KADOKAWA Group
menu
menu

試し読み

【試し読み】『リング』を超える圧倒的絶望――鈴木光司『ユビキタス』冒頭を大ボリューム特別公開!

東京の人口1000万を死滅させる未曾有の大災厄が……来る!!
日本ホラー界の帝王・鈴木光司、16年振りの完全新作『ユビキタス』がついに発売!
刊行に先立って、物語の冒頭を74ページまで特別公開します。

興奮必至のホラーサスペンスのはじまりを、大ボリュームでお楽しみください。

鈴木光司『ユビキタス』試し読み


プロローグ


 360度見渡す限り氷の世界……。
 地球上でもっとも寒いといわれる南極大陸は、最大五千メートル近くの厚みを持つ氷床で覆われている。その重量で大陸を下に沈めるほどの氷床は百万年にも及ぶ降雪によって作られた。
 内陸部の降水量がサハラ砂漠より少ないことと、五千メートル近い厚みをかんがみれば、氷床の形成に費やされた膨大な時間がずしりと体感できてくる。
 日本の第1次南極観測隊が、東経39度南緯69度付近にある小さな島に「昭和基地」を開いたのは1957年1月のことであった。1970年、昭和基地から270キロ南東に位置する分厚い氷の上に、「みずほ基地」を築いて氷床掘削に挑戦し、1995年にはさらに標高3810メートルの地点に「ドームふじ」を設け、ドリルを降下させて長さ4メートルの氷の棒「コア」を引き上げる作業を開始する。
 現在、掘り下げた深度は三千メートルを優に超えている。
 当然ながら、深く掘り進むほど氷ができた層は古くなる。これまでに一度も溶けたことがないため、「コア」にははるか昔の大気に含まれた二酸化炭素、放射性物質、宇宙じん、火山灰、生物由来の化合物などが閉じ込められている。加えて、人類が地球に誕生するはるか以前に、進化の袋小路に迷い込んで行き場を失い、絶滅の一歩手前に追いやられた微生物が、厚い氷に幽閉されて長い眠りをむさぼっているかもしれない。
「ドームふじ」から掘削された「コア」は冷凍保存された上で日本に運ばれ、専門の研究機関によって克明な調査がされる。
 年代順に固化された大気の詳細な分析で明らかになるのはここ100万年に及ぶ地球のありのままの姿……、「コア」は自然界が埋めた「タイムカプセル」ともいえる。
 この貴重な研究素材を日本に運ぶ任務を負うのが南極観測船「しらせ」である。南極が夏を迎える11月に日本を出港し、冬の到来を待たず四月頃に帰港するスケジュールが、毎年繰り返される。南極観測隊は文部科学省の管轄下にあるが、艦の運航は海上自衛隊に委ねられ、人員や物資の輸送、器材の投入や回収をはじめ様々な観測が行われている。

 202*年春……。第67次南極観測隊の任務は終了し、南極を離れる時がやってきた。昨日のうちに180度の進路変更が行われ、「しらせ」の船首はアフリカ大陸の南端に、船尾は昭和基地の方向へと向けられていた。日本に持ち帰る物資の積み込み作業も昨日のうちに終え、通称夏隊と呼ばれる観測隊と越冬隊の交替要員の乗船が終わり次第、日本に針路を向けて出港の運びとなる予定であった。人員の乗船が完了するまでの間、「しらせ」運用士官を務める海上自衛隊、ゆたか二尉は、艦橋に立って名残惜しそうに純白の世界を眺め渡した。
 ……南極を離れるのは、うれしくもあり、寂しくもある。
 昨年11月によこを出港して以来、半年間顔を見ることがなかった妻と娘に再会できるのが大きな喜びである一方、地球上の他の場所では決して味わえない極寒の仕事を終えることに多少の未練が残る。
「しらせ」を降りて、待っているのは、陸上での研修生活である。そこで学んで一級機関士の資格を取った後は、護衛艦の機関長の任務に就くことがほぼ内定していた。再度「しらせ」に乗船できたとしても、そのためには一佐か二佐の階級が必要となるため、20年ばかり先のこととなる。護衛艦からイージス艦勤務へとステップアップして、「しらせ」とのつながりが断ち切られる確率のほうがはるかに高く、これが南極との永遠の別れとなるのはほぼ間違いなかった。
「しらせ」の運用士官を任命されたときは、極寒の中での過酷な生活を覚悟して、心が暗雲に包まれたが、いざ夜の来ない氷上生活を始めてみれば、南極ならではの珍しい風景を目の当たりにして、すぐに心が踊り始めた。 純白の氷が薄い光を散乱させる白夜は五十日近くも続き、オーロラは緑色の帯をたなびかせて空に舞い、別の天体に降り立ったような生活は刺激と興奮に満ちて毎日が驚きの連続であった。
 白夜とオーロラの美しさは予想通りであったが、思いがけず供された快楽のひとつに、食事のうまさがある。昭和基地で食べる食事はうまいと噂に聞いてはいたが、実際に食してみれば評判以上で、毎週金曜日に出されたステーキの味は最高ランクであった。
 氷の切り出し場の前にしつらえた簡易キッチンで、一流のコックが腕をふるったカレーうどんに舌鼓を打ったのも、忘れられない思い出のひとつだ。光輝く氷のテーブルに並べられたメニューだからこそ、美味おいしさがより引き立った。
 ペンギンやあざらしの突然の訪問、氷上ピクニック、薄闇と無音のハーモニー……、五感を通して体感された日々の断片は、楽しい思い出として胸に刻まれている。
 二度とこの感動は味わえないだろう。
 懐かしい風景をあれこれ回想していた阿部二尉の眼前で、南極との掛け橋が切り離されていった。すべての観測隊の収容を終え、タラップが上ったのだ。
 艦長の出港命令が下されるや、総員が持ち場に就いて4基の発電用ディーゼルエンジンの回転数が上げられていった。
 発電された二万キロW以上の電力が巨大なモーターを回転させ、二軸のプロペラへと伝わり、強力な推進力を発揮し始めた。
 船体に走る振動が身体へと伝わり、阿部二尉の胸に、いよいよこれで南極とお別れかと、感慨が湧き上がる。
 氷上に立ってうらやましそうに手を振る越冬隊に、帰路に就く観測隊員はデッキに立って名残惜しそうにこたえている。
 ギヤが前進に入り、艦がゆっくりと動き出すと船体を包む振動の質に変化が生じた。
 1.5メートルから2メートルの厚みを持つ氷を船体の重量でたたき割る衝撃音が加わったからである。
 砕氷しながらの前進は遅々たるもので、艇速はせいぜい3ノットから5ノット程度だ。しかし、数日かけて氷から抜け出し、氷山の浮かぶ海水上を航行するようになれば、艇速は15ノットへと上がる。
 厚い氷に閉ざされて船が動けなくなることもままあるため、海水に乗り出すのは皆一様にホッとする瞬間でもあった。もはや日本に帰港するまでの障害はほぼなくなったといえる。「しらせ」は安定した艇速を保ちつつ、右方向にかじをきり、一路オーストラリア東岸に針路を合わせた。
 シドニー港で観測隊員を全員下船させた後は、海上自衛官のみのメンバーで横須賀を目指すことになる。

 4月*日……。
 無事横須賀港に入港した「しらせ」は、一週間の滞在の後、おおとうに回航され、そこで、シドニーで下船して空路帰国していた観測隊員と合流した。
 艦に積まれたままの物資や荷物を降ろし、しかるべき場所に輸送するためである。その中には、大量の南極氷が含まれていた。
「しらせ」乗員や観測隊が持ち帰るおみやげとして、「南極の氷」は定番ともいえるものであった。
 阿部二尉も例外ではなく、最後の航海になるらしいと知れ渡ったとたん、三人の友人からおみやげを要求されてしまった。
 彼らが指定した品物には特別の注文が付けられていた。
 ……氷床深くから掘り出した南極の氷。ぎんには、南極の氷で作った水割りを一杯数千円で提供するクラブもあるらしく、その価値を十分知った上でのリクエストである。純白の世界から掘り上げた一片をグラスに浮かべ、太古のロマンを味わおうというのだろう。
 深いところから掘り出した氷のほうが、価値が高まると勘違いしているらしく、友人一同は、氷床深くの氷という条件を付けてきたのである。
 阿部にとって南極の氷は砂漠の砂と同等で、珍しくも何でもなかったが、都会に暮らす者にとっては魅力あふれる一品であろうと重々承知している。
 友人たちとの堅い約束を果たすべく、阿部は、親しくなった観測隊員のひとりに、掘削したものの不要となった氷を融通してほしいと頼み込んであった。
 運用士官に与えられた任務のひとつに氷の管理が含まれているため、別に難しいことではない。
 冷凍コンテナに保存された深層の氷を、観測隊員から約束通りもらい受けた阿部二尉は、大井埠頭で4つの発泡スチロールの容器に均等に振り分け、宅配便で自宅と3人の友人宅に送ることにした。
 こうして、表層の切り出し場から採った通常の氷とは別に、深層に眠っていた氷が、都内とその近郊にある四つの家庭に届けられることになった。


