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試し読み

【シリーズ完結!】「山猫は窃盗犯じゃない」彼の過去を知る男は――!? 『怪盗探偵山猫 深紅の虎』刊行記念『怪盗探偵山猫』試し読み#5

さらば、山猫――!?
最強の敵が現代の義賊に襲いかかる。累計90万部の話題シリーズ、堂々完結!

ドラマ化もされ、話題になった「怪盗探偵山猫」シリーズ完結巻、
『怪盗探偵山猫 深紅の虎』がいよいよ刊行。
シリーズ完結を記念し、カドブンでは、シリーズ1冊目の『怪盗探偵山猫』
試し読みを公開します。
希代の名盗賊の活躍をぜひお楽しみください。

>>前話を読む

    6

「まったく。勝村が、ここまでのバカだとは思わなかったよ」
 さくらは、ため息をつきながら言った。
 勝村が、何かに熱中すると周りが見えなくなるタイプだというのは知っていたが、ここまでとは思わなかった。
 さくらが騒ぎを聞きつけて駆けつけなかったら、逮捕されるところだった。
 ──本当に世話の焼ける奴だ。
「す、すみません……」
 四畳ほどの広さのビルの管理人室で、さくらと向かい合って座っていた勝村は、恐縮したように首を縮める。
 本当に反省しているか、怪しいものだ──。
「それで、何を調べていたの?」
「何……と言われると……」
 勝村が、困ったようにまゆじりを下げ、頼りない顔をする。
「何が、知りたいの?」
 さくらは、質問を変えた。
 その途端、勝村が子どものような無邪気な笑顔を浮かべ、さくらを見た。
「今井さんの死因って何ですか?」
「絞殺。ロープのようなもので、首を絞められたあとがあったらしいわ」
 ──あたしは、何を言ってるんだ。
 さくらは、なんだかんだ言いながら、質問に答えている自分にあきれてしまった。
 大学時代から、勝村に頼まれると、なぜか断れなかった。独りっ子で育ったさくらは、勝村を、自分の弟のように思っているからだと認識していた。
 だが、今、改めて向き合ってみると、それとは少し違う気がする。
「絞殺ですか……」
 勝村は、目を丸くしながら復唱する。
「そう。分かったら、大人しく帰って」
「あ、もう一つかせてください」
 立ち上がろうとしたさくらの腕を、勝村がつかんで呼び止めた。
「なに?」
「今井さんが殺されたのは、窃盗の犯行前ですか、それとも犯行後ですか?」
 さくらは、さっき見たばかりの現場の状況を思い返した。
 金庫はこじ開けられ、床には書類が散乱し、事務所内は嵐が通り過ぎたあとのように散乱していた。
 ──人を殺したあとに、あんな風に事務所を荒らすだろうか?
 殺人を犯したのであれば、取るモノも取りえず、その場から逃げ出すというのが普通の心理だろう。
「たぶん、盗みに入ったあとに、今井社長は殺されたんじゃないかな」
「逆だ!」
 さくらの意見を否定したのは、関本だった。
 まるで亡霊のように、音もなくドア口のところに立っていた。
「逆……ですか?」
 さくらは、すぐに訊き返した。
「盗みに入ったあと、今井社長を殺したのなら、なぜ貼り紙を回収しなかった?」
 関本の質問に、さくらは思わず「あっ!」と声を上げる。
 もし、山猫が今井を殺害する前に盗みを働いたのだとしたら、自分がやったという証拠になる貼り紙を残しておいたのは不自然だ。
 だが、逆だったとしても、不自然な点は残る。
「では、殺害したあとに、盗みを働いたうえに、貼り紙を残したのはなぜです?」
 さくらの問いかけに、関本がにやりと笑った。
「二つを、切り離して考えるのも一つの手ですよね」
 言ったのは、勝村だった。
「お前らは、山猫のことを、何も分かっちゃいねぇ」
 関本は、勝村をいちべつする。
 その迫力にしりみしたのか、勝村は身体を縮め、さくらに目を向ける。
「どういうことです?」
「答える義務はない。それより、おしゃべりの時間は終わりだ。次の現場に向かうぞ」
 関本は、さくらの質問をしりぞけると、くるりと背中を向け、管理人室を出ていった。
 自分で勝手に会話に入ってきて、質問すれば、答える義務はない──つくづく自分勝手な男だ。
 さくらは、胸の内で毒づいた。
「今の人、誰です?」
 勝村が、声を潜めてたずねてきた。
「本庁の関本警部補。山猫のストーカーよ」
 さくらは、皮肉を込めて言うと、席を立ち関本のあとを追いかけて管理人室をあとにした。

