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試し読み

男たちの前に現れた、奇妙な兄弟。そして落石に紛れて見つかった「おんめんさま」とは――。『やまのめの六人』試し読み#3

▼前回はこちら 『やまのめの六人』試し読み#2
https://kadobun.jp/trial/yamanomenorokunin/entry-42849.html

横溝正史ミステリ&ホラー大賞受賞作家原浩さん待望の新刊『やまのめの六人』発売!

火喰鳥を、喰う』で令和初の横溝正史ミステリ&ホラー大賞を受賞した原浩さん、待望の2作目となる『やまのめの六人』が2021年12月2日に発売されました!
嵐の夜、ワケありの男たち5人が逃げ込んだのは、不死身の老婆が棲む館。
しかも5人だったはずの仲間がいつのまにか6人に……。紛れ込んだ化け物は誰?
気になる設定と畳みかけるような謎でページをめくる手が止まらない、スリリングな密室ホラーミステリです。
特別に冒頭試し読みをお届けします!


やまのめの六人 カバー画像

やまのめの六人
著者 原 浩


『やまのめの六人』試し読み#3

 紫垣が舌打ちをして紺野を睨む。
「どこが無人だ」
「いやあ、屋敷に灯りはいてなかったんだがなあ……」
「面倒になる」うんざりといった調子で紫垣が溜息をついた。
 先頭を歩いてくる小柄な男が目を丸くして大声を上げた。
「大事故じゃないか、こりゃあ」
 男の背は低いが、がっちりとした体軀と筋骨が雨合羽の上からでも見て取れる。太い首の上に、握りこぶしみたいなゴツゴツした顔をどしりと載せていた。その後ろに続くのは対照的にひょろりとした長身の男だ。病的なまでの白い肌にこけた頰。落ちくぼんだ二つのくぼみに光るぎょろりとした眼球が印象的だった。二人とも三十代くらいだろうか。
「車が土砂崩れに巻き込まれまして……」緋村が男に答えた。
 げん骨顔の小柄男はあきれたような表情で崩れた土砂の山を眺めた。
「いや参った。やっぱりこっちもか。……それで怪我人はいらっしゃいますか?」
「それが……」と、緋村が目を伏せる。
 せた長身男が事故車の脇を指さして低く呟く。「兄貴」
 そこに寝かされているのは白石の死体だ。
 兄貴と呼ばれたげん骨顔は、それを見て、あっと声を漏らした。
「そ、その人、意識が無いんですか? 生きているんですか?」
 緋村が首を振り、げん骨顔に尋ねた。
「救急車は呼べますか? 携帯が通じないようなのですが」
「それが……」男は困った様子で答えた。「この二時間ほど電波が繫がらなくて。それに固定電話も電気も通じないんですよ」
「停電ですか」
「二時間前にこの先の道が崩れて電線ごとやられたみたいなんですわ。今もすごい音がしたので、弟と見に来たというわけで。まさかこっちも崩れちまうとは。……とにかく、どうにかして消防に連絡しなきゃならんですね」
 屋敷に灯りがなかったのは停電していた為なのだろう。
 瘦せた長身男が白石の死体に歩み寄る。無遠慮な早足だった。男の長靴がじゃぶじゃぶと水飛沫しぶきを上げ、その拍子に少なくない量の泥水が白石の顔面にべしゃりとかかった。
 山吹と紺野が戸惑った視線を交わす。
 瘦せ男はそれを意に介すこともなく、かがんで白石の顔をのぞき込み、その手首に触れた。やがてこちらに首を振って見せた。げん骨顔の兄は青ざめた顔で息をんだ。
「亡くなっている……のですか。お気の毒に……」
「何か外部との連絡手段はありませんか?」
 げん骨顔は首を振って緋村に答えた。
「朝を待つしかありません。道が落ちているんだ。そのうち誰か気が付くと思うのですが……」
 その時、事故車を一瞥した弟が驚いたような視線を兄に向けた。兄は横転した車の前に回り、「ほお」と小さく呟いた。
 山吹がげんな顔をした。
「……この状況で皆さんが無事なのは幸運でしたね」