第1章 依頼

1

 202*年、春……。
 池袋駅から北に五分ほど歩き、首都高速の手前を左に折れてすぐのところに建つ雑居ビルは、駅近の好立地にもかかわらず相場以下の賃料が売りだった。戦後すぐの頃に建てられた団地と似た外観の4階建ての壁には、ところどころひび割れが走っている。ここに事務所を構える人間の懐具合がよくなさそうなのは外見からも明らかだ。
 そんなビルの306号室に探偵事務所を構えるまえざわけいは、他の住民の例に漏れず、維持費の支払いに窮していた。
 テナント料を三か月滞納して、いつ立ち退き要請が出てもおかしくない状況である。以前に勤めていた大手探偵事務所から回してもらう下請け仕事が主な収入源とあって、まとまった金の入ってくる見込みはまったくない。いつ廃業に追い込まれるかとおびえる日々を過ごしている。
 部屋自体が、身動きがとれない状況を如実に表現していた。ワンルームの中央には仕事用、飲食用、接客用を兼ねたテーブルがどんと置かれ、動けるスペースが限られている。恵子は、れたばかりのコーヒーをこぼさぬように横歩きしてテーブルに置き、身体をひねって椅子に腰を滑り込ませ、パソコンを開こうとした。
 そのとき、ドアのチャイムが鳴った。
 調査依頼の来客を期待しかけたが、甘い考えはすぐに捨てた。依頼者は事前に必ず電話をよこし、費用等の概要を確認した上で、来訪の日時を予約する。ここ数日間、そのような電話を受けたことはなかった。
 恵子は、椅子に落ち着けたばかりの身体を器用に捻って立ち上がり、玄関へと進んでドアの前に立った。
 魚眼レンズをのぞく前から、廊下に立つ人間がだれなのかわかる。ドア越しであっても気配を感じ取ることができた。
 そこにいるのはいながきけんすけ……、かつて幾度となく肌を合わせ愛し合った男。しかしそれは不毛の愛だった。元をただせば、現在の苦境を作った張本人ともいえる。昨日に電話をもらい、ディスプレイに彼の名前が表示されたタイミングで切ってしまったのは、別れ際の往生際の悪さが脳裏によみがえって胸に痛みを覚えたからだ。
 催促するように二度目のチャイムが鳴らされ、身体をビクッと震わせた恵子の目は、鼻先にある魚眼レンズへと引き寄せられていった。
 小さく丸いレンズを通して眺める風景は球体を描くようにゆがんでいる。その中心にいるのは、思った通り、稲垣謙介だった。
 恵子は、じっと息を詰めて相手の出方をうかがった。魚眼レンズから覗く前に謙介の存在を察知したのと同様、謙介もまたドアの向こうで息を潜める恵子に気づいているに違いない。透明なガラス板を挟んで向い合うようなものだ。
 だからといって、恵子は声を上げることができなかった。
 ……あなたと出会ったこと、すっごく、後悔している。
 別れ際に言い放った言葉は真実だった。その思いは今も変らない。恵子は、そろそろと後じさりしてドアから遠ざかっていった。いくら生活が困窮しているとはいえ、よりを戻す気にはなれない。
 離れていくのを察したのか、謙介はドアをコツコツとたたいてきた。
「恵子、お願いだ。話だけでも聞いてくれないか」
 隣近所に筒抜けになるのを恐れて声を抑えたつもりだろうが、焦りと、ささくれ立った心のせいでトーンが高くなっていく。
 謙介は、誠実さを押し出しつつ、ゆっくりと語りかけてきた。
「ドアの隙間に手紙を挟んでおくから、読んでほしい。読んでみて、興味があるようだったら、じかに、話を聞いてもらえないか。きみにとって、決して悪い話ではないと思う。路地から大通りに出た角にコーヒーショップがある。そこで待っている。一時間は待つつもりだ」
 要件を伝え終えた謙介がその場から立ち去ろうとするのがわかった。廊下に響く足音は徐々に小さくなり、階段ホールを過ぎたあたりで消えた。
 恵子は魚眼レンズで不在を確認してから、そっとドアを開いた。廊下にだれもいないことを確認すると同時に、ドアの隙間から白い封筒がはらりと落ちてきた。恵子は封筒を拾って表と裏を確認した。表に「前沢恵子さま」、裏に「稲垣謙介」とだけ記されてある。恵子は封を切って一枚の便びんせんを取り出し、顔の前で広げた。
 一読して、謙介が来訪した目的が理解できた。
 速足で部屋に戻った恵子は、洗面台に立って鏡に写る自分の姿をチェックした。日焼け止めクリームを塗った程度のすっぴん顔は、シングルマザーの生活苦をにじませつつも、野性的で美しい。さらに引き立てようと軽くメイクをほどこし、地味な部屋着を脱いで春めいたワンピースに着替え、サンダルをつっかけて外に出た恵子は、謙介が待っているコーヒーショップに向った。
 指定された店に入る前に腕時計を見たところ、手紙を読んで十分も経過していないのがわかった。一時間は待つつもりでいると言い残した謙介の言葉を信じれば、彼はまちがいなく中にいる。店内に入りながら顔を巡らせた恵子は、窓際のテーブルに彼の姿を認めつつ、そのままカウンターへと進んでホットドリンクを買い、謙介の前に座った。
 三年ぶりで見る懐かしい顔には歳相応のしわが刻まれていた。
 口を開いたのは恵子が先だった。
「罪滅ぼしのつもり?」
「開口一番それかよ」
 謙介は苦笑いを浮かべた。
 ダブル不倫の関係にあったにもかかわらず、謙介のほうは社会的制裁を受けず、これまで通り、仕事と家庭の両方を維持できているのに比べ、恵子は、大手出版社の職と家庭を同時に失い、どうにか娘の親権だけを死守して食うや食わずの苦境に陥っている。その不公平な結末を思えば、救いの手を差し延べて、罪滅ぼしをしたくなるのも道理……、恵子は謙介の心理をそう推測したのだ。
 抹茶ラテを一口すすって、恵子は悠然と口をとがらせる。
「さっきは、またストーカーが来たかと、ビクビクしたわ」
 別れ際に謙介が演じた無分別な行為はストーカーさながらであった。
「ストーカーだけは勘弁してくれ」
 女にもててきたという自負があるだけに、謙介は、ストーカーの称号にだけは我慢ならないのだ。
「わかった。蒸し返したりしないから。さ、ビジネスの話をしてちょうだい」
「大まかなところは手紙に書いたとおりだ。どう、やる気ある?」
「どんな仕事も断らないのが、わたしの流儀なの」
 のどから手が出るほど仕事を欲しがっているのを隠して恵子ははったりをかませた。
「わかった。じゃあ、引き受けてもらえるという前提でしやべるから、聞いてほしい。以前にも話したと思うんだが、おれの幼みの親友に、そうとしひろという男がいた……、覚えているかい?」
「医者の卵だった人でしょ」
「そう、敏弘は当時、研修医を終えようとする頃で、基礎医学の道に進もうとしていた。話は少し長くなるが、我慢して聞いてくれ。事の発端は、今から十五年前にさかのぼる……」
 そう前置きして謙介が語り始めたのは、十五年前の梅雨時に彼の自宅で持たれた、敏弘との飲み会の様子だった。

2

 201*年、初夏の夕暮れ……。
 高校の教職に就いて四年目に入り、教師という職業にも慣れてきた頃、実家暮らしの謙介は、幼馴染みの親友、麻生敏弘の訪問を受けた。
 リフォーム前の、古めかしくだだっ広い和室の座卓に、酒や料理を並べ、ふたりは小学校中学校時代の思い出話に花を咲かせた。
 謙介と敏弘は、小学校から大学までの一貫教育を看板とする学校の同期である。
 理学部に進学した謙介に対し、医師の家系の三代目となる敏弘は親の期待通り医学部に進んで、基礎医学の探求へと興味の矛先を向けていた。
 お坊っちゃん育ちを隠すためか、わざとしんらつな態度を取るところがあり、人を気遣う素振りとは無縁で、ぶっきらぼうな印象を与えるが、なぜか謙介とはうまが合い、小学校時代からの友情が途切れたことはなかった。見え透いた優しさを嫌う謙介は、敏弘の核心を突く正直な物言いが気に入っていた。
 和気あいあいとした飲み会であったが、時間が経つほど敏弘の飲み方が破滅的になっていくように感じられた。会話を楽しむための酒が、悩みごとからの逃避を目的とする酒に変りつつあった。
 夜も更け、当然、泊まっていくのだろうと、今夜の予定をくと、敏弘は「帰る」と言う。
「泊まっていけばいいじゃないか」と勧めても、「いや、車で来たから」と譲らない。
 深酒で運転できるはずもなく、「代行を呼ぶつもりなのか」と問い詰めると、「運転手役の女が外で待っている」と平然と答えた。あきれて時計を見ると、飲み会が始まってから二時間が経とうとしている。
 ……その間、敏弘は、車の運転席に彼女を座らせたまま待たせていたというのか。
 慌てて表に出た謙介は、道の膨らみに停められたBMWに近寄り、運転席に座る若い女性に声をかけ、敏弘の代わりに謝った。
「すみません。気付かずにいて。もしよかったら、上がってお茶でも」
 女はぺこりと頭を下げ、力なく笑いながらドアを開けて表に出た。
 すると、敏弘がいつの間にか現れ、謙介と女の間に割って入って不機嫌な声を上げた。
「余計な気遣いは無用、ほっとけ」
「そんなわけにはいかない。おまえはもっとレディに優しくしたほうがいい」
 それを聞いて謙介に好印象を抱いたのか、女はバッグから取り出した名刺を差し出してきた。
「わたし、なかざわゆかりと言います」
 敏弘はそれを見逃さず、「今さらそんなものを渡してどうする」と渋面をつくり、ゆかりの手を払って名刺を叩き落とした。
 気まずい雰囲気が流れる中、敏弘は、「ごめん、白けさせてしまったな」とぎこちない笑顔を見せ、「また来るよ」と言い残し、ゆかりの運転する車で帰っていった。
 走り去る車を見送ってから、謙介は路上に落ちていた名刺を拾い上げ、名前や肩書きを見ないままポケットに入れた。
 謙介がゆかりと会ったのはその一度きりである。

 一週間後、謙介は、またも敏弘の訪問を受けることになった。
 日を置かずしての訪問には、前回に言い出せなかったことを伝えようとする意図が見え隠れした。
 案の定、会った早々から、敏弘は「いやー、参ったよ」としきりにめ息を漏らした。
 口振りから、女性関係のトラブルに巻き込まれたらしいとわかり、謙介は勘を働かせて、「彼女は元気か」と、それとなく中沢ゆかりのほうに話を振ったところ、「できちまったかもしれない」と、低い声が返ってきた。
 思った通りだった。
 おそらく一週間前から生理が遅れるかして妊娠の兆候が懸念されていたのだ。
「どうするんだ」
 妊娠が判明した場合の身の振り方を尋ねたところ、敏弘の口から前時代的な表現が漏れた。
「島流しにしようと思う」
「島流し?」
 謙介は思わず、すっとんきような声で聞き返していた。
「ああ、スタイルは抜群だし、かわいいんだが、あいつ、ちょっとおバカなところがあってな。入信している新興宗教の教義を説明しようとして、おれに自作のイラストを見せたことがあるんだ。金色に光輝く太陽の下で樹木がみずみずしく育ち、幹の下に寝そべる男女の傍らでは子どもたちが遊び、さらにその周囲では虎やライオンが優しげなまなざしを注いでいる……、自分で描いた幼稚な絵の構図はざっとそんな具合だった。楽園だとさ。イラストに描かれた夢の楽園には、病気や老い、死や闘争など、何のトラブルもなく、永遠に、幸福な人生が送れるというんだ。
 みんなで手を取り合って理想郷を創り上げることが、ゆかりが入信している新興宗教団体の理念だった。バカバカしくて、笑っちまったよ。何のトラブルもない世界で永遠に生き続けるのが、拷問に等しい行為であると、わかってないんだ。まともな人間ならわかる。人間にとってもっとも我慢ならないのは『退屈』だって。
 だから島流しにしようと思う。自分たちだけの理想郷を創るのに、もっとも相応ふさわしい場所にな。
 どこかって? 第六だいさ。東京湾のど真ん中にあり、摩天楼をへいげいして、樹木や珍しい植物が繁茂する原生林に覆われ、東京都によって上陸が禁止されている無人島……、元はといえば、外敵の侵入を防ぐため江戸幕府によって築かれた砲台で、無用の長物そのもの。まさに、楽園を創るのにぴったりの場所じゃないか。根無し草の住む場所としてこれ以上相応しい場所はない」
 ほろ酔い加減での告白を、謙介は言葉通りに受け止めたわけではなかった。自分の子をはらんだかもしれない恋人を無人島に島流しにするなどという妄言は正気のとは思えない。露悪趣味が高じた末の悪い冗談ととらえ、苦笑いを漏らす謙介ではあったが、多少の真実も含まれているような気がしてならなかった。
 結局、どこまでが本当でどこからが噓なのか、真偽を確認できぬまま、事のなりゆきはうやむやになる。
 その一か月後、敏弘は劇症型溶血性レンサ球菌感染症にかかって命を落としてしまったからだ。

