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試し読み

誘われた先は「嫌な予感」がする館。扉は閉ざされ、善人不在の一夜が始まる。『やまのめの六人』試し読み#4

▼前回はこちら 『やまのめの六人』試し読み#3
https://kadobun.jp/trial/yamanomenorokunin/entry-42850.html

横溝正史ミステリ&ホラー大賞受賞作家原浩さん待望の新刊『やまのめの六人』発売!

火喰鳥を、喰う』で令和初の横溝正史ミステリ&ホラー大賞を受賞した原浩さん、待望の2作目となる『やまのめの六人』が2021年12月2日に発売されました!
嵐の夜、ワケありの男たち5人が逃げ込んだのは、不死身の老婆が棲む館。
しかも5人だったはずの仲間がいつのまにか6人に……。紛れ込んだ化け物は誰?
気になる設定と畳みかけるような謎でページをめくる手が止まらない、スリリングな密室ホラーミステリです。
特別に冒頭試し読みをお届けします!


やまのめの六人 カバー画像

やまのめの六人
著者 原 浩


『やまのめの六人』試し読み#4

 ここから見ると二郎の腕はやたらに長い。ひょろりとした触角みたいな二つの細腕が一輪車を押す様は、奇妙な昆虫のように見えた。二郎は我々の中に一輪車を停めると、後は知らぬというように無表情に一歩下がる。一輪車全体は泥にまみれていた。しかも荷台の内側は泥なのかペンキなのか、ヘドロみたいな赤黒い何かがねっとりとこびりついている。
「じゃ、その人を載せてください」と、一郎が事もなげに白石の死体にあごをしゃくった。
 紫垣が不快そうに目をらす。
 僕が緋村を見ると、彼は仕方ないとでも言うように小さく頷いた。
 山吹が僕と紺野に目を向ける。
「灰原くん、紺野くん。白石くんをそれに載せてくれるかね」
 紺野がため息をついた。「あのなあ。何で俺が……」
「頼むよ」と、山吹が手を合わせる。
 僕は白石の頭に回り、両脇を持ち上げる。紺野は足を抱えた。なおもぶつくさと不平を漏らす紺野と一緒に白石の死体を抱え上げた。その死体はたらと重かった。力の抜けた頭部が僕のシャツにごろりと転がる。血液の臭いがぷんと漂った。ふらつきながらどうにか運び上げると、仰向けに一輪車に載せた。小さな荷台に白石の死体は完全に納まらない。ひざ下と上半身がはみ出して、け反るような姿勢になってしまった。
「まったくよぉ、かっているんじゃねえんだからな」と、紺野が呟く。彼にはどこかこつけいに見えるらしい。
 僕もまた、この状況がどこか愉快に思えた。ここには、まともじゃない奴ばかりが集まっている。そう感じたからだ。多少ましに見えるのは緋村と山吹くらいか。
 急に雨脚が強まってきた。ぼたぼたと地面を雨粒が打ち始める。
「急ぎましょう。私どもの家はすぐ先です」
 すたすたと歩き出す金崎兄弟の後を追う。ご丁寧に再び手首に繫ぎ直したアタッシュケースを持った山吹が続く。その後ろには緋村。死体を載せた一輪車は紫垣が押した。僕と紺野は最後尾を歩いた。
「見ろよ、あれだあれ」と、紺野が指を差した。
 道の先が突然ぶつりと切れていた。崖沿いの道路が崩れているのだ。それより先に車が通行できないのは明らかだった。
「はは……、こっちもえらい事になっているね」山吹が途方に暮れたように笑って言う。
「ここのところ、尋常じゃない雨量でずっと降り続けていましたからね。こんなの初めてですよ」と、一郎が雨合羽の下で渋い顔をつくった。
 山吹は崩れた道路の際まで近づき、崩落したところを見下ろす。「……確かに徒歩でも無理だね」
「近づかない方がいいですよ。まだ崩れるかもしれない」と、一郎が注意する。
かい路はありませんかね?」振り返る山吹に一郎がそっけなく首を振った。
「ありませんね」
「ふむ」山吹は唇をんで、道路の際から身を引いた。