 男たちはきんざきと名乗った。小柄な方が兄のいちろう。瘦せぎすの長身が弟のろうというらしい。見た目は似ても似つかない兄弟だ。やはり紺野と緋村が見つけたという屋敷の住人らしかった。
「とにかくまた降り出さないうちに避難しましょう。うちにおいでください」
「助かります」一郎の言葉に緋村は頭を下げる。
「ほかの皆さんは、お怪我ありませんね?」
 僕たちは大丈夫だと答えて礼を言った。ひとまず一郎の言う通りに避難するほかはない。緋村と山吹が頷きあう。外部への通信手段が無いことは、かえって幸いなのだろう。
「白石くんの遺体はどうする?」と、山吹が死体に目を向けた。
 僕たちは顔を見合わせた。
 紫垣がそっけなく呟く。
「ここに置いときゃいい」
「そういう訳にもいかないでしょう」と、緋村が厳しい顔を紫垣に向けた。
「死体を担げってのか?」
 不満そうな紫垣の言葉を無視して、緋村が一郎に尋ねた。
いつたん、彼をご自宅に運ばせてもらってもよろしいですか?」
 一郎が首肯する。「もちろんですとも。ご遺体はお運びしましょう」
 一郎が目配せすると、二郎がもと来た坂道を小走りに戻っていった。死体を運ぶ車を取りに行ってくれたらしい。
「四駆かな」と、紺野が呟く。
 緋村と山吹が意味ありげに視線を交わした。『足』が手に入るかもしれないと考えているのだろう。
 一郎によると、この辺りには人家は無いという。付近一帯は金崎家が所有する土地らしいが、峠を越えるこの道の他にふもとに通じる道は無いらしい。少し先へ進めば紺野の話した通り別荘地があり助けを呼べる可能性はあるが、距離は遠く日没時間が近いため、この道路状況での徒歩移動は危険とのことだった。
 山吹がそわそわと落ち着かない様子を見せている。左手首に結わえたチェーンを解き、持っていたアタッシュケースをいきなり僕に押し付けた。
「どうしたんです?」
 僕が訊くと、山吹は難しい顔で自分のスーツの内ポケットを探り、次に腰ベルトに手をやって顔をしかめた。
「……仕事道具が無いんだよ」
 何のことか分からなかった。
「仕事道具って?」
 尋ねる僕に山吹は呆れたような目を向けた。
「仕事道具は仕事道具だよ。……車の中かもしれないな」
 山吹はすたすたと車に向けて歩き出す。僕は山吹の背を追った。山吹はフロントガラスから頭を突っ込んで、前部座席を見回す。
「無いんですか?」状況を察したらしく、後ろから緋村が声をかける。
 山吹はスマートフォンのフラッシュライトを照らして、後部座席も確かめるが、求めるものは車内には見つからなかったようだ。車の周囲に砕けたガラスが散乱していたが、その他には何も落ちていない。
「ちょっと、あなたたち危険ですよ。離れてください。探し物なら車両を移動した後にしたほうがいい」一郎が眉をひそめて注意する。確かに緩んだ地盤がいつ崩落するか分からない。「……一体、何を探しているんですか?」
「いや、仕事の大事な道具なんですがね。諦めますよ」振り返った山吹が明るい声色で一郎に答える。
「……無かったんですか?」僕が小声で訊くと、山吹は車両の脇に歩を進め崖下に目を落とした。
「事故った時に、下に落ちたのかもしれないね」
 僕は山吹の隣から崖下を覗き込む。土肌のき出しになった急斜面は眼下で杉林に吞まれていた。下に降りる足場も無く、その仕事道具がここから落ちたのなら探しようもない。
「あれ? これは……」突然、一郎が驚いた声を上げた。
 一郎が意外そうな様子で見ているのは、さっき紫垣が腰かけていた落石だった。道の端に留まっているそれは、人間の胴体程の大きさの丸い岩だった。屈みこんだ一郎が石の表面に手を触れて「やっぱり、『おんめんさま』だ」と、うれしそうな声を上げた。
「おんめんさま?」と緋村が聞き返すと、一郎は崩落した山肌を見上げて答えた。
「これ、この上の高台にあった道祖神なんですよ。それを私の家ではおんめんさまと呼んでおりまして」
「その岩が、ですか?」
「ええ、土砂崩れと一緒にこんな所にまで落ちてきたらしい」
「お宅のものですか?」