 ところがつい最近になって、十五年ぶりに敏弘の父である麻生しげるから連絡を受け、相談に乗ってほしいと持ち掛けられて訪れた豪邸で、謙介は久し振りに、麻生繁、祥子しようこ夫妻に再会することになった。
 繁と祥子は、八十四歳と七十八歳という実年齢以上に老け込んでいた。
 特に祥子の老化は激しく、老いてますます元気な昨今の老婦人とは大違いであった。
 肌に張りがなく、目尻には深い皺が刻まれ、首筋の皮膚はたるみ、訪れるたびに笑顔で迎えてくれた顔からは生気が消え失せている。三十五歳にしてようやく授かった一人息子を亡くした悲しみが、十五年間かけて身体の隅々に染み渡り、老いを早めたのだ。
 繁もまた、たったひとりの跡継ぎを独身のまま失った失意に沈み、身体が一回り小さくなったように見えた。
 ところが、送り主不明の花が届けられたことにより、希望をなくした夫婦に細い光明が差すことになる。
 花の宅配業者から花束を受け取り、首を傾げながら祥子が送り主を尋ねたところ、言われた名にまったく心当たりがなく、何かの間違いではないかと訴えたが、送り先の住所に間違いはなかった。
 伝票にははっきりと「麻生繁、祥子」と夫婦の名が並んでいた。
 不審をぬぐえないまま、花束を花瓶に差していた祥子は、鮮やかな赤い花びらを持つフリージアが三月の誕生花であることに気付き、誕生日を祝うための花束ではないかと思いついた。
 ただ、その日は繁と祥子の誕生日とかけ離れていて、十五年前に亡くなった敏弘の誕生日とも二か月ズレていた。
 そんなとき、フリージアの甘い香りに刺激されて脳内にインスピレーションが流れ込み、ある仮説が芽生えた。
 ……自分には孫がいる。花束は孫の誕生日を祝うためのものではないか。
 敏弘は、深い付き合いのあった恋人を妊娠させたままってしまったのではないか。恋人は敏弘の死後、たったひとりで子を生み育て、彼女自身か、その経緯を知っている者が、こっそり花束を送ってきたのではないか。
 こうあって欲しいという願望が先走り、妄想は次々に膨らんで、孫がいるという仮説は確信に変っていった。
 そして一晩寝て起きた翌日に、夢のお告げで孫の性別を知らされる。
 ……女の子。
 初めのうち妻の訴えを半信半疑で聞いていた繁は、これまでに幾度となく祥子が不思議な力を発揮して未来を予測した事実を思い出し、真剣に耳を傾けるようになっていった。血を分けた孫がいるとすれば、老い先短い命であっても、生き方には明確な目的が生じ、莫大な遺産の処し方も変ってくる。
 本当に孫が存在するか否か、是が非でも確認しておかなければならない。
 こうしてふたりの願望は一致して、謙介が呼ばれることになった。
 小学校からの幼馴染みで親友の謙介なら、敏弘の恋人について何か心当たりがあるのではないかと、わらにもすがる思いで電話をかけたのだった。
 応接間の革張りのソファに向い合って座り、謙介は、死の一か月前に敏弘から聞かされた言葉を、そっくりそのまま麻生夫婦に伝えた。
 中沢ゆかりという女性を妊娠させた揚げ句、東京湾に浮かぶ第六台場に島流しにするという息子の妄言を聞いて、眉をひそめる祥子に、謙介は慌てて解説を加えた。
「いえ、言葉通りに受け取ってはいけません。あいつは昔から露悪的なところがありました。いかにも育ちの良さそうな外見や、お行儀のいい優等生への反発があったのでしょう。自分の行動にわざと毒を盛って、人を驚かそうとするのです。根はいい奴なんですが、優しい人と言われるのが大嫌いでしたから……。第六台場に島流しにするというのは何らかのたとえです。ぼくの勘では、子を生んで、育てられるような特別の場所を用意して、環境を整えようとしたのではないか……、近くにあって遠い場所……、灯台下暗しの意味を込めて第六台場と言い換えたような気がしてなりません」
 繁は、納得したように大きくうなずいて、謙介に尋ねた。
「謙介くんは、中沢ゆかりさんが敏弘の子を生んだと、確信していますか」
「わかりません。でも、可能性は否定できないでしょう」
 繁と祥子は顔を見合わせて互いの意志を確認した後、謙介に深く頭を下げてきた。
「お願いします。もし、いるのなら、孫を見つけてください」
 謙介は思わず人差し指を自分の鼻に当てていた。
「ぼ、ぼくがですか?」
 一介の高校教師に、十五年前に生まれたかもしれない子どもの居場所を突き止める技量はない……、そう言いかけて思い出したのは、前沢恵子の顔だった。
 出版社を辞めてから、恵子は、雑誌記者時代に培った取材力と人脈を買われて探偵事務所に転職し、そこで経験を積んで個人事務所を開いたばかりと聞いている。不倫調査を主体とする探偵業の中にあって、人探しもそこそこの比重を占めているため、専門の技量を身に付けているはずであった。
「ぼくには無理ですが、人探しを得意とする探偵に心当たりがあります。ひとつ、その人に正式に依頼してみてはいかがですか」
 謙介は、恵子の能力を誇大に宣伝した上で、彼女を強く推薦した。
 繁と祥子は、再度顔を見合わせてから正面に向き直り、頭を下げた。
「ぜひ、お願いします」
 これまで探偵に調査を依頼したことがなく、どのくらい費用がかかるのか見当がつかないと、繁は困惑の表情を浮かべるのだが、謙介もまた調査費の相場に不案内であった。
 逆に、繁がどこまで出せるのか、おおよその予算額が分かれば、あとは交渉次第となるに違いない。
「たぶん、調査費は着手金と成功報酬の二本立てになると思います。逆に、いかほどまでなら出せると、考えてますか?」
 繁は、ちゆうちよなく、調査に費やすことができる最低額を口にした。
 数字を聞いて、謙介はゆっくりと目を閉じ、心に念じた。
 ……これで罪滅ぼしができる。

3

 コーヒーショップのテーブルに座る恵子に、十五年前の敏弘にまつわるエピソードと、一週間前に麻生家を訪問した経緯を語り終えた謙介は、相手の意向を見極めようと上半身を倒して顔を近づけた。
「どう、引き受けてくれるかい?」
 事の次第を飲み込んだ恵子は即答した。
「もちろん」
 承諾の言葉を聞いて、謙介はバッグから一枚の名刺を取り出して恵子に渡した。
 恵子が目を落とした先の名刺には、「中沢ゆかり」と名前が記載されていた。
 とりたてて変った名前でもなかったが、所属する団体名はちょっとユニークである。
「夢見るハーブの会」
 新興宗教らしき名の下には住所と電話番号が添えられている。
 十五年前に本人から手渡された名刺が、調査を始める上で最初の取っ掛かりとなるはず……、謙介はそう確信して名刺を手渡したのだろうが、正にその通りだった。
「名前と、当時の所属がわかっているなら、そう難しい案件でもなさそうね」
 恵子は、これはおいしい仕事かもしれないと期待を抱いた。
「ところで、きみの場合、着手金はいかほどかな?」
「相場通りなら、百万というところかしら」
「麻生さんが想定しているのはそんな額じゃない」
「わかった。じゃ、八十万にまけてもいい」 
 謙介は、唇をめてから顔をゆっくりと横に振った。
「逆だよ。麻生さんが提示した額は、一千万。成功報酬はさらに同額とプラスアルファ……」 
恵子は、手で摑んだ抹茶ラテの容器を顔の前で止め、半開きの口から溜め息混りの声を漏らした。
「一千万……、プラスアルファ……」
 人探しの報酬としては破格の額である。
「プラスアルファというのは、首尾よく孫に会えた場合、気分次第で、成功報酬が天井知らずに跳ね上がるという意味らしい」
 恵子は、同じポーズのまま、まばたきだけを繰り返した。たっぷりと数十秒かけて数字をみ締めた後、口をついて出たのは、脈絡を欠いた質問だった。
「わたしのこと、誰から聞いたの?」
「え?」
「あなた、出版社を辞めたあと、わたしが探偵業に身を転じたなんて知らなかったはずでしょ」
「きみの職場の後輩であり、おれの大学時代の後輩でもある、づきゆうからだよ。もとはといえば、おれたちが知り合ったのは、有里たちとの飲み会だった」
「わたしと別れたあとも、有里とは連絡を取り合っていたわけね。それで、わたしの近況を聞いていた。でも、なぜ?」
「なぜって……、きみの境遇が気になったからに決まってるじゃないか」
「女は、別れた男の近況なんて、まったく気にしないわ」
「それは……、人によりけりじゃないのか」
「見守っていてくれたの?」
「ま、そう受け取ってもらって構わない」
 たっぷり十秒の間をおいた後、恵子は頭を下げた。
「さっきは、ストーカー扱いして、ごめんなさい」
 謙介は、深々と頭を下げる恵子にぜんとして、笑い声を漏らした。手の平返しのあからさまなひようへんがおかしかったに違いない。
「エゴだよ、エゴ……、恩に着せるつもりは毛頭ない。きみの身を案じてというより、負い目を帳消しにしたいという自分本意の行為なんだから、気にするな」
 謙介は恩を売ろうともしないで、自分のエゴと言い張り、恵子が負う貸し借りの負担を減らそうとしているのだ。
「ありがとう」
 感謝の念とともに恵子の目から涙が溢れてきた。
「そんなことより、近いうちに、麻生家に案内するよ。麻生夫妻から直に話を聞き、正式に契約を交わすといい」
「うん。よろしくお願いします」
 恵子は手の甲で涙を拭いながら何度も頷いた。