    7

 さくらと別れたあと、勝村はかしら線に乗って、しもきたざわに向かった。
 副編集長の水上に紹介された、取材対象に会うためだ。
 下北沢の駅に降りるのは、学生のとき以来だから、四年ぶりになる。
 南口の階段を下り、広場に出たところで、驚き足を止めた。
 ある程度、町が様変わりしていることは予測していたが、想像以上のへんぼうぶりに、浦島太郎の気分を味わう。
 下北沢は、幹線道路の増強にともない、至るところで工事が進み、みの建物が取り壊されようとしている。
 壊れゆく町に、寂しさを覚える反面、変わらないものもあった。
 駅前のかたちだけの広場には、アーティスト志望の若者たちが群がり、完成度の低いパフォーマンスを繰り広げ、路地には、髪を逆立てたバンドマン風の若者が、ウロウロしていた。
 勝村は、その様子に満足しながら、落書きだらけのガードを抜け、きゆう線の踏み切りを渡った。
 商店街へと続くアーチの脇に、薄暗い路地が見える。
 トタンやベニヤで囲われ、線路沿いに延びる狭い通路のような道。遊びに来るだけの若者なら、駅の間近に闇市の名残をとどめる路地が残っているなど、まず気付かないだろう。
 勝村は、秘密基地を思わせるその一角に足を踏み入れた。
 掘っ建て小屋のような店舗がいくつか並んでいるが、そのほとんどは店を閉めてしまっている。
 入り口にある看板がその理由を物語っていた。
〈下北沢駅拡張工事着工〉。消滅することが運命付けられた空間には、説明しがたい悲壮感が漂っている。
 人とすれ違うこともなく通路の一番奥まで進み、ベニヤ板に取っ手を付けただけのドアに行き当たった。
 ──ここだ。
「こんにちは」
 勝村は、ドアに向かって声をかけたが反応はない。
 ドアの隙間から、かすかに光が漏れている。不在ではなさそうだ。
「こんにちは」
 勝村は、再び声をかけながらドアの取っ手を引いた。施錠されていないらしく、ドアは抵抗なく開いた。
「誰かいませんか」
 勝村は、部屋の中をのぞき込む。
 ──うお!
 思わず悲鳴を上げそうになるのを、両手で口を押さえることで、どうにかこらえた。
 薄暗い部屋の中に、あぐらをかいて座る老人の姿があった。生気の無い濁った目で、じっと勝村を見返している。
 心霊写真なんかよりはるかに怖い──。
「あ、あの、むらさんですか?」
 勝村は、気持ちを落ち着かせてから、改めて声をかける。
「何の用だ。俺はもう引退した身だ」
 老人が言った。
 どうやら、彼が村井本人のようだ。もう七十歳を超える老人らしいが、その割りにしっかりとした口調だった。
「ぼくは、ライターをしている勝村といいます。水上さんの紹介で……」
 勝村が早口に言うと、村井は「あのボケが……」と、ぼやくように言ったあとに、勝村に部屋に入るよう促した。
 玄関はなく、ドアの先がすぐに畳の部屋になっていた。
 勝村は、ドアのところで靴を脱ぎ、部屋に上がる。
 村井を取り囲むように、棚やら箱やらが並び、あちこちに工具が散乱していた。そのせいで、部屋に圧迫感がある。
 勝村は、空いているスペースを見つけ、正座して村井と向き合った。
「それで、何をしにきた?」
 村井は、勝村に質問しながらも、目を合わせようとはしなかった。
 しゅ、しゅ、と音をたてながら、一升瓶ほどの木を彫刻刀で削っている。
 まるで、それが本職のような器用な手つきだった。まだ、外枠を整えている段階だが、感じからして何かの仏像だろう。
「何を、彫ってるんですか?」
 勝村の問いかけに、村井は手を止め、ギロリと目をいた。
「質問に質問で返す。最近の若造は……」
「す、すみません」
「用件は、何だ?」
「実は、山猫についてきたいことがありまして……」
 ──山猫。
 その一言に、老人ははじかれたように顔を上げた。微かにくちもとが震えている。
 水上の話では、村井は、今は引退したものの、元はすごうでの窃盗犯で、刑務所を出たり入ったりしていたらしい。
 そして、山猫を知っている数少ない人物の一人。ここに来るまでは、半信半疑だったが、今の反応でそれは確信に変わった。
