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試し読み

横溝正史ミステリ&ホラー大賞受賞作家が放つ、新たなる恐怖と謎!『やまのめの六人』試し読み#1

横溝正史ミステリ&ホラー大賞受賞作家原浩さん待望の新刊『やまのめの六人』発売!

火喰鳥を、喰う』で令和初の横溝正史ミステリ&ホラー大賞を受賞した原浩さん、待望の2作目となる『やまのめの六人』が2021年12月2日に発売されます。
嵐の夜、ワケありの男たち5人が逃げ込んだのは、不死身の老婆が棲む館。
しかも5人だったはずの仲間がいつのまにか6人に……。紛れ込んだ化け物は誰?
気になる設定と畳みかけるような謎でページをめくる手が止まらない、スリリングな密室ホラーミステリです。
特別に冒頭試し読みをお届けします!


やまのめの六人 カバー画像

やまのめの六人
著者 原 浩


『やまのめの六人』試し読み#1

灰原の章

「生きてますか? おい……おおい!」
 何度目かの僕の呼びかけに反応し、やまぶきまぶたがすようにしてゆっくりと目を開いた。生きているらしい。山吹は困惑混じりの、ぼんやりとうつろな視線を僕に向け、うめくようにつぶやいた。
「誰だ……?」
「ちょっと、大丈夫ですか?」と、山吹の目を見る。「僕ですよ」
 山吹は幾度か目をしばたたかせると、すぐに意識がめいりようになったようだ。
はいばらくん……、か」と、返事をした。
 僕は割れたフロントガラスの隙間から問いかけた。
「動けます?」
 この男、山吹はひとり、横転した車の助手席に取り残されていた。先ほどまで山道を疾走していた黒いコンパクトカーは大破していた。後部ドアはひしゃげているし、フロントガラスも事故の衝撃で砕け、大半を失っている。その上、後部のラゲッジスペースには樹木が突き刺さっていた。土砂と一緒に押し流された倒木が、リアウインドウを突き破ったのだ。
 泥混じりの雨水を浴びたらしく、山吹の顔は黒くれている。白髪の交じった前髪が額に垂れて貼りついていた。着こんだ黒いスーツも濡れており、下のワイシャツと一緒に体にぐっしょりと張り付いている。
「……何があったんだ」
 山吹は体を起こすが、どこか痛むのかすぐに顔をしかめた。彼の頰から粒子状に砕けたフロントガラスの破片がばらばらと落ちる。
「土砂崩れのせいで車が横転したんです。本当に大丈夫ですか?」
 山吹は薄く笑顔を見せてうなずいた。「ああ、大丈夫だ。……首が少し痛むがね」
 僕は振り返って後ろの男に告げた。
「無事みたいですよ」
 車から少し離れた大きな岩の上にがきが腰掛けていた。紫垣は全くもって不機嫌そうだった。けんしわを深くして、灰色にかすむ山並みをだるそうににらんでいる。
 紫垣は長身で肩幅も広く堂々たるたいの男だった。腕回りはがっしりと太く、胸板も厚い。盛り上がった筋肉のせいか、僕たちと同じ黒いスーツをまとっていても、どこかかつこうに見えた。ほりの深い顔だちは外国の血を感じさせる。きっと異性を引き付ける見た目だろう。僕たちは互いの素性について多くを知らない。しかし、紫垣の性向が粗暴で残忍であることは、疑いようもなく僕には明らかだった。
 紫垣はくわえた煙草をつまむと、怠そうにためいき混じりの太い紫煙を吐いた。
「どっちが?」
 質問の意味が分からない。口数の少ない男だ。
「どっちって?」き返すと、紫垣は面倒くさそうに僕をいちべつし、重ねて言った。
「無事なのはか? 山吹か?」
「……どっちが重要なんですか?」
「決まってる」紫垣は煙草を投げ捨て、くだらない質問にへきえきしたかのように再び深い溜息をついた。「……荷物だ」
 僕は苦笑して山吹に向き直る。
「あんなこと言ってますよ」
「紫垣くんだな」山吹はゆがんだ車の助手席で身を縮こませたまま苦笑すると、黒ネクタイを緩めた。
 頭髪に白いものが交じり始めたとしかさのこの男は、五人の中では最年長だろう。歳を重ねた為か、紫垣と違って思慮深く穏やかで分別もあるようだ。どこか紳士然としていて物腰も柔らかく、その表面上は周囲の信頼や人望を集める人柄に見える。
 山吹の左手首に結ばれたワイヤーチェーンを見る。そのワイヤーの先につながれているのはジュラルミン製のアタッシュケースだった。これが紫垣の言う荷物だろう。車は完全におしやだが、この小さな箱には何の損傷も無い。
 ドアからの脱出をあきらめた山吹は、アタッシュケースをフロントピラーのへりたたきつけ、残るガラスをこそぎ落とす。差し出された手をつかむと、僕は山吹を助手席から引っ張り出した。彼はしぼんだエアバッグをき分け、うようにして車外に脱出する。
 山吹はアタッシュケースを片手によろよろと立ち上がり、事故車を一瞥して困ったような笑顔を見せた。
「はは……、こりゃだいぶ派手にやったもんだね」
 僕は首をすくめて山吹に応じた。