4

 その翌々日、孫探しの業務を正式に引き受ける契約を結ぶため、恵子は謙介に伴われて麻生家を訪れた。
 総ガラス張りの窓から庭を眺める応接間に通され、麻生夫妻と向い合ってソファに座った恵子は、調査が今後どのように進むのかを説明した上で報酬の額を確認した。
 大方のところ事前に聞かされた通りである。 孫の存在が否定された場合はそこで調査は打ち切りとなり、報酬は着手金のみとなるが、孫の存在が判明してその子との会合が実現した場合は、着手金と同額が成功報酬として支払われる。契約書に明記されないものの、気分次第でボーナスが加算されるのは、口ぶりから間違いなさそうだ。
 通常の人探しの相場をはるかに超える数字のせいで、契約書にサインする恵子の指は思わず震えた。
 印鑑をつき、隣に座る謙介に心の中で「ありがとう」とつぶやいたとき、家政婦に案内されてがっちりとした体格の男がにこやかな笑みを浮かべて応接間に入ってきた。
 ソファに座る四人の視線が一斉にその男へと注がれた瞬間、応接間を包む空気が一変して堅苦しいムードが取り払われていった。
 男の服装は身体にフィットした白のTシャツと濃紺のジーンズというラフなもので、布地に隠されていても筋肉の隆起が見えるようだった。全身から放たれる生命力に加え、笑顔は柔和で、人を引きつける魅力に溢れている。
 恵子は、いつもの癖を発揮し、紹介される前にこの男の職業を言い当てようとした。
 ……ガテン系、スポーツジムのトレーナー、いや、医学部教授の家系である麻生宅に招かれるのだから大学関係者の線が濃い。大学ラグビー部のコーチ、あるいは体育系の教員といったところか。
 男は、麻生夫妻に深々と頭を下げ、謙介には軽く片手を上げて「ヨッ」と気さくに声をかけた。
「わざわざお呼び立てしてすまないね」
 そう言いながら、繁は恵子の斜め前のソファに座るよう片手を開いた。
「ご無沙汰してました。ここに来るのは十五年ぶりです」
 十五年前……、それは麻生家のひとり息子が亡くなった年である。
 繁は恵子に向き直って男を紹介した。
「こちらはつゆしんくん。母校の理工学部で物理学を教えています。医学部時代の敏弘の二年先輩で、敏弘が兄のように慕っていた方です」
「はじめまして。探偵の前沢恵子です」
 名乗りつつ名刺交換した恵子は、手渡された名刺に記された大学名と講師の肩書きに目を落とし、職業当てクイズの答えが半分当たっていたことにホッと胸をでおろす。
 大学関係者と見抜いたのはともかく、専攻の物理学を言い当てるのは到底ムリであったと認めざるを得ない。
 繁はこの場に露木眞也を招いた理由をとつとつと恵子に告げた。
 人探しにおいては、ターゲットの交遊関係や成育歴などが重要な手掛かりとなる。そこを基点に人間関係の輪を広げて取材を行えば、真相に到達するチャンスが増えるだろうと、人探しの調査がやりやすくなるよう、繁はいち早く露木を恵子に紹介することにしたのだという。
 敏弘の同級生の謙介が、小中高校時代の彼を語る上での情報提供者だとしたら、医学部の二年先輩で実の兄弟のように懇意にしていた露木は、大学時代以降を語る上でその任を負うことになる。
 麻生夫妻、謙介、露木の四人が交わす雑談で明らかになったのは、医学から物理学へと研究対象がれて物理学講師になるまでに辿たどった露木の異色の経歴だった。
 露木は、数学の才能を生かして、宇宙と生命の不思議を物理的なアプローチで解明する道に乗り出そうと決意し、T大学物理学科大学院で素粒子物理を学び、プリンストン大学に留学して博士号を取得後に帰国し、大学に研究職を求めようとした。
 ところが、相次いで発表した三本の論文に論理的な飛躍があると批判を受け、「科学者」「トンデモ系科学者」のらくいんを押されてしまう。
 世界的な権威を持つ科学雑誌に掲載されたわけではなかったが、現代科学の主要パラダイムに真っ向から反旗を翻す内容に同業者は恐れを抱き、身の保全を優先して露木から離れ、リクルートの手を差し延べようとする先達はだれひとりいなくなってしまった。
 孤立無援に陥った露木は、正統派の物理学者となる道をあきらめるほかなかった。
 現在、母校の理工学部で物理学講師を務めながら、本の執筆を主体に生計を立てているが、親から引き継いだ遺産のおかげで生活に困る身分ではなく、大学での講義や本の執筆は、生活費を稼ぐためのものというより、労働と研究から充実感と喜びを引き出すための手段に過ぎないという。
 著作は十数作を数え、ベストセラーになった作品もあるというので、さっそく取り寄せて読んでみようと恵子は思う。
 麻生家を辞すまでの間、恵子の視線は幾度となく露木に吸い寄せられていった。仕事を成功に導くためには、この先、露木と会う回数はいやが上にも増えるはずである。
 どんな会話が持たれるのかと、恵子は好奇心を膨らませた。
 露木が醸し出す雰囲気は普通の男性と一線を画している。その口から吐き出される言葉は刺激に満ちたものになるに違いない。専門の異なる人間との交流は、知識の幅を広げて成長を促してくれるだろう。
 敏弘の子を妊娠したかもしれないターゲットのフルネームと当時の所属がわかっている上に、敏弘の大学時代以降に詳しい協力者を得て、恵子の脳裏に「簡単に解決する案件かもしれない」という甘い期待が生じかけた。
 と同時に、「待て」という警告の声がの奥から湧き上がる。
 仕事の依頼主は上品で人の良さそうな老人で、破格のギャラにもかかわらず強圧的なところはまったくなく、自ら進んで調査への協力体制を整えてくれる……。
 あまりにも話ができすぎているのだ。
 恵子の耳に今は亡き父の声が蘇る。
「話がうまく進んでいるときこそ、最悪の事態を考えろ」
「希望的観測を抱いてはならない。いくら望んだところで、事態は思う通りに進んではくれない」
 ノンキャリアながら神奈川県警の警視まで出世した父の人生訓は、コツコツと実績を重ねる過程で身についたものだ。
 雑誌記者時代も、探偵になってからも、ときどき父の言葉が蘇って自戒を促すことがあった。
 うまい話の先には、一度まったら抜け出せなくなるかんせいが横たわっていることが多い。
 ここでいう陥穽とは、何か恐ろしいことに巻き込まれてしまうこと……。
 女の力では到底制御できそうにない露木の存在感が、逆に、不安をかきたてるのだ。彼の身体には相手の意志を無視して巻き込む力がみなぎっているように見える。頼りになりそうでいて、案外こういったタイプが危険人物になり得るのかもしれない。
 恵子は窓の外に広がる庭に顔を向けて、露木の横顔から視線を逸らせた。
 初夏を目前とする季節とあって、池を取り囲む木々の緑は瑞々しく、濃密な葉群はその重みのせいで応接間のほうに頭を垂れ、中央に立つ高い木の幹に寄り添うもみじの枝はガラス窓のすぐ手前にまで迫っていた。
 恵子は、ふと「監視されている」という気配を感知した。
 強引さとは無縁の、無害で優しい存在の代表格である植物を見て不安を抱くのは初めての経験だった。植物の群れがことさらに身を乗り出して自分のほうに迫る様が、「人間たちが集まって何を話しているのか」と、応接間の会話に聞き耳を立てる姿に重なった。
 そのとき、旧知の人々との会話から離れて露木の上半身が恵子のほうへと傾き、耳元に彼の声が届けられた。
「よく手入れの行き届いた庭でしょう」
 恵子の視線を追って庭に顔を向けた露木は、植物が見事に配置された庭の美しさを褒め、同意を求めてきた。
「ほんと、素晴らしいですね」
「ユビキタスという言葉をご存じですか」
「ユビキタス……、あまねく行き渡る……」
「そう、どこにでもいるということ。ぼくは、ユビキタスという言葉に触れるたび、植物を連想してしまうんです。地球生命全重量の99.7%を占める植物に対して、動物の重量はわずか0.3%に過ぎない。人間の重量なんて、さらにその一部……。地球生命のほぼすべては植物で占められている……、いざとなったら、逃げ切れるものではない」
 意味深な露木の言葉を恵子は無言で受け止めた。
「敏弘の人生を語る上で、植物は重要なキィワードになります。近いうち、ゆっくり話しましょう」
 露木はそう言い置いて背筋を伸ばし、旧知の人々との会話に戻っていった。
 取り残された恵子の耳にざわざわと葉擦れの音が入ってきた。
 庭のほうに目をやると、池の水面を渡るそよ風がガラスの隙間から吹き込んで、レースのカーテンを揺らしているのが見えた。
 恵子の耳に、葉擦れの音は、植物の笑い声と聞こえた。

