陸した台風十五号は今後もゆっくりとした速度で北上し、関東、こうしんえつを中心に記録的な暴風、高潮、大雨の恐れがあります。今夜から明け方にかけて土砂災害に厳重に警戒し、安全な場所にとどまるようにしてください』
 紺野が苦笑を漏らす。
「聞いたか? 土砂災害に警戒だってよ。ニュースを聞くのが少し遅かったよなあ」
 窓の外には夜が迫っていた。風の音は再び増しており、強風にあおられた雨粒が窓ガラスを不規則に打ち続けていた。速度の遅い台風はまだ関東地方を抜けてはいないようだ。天候はこれからさらに悪化するのだろう。唸る風の音に混じり、カラスの鳴き声が聴こえた。
 皆、黙ってラジオに耳を澄ましていた。この地域での土砂崩れのニュースはまだ報道されない。ひとしきり続いた台風情報が終わると、今日起こった事件事故の報道にうつる。老人から現金をだまし取った二人組の受け子が逮捕されたニュース。ぞうわいで逮捕された元議員の有罪判決。午後に貴金属店に押し入った五人組は雨の中を逃走中らしい。
 一郎が窓の外を見てぼやいた。
「昔は無線機なんてのも使っていたんですがね。今は携帯電話の時代ですから。しかし、こういう緊急時にそれが繫がらないとなると、こんな山奥ではお手上げです」
「この近くに住んでいるのはお宅だけ?」紺野が尋ねると、一郎は首肯した。
「ええ。先ほどもお話しした通り、落ちた道の先を三キロほど下れば別荘が数軒ありますが、明るくなってからの方がいいでしょう」
「ここに警察が見回りに来るということは?」と、緋村が尋ねる。
 どうでしょう、と一郎は首を傾げた。「そもそも交通量のまるで無い峠道ですからね」
 僕たちが頷くと、一郎はチェーンを外して山吹の足元に置かれたアタッシュケースに、ちらりと視線を走らせた。
「こちらへは、皆さんお仕事で?」
 一郎の問いに、緋村がそうだと応じた。
「我々は仕事の都合でS市へ向かうところだったんです」
 それを聞いた一郎は、怪訝な表情を向けた。
「それならば高速道路を使った方が良かったのでは? この峠を越えるのは相当回り道でしょう」
 紫垣と紺野が緊張した視線を泳がせた。しかし、緋村はまるで言いよどむこともなく平然と答える。
「この台風で事故があったらしく、高速道路が全面通行止めになっていたんです。それでやむなく山越えを」
「ああ、それは災難でしたね」と、一郎は気の毒そうに眉を寄せ、毛布に覆われた白石の死体に目をやった。「……それで、ご同僚がこんなことに」
 緋村は悲痛な面持ちで目を伏せ、礼を言う。
「本当に助かりました。我々も途方に暮れていたところです」
 一郎はお気になさらず、と笑顔を見せた。「まあ、このボロ家も安全とは言い難いですがね」
「歴史のある建物のようですね」
「古いだけです。この家は戦前に建てられたものでね。何度か改装していますが、屋根は天然の粘板岩で建築当時のままなんですよ。この風で飛ばなければいいんですがね」
 その言葉に応えるように、窓ガラスがガタガタと震えた。
 さて、と一郎が立ち上がる。「温かいものをお持ちしますよ。珈琲コーヒーでよろしいですか? 紅茶もありますが。……少々お待ちくださいね」
 一郎はホールを出て行った。
 彼の背を見送ると僕たちは互いに顔を見合わせた。
 紺野が椅子にどかりと腰かけて口を開く。
「母親もいると話していたよなあ。この家、三人きりか」
「ふむ……」山吹がどこか不審そうにホールを見回す。
「山吹さん、何か?」緋村が訊くと、山吹は首をひねる。
「いや……、室内は随分と綺麗だね。床も磨かれているしはりにもホコリが積もっていない」
「それが?」
「三人じゃ手に余る広さの割には行き届いていると思ってね。大勢の使用人でも使っているわけじゃあるまいに」
「確かに……そうですね」緋村もホール内部を見回す。
「ただの綺麗好きなんだろうぜ」と、紺野が笑う。
「あの散らかった庭を見るとそうも思えないがね。……それにこの染みは、血か?」山吹は卓上の黒い染みを指先でこする。
「おっかねえ事言うなよな。まあ、気持ちは分かるけどさ。どことなく不気味なやつらだもんな。特に弟。ありゃ、まるで瘦せたフランケンシュタインだな」と、楽しげに笑った。
「フランケンシュタインって何?」僕が思わず尋ねると、
「お前、フランケン知らないの? マジで言ってんの?」と、紺野は目を丸くした。「……まあ、フランケンシュタインってのは正確には怪物を作り出した人物の名前だけどさ。今じゃあ怪物そのものがフランケンって呼称される事が一般的だろ。顔中に縫い目のある四角い頭の人造人間のイメージでさ。俺がたとえたのはそれだぜ。けど、それはユニバーサル製作の映画で描かれた造形が定着したもので、本来は……」
「うるせえ」と、うんざりと顔をしかめた紫垣が遮る。
 緋村が一郎の立ち去った廊下に目をやった。
「とにかく住人が三人程度であれば問題は無いでしょう。通報される心配も無い。ただ、本来は今日中に関東を離れる予定でした。朝までにここから移動しなければ身動きがとりづらくなります」
「車なら、ここにもありましたよ。それで峠を越えればいいんじゃないですか」ぼろぼろの軽自動車が庭先に停めてあった筈だ。僕の言葉に紺野が呆れ声で返した。