「笑っている場合ですか」
「失礼。そうだな、笑えない状況だよね。これは」
「ええ、笑えません。でも、ツイてましたよ」
 僕が指し示した車体の有様を見て、山吹はまゆをひそめた。
 車はがけと表現しても差し支えのない、切り立った斜面の縁、ぎりぎりのところに横たわっている。ガードレールは無い。眼下の地面は大きくえぐられて土肌を露出させており、道路の縁から雨水が滝のように流れ落ちていた。もう少しずれていたら、車体はこの崖を転落し、乗員全員が命を落としただろう。これを幸運と呼ばずして何と言うのか。
「全然ツイてねえ」紫垣がのっそりと太い声で言う。「車がつぶれて山奥で足止めだ……気に入らん」
 さっきまでの豪雨は落ち着いており、霧雨に変わっていた。湿った強風がごうごうと音をたてて僕らの身体を打つ。嵐はまだ半ばだ。そのうちまた降り出すに違いない。ここには道路脇に視界を妨げる木々が無く、急こうばいの山腹を背にして眺望が開けている。しかし、目に映るのは霧に煙る山肌と峰々だけだ。人家は視界に無い。
「紫垣くん、君、怪我でもしたのかね?」山吹が尋ねると、紫垣はかぶりを振った。
「いや」
「だったらそんな小難しい顔をするのはよしなさいよ。男前がもつたいない。君が腰かけている大きな岩だって落石だろう? それが車に当たらなかっただけでも幸いだ。今はその幸運を喜ぶべきだろう。……君もそう思わないか?」
 山吹はグレーの髪の毛を搔き上げ、僕に笑顔を見せる。
「はあ」と僕は答えながら車を見た。確かに岩は当たっていないが、樹木が後部に刺さっている。
 ふん、と紫垣が薄く笑いを漏らす。「……そいつよりはツイてるかも、な」
 紫垣が顎をしゃくる。半壊した車の後方に男があおけに寝かされていた。
 山吹が歩み寄り、驚いた声を上げる。
しらいしくんか。彼、死んだのか」
 白石と呼ばれた男の顔はろうのように血の気がせていた。もともと肌の青っちろい人間なのだろうが、泥水にぎようする灰色の皮膚は明らかに死体のそれだった。紫色の唇を真一文字に結び、頰はれているようだ。顔色とは対照的に白石の額には赤黒い血がべっとりとついていた。雨水に濡れたせいか乾いてはいない。頭部から大量に出血したのだ。
「運の無い野郎だ」紫垣が僕と山吹の間に立ち、ポケットに手を突っ込んだまま白石の死体を見下ろす。気怠い口調で言葉を継いだ。「……車の下敷きになってたとさ」
 山吹は深刻な面持ちでつるりと顔面をぜた。
「どうして車の外に?」
「破れた窓から飛んだらしい」
「窓から? 横転した時にか。シートベルトはしていなかったのかね?」
「知らん」
「なんてことだ。可哀想に……。息はあったのかい?」
「即死らしい」紫垣は面倒臭そうに答える。「車の下から引っ張り出した時には死んでたとよ」
 山吹は死体を見つめたまま深刻な様子で眉を寄せていたが、はっと思い出したように僕を振り返る。
「あとの二人は……むらくんとこんくんは? 彼らも死んだのかね?」
「生きてますよ」と、僕は答えた。死んだのは白石だけで残りは全員無事だ。
「どこにいるんだ?」
「山道の先がどうなっているのか見にいきました。……何しろ後ろはあれですからね」
 僕は道路の奥を指さす。この車が登ってきた細い山道は、完全に土砂に埋もれていた。その赤土の上をいく筋もの水の流れが血管みたいに這っている。
「道が埋まっている」山吹は見たままを言った。僕は頷いた。
「ええ。この大雨で地盤が緩んだんでしょう。引き返すのは無理ですね」
「……全く上等だね。死人が出た上に足止めというわけかね」
 山吹は両手で髪を搔き上げ、吐き捨てる。

(つづく)
▼『やまのめの六人』試し読み#2
https://kadobun.jp/bid/1/cid/415/eid/42849/admin/entry-add-text/

作品紹介



やまのめの六人
著者 原 浩
定価: 1,870円(本体1,700円+税)
発売日:2021年12月02日

「俺たちは五人だった。今は、六人いる」怪異は誰か。密室ホラー×ミステリ
嵐の夜、「ある仕事」を終えた男たちを乗せて一台の乗用車が疾走していた。峠に差し掛かった時、土砂崩れに巻き込まれて車は横転。仲間の一人は命を落とし、なんとか生還した五人は、雨をしのごうと付近の屋敷に逃げ込む。しかしそこは不気味な老婆が支配する恐ろしい館だった。拘束された五人は館からの脱出を試みるが、いつのまにか仲間の中に「化け物」が紛れ込んでいるとわかり……。怪異の正体を見抜き、恐怖の館から脱出せよ!横溝正史ミステリ&ホラー大賞受賞作家が放つ、新たなる恐怖と謎。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322103000633/
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