5

 麻生家を訪れた翌日の朝に銀行を訪れ、預金通帳に記帳して入金を確認し、滞っていた支払いを済ませて事務所に戻った恵子は、チラシに混ってとうかんされた一通の封書を集合ポストに発見した。
 恵子は、送り主の名を見ながらドアを開け、事務机の前にすわるやいなや、封書を乱暴に投げ出していた。
 読まずとも中身は知れている。
 いつもならすぐにゴミ箱行きとなる封書であったが、心の余裕から「どれひとつ文面をじっくり読んでやろう」という気が湧き起こり、封を破った。
 思った通り、中から出てきたのは、三か月滞納した家賃の督促状だった。
 ご丁寧なことに、契約書のコピーと、これ以上家賃を滞納した場合は法的手段に訴えますと、脅し文句を並べた手紙が同封されていた。
 ついさっき、来月分と合わせて四か月分の家賃を振り込んだばかりなので、督促状は行き違いである。
 恵子の口から思わず悪態が飛び出していた。
「バーカ」
 それだけでは足りず、会ったこともない大家の顔を勝手に思い浮かべて「ボケ、カス、ハゲ」と口汚なくののしってから、手紙を粉々に破いてゴミ箱に放った。
 子どもじみた行為にちようの笑いを漏らしつつも、危ない局面を切り抜けたというあんが湧いた。
 こんな奇跡が現実に起ころうとは夢にも思わなかった。
 生活が困窮した原因を作ったのは元はといえば謙介である。いや、正確には、探偵を雇って不倫調査に乗り出した謙介の妻というべきか……。
 調査結果を持って乗り込んだ謙介の妻が、上司に激しく抗議したせいで、恵子の不倫は週刊誌編集部内に知れ渡ってしまう。
 普段から芸能人の不倫を暴いて部数を稼いできた週刊誌にとっては由々しき事態であった。ライバル週刊誌のじきとなる前に先手を打つべしという、編集部内の機運の高まりに抗し切れず、恵子は、安定した給料の保証された出版社を退社せざるを得なくなる。
 次の就職場所を探すことになった恵子に、リクルートの手を差し延べてきたのは、調査した側の探偵社の女社長であるむなかたのりだった。
 週刊誌記者の経験と父が元神奈川県警の警視という家庭環境が有利に働き、探偵業はきっと肌に合うからと太鼓判を押され、もう出版社はこりごりと、別の業種をリサーチしていた恵子は、宗像の申し出を受けて探偵業にくらえすることになる。
 宗像の言った通り、聞き込み、張り込み、尾行など、週刊誌記者と探偵の業務には似たところが多々あって、恵子はめきめき頭角を現し、経験を積んで独立開業への道を歩き出した。
 ところが現実は甘くなかった。探偵社を立ち上げてすぐ軌道に乗せた宗像と異なり、恵子への調査依頼はさっぱりで、大手からの外注を時給千五百円で受けてこうしのぐという苦境がここ半年ばかり続いていた。
 そこに現れたのが困窮の原因を作った謙介であった。
 地獄へと叩き落とした張本人が垂らすの糸にしがみつき、どうにか窮地から抜け出すことができたのだから皮肉なものだ。
 麻生繁から振り込まれた額は一千万円ではなかった。
 消費税が上乗せされて一千百万円という数字が並んでいた。
 これまでプラスマイナスのラインを行き来していた通帳残高が、滞っていた諸経費の支払いを済ませた後も、まだ一千万を超えている。
 ぜいたくをしなければたっぷり一年間は食いつなげる額だった。おまけに、成功報酬が入って、通帳の記載額はさらに跳ね上がるかもしれない。
 恵子は、取らぬ狸の皮算用を戒めつつ、関係資料を納めたファイルから一枚の名刺を抜き取った。
「夢見るハーブの会  中沢ゆかり」
 肩書きと名前の下に記載された電話番号をプッシュする前に、恵子は、ノートに今日の日付と現在の時刻を書き込んだ。
 調査費用の額と連動するため、一件の調査に要した日数と時間はしっかり記録しておく必要がある。
 記載された電話番号が、中沢ゆかりのものか、「夢見るハーブの会」のものか、わからないまま数字をプッシュしたところ、受話器から落ち着いた女性の声が流れてきた。
「この番号は現在使われておりません。番号をお確かめの上、おかけ直しください」
 十五年前の名刺である以上、予想された結果でもあった。
 電話一本でいきなり中沢ゆかりに到達できれば、まさにれ手であわであったが、甘い期待は軽くいつしゆうされてしまう。
 恵子は焦ることなく、これからやるべき調査の道筋を、ざっと頭に描いてみる。
 手掛かりはふたつある。中沢ゆかりという個人名と、「夢見るハーブの会」という団体名だ。
 名簿屋にコンタクトを取り、中沢ゆかりの以前の住所が判明すれば、住民票から戸籍謄本の入手へとこまを進めて、現住所どころか、非嫡出子の有無までわかるかもしれない。一般の人間が他人の戸籍謄本を取得するのは不可能だが、じやの道はヘビ、プロの探偵にはお手の物である。
 その作業を今日の午後にやるべき仕事と位置づけた上で、昼までの時間を使って「夢見るハーブの会」を調べようとパソコンを起動させた。
 名前をネット検索にかけるとすぐに何件かヒットした。
 次々に読み飛ばしていくうちに会の概要が知れてくる。
 一般的に薬草がハーブと呼ばれることからも、ゆかりが所属していた集団は植物を主に扱っていたようである。
 カルト集団とドラッグとの関係は深く、ネットの掲示板には、薬草の成分を摂取させて信者たちをトランス状態に陥らせ、洗脳を施し、布教していたというぼう中傷も散見された。
 しかし、元はといえば、自然農法を推奨する「自然智教会」内の一派が、教会の強引な布教活動を批判した末、素朴な本義に戻るのを旨として分離独立した団体であった。穏健な教義をモットーとして、近隣住民とのトラブルもなく、女性信者のみ集まって細々と運営されているという書き込みのほうが圧倒的に多い。
 ところが、検索を進めるうち「集団自殺」というけんのん極まりない件名が連続してヒットし、恵子は思わず手を止めていた。
 十五年前の七月、敏弘が死んだのとちょうど同じ頃、本部施設内で共同生活を営む教団幹部数名が集団自殺して、自然消滅してしまったという記事が掲載されているのだ。
 恵子の記憶に、十五年前のミニカルト集団死事件はうっすらと残っていたが、まさか中沢ゆかりが所属していた教団であるとは思いも寄らなかった。
 さらに検索を進めると、事件に関する克明なドキュメンタリーが発刊されているのがわかった。
 本の著者はノンフィクション・ライターのうえはらのぶゆき、著作名は「カルト集団死の謎」とある。
 本の購入手続きへと進んでカスタマーズ・レビューを読んでいくうち、恵子は、午後の計画を見直そうかと思いついた。
 カスタマーズ・レビューの評価は概ね好評で、扱われている事件への興味がかきたてられたからである。
 ……集団自殺か、事故等による集団死かの判別は不明で、事件の原因はいまだ謎に包まれている。
 ……教団施設で集団死に到るまでの描写は凡百のホラー小説を凌駕りようがするほどの迫真性に富んでいる。
 ……現場となった家屋は現在も無人のまま放置されている。
 ネットに載っていた住所と名刺の住所は一致している。地図で確認したところ、現場となる教団施設は、池袋を起点とする私鉄沿線の駅から歩いて十分程度のところにあるとわかった。
 片道三十分もかからない距離という位置関係も手伝って、無人の廃屋の外観だけでも見ておきたいという願望が、むくむくと頭をもたげてきたのである。

 池袋駅の地下街でランチをとってから私鉄に乗り、九つ目の駅で降りて十分ばかり歩くうち、目的の住所に近づきつつあるという実感がひしひしと迫ってきた。
 近づくほどに、空気に含まれる微細な粒子が増え、甘い香りに鼻の粘膜がむずむずし、恵子は立ち止まってくしゃみをひとつした。スマホの地図アプリによれば、既に目的地付近にいるのは明らかだった。
 ぐるりと周囲に顔を巡らせてから、住所を確認し、顔を前方に固定させた。
 目の前にあるのは、こんもりとした小さく美しい森のように見えた。
 ボロボロの外壁、崩れかけた屋根、うず高く積まれたゴミ……、廃屋という言葉から想起されるイメージと大きく異なっていたため、恵子はわが眼を疑った。
 例年より遅れて咲いた桜もとっくに散り終わった四月中旬、その一角だけ異次元の法則に支配されているかのように、板塀に囲まれた庭に繁茂した植物の群れから一際高く伸び上った数本の桜が、満開の花を散らせていたのだ。
 ねっとりと絡みつくような花の香りが、ところどころがれた板塀の隙間から漂い出て、強く鼻孔を突いてくる。玄関前の石畳を無理に押し分けて伸びる草は、生命力の強さを示して、今にも足首に巻き付いてきそうだ。
 恵子は、空車だらけの駐車場に挟まれ、両側に広いスペースを持つ家の囲りを一周することにした。
 二百坪程度の敷地に植えられた八本の桜から散る花を踏みながら、板塀の内側に目を凝らし、そこにあるはずの家を探す。
 桜のみならず、椿、細葉、松、オリーブ、ソテツなど、鬱蒼と茂る植物が視界を閉ざして、家の外観がなかなか見えない。
 北西の角に立ち、繁茂の薄い部分を見つけて背伸びしてようやく、外壁の一部が目に入った。
 白塗りの外壁の二階部分には、レースのカーテンが引かれた出窓が四つまで確認できた。二階だけで四部屋以上の個室があるとすれば、敷地の中心を占めるのは、総床面積百坪近くある大きめの一戸建てであろうと見当がつく。
 ざっと一周して再度外玄関の前に戻った恵子は、木枠の横に表札を探したが見つからず、手に持ったままの名刺に目を落とした。
 十五年前に謙介はこの名刺をもらっている。ゆかりは、この家で共同生活をしていたメンバーの一員であった可能性がある。
 ここで集団死したメンバーの中にゆかりが含まれていたら、実に残念な結果となる。敏弘の子を腹に抱えたまま、母子ともに死んで孫は存在しない。事の次第を麻生家に報告したところで調査は終了、成功報酬にはありつけなくなる。
 成功報酬はともかく、破格の調査料を自ら提示して困窮から救済してくれた麻生夫婦には大きな恩を感じていて、是が非でも孫の顔を見せてあげたかった。
 今の恵子にとって、調査にまいしんする動機のほとんどは、老夫婦の喜ぶ顔を見たいという点に集中している。
 恵子は、今後、調査のために敷地内に入る必要が生じるか否かを念頭に置いて、玄関横の板塀にできた隙間から庭を覗いた。
 崩れかけた倉庫の横に、数メートル四方で土が盛り上がっている箇所があり、その部分だけが一際丈の高い草で覆われていた。玄関の門扉は取っ手に厳重に鎖が巻かれて施錠されている。正面突破は無理そうだが、ざっと一周した感触から、侵入はそう難しくないと見当がつく。問題は侵入する勇気が湧くかどうかである。信徒が集団死した廃墟はいきよとなれば、おそらく、オカルト好きの若者たちの間に、心霊スポットとしての噂が広まっているはずである。板塀のあちこちに残るこんせきから、既に何組かのグループが侵入しているのは間違いなさそうだ。
 十五年前にこの家で起こった事件の真相究明と、中沢ゆかりの存在が大きく関わっているとしたら、やはり、侵入せざるを得なくなるかもしれない……、と考えただけで、恵子の背筋に悪寒が走った。
 霊感とは無縁の恵子であったが、「場」に残るおんねんの強さと、死んだ人間の数が比例すると思われてならなかった。
 ひとりよりもふたり、ふたりよりも三人……、数が増えるほどに怨念は増幅されてゆくのだ。
 七人が同時に死んだ場所となれば、霊気は濃く渦を巻いてその場から立ち上ぼる。
 花々の芳香に押されて板塀の隙間からようが滲み出てくるようであった。
 繁茂する植物の匂いに刺激を受け、恵子は、かつて読んだ小説のタイトルを脳裏に思い浮かべた。
「桜の樹の下には」
 作者はかじもとろう。文学部心理学科の学生として過ごした大学時代に読んだ掌編である。極めて短い作品ながら、土の下の描写が印象に残っている。
「桜の樹の下にはたいが埋まっている……」という書き出しで有名な「桜の樹の下には」は、桜がなぜかくも美しいのか、その理由が一人称で語られる。
 語り手の「俺」は、桜が美しい理由を聞き手である「お前」にこう説明する。
 らんまんと咲く桜の根元の土中には、馬、犬、猫などの動物に加え人間の屍体が埋まっていて、液状化した腐肉を求めて絡み付いた無数の根毛が、養分たっぷりの汁を吸い上げている……。そして「俺」の目には、樹の幹を縦に走る維管束の中を上昇してゆく水晶のような液が見えるのだと、うそぶく……。
 実際のところ、動物の肉体を構成する成分である窒素、リン酸、カリウムなどは、植物の成長を促進することが知られている。「俺」の考察はあながち間違ってはいない。
 かつて動物の肉体を構成していた要素が、根毛に吸い上げられて樹木を成長させ、やがてその一部になるのだとすれば、「屍体が、いまはまるで桜の樹と一つになって、どんなに頭を振っても離れてゆこうとはしない」という文章が、小説の末尾に置かれるのも頷ける。
 眼球が抜け落ちたがんを通って侵入した無数の根毛が、脳髄の液を吸い上げることにより、人間の想念が植物へと移入されていくのではないか……。
 ……植物と動物の合体。
 板塀よりはるかに高くそびえる木々が、十五年前までここに暮らしていた人々の霊を宿しているように感じられ、恵子は、一歩二歩と後退していった。
 そして、小石が転がる音に反応して身を翻し、駅のほうに身体の正面を向けたとたん、足早に歩き始めていた。
 何モノかに追い立てられる気配が背後から迫り、足はさらに速くなっていったが、恵子は、振り返ることなく歩き続けた。