「うちのものって訳ではないのですがね。うちの近くにずっと昔から立っていたんですよ。木の根元にね。崩れた土砂と一緒に埋もれてしまったのだろうと思いましたが……いや見つかって良かった」と、一郎は笑顔を見せた。
 紺野が岩の傍らにしゃがみ込み、その表面を興味深そうに撫でまわしている。どこか楽しそうな様子で話し出した。
「こりゃあ結構古い道祖神だぜ。文字が刻んであるけど、たぶん古代の文字だ。ここらじゃあ道祖神は別に珍しくはないけどさ、こりゃ貴重かもしれないな。でも、こんなのが車に当たっていたらぺちゃんこだったぜ。道祖神に当たって死んだなんて、悪党に天罰が下されたみたいで三文記事のネタになっていたかもしれねえよなあ」
「道祖神?」と、低く呟いた紫垣に、紺野が答える。
「知らねえの? 道祖神ってのは路傍の神様だ。悪霊や疫病から人々を守る。この地方には、こんなのが沢山あるんだぜ」
「……ただの岩だ」紫垣は無表情に道祖神を見つめた。
 紺野が得意げな口調で演説を始める。
「お前の目にはただの岩に映るのかも知れねえがな、紫垣。道祖神のデザインは石像とは限らないんだよ。ここ見ろよ、岩の表面に文字が彫ってあるだろう? これは文字碑っていうんだ」
 僕も覗き見る。よく見なければ分からないが、紺野の示した岩の表面には細い書体で文字が彫り連ねてある。
「それ韓国語かね?」横から覗き込んだ山吹が言った。紺野が首を振る。
「ハングルに似ているが違うんだな。文字っていう昔の文字だ。漢字が伝わる以前から使われていたじんだい文字と呼ばれるものだ。まあ、古代文字には偽作とされるものも多いけどよ、これは本物じゃねえかな。対馬つしまの豪族に伝えられていた文字で、現代でも対馬には阿比留って名字が多いんだ。そう、確かにハングルとの関連も指摘されていて、まあ俺が思うには……」
「いや、紺野くん、もういいよ」と、山吹が苦笑を浮かべて遮った。
「驚いた。よくご存じですね。私より詳しい」と、一郎が目を丸くして紺野を見る。
「いやあ、俺もこの辺の出身なんでね」と、紺野が笑顔で答えた。
 僕の隣で緋村が苦い顔をした。山吹が呆れたように口を曲げる。
 一郎が道祖神に手を触れて話す。
「私には何が書いてあるか分かりませんがね。ここの地名だけは漢字で刻まれているんです。……ほら、この部分」と、一郎は碑文の最後の行を指さした。
 山吹が文字を見つめて目を細める。「……本当だ。ここだけ日本語ですね」
 ごろごろという音に振り向くと、雨合羽の金崎二郎が戻ってきたところだった。農作業用の一輪車を押して坂道を下ってくる。取りに戻ったのは乗用車ではないらしい。
 紺野が呆気あつけにとられた声を上げた。
「おいおい、白石をあれで運ぶつもりかよ」

(つづく)
▼『やまのめの六人』試し読み#4
https://kadobun.jp/trial/yamanomenorokunin/entry-42851.html

作品紹介



やまのめの六人
著者 原 浩
定価: 1,870円(本体1,700円+税)
発売日:2021年12月02日

「俺たちは五人だった。今は、六人いる」怪異は誰か。密室ホラー×ミステリ
嵐の夜、「ある仕事」を終えた男たちを乗せて一台の乗用車が疾走していた。峠に差し掛かった時、土砂崩れに巻き込まれて車は横転。仲間の一人は命を落とし、なんとか生還した五人は、雨をしのごうと付近の屋敷に逃げ込む。しかしそこは不気味な老婆が支配する恐ろしい館だった。拘束された五人は館からの脱出を試みるが、いつのまにか仲間の中に「化け物」が紛れ込んでいるとわかり……。怪異の正体を見抜き、恐怖の館から脱出せよ!横溝正史ミステリ&ホラー大賞受賞作家が放つ、新たなる恐怖と謎。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322103000633/
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