「道路が落ちてるんだぜ。車があっても峠越えは無理だろ。埋まった道路を越えて元来た道を戻るしかねえよ」
 山吹が思案顔の緋村に尋ねる。「誰か信頼の置ける助けのあては無いのかね? 街まで下りるのは難しいが、夜のうちに電波の通じる場所まで移動すれば連絡はつくだろう」
「貸しのある奴がいるにはいますが……」緋村は厳しい顔をして首をひねった。「ただ、ここは遠すぎます。それに、見返りも必要になるでしょう」
「気に入らん」黙っていた紫垣が、ぼそりと不満を漏らす。「……ただでさえ頭数が多いんだ」
「頭数って、紫垣。お前、分配の事を気にしているのかよ?」と、紺野が非難めいた口調を紫垣に向けた。
「悪いか」
「仲間が死んでいるんだぜ? こんな時にビジネスの話なんかするなよな。TPOってのをわきまえろよ、TPOを」
 喚きたてる紺野を無視して、紫垣は緋村に話しかけた。
「確認したい」
「なんですか?」と、緋村が怪訝な顔をする。
「白石への分け前は不要になった。そうだな?」
「それはまあ……、亡くなってしまったのだから、当然そうなりますね」
「ならば収益は四等分だな」
 それを聞いた紺野がけいべつするような表情を紫垣に向けた。「何でもカネ、カネかよ。みみっちいねえ……女にでも貢いでんのか?」
「俺は貢がれる側だ」紫垣がぶっきらぼうに答える。
「ああ、そうかよ。そりゃ恐れ入ったぜ」と、紺野が面白くなさそうに唇をとがらせた。
「今、四等分と言いましたか?」小首を傾げた緋村が紫垣に聞き返す。「五等分でしょう」
 紫垣は僕たちの顔を見回し、少し妙な顔をして人数を訂正する。
「ああ、五人か。……であればなおさら人を増やすのは反対だ」
「状況を考えろよ、紫垣くん」と、山吹が言う。「実入りが減っても、この際、背に腹は代えられんだろう」
「……気に入らん」紫垣はぼそりと呟くが、すぐに何かを思いついたのかホールをゆっくりと見回して言葉を足した。「どこにも連絡がつかないのは幸いかも、な」
「ん? どうしてかね?」山吹が訊き返す。
「……この家は結構貯め込んでるかもしれん」そう言って、紫垣は舌なめずりするように唇をめた。
「君、冗談を言っているのか?」
「ものの、ついでだ」
 山吹は心底から不快そうな表情で紫垣をたしなめる。「馬鹿な事を言うもんじゃない。私たちはくだらんゴロツキとは違うんだぞ」
「どう違う」
「全く違う。予定通りに進めるのがプロの仕事だ。行きがけの駄賃みたいな、素人臭いみっともない真似は私が許さない」
「……お堅い野郎だ」紫垣はむっつりと口をつぐんでそっぽを向いた。
「声を落としてください」緋村が鋭い声を飛ばした。「何事にも想定外のトラブルはつきものです。山吹さんの言う通り、小事に動揺して軽々しい真似をするべきではありません」
 紺野は鼻を鳴らし、小事ねえ、と首を竦める。緋村は一同を見回した。
「仕事の山場は越えています。確かに望ましい状況じゃないが、決して八方ふさがりではありません」
「そうかあ? 八方塞がりだろ、これ」紺野が口髭を歪めて笑う。
 緋村は首を振った。
「仕事でしくじるやつらは皆同じです。予想外のトラブルに遭うと動揺で自分自身を見失ってしまうんです。結局は己が原因で下手を打つ。しかし、ここにいる五人は違う。ここにそんな役立たずはいない。そうでしょう?」
 紫垣がちよう気味に笑って吐き捨てる。「そりゃ、死んだ奴よりは役に立つ」
「……ここまで来たんだ。何か手を考えましょう」
 緋村はそう呟いて、床に置かれたアタッシュケースを見つめる。
 薪ストーブの炎が、滑らかなケースの外装を不規則なリズムでオレンジ色に照らしていた。皆、一様に口を閉ざし、沈黙が訪れる。薪が燃焼する音だけが、ぱちぱちと鳴った。
 考えていることはそれぞれだが、どいつもこいつも面白いやつらだな、と僕は思った。
「お待たせしました」と、金崎一郎が戻ってきた。その隣には小柄な一郎よりもさらに小さな女性が一緒だった。白髪をアップに結った老女だった。

(つづく)
▼『やまのめの六人』試し読み#6
https://kadobun.jp/trial/yamanomenorokunin/entry-42853.html

作品紹介



やまのめの六人
著者 原 浩
定価: 1,870円(本体1,700円+税)
発売日:2021年12月02日

「俺たちは五人だった。今は、六人いる」怪異は誰か。密室ホラー×ミステリ
嵐の夜、「ある仕事」を終えた男たちを乗せて一台の乗用車が疾走していた。峠に差し掛かった時、土砂崩れに巻き込まれて車は横転。仲間の一人は命を落とし、なんとか生還した五人は、雨をしのごうと付近の屋敷に逃げ込む。しかしそこは不気味な老婆が支配する恐ろしい館だった。拘束された五人は館からの脱出を試みるが、いつのまにか仲間の中に「化け物」が紛れ込んでいるとわかり……。怪異の正体を見抜き、恐怖の館から脱出せよ!横溝正史ミステリ&ホラー大賞受賞作家が放つ、新たなる恐怖と謎。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322103000633/
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