6

「カルト集団死の謎」が届くとすぐ、恵子はむさぼるように読み進めて、「夢見るハーブの会」の内実と、事件の全容をより詳しく理解しようと努めた。
 ドキュメンタリーは4章仕立ての構成になっていた。

第1章 独立までの道程
第2章 誕生と成長
第3章 崩壊
第4章 残された謎

 第一章において、紙面の大半は「夢見るハーブの会」の母体であった「自然智教会」に対する批判に費やされていた。
「世界神光教会」から分派し、公称信者数三十万人を誇るまで成長した「自然智教会」は、三十年ばかり前の一時期、周辺住民を主体とする一般社会と内部信者からの批判を受け、指導体制の変革を余儀なくされたことがあった。
 批判の大半は、布教活動と献金活動の強引さに集中していた。
 強引な勧誘によるトラブルの頻発や、無理な献金で生活が困窮する信者の増加に嫌気が差して教団首脳部を糾弾する声が高まり、信者の離反が続出した。
「夢見るハーブの会」創立者であるにいむらきよもそのうちのひとりである。
 元はといえば「自然智教会」の広報部でスポークスマンの役職に就いていたが、理想を同じくする同志数名と共に脱会し、独立を模索する道に踏み出す……。
 内紛と離反のくだりが描かれるのが第一章とすれば、「夢見るハーブの会」の誕生と成長の経緯が描かれるのが、第二章である。
 著者の上原の書き方は、新村清美たちの独立を批判するでもなく、中立と客観を維持するものだった。
 新村清美は、年齢不詳の美魔女とうたわれ、実年齢六十歳超えを匂わせながら、三十代といっても通用する肌のいろつやを誇っていた。美しさの恩恵をある植物エキスの摂取のおかげと広言し、「自然食・自然農法」「サイコセラピー」「スピリチュアリズム」のエッセンスを取り入れた教えで女性の関心を集めるのに成功する。
 教祖と幹部信者七人、合計八人が共同生活を営む本部施設内の他に数か所の支所を持ち、在宅の信者約百名、外部に約二百名のサポートメンバーを抱え、組織は女性ならではの柔軟な構造を保っていた。
 思想的バックボーンを「世界神光教会」と「自然智教会」から引継ぎ、最後の審判によって「悪」から「善」への転換が行われて地上の天国が出現するという「楽園思想」と、「心霊主義」の教えを先鋭化させていた。ただし、それは、幹部メンバーのみが共有する世界観であり、在宅の信者やサポートメンバーに強要するたぐいのものではなかった。
 郊外の農地で栽培した野菜や果物の販売も軌道に乗り、順調に成長しているかに見えた会が、悲劇的な事件に見舞われたのは、独立から二十年近く経った201*年7月のことである。
 事件の詳細なレポートである第三章こそ、ドキュメンタリー中のまさにはくだ。
 本部施設で共同生活を送る八人のうち七人が死んだとされる集団死事件の情景は、家屋の外観を見ていることと、上原の的確な筆致とあいって、読んでいくうちに生々しく脳裏に展開され、事件の現場に立ち会ったかのような錯覚を覚えた。
 恵子自身が北西の角に立って眺め上げたフロアの下の広間で、201*年、7月**日、午後4時前後に、事件は起こった。
 惨劇が起こったおおよその時刻がわかるのは、午後三時過ぎに若い男によって花束らしき包みが届けられた事実と、防犯カメラが撮影した映像に時刻が刻印されていたことによる。
 外玄関のところで、若い男の手から女性信者に花束が渡されたとき、家屋の内外に不審な点はまったく見られなかった。
 敷地内にある倉庫の角に設置された防犯カメラが異変をとらえたのは午後四時前後のことである。つまり、三時から四時までのどこかで惨劇の幕は切って落とされた。
 防犯カメラが撮影したのは、惨劇を構成する要素のほんの一コマに過ぎず、その小さな手掛かりから事件の全容を割り出すのは難しい。
 なにしろ、防犯カメラの焦点は外玄関から内玄関を結ぶルートに合っていて、手前の広間にあるふたつの出窓のうち、玄関側のものだけが、ようやくモニターの隅に映り込む程度なのだ。
 上原の筆致は防犯カメラが撮影した短い映像を克明に描写していた。
 突如、出窓が勢いよく開かれ、三十代とおぼしき女性が身を乗り出してきたのがpm4:02 。
 彼女は、窓の外に両手を広げて空を仰ぎ、顔を歪めていった。
 こうこつとももんとも判別できぬ表情が浮かぶ横顔は青ざめ、音声がなくても、荒い呼吸で激しく胸が上下する様が見て取れた。
 胸を叩き、かと思えばかきむしり、息を吸おうとして顔をしかめ、彼女は、出窓に片足を載せて窓枠をまたぎ、庭先に飛び下りてきた。
 着地して身をかがめたタイミングで、身体はいつたんモニターから消え、直後、振り乱した頭髪のみがカメラの下をよぎって、視界の外へと消えていった。
 このとき出窓を越えて庭に降りたのが、幹部メンバーのS子で、彼女の遺体は母屋と倉庫の隙間で発見されることになる。
 S子以外にも、庭で発見された遺体は三体あり、死亡した七人のうち、祭壇のある広間で発見されたのが三人で、残りの四人は窓から飛び下りてしばらく後に、庭のあちこちで事切れていた。
 庭に降りた女性たちは皆、裸足はだしであった。 ドキュメンタリーの中には、家屋と庭の見取り図が載っていて、七人の遺体が発見された場所が人型で示されている。
 恵子は、その位置関係を確認した上で、情景を思い浮かべようとした。
 事件が発生した二十畳敷きの広間は東側に出入り口があり、北側に祭壇、西側には出窓がふたつ並んでいた。
 当日の天気は晴れ……。午後四時という時間帯から、出窓には強い西日が差し込んでいたと予想できる。
 見取り図をちょっと眺めただけで、恵子は、遺体発見場所に偏りがあることに気づいた。広間中央に置かれた座布団から判断して、当初、七人の信者たちは部屋の中央に座っていたと想像がつく。ところが、ある瞬間を境に、一斉に西側へと移動している。そして、ふたりが出窓の壁に寄り掛かるように、ひとりは壁に到達できないまま仰向けの姿勢で、残り四人は出窓から飛び出た先の庭で、息絶えていたのだ。
 なぜこのような行動を取ったのかと、恵子の頭に疑問が湧いた。
 広間の出入り口が東側にあるにもかかわらず、なぜ皆一斉に西側に向ったのか。
 何らかの事情で、家の外に出たいという衝動に駆られたとしたら、東側の出入り口から玄関へと進めばいい……、そうすればせめてサンダルぐらい履くことができたはず……。 ところが七人の信者たちは西側へと移動した……、いや、殺到した。
 この不自然な人の流れを説明しようとして、恵子は、ある存在を仮定してみる。
 得体の知れないモノが、突如、東側の出入り口から侵入してきたら、どうだろう……。そいつはグロテスク極まりなく、人の恐怖を大きくあおる外見を持ち、危険な臭いをぷんぷん漂わせていた……。おびえた信者たちは、侵入者との距離を離そうとして、一目散に反対方向へと逃げた……。
 そこで恵子の推測は行き詰まる。
 現場検証によって、事件発生当時、敷地内に信者以外の第三者がいた痕跡は一切ないと証明されているからだ。
 となると、広間の入り口に立って信者たちを恐怖のどん底に叩き込んだモノは、つかみどころのない雲のような存在となってしまう。具体的に想像しようとしてもその形態はぼやけるばかりだった。
 恵子は、幽霊やオカルトの類いを信じてはいなかった。
 ほとんどはまやかしであり、話題を盛り上げるための素材に過ぎないと、バカにするところがあった。
 しかし、事件の現場となった廃屋を訪れたとき、板塀の隙間から忍び出る妖気に触れ、はからずも鳥肌を立ててしまったことを覚えている。物理量を持たない異様な気配を、第六感が感知したのだ。
 おまけにそいつは、瞬時に人の命を奪う術を持っている……、しかも、自然死と見せかけて……。
 亡くなった信者の死因が、現在に到るも不明なままであるのは、ネットの情報で確認済みである。
 恵子は、悪寒を覚え、はんそでから出たひじを交差させた両手の平で包んだ。
 金に目がくらんで、危険な領域に足を一歩踏み入れようとしているのではないかと、自分の身が案じられてくる。
 それ以上に案じられるのは、ひとり娘の身の上だった。
 娘のはまだ小学校二年生、母が不慮の死に見舞われたりしたら、この先どうやって生きていけばいいのか……。
 いや、ひとり残されるのならまだしも、娘が巻き込まれることだってある。ひとつ屋根の下で共同生活を送っていた七人の信者は、皆同じ運命に見舞われた。
 恵子は、第四章に入る手前でドキュメンタリーを一旦投げ出し、お湯を沸かした。
 気分を変えるためには、コーヒーが必要だった。
 調査を進め、深入りすることによって、実体のない悪霊を自分の懐に呼び込んでしまうかもしれない……。
 そんな不安を断ち切らない以上、本を読み進む気にはなれなかった。

