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試し読み

仲間の死体を前に途方に暮れる5人の男たち。「ワケあり」な彼らの関係性とは……。『やまのめの六人』試し読み#2

▼前回はこちら 『やまのめの六人』試し読み#1
https://kadobun.jp/trial/yamanomenorokunin/cb135d2a694o.html

横溝正史ミステリ&ホラー大賞受賞作家原浩さん待望の新刊『やまのめの六人』発売!

火喰鳥を、喰う』で令和初の横溝正史ミステリ&ホラー大賞を受賞した原浩さん、待望の2作目となる『やまのめの六人』が2021年12月2日に発売されました!
嵐の夜、ワケありの男たち5人が逃げ込んだのは、不死身の老婆が棲む館。
しかも5人だったはずの仲間がいつのまにか6人に……。紛れ込んだ化け物は誰?
気になる設定と畳みかけるような謎でページをめくる手が止まらない、スリリングな密室ホラーミステリです。
特別に冒頭試し読みをお届けします!


やまのめの六人 カバー画像

やまのめの六人
著者 原 浩


『やまのめの六人』試し読み#2

 本州を直撃した季節外れの台風は大型で、夜明け前からの暴風雨は峠を越える山道をまるで濁流に変えていた。路面は舗装されているにもかかわらず、道路を進む乗用車はまるで川をじようしているようにすら見えた。男たち全員を乗せた一台の車は、曲がりくねった峠道をなんとか走っていた。
 車が峠の頂きに差し掛かってきた頃、地鳴りがした。道路脇の急斜面の山肌が木々を押し倒しながら走行中の車の上に崩れていったのだ。スピードを上げた車は土砂の直撃は免れたが、押し流された樹木の一本が車の後部に激突した。僕はその様子をはっきりと覚えている。車は派手に横転したが、あれで命を落とさなかったのは幸いと思うべきだろう。
 事故の直後、どうにか動けるようになった僕と、車を脱出した緋村が、死んだ白石をぜんと見下ろしている間、車内で目を覚ましたのが紫垣と紺野だった。二人とものうしんとうを起こして目を回していたが、僕が二人を車から引っ張り出してやった。最後まで車内に取り残されたのが山吹だったが、こうして彼も息を吹き返した。
 おおい、と呼ぶ声がした。見上げると、黒いスーツ姿の男が二人、道路を下ってきたところだった。緋村と紺野だ。先頭を歩く紺野が両手でバツを作り、口ひげを歪ませて耳障りな高い声でまくし立てる。
「駄目だ駄目だ。あっちも道が切れてやがる。とんだ災難だぜ、こりゃ。行くにも戻るにも道はねえ。どうにもならねえよ」
 それを聞いた紫垣がうなる。
「……切れてる? どういうことだ?」