「奴の何を知りたい」
 村井は、肩で大きく呼吸をしながら訊ねた。
「簡単に言ってしまえば、素性と目的ですかね──」
 勝村の言葉を聞くなり、村井が鼻を鳴らして笑った。
「そんなものは、誰にも分からない。山猫は、俺たち窃盗犯とは違うんだ」
「違う?」
 勝村は首をひねった。
 山猫も村井も同じ窃盗犯のはずだ。何が違うのか、勝村には分からない。
 疑問を察したらしい村井は、彫っていた物を畳の上に置くと、大きく息を吸い込んでから話し始めた。
「まず、奴は手口が違う」
「手口?」
「そうだ。俺たちは、錠前を破るんだ。窓を割ったり、ドアをじ開けたりする。そうやって、金目の物を盗んでずらかる。だが、山猫はそうじゃない」
「と、いうと?」
「正直、開けるのは簡単なんだ。だが、その逆は、おそろしく難しい上に、危険がつきまとう」
 村井の言葉で、勝村ははっとなった。
 山猫は、盗むだけではない。金庫を開け、現金を盗んだあとに、貼り紙を残して、もう一度金庫を閉めておく。
 入り口に関しても同じだ。しっかり施錠してから部屋を出る。
「どうすれば、こんせきを残さずに……」
 つぶやくように言った勝村の言葉を、村井が笑い飛ばした。
「若い割りに、頭の回転が鈍いな」
「はぁ……」
「さっきも言っただろ。山猫は窃盗犯じゃない」
「では、なんです?」
「スパイだ」
 村井は、彫刻刀を真っ直ぐ勝村の額に突きつけた。
 勝村は、驚いて身体をけ反らせた。
「スパイ……ですか?」
 説明が飛躍し過ぎていて、勝村には理解できない。
「そうだ。あいつが使っている技術は、窃盗のそれとは明らかに違う。どこかの国の秘密ちようほういんの技術なんだよ」
「どういう意味です?」
「さっきの話に戻るが、痕跡を一切残さずに、金庫を開ける方法は、一つしかない」
 村井は、ニヤリとゆがんだ笑みを浮かべた。
「な、なんです?」
「簡単なことだ」
「そう言われても……」
かぎを使って開けるんだよ」
「あっ!」
 勝村は、思わず声を上げた。
 ──そういうことか。
 山猫は、ピッキングなどの手法を使って、鍵を開けているのではない。あらかじめ、盗みに入る会社の人間に接触し、鍵の複製や暗証番号を入手し、正面から堂々と侵入している。
 確かに、窃盗というより、スパイといった方がしっくりくる手法だ。
「鍵があるから、閉めるのも簡単というわけですね」
 勝村は、改めて感嘆しながら言った。
「奴は、なぜ、わざわざ自分で開けた鍵を閉めると思う?」
 村井が、新たな質問をぶつけてくる。
「そ、それは……事件発覚が遅れるからだと……」
「本当にバカだな。確かに発覚は遅れるが、それもせいぜい二、三日だ。いくら、発覚を遅れさせても、現場の状況を丹念に調べれば、犯行時刻なんてのはだいたい割り出されちまうんだよ」
「確かに……」
 勝村はうなずいた。
「それに、発覚を恐れている奴が、犯行声明ともいえる貼り紙を残したりするか?」
「そうですね」
 勝村には、もはや反論の言葉はなかった。
 村井の言う通りだ。なぜ山猫は、危険を冒してまで、わざわざ犯行現場の鍵を閉めるのか?
「奴は、自分のために罪を犯してるわけじゃねぇ」
 村井が、ポツリと言った。
「?!」
「俺たちは、金が欲しいから窃盗をやる。自分が、生きるための仕事だ。だが、奴にとっては違う。分かるか?」
「な、なんとなく……」
 あいまいに返事はしたものの、勝村に山猫の真意など分かるはずもなかった。
「お前さん、高井戸での殺しの件で、山猫を調べているんだろ」
 村井が、首を縮めるようにしながら言った。
「ええ」
「あれは、山猫の仕事じゃねぇ」
 苦々しく吐き出すように村井が言った。
「どういうことです?」
 山猫が犯人じゃないとは、聞き捨てならない。
「山猫は、恐ろしく頭の切れる男だ。度胸もいい」
「はい……」
「人をあやめるなんてのは、おくびよう者のバカがやることだ。もし、山猫が被害者とバッタリくわしたとしても、慌てて殺すような真似はしない」
「はぁ……」
「俺たちの及びもつかないような方法で、見事にそのピンチを切り抜けるはずだ」