7

 オートロックのない古マンションのエントランスを抜けると、恵子は、エレベーターで四階へと上った。
 指定された部屋の前に立ち、一週間前とは逆の立場にいることに気づいて、チャイムを押す手をふと止めていた。
 一週間前、人伝に聞いた住所を頼りにやってきた謙介もまた、同様に部屋番号を確認してチャイムを鳴らしたはずである。
 あのとき、恵子は、魚眼レンズ越しに彼の顔を見て、即座に居留守を決め込んだ。
 顔を見ただけで謙介の妻と元夫との顔が同時に連想され、ふたりとの間に巻き上った泥沼の騒動が一気に蘇り、身体が拒否反応を起こしたのだ。
 しかし、今ここでチャイムを鳴らしても、相手に拒絶される恐れはない。
 アポイントメントを取り付けたときの口調には、歓迎のニュアンスが濃く漂っていた。情報交換は双方の利益につながるはずと、両者の思惑は一致している。
 約束の時間ちょうどに恵子はチャイムを鳴らした。
 開いたドアの先から、くちひげを生やした、小柄でがっちりとした体型の男性が顔を出し、恵子の顔を見て相好を崩してきた。
「お待ちしていました。むさ苦しいところですが、ま、どうぞお入りください」
「お邪魔します」
 案内されて踏み入れた玄関先は、言葉通り、足の踏み場もないほど散らかっていた。
 バルコニーのある窓までの壁一面が、天井まで届く作り付けの書棚となっていて、乱雑に収納された書籍類が今にも崩れ落ちそうである。
 物書きの仕事場としてはまさにイメージ通りだった。
 恵子は廊下に散乱する障害物を避けながら前へと進み、25平米ばかりのワンルーム中央に置かれた丸テーブルの前に立つタイミングで名刺を差し出し、自己紹介をした。
「探偵の、前沢恵子と申します」
 それにこたえて、差し出された名刺には「上原信之」の名前、住所、電話番号、メールアドレスと、ジャーナリストの肩書きが添えられていた。
「カルト集団死の謎」の著者である上原には、気難しそうな様子が一切なく、恵子は、ホッと胸を撫でおろしていた。
 上原は、時候のあいさつを並べながら、恵子に椅子に座るようにすすめ、ポットで沸かした湯でティーバッグのお茶を淹れ、みをふたつテーブルの上に置いてきた。
「ま、お茶でもどうぞ」
 湯吞みの縁についた汚れが気になり、口をつける気は起きなかったが、恵子は、笑顔で「ありがとうございます」とお礼を言う。
 与えられた時間は約一時間半である。
 持ち時間が尽きるまでに、なるべく多くの情報を引き出さなければならない。
 今、この時点での情報量は、圧倒的に上原のほうが勝っている。
 上原の興味が集中するのは、「なぜ今頃、十五年前の事件を探偵が蒸し返そうとするのか」という一点に尽きるだろう。しかし、依頼主との間に交わされた守秘義務があるため、包み隠さず喋るわけにはいかなかった。
 得る情報より、与える情報のほうが断然多いと判断された場合、損な役回りに嫌気が差して人間の口は重くなりがちである。上原の興味を持続させ、貴重な情報を引っ張り出すためには、それなりの作戦が必要だった。唯一のカードである「中沢ゆかり」の名は、最後まで伏せておいたほうがよさそうだ。
 まずは、彼の著作を褒めて口の滑りをよくするに限ると、恵子は、「カルト集団死の謎」を話題に上げた。
「ご著書、拝読させていただきました。綿密な取材に裏打ちされた事件現場の描写は、微に入り細をうがって、まるで自分で体験したかのような錯覚を覚えました。文章力がすばらしく、とても参考になりました」
「それはどうも」
 上原はあいまいな笑みを浮かべて頭を軽く下げ、お世辞をさらりとかわして、訊かれてもいないのに、十五年前に転機が訪れて、フリーライターの肩書きがジャーナリストに変っていった経緯を語り始めた。
 フリーライターとしてマイナーな雑誌にエロ系の記事を書いて糊口を凌いでいた三十歳の頃に、「夢見るハーブの会」の集団死事件が起こり、幹部信者のひとりであったまさと旧知の間柄であった偶然から、ドキュメンタリーを書くチャンスを摑み、単行本として出版したところそこそこの評判を呼び、それが転機となって大手新聞社系や出版社系の雑誌から声がかかるようになり、以降、ようやくジャーナリストを名乗れるようになった……。今は、得意ジャンルを幼児虐待やDV、未解決の殺人事件へと広げ、広範な人脈を築き上げている……。
 聞きながら、恵子は胸にかいさいを叫んでいた。ちょっと胸をくすぐっただけで、自ら率先して喋り出したのだ。
 期待以上のじようぜつさが、金鉱を掘り起こしたという手応えを与えてくれた。特に、幹部信者の昌代と旧知の間柄であったという事実は貴重である。彼女を通して、関係者だけしか知り得ない情報が引き出されているはずだった。
 恵子は、視線を上原に据えたまま、手だけを動かしてバッグからノートとボールペンを取り出し、メモを取り始めた。
 そして、十五年前の執筆の動機を語り終えて一息つく頃合で、質問をひとつ挟んだ。
「事件が起こったときの時間経過を確認させてください。まず、午後三時頃に花束が届けられます。でも、そのとき、敷地内に不審な点は何も見られなかった。広間の出窓からS子が飛び出す姿を防犯カメラがとらえたのが午後の四時二分。そして、五時近くに救急車が到着して、五人の死亡と意識不明の二人を発見して、事件の処理は警察へとバトンタッチされることになる……、となると、四時半頃に救急車を呼んだのは、だれなんでしょうか」
 上原はこともなげに答えた。
「隣家の母親ですよ」
「隣家……」
 先週に訪れた廃屋の情景を、恵子は頭に思い浮かべた。
 廃屋の両隣はだだっ広い駐車場になっていて家はなかったはずである。
「事件のあと、引っ越したと聞いてますが、当時、教団の施設は、北側と南側に建つ二軒の家に挟まれていました。北側の家の二階にいた男子高校生が、たまたま窓から見下ろしていて、事件の一部を目撃したのです」
「実際に、隣家の方から、お話を聞いたのですか」
「もちろんです。目撃者である高校生からも、通報者である母親からも、会って、話を聞いています」
 やはりそうかと、思い当たるところがあった。廃屋の両側の駐車場はガラガラで、いかにも場にそぐわず、不自然なたたずまいがあった。
 事件後に、板塀の隙間から流れ出る妖気に怯え、住民は逃げ出したのだ。
 ところが上原の動きは迅速だった。引っ越して更地になる前の隣家にすぐ赴き、住民に聞き込み調査を行っている。
 当時の高校生だった男性の現住所を調べ出し、自宅を訪れて聞き込み調査をするのは不可能ではない。しかし、そのためには費用と時間がかかる。麻生繁が振り込んでくれた調査料は経費込みの金額であり、無駄遣いは避けるにしかず……。おまけに、十五年前の記憶となれば相当薄れていて、語られる内容の信用度は低い。
 事件発生直後、上原は間髪をれず聞き込み調査を行い、ポイントを絞った新鮮な情報を得て、取材ノートに証言内容を記述しているはずだ。上原からノートを借りて、じっくり読み込めば、時間と経費を節約することができる。
 上原との関係は今後も保持すべきとの認識を新たにし、恵子は、まずは手始めにと、湯吞みを手に取って冷めたお茶をおいしそうに飲んで見せた。
「ところで、隣家の高校生は、何を目撃したのですか」
「防犯カメラが撮影したのと、逆向きのシーンですよ」
 防犯カメラが設置されていたのは出窓の南側の倉庫で、焦点は北に向けられていた。高校生は、逆に、北側に建つ家の二階から南にある隣家の庭を見下ろしたのだ。
「つまり、出窓から飛び出してきた女性信者の姿を目撃したのですね」
「ええ。一般的に、新興宗教団体には近隣トラブルがつきものなんですが、『夢見るハーブの会』は例外で、近隣住民ととても良好な関係を築いていました。変な隠し事もなく、会えば気さくに挨拶を交わしていたのです。隣家が集会所として使われるときは、いつも外玄関周辺に自転車がずらりと並ぶのですが、その日、自転車は一台もなく、屋内にいたのは幹部信者のみと予想がつきました。
 そのうちの四人が、ふたつ並んだ出窓からあいついで飛び出してくるのを、高校生は目撃したのです。
 四人とも裸足で、着地した拍子に土の上に両手をつき、よろめきながら立ち上がり、母屋と倉庫の隙間を抜けて、日当たりのいい南側の庭へとうように進んでいきました。ひとりだけ、庭の手前で力尽き、その場にへたり込んで動かなくなってしまった。南側の庭に散り散りになった残り三人も、母屋と倉庫の陰に隠れて姿は見えなかったのですが、倒れている気配が濃厚で、ぷつりと事切れたような静寂が生まれ、時が経つほどに静けさが増していった……。
 異変が生じたのは明らかであり、高校生は自室のある二階から降り、ダイニングキッチンでゆうの支度を始めたばかりの母に事の次第を告げました。
 最初のうち半信半疑だった母は、息子の部屋に上って隣家の庭を眺めおろして、倉庫の陰に横たわったままの人影を発見する。双眼鏡を持ち出して確認しても、生きているようには見えない……、母と息子は、すぐに隣家の外玄関前に出向いてチャイムを鳴らしたのですが、当然、応答はありません……、こうして、まずは救急車が呼ばれ、状況が確認された後、次々にパトカーがやって来て、集団死事件が明るみに出ることになったのです。 高校生が目撃していなければ、事件の発覚はもっと遅れていたでしょうね」
 事件の概略を理解した上で、恵子は疑問を口にした。
「ご著書の第四章では未解決のまま残された疑問点を、いくつか列挙されてますね。残された謎のうち、最大のものは何だと、お考えですか」
 上原は即答した。
「もちろん、死因です」
 死因が不明なことは恵子も重々承知している。
 七人の死者に外傷はなく、服毒が疑われたものの、集団死の現場である広間には毒物等の残留物はなかった。司法解剖をしても、体内から既知の毒物は検出されず、一酸化炭素中毒等の症状もなければ、食中毒でもなく、未知のウィルスや病原菌が発見されることもなかった。
 唯一、全身の神経がして呼吸困難に陥ったらしい兆候が見られたが、その原因となると皆目見当もつかなかった。
「上原さんは、検死官や解剖医から直接お話をうかがっているのですか」
「ええ。検視の段階でわかったのは、死体のほとんどに窒息によるチアノーゼの症状が見られたという程度でした。司法解剖に回されても、死因を確定することはできませんでした」
 ノートにボールペンの先を当てた状態で、恵子は尋ねた。
「司法解剖を行った先生の所属と名前はおわかりでしょうか」
「K大学医学部法医学教室、ないゆきひさ教授です」
 即座に所属と名前を書き取った恵子は、麻生繁、敏弘の父子と、露木眞也がK大学医学部出身であることを思い出していた。そのツテを辿れば、執刀医から詳しい話が聞き出せるかもしれないと、唇を舐める。
「矢内先生は、死因は確定できないと、明言したのですね」
「いやあ、なんだか、奥歯にものが挟まったような言い方でしたね。真実を隠すというより、確証が持てないことをかつに喋ってはならないと、自制しているようでした」
「なぜ、そんな反応をしたのでしょうか」
「矢内教授は、死体に残されていた異変の正体を密かにぎ当てていた……、しかし、それが医学の常識からあまりにもかけ離れているために、えて、発表を控えたのではないか……、下手に公表して非科学的という烙印を押されたら、学者として命取りになりかねませんからねえ。なんとなく、そんな印象を持ちました」
「未知の毒物が使われた可能性はありませんか」
 ネットの掲示板には、新種の毒を使った集団自殺ではないかと、根拠のないおくそくがいくつか並んでいた。
「いや、ぼくは、集団自殺説には否定的なんですよ」
 上原の著作のタイトルは「カルト集団死の謎」であり、「集団自殺」の四文字は使われていない。
「なぜでしょう」
「カルトの集団自殺にはそれなりの理由がある場合が多いのです。金銭的に困窮した……、内紛が起こって疲弊した……、近隣住民とのトラブルが訴訟に発展して切羽詰まった……、官憲による弾圧が迫っている……、などの理由で追い詰められた末、来世における楽園に夢を託して現世にさよならをするパターンばかりなんです。
 しかし、『夢見るハーブの会』は、自然農法で生産した野菜やハーブの通信販売を主体として、ヨガ、自然療法、占いにまで手を広げて、堅実な運営をしていました。信者同士の確執やいじめはあったかもしれませんが、近隣との付き合いは和気あいあいとして、集団自殺をする動機が見当たらないのです」
「三十年ばかり前、東北の片田舎にある新興宗教施設で、除霊と称して信者七人に激しい暴行を加えて殺害する事件が起こりました。同様のことが起こったとは、考えられませんか?」
「通称『悪魔払い殺人事件』のことですね。集団自殺説を否定するのと同じ理由で、その線は考えられません。殺人事件を起こした教団は、病気や借金、痴情のもつれ、訴訟沙汰など、内部に泥沼のかつとうを抱えていました。集団殺人は、信者同士のいさかいやトラブルを精算するためのもので、教義とは無関係でした。女性のみで牧歌的に運営されていた『夢見るハーブの会』に、そこまでの反目はなかったように見えます」
「ではこの事件を一体どうとらえればいいのでしょうか。ぜひとも、上原さんのお考えを、お聞かせください」
「私見ですが」と断った上で、上原は語った。
「現場となった広間の祭壇には花束が飾られ、祭壇の中心からのばした直線が対角線となる正方形を描いて、八枚の座布団が置かれていました。
 これらの状況から、祭壇前に座る新村清美を中心に、信者たちは何らかの儀式を執り行っていたのではないか、そして、その最中、予期せぬ事故が起こったのではないかと思われてならないのです」
 予期せぬ事故の例に、恵子は、一度抱いたことのある妄想を当てはめていた。
「たとえば、その儀式によって、悪霊が呼び寄せられてしまったとか……」
 冗談と受け取ったらしく、上原は力なく笑って、恵子の臆測を否定する。
「いや、悪霊とか悪魔とかは、会の趣旨とまったくそぐわないですね」
「ではなぜ、信者たちは皆一斉に、東側のドアではなく、西側の出窓に殺到したのでしょうか」
 悪霊に象徴される恐怖の源が東側のドアから現れた場合、信者たちは反射的に逆側に移動するのではないかと、恵子は、自説を補強した。
「確かに、その点は不思議なんです。当初連想したのは火事のような現象でした。東側のドアから一酸化炭素などの毒性の気体が流れ込んだとしたら、信者たちの移動にも説明がつくと考えたんですが、ご承知の通り、現場検証の結果、出火や有毒ガスの発生は、一切検知されませんでした。お手上げですよ。真相を明らかにしようと思えば、やはり、事件前後にしつそうした女性信者に聞くほかないでしょうね」
 核心へと近づいた手応えを得ると、恵子は、前のめりになって問いを発した。
「当時、教団施設で共同生活をしていたのは、新村清美を含めた幹部信者八名でした。でも、亡くなったのは七名。一名のみ、事件前後に、いなくなっていますね」
「ええ、その通り。でも、彼女がいついなくなったのか、時間が定かではないのです。集団死が起こりつつある中、どさくさに紛れて逃げ出したのか、あるいは、事件が起こる前に姿を消していたのか……」
 当初、警察は、唯一の生き残りである女を摑まえ、事情聴取を行えば、集団死の真相が明らかになるだろうと、血まなこになって消えた信者の消息を追った。ところが、都会の闇に飲み込まれるように女は何処へともなく消え、彼女の行方はようとして知れぬままである。
 著作の中、新村清美以外の信者にはすべて偽名が使われている。消えた信者の名前を知りたければ、上原に尋ねる以外になかった。
「失踪した信者の名前はおわかりですか」
「確か……、ちょっとお待ちください。確認します」
 上原は、項目ごとに保存された資料の中から、当時の取材ノートを取り出し、指でページをめくっていった。
「ありました。女性の名は中沢ゆかりです」
 名前を聞いて、恵子は安堵の溜め息を漏らした。蜘蛛の糸は断ち切られることなくどうにかつながってくれた。
 中沢ゆかりが死者の側に含まれていたら、麻生夫婦が孫の顔を見るチャンスは限りなくゼロに近くなっていたところである。彼女は何らかの理由で生者の側に組み込まれていた。
「守秘義務があるので詳しくは説明できませんが、わたしが追っているのは、中沢ゆかりなんです」
 上原の誠実な対応に感謝の気持ちを込め、恵子は、調査対象の名のみを告げた。
「なんと……」
 上原は、驚きのあまり口をあんぐりと開け、額を軽く手で打った。
 両者のターゲットはぴたりと一致したことになる。
 中沢ゆかりの所在を突き止めることによって、恵子は、彼女が子を生んだか否かの確認ができ、上原は、事件解決の糸口を発見するチャンスに恵まれる。恵子は成功報酬を手に入れ、上原はドキュメンタリーの続編を執筆して名声を手に入れる。
 両者の利害が競合することはなく、共同戦線を張るのが一番だ。
 恵子は、丸テーブル越しに手を伸ばして、握手を求めた。
 即座に意図を察したのか、上原は、差し出された手を握り返してきた。