「切れてるったら切れてんだよ! かんしやく起こしたダイダラボッチが道路をとばしたみたいによ、道がそこだけぷっつりと途切れているんだ。道路が崩落してやがるんだよ。巻き込まれなかっただけマシだぜ」
「ダイダラボッチ?」紫垣が目を瞬かせる。
「ダイダラボッチ、知らねえのか。日本に伝わる巨人の事だ」
「知らん」
「……大体だなあ、こんなちやちやな土砂降りの雨ン中、このしょぼい道路だぜ? しかもここは『魔の峠』ときた。俺は登り口から心配だと思っていたんだよ。どこが最適なルートなんだ、まったくよ。白石の適当な話に乗ったのがそもそもの間違いだったんだ」
「道、歩いて渡れないのか」
「渡れるか渡れないか、お前が見て来いよ紫垣。そもそも車がぶっ壊れてるんだぜ。歩いて渡ってどうすんだ。徒歩で進むってのか? 俺たちは嵐ン中、ピクニックに来てるんじゃねえんだぞ。道を外れて土砂降りの山ン中歩いてみろ。それこそはつこうさんじゃねえが、俺たち全員凍えて遭難するのが関の山だぜ」
 紺野は早口にまくしたてた。紺野はこの中では目立って口数が多く、口も悪い。見たところ紫垣と同世代だろう。振る舞いは軽薄だし頭も切れるわけじゃなさそうだが、裏表の無い性格に思えた。
 紫垣がうんざりした顔で舌打ちする。
「……きんきんわめくな。女かよ」
「なんだと?」
「やめてください」と、二人に割って入ったのは緋村だった。「気持ちは私も同じですが、いらついていても何も解決しませんよ。……大体、あなただって山越えに賛成したじゃないですか紺野さん。この辺りに詳しいと力説したのはあなたですよ」
 紺野はきまり悪そうに頭を搔いた。「……まあ、そうだけどよ。雨降りでこんな路面になるなんて、俺だってさすがに知らねえもんな」
 緋村は車外へと脱出した山吹の顔を認めると「大丈夫ですか」と、声をかけた。
「ああ」山吹は笑みを浮かべ、左手のアタッシュケースを掲げてこたえる。ケースに結ばれたワイヤーがじゃらりと音を立てた。
 緋村も微笑んだ。
「ケースは無事。山吹さんにも怪我が無くてよかった」
「私は無事だがね」山吹は顔を曇らせると死体に目をやった。「白石くんが……」
 緋村は頷いて声を落とす。
「ええ。白石さんは気の毒に……。車が転がった時に外に落ちたみたいです。土砂の衝撃で、あの通り窓ガラスも粉々ですからね」
「車の下敷きになっていたって?」
「ええ」頷いて緋村はちらりと僕を見る。「……灰原さんと一緒に車を押しのけたんですが、その時は既にこと切れていました」
 僕は頷いた。緋村の言う通り、僕たち二人で横転した車を押した。その時、既に白石は絶命していた。彼はほとんど即死だったはずだ。
 山吹は目を伏せて呟く。「そうか……本当に残念だ」
「問題はこの後どうするかです。もう日没です。すぐに暗くなりますし、道路が崩落したとなると誰か来るかもしれません」