 得意げに話す村井は、まるで我が孫を自慢する祖父のようだった。
 ここで、勝村は一つの推測に辿たどり着いた。
「あの……」
「何だ?」
「もしかして、山猫と知り合いなんですか?」
 勝村の質問に、村井は腹を抱えるようにして、声を上げて笑う。何がそんなにおかしいのか分からない。
「なぜ、警察が山猫を捕まえられないか分かるか?」
 ひとしきり笑ったあとに、村井がたずねた。
「いえ……」
 本当は、勝村の中で幾つかの推測はあったが、全て否定されそうだったので、えて口には出さなかった。
「存在しないからだよ」
「はい?」
 勝村は、理解できずにき返した。
 だが、村井は、それ以上話す気が無いらしく、彫りかけの木像を手に取り、しゅ、しゅ、と同じリズムで削り始めた。
 ──収穫なし。
 勝村は、落胆を引きったまま部屋を出た。
 ようやくつかみかけたと思った山猫のイメージが、砂上の楼閣のごとくもろくも崩れ去ったといった感じだ。
 ──存在しないからだよ。
 遮断機の下りた踏み切りで立ち止まった勝村の頭に、村井の言った言葉が何度も繰り返される。
 ──山猫は、幻想ではないのか?
 勝村自身、そんな疑惑を抱き始めていた。
 何だか、窃盗犯を追跡しているはずが、幻の生物を追っているような錯覚にとらわれる。
 電車がごうおんとともに通過し、遮断機が上がった。
 線路を渡っているときに、携帯電話に着信があった。表示されたのは、携帯電話の番号ではあるが、アドレスには登録されていないものだった。
 ──誰だろう?
「もしもし」
 勝村は、名乗らずに電話に出る。
〈あの……勝村英男さんでしょうか?〉
 か細い女性の声が聞こえてきた。今にも泣き出してしまいそうなほどだ。
 女は、勝村のことを知っているようだが、当の勝村には、聞き覚えの無い声だった。
「そうですが……」
〈あの、あなたに渡したい物があるんです〉
「渡したい物?」
 勝村は、戸惑いながら女の言葉を復唱した。
 ──なんだか嫌な胸騒ぎがする。
〈はい〉
「あの、失礼ですが、どなた様でしょうか?」
 勝村は、思い切って訊いてみた。
 見ず知らずの人間から、何かをもらうというのは、あまり心地のいいものではない。
 しばらく沈黙があった──。
 女の息遣いだけが、かすかに耳に届く。
〈サキといいます〉
 震える声で女が言った。
「サキさん……」
 繰り返してみたが、やはり勝村には覚えがなかった。
 勝村は、記憶力だけは自信があった。幼稚園の同級生の名前を、全員フルネームで覚えているくらいだ。
 だが、今まで出会った女性の中で、サキという人物を知らない。
〈あの、実はある人からこの電話番号を教えられたんです……〉
 勝村の疑問を察したらしく、サキがとりつくろうように言葉を並べる。
「ある人?」
〈今井洋介さんです〉
 勝村は、サキが言った名前に驚き、危うく電話を落としそうになった。
「今井さんが?」
 興奮で声が裏返った。
〈はい。今井さんから、勝村さんに渡すように頼まれていたモノがあるんです。できれば今日、それをお渡ししたいのですが……〉
 今井が死んだあとになって、彼から預かっていたモノを渡したい──。
 勝村は、そこに特別な意図を感じずにはいられなかった。
「渡したいモノとは、何です?」
 勝村は、興奮する気持ちを落ち着かせながら訊ねた。
〈実は、私にもよく分からないんです。ただ、勝村さんにお渡しすれば分かると……〉
 ──渡せば分かる?
 勝村は、死んだ今井に、なぞなぞを出されたような気分になった。
 ──お前は、応用が苦手だな。
 今井に、よくしつせきされた。勝村は、記憶するのと観察するのは得意だが、それを応用するのはからっきしだと自分でも分かっていた。
 今、あれこれ考えても仕方ない。勝村は、サキから受け渡しの時間と場所を聞き、電話を切った。
 今井が、何を渡そうとしていたのかは分からない。だが、それが事件の謎を解くかぎになっているような気がした。

〈第6回へつづく〉
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