「雨が強くなりそうだ。早く行きましょう」と、一郎が先に立つ。
 道路の左手には、さっき紺野が言っていた脇道があった。うつそうとした山林の急勾配を上へと延びている。どうやらこの峠の頂上に向かっているらしい。
 金崎兄弟の先導で脇道に入り進む。かなりの急角度の上り坂で、路面は相当に荒れている。あちこち砕け、剝げた舗装の窪みに水たまりができていた。
 紫垣の押す一輪車はがたがたと激しく揺れた。荷台の上で白石の死体が小躍りするみたいに跳ねては様々にポーズを変える。
 緋村が紫垣を振り返って言った。
「もっと丁寧に運んでください」
「道が悪い」と、紫垣が不機嫌な低い声で答える。
「荷台に頭が跳ねてる。それじゃ、白石さんがあんまりですよ」
「ああ、わかった」紫垣はうるさそうに緋村に応じた。
 雨水は山肌を伝って路面に泥水の流れをつくっている。僕たちはべちゃべちゃと水飛沫を散らしながら、しばらく急な上り坂を進んだ。
「見ろ。どうだよ、洒落しやれているだろ」
 隣を歩く紺野が自宅を自慢するような言い草で指を差す。道の先に建物の屋根が見えた。あれが金崎家だろう。クリーム色の外壁に勾配の急な暗緑色の三角屋根が坂道の上に突き出している。確かに停電しているらしく、灯りはともっていない。
 坂道を登りきると、建物のぜんぼうが現れた。山林を切り開いたわずかばかりのへいたんな土地に屋敷が建っている。遠目にも建物は傷んでいて、明らかに最近建てられたものではなかった。数十年は経過しているのだろう。屋敷を囲む鉄製のさくと黒い門扉も手入れがされていないらしく、ところどころ赤褐色にびている。
「熊でも出るのかね」と、紺野が鉄柵を見て呟いた。
 さっきよりさらに風雨は強まっていた。屋敷の背後の木々は押し寄せる荒波のように激しくざわめく。森を打つ雨音がざらざらと鳴っていた。
「あそこにおんめんさまが立っていたんです」一郎が指さした。
 屋敷の反対側、この場所から少し上った先の崖の一角が土肌を露出させていた。その部分が崩落したらしい。この屋敷を見下ろすようにしてあの道祖神は立っていたのだ。
 一郎が門を開け、我々はそれに続いて敷地内に入る。
 屋敷の庭は広いが、物が多い。古い農作業用具や建材か何かとおぼしきガラクタが、そこかしこに積まれていた。それらの一部にはブルーシートが掛けられているが、どれも所々が破けている。土が露出した地面には車のわだちと足跡が所狭しと刻まれていて、それらに溜まった泥水に雨粒の波紋が散っている。庭の奥には屋根だけの車庫があり、その中にも物が一杯に積まれていた。埋もれるように白い軽トラックも停められているが、それもまた薄汚れていて所々錆びが浮いている。
 金崎邸は古いながらも洒落た建物だった。白い枠の張り出し窓と、平板な石がわらかれた三角屋根は、明らかに日本のものではなく洋風の建築様式だ。紺野はこの辺りは別荘地だと話していた。確かに建物自体は洒落ているが、この生活感は別荘のたぐいではないように見える。山吹が庭の有様を見回して、どこか呆れたように首をすくめた。
「ご家族でお住まいなのですか?」と、緋村が尋ねた。
「ええ。といっても弟と母の三人暮らしですがね」そう答えると、一郎は玄関ポーチに入って扉を開ける。「濡れてしまう。さ、ご遺体を中へ」と僕らを招いた。
 屋根付きの玄関ポーチは、古びているせいかどこか陰鬱としている。屋根を支える柱の根元が割れていて、そこに雨水が浸みてにじんでいた。重厚な玄関扉はアンティークなデザインで、ブロンズ色のドアノッカーがしつらえられている。一郎が開いて支える扉の向こうは真っ暗だった。
 灯りを持ってきてくれ、と命じられた二郎がゆらりと邸内に消えた。日没にはまだ時間がある筈だが、室内は既に真っ暗だった。
 僕と紺野は、載せた時と同じように白石の死体を抱えると、邸内に運び入れる。泥に汚れた白石の死に顔に水滴がとろりと伝う。