「はい。人が来たら厄介なことになります」
「ふむ、どうしたものかな……」
 山吹と緋村は深刻そうに視線を交わす。
「今すぐここを離れるのか?」と紺野が甲高い声で問う。
 緋村は首を振った。
「慌てなくてもいいとは思います。この後更に風雨が強まりますし、台風が通過するまで、少なくとも今夜のうちは警察も消防も来ないでしょう。ですが、夜が明けたらすぐに駆けつけるでしょうね」
「だったら結局急がなきゃならないじゃねえか」
「ええ。ただ、今見てきたようにあの道路では峠を越えるのは無理です。元来た道を戻るにしても、ここからだと引き返す方が街までの距離がある。それにあかりが無いまま嵐の中を歩くのは危険でしょう。できれば足を手に入れたい」
「足ねえ……。どこかに四駆でもありゃいいんだけどなぁ」紺野は困り顔で土砂に埋まった道路を眺めた。
 緋村もまた無残に壊れた乗用車と崩落したつちくれの山に目を向ける。彼は数歩足を進め、頭上を見上げた。手の届きそうな距離に猛烈な速さで黒雲が流れている。緋村はどうすれば良いか考え込んでいる様子だった。皆の視線は自然と緋村に注がれる。
 五人の男たちは打ち合わせでこれまで何度も顔を合わせてはいるものの、親密な間柄ではない。僕も緋村という人間について詳しいことは知らない。年齢はおそらく四十を過ぎたくらいだろう。知恵働きが得意らしい。皆にリーダーと呼ばれているわけではないが、実際のところそれに近い役割を担っている男だった。
「誰か外に連絡はつかないかね? 私の携帯は電波が通じないみたいだが」と、山吹が手元の端末に目を落として言った。
 紫垣が黙って首を振る。彼のも同じだということらしい。僕はそもそも持っていない。緋村も片手に取り出した電子機器を見つめて首を傾げる。
「私のも駄目ですね……紺野さんは?」と、緋村が尋ねる。
 紺野が甲高い声で答えた。
「さっきから再起動試したりしているんだけどさあ……」
 紺野はそう答えながら、頑丈そうなアルミの保護ケースに入れられた端末をしきりに指先でつついている。鈍く光る液晶画面を見つめて首を振った。「やっぱり俺のスマホも繫がらねえなあ。土砂崩れの影響かもしれねえよ、こりゃ」
 ぽつりと頰に冷たいものを感じた。見上げると、どろりとした暗褐色の雲がいよいよ近くに迫っていた。このまま途方に暮れていても濡れるばかりでらちが明かない。僕は一同を見まわして言った。
「雨が降りそうです。いつまでもここに立っているわけにはいかないんじゃないですか?」
 僕の言葉に紺野がおどけた調子で答える。
「おっと、それについてはこの紺野さんが解決できそうだぜ。さっき見つけたんだ」
「何をです?」僕が訊くと紺野は道の先を指さした。
「道路はこの先で崩落しているが、その手前に上に延びる脇道があったんだ。車が一台乗り入れられるくらいの舗装もぼろぼろの道だ。緋村と二人で途中まで登ったが、その道の先には建物が見えたぜ。民家だ」
「へえ、この山奥に民家があったのかい?」山吹が不審げに言うと、紺野は楽しそうに首肯した。
「すげえ昔の話だが、この山向こうには村があったんだ。そこに繫がるこの峠にも人家は数多くあったらしい。今じゃ村はダム湖の下に沈んじまったもんだからここも寂れたが、昔の名残で一部は別荘地になっているんだ。紅葉が良いからなあ、ここは。おそらく見えた建物も別荘だろうぜ。今は紅葉の時期には早いし、台風直撃のこの天候で遊びに来てる奴もいねえだろ。きっと無人だぜ」
「どうして知ってる?」紫垣が低い声で訊く。
「どうしてってお前、ここは俺の地元だって、車ン中で散々話したろう。聞いていなかったのかよ」
「知らん」と、紫垣はそっぽを向いた。
「あのなぁ、餓鬼の頃の俺は……」
「ストップ」紺野の早口を緋村が遮る。「そこまでにしておきましょう。我々は互いの事は知らない方がいいんです」
 紺野は口をへの字に曲げて黙る。
 緋村の言う通りだ。僕を含めここにいる全員、互いのことなど知らないほうが都合が良いのだ。
「ともかく、その屋敷で雨をしのげそうです。ひとまず移動しましょう。今後を検討しなければなりません」
 緋村の言葉に一同は頷く。その時だった。
「大丈夫ですかー?」
 僕たちは声の方向に一斉に振り返る。坂の上から黒いあまがつ姿の二人の男がこちらに歩いてくるのが見えた。

(つづく)
▼『やまのめの六人』試し読み#3
https://kadobun.jp/trial/yamanomenorokunin/entry-42850.html

作品紹介



やまのめの六人
著者 原 浩
定価: 1,870円(本体1,700円+税)
発売日:2021年12月02日

「俺たちは五人だった。今は、六人いる」怪異は誰か。密室ホラー×ミステリ
嵐の夜、「ある仕事」を終えた男たちを乗せて一台の乗用車が疾走していた。峠に差し掛かった時、土砂崩れに巻き込まれて車は横転。仲間の一人は命を落とし、なんとか生還した五人は、雨をしのごうと付近の屋敷に逃げ込む。しかしそこは不気味な老婆が支配する恐ろしい館だった。拘束された五人は館からの脱出を試みるが、いつのまにか仲間の中に「化け物」が紛れ込んでいるとわかり……。怪異の正体を見抜き、恐怖の館から脱出せよ!横溝正史ミステリ&ホラー大賞受賞作家が放つ、新たなる恐怖と謎。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322103000633/
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