 音もたてずに戻ってきた二郎が、光を足元に向けてくれた。その手にあるのは古めかしいランタンだった。おそらくオイルランタンだろう。光量に乏しい小さな灯りが、瘦せた二郎の手元でひらひら揺れている。
「足元、気をつけてください」
 一郎の言葉に応じて室内に入る。濡れた革靴のまま上がり、玄関を隔てる戸を抜けると、そこは広々としたホールになっていた。二階まで吹き抜けになっていて天井が高い。大きな照明が下がっているが点いていない。壁際に階上へと延びる階段があり、二階の廊下からは吹き抜けの一階を見下ろせるようになっている。
 部屋の隅にはまきストーブがあった。ストーブの耐熱ガラスの向こう側で、薪にまとわりついた炎が赤々と揺らめき、黒い板張りの床を照らしている。そのお陰だろう。天井が高い割に室内は暖かだった。
 ホールの床には準備よくブルーシートが敷かれている。僕と紺野はその上に白石の死体を寝かせた。シートは人間一人を安置するには十分な大きさだ。広々と敷かれた敷物の真ん中に、ぽつんと死体が寝ころんだ。頭は割れているものの、その体には傷も無くれいだった。ちょっと見ただけでは、この男が息絶えているとは思わないかもしれない。人間の命というものは、はかなく呆気ないものだ。
 ふと見ると、シートのそばで紫垣がぼうぜんと立ち尽くしている。考え事でもするように、ぼんやりとした視線を足元に向けていた。
「どうしたんです?」
 僕が声をかけると、
「……死体か」と、紫垣はゆっくりと呟いた。
 彼はどこか上の空だ。
「それが?」
 僕は聞き返したが、紫垣はじっと死体に目を留めたままだ。
「紫垣さん?」もう一度問いかけると、紫垣はびくりと肩を震わせた。ぎょろりとこちらに目を向ける。その白目にどんよりとした黄土色が混じっていた。
「どうしました?」
「……いや」紫垣はのそりと大きな背中を向けた。
 一郎が薄汚れた毛布を持ってきた。それを広げ、白石の全身を覆い隠す。一郎は遺体の前で手を合わせた。
 雑然としていた屋敷の庭とは違って、室内は意外と片付いている。床板はつやつやと黒光りしているし、物も整理されていた。中央に据えられたダイニングテーブルは大型で、自然木の形状をそのまま生かした一枚板のものだった。その両側に椅子が四つずつ、合計八脚で囲んでいた。金崎は三人暮らしだと話していたが、小さな家族には過分なサイズだ。卓上には古めかしい銀のしよくだいに乗った太いろうそくがちろちろと頼りない炎を揺らしていた。僕たちは一郎に手渡されたタオルで濡れた髪をぬぐいながら薪ストーブの周囲に陣取った。
「大変なことになりましたね」と、一郎が眉を寄せた。「もう日が暮れます。明日になれば救助が来るでしょう」

(つづく)
▼『やまのめの六人』試し読み#5
https://kadobun.jp/trial/yamanomenorokunin/entry-42852.html

作品紹介



やまのめの六人
著者 原 浩
定価: 1,870円(本体1,700円+税)
発売日:2021年12月02日

「俺たちは五人だった。今は、六人いる」怪異は誰か。密室ホラー×ミステリ
嵐の夜、「ある仕事」を終えた男たちを乗せて一台の乗用車が疾走していた。峠に差し掛かった時、土砂崩れに巻き込まれて車は横転。仲間の一人は命を落とし、なんとか生還した五人は、雨をしのごうと付近の屋敷に逃げ込む。しかしそこは不気味な老婆が支配する恐ろしい館だった。拘束された五人は館からの脱出を試みるが、いつのまにか仲間の中に「化け物」が紛れ込んでいるとわかり……。怪異の正体を見抜き、恐怖の館から脱出せよ!横溝正史ミステリ&ホラー大賞受賞作家が放つ、新たなる恐怖と謎。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322103000633/
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