第2章 変死

1

 いっそのこときっぱりとあきらめてしまったほうがいいかもしれない……、そうすれば、もはや思い悩むことはない。仕事にも身が入るし、趣味を増やして余暇を楽しみ、人生をより豊かにできる。
 ……だめ、だめ。
 葉月有里は首を激しく振り、少子化問題を扱った原稿を読んでき上った共感が独身主義を芽生えさせる寸前で、思考の流れを断ち切り、戦線離脱への甘い誘惑を頭から追い出そうとする。
 …… わなまってはいけない。
 結婚願望が強ければ強いほど反動が大きくなると肝に銘ずるべきだ。
 今年の秋に三十七歳の誕生日を迎えようとする有里に、残された時間はあまりない。
 戦前に比べ、女性の平均寿命は二倍近くに伸びている。だからといって、一生のうちに女性が排卵する卵子の数が、寿命と比例して増えているわけではない。人類発祥以来、女性が妊娠できる期間の長さはほぼ不変なのである。
「二十代で結婚しろ」と口うるさかった父のアドバイスを聞いておけばよかったと後悔しても後の祭り。「なぜ二十代でなくちゃいけないの」と聞き返したところ、「三十代に突入したとたん周囲からいい男がいなくなるからだ」と返され、「なんだ」と鼻先で笑ったものだ。
 二十代になったばかりの頃は、同年代の男たちはみな頼りなく、三十代四十代の男たちのほうがよほどたくましく魅力的に見えた。有里の目に、年を重ねるごとに男たちは成長していくと映っていた。
 ところが、現実に三十代の後半に差し掛かると、魅力的な独身男性の数が激減している状況を目の当たりすることになる。何のことはない。成長する可能性を秘めた男たちの多くは、二十代でとっくに結婚して家庭を築いていた。家庭を持って生じる責任感が、男を成長させる因子であったことに気づかなかったのだ。
 リアルな生活の中では、結婚のメリットを提示してくれる独身男性と出会うチャンスは少なく、かといって、婚活パーティや婚活サイトを利用すれば、スペックを示す数字ばかりチェックする自分に嫌悪感を催す。
 独身女性の口からめ息混りに漏れる陳腐な言い訳を、まさか自分で実感することになるとは、思いも寄らなかった。
 ……ほんと、いい男がいないのよね。
 いい女のせいそく数と、いい男の棲息数の比が著しく崩れているところに問題の根がある。前者のほうが圧倒的に多く、需要と供給のバランスが釣り合わないのだ。なりふり構わず結婚したくなる男の数の少なさが、女性の不幸を招いていると思われてならない。
 仕事の途中で紛れ込んできた雑念を振り払い、プリントアウトされた原稿のチェック作業に戻りかけたところで、雑念のさらなる膨張を促す人物が視界に入り、有里は顔を上げた。
 膨らみかけた腹に左手を当て、正面に向けた右手をヒラヒラ振りながら、おうような足取りで近づいてくるのは、二年前に「週刊オール」編集部に配属されたばかりの若手、たかしまだった。
 ふくよかな丸顔をポニーテールで縁取り、小柄な身体を少女趣味の服で包んで、見た目の年齢を二十代前半に保とうする魂胆が見え見えである。
 真奈美は有里より五歳下の三十一歳。今年の秋に出産を予定しているせいで、有里にとって神経をさかでする存在となっていた。
 真奈美は有里の傍らに立ち、身をかがめてささやいてきた。
「せんぱい、ささやまデスクが呼んでますよ。一階の喫茶コーナー」
「今、すぐ?」
「ええ、編集部では話せないんだって」
「そう。わかった。ありがとう」
 編集部の人間に聞かれたくない話をするのは、一階の喫茶コーナーと決まっていた。
 有里は、椅子から立ち上がってエレベーターホールまで歩き、八階から一階へと降りて喫茶コーナーの入り口に立った。
 すぐにコーヒーカップを片手に持って、手招きする笹山の姿をみとめ、彼のテーブルへと進んで椅子を引いた。
「お呼びですか」
「どうだ、婚活のほうはうまくいっているか」
「またか」と、有里はうんざりする。さっさと仕事の話に入ればいいのに、笹山はいつも前置きが長い。おまけにセクハラまがいの言動も多く、へきえきさせられる。
 編集部内最年長の五十八歳で再来年に定年を迎える身となれば、目くじらを立てるのもおとなげない……、軽くあしらうのが一番である。
 有里は、適当に近況を報告した後、たっぷりと無言の時間を作って、それとなく本題に入るよう促した。
「おまえさん、真奈美ちゃんを見習ったほうが、よかねえか」
 契約スタッフを含め五十人の大所帯となる編集部で、笹山はたいがいの相手を「おまえさん」と呼ぶ。十歳年下の上司である編集長も例外ではなかった。
 結婚話に固執するのは、生まれたばかりの孫に話題を振ってほしいからだろうが、有里はその手には乗らず、笹山のいらぬお節介を言下に否定した。
「嫌ですよ」
 有里の返事が唐突と感じたのか、笹山は聞き返した。
「え、何が?」
「わたし、真奈美のことなんか、見習いたくありません」
 真奈美に結婚生活の近況を尋ねたところ、「あいつ、覇気がないんだよね」と即答されたことがあったからだ。有里は、覇気のない男で妥協するつもりはさらさらなく、ぜんとした態度で見返したところ、笹山はようやく本題に入ってきた。
「ところで、おまえさんが興味を持ちそうなネタをつかんだんだが、どうだ、やってみる気はないか」
「まずは、どんなネタか、教えてくださいよ」
 有里は、人間としてはともかく、週刊誌記者としての笹山の取材能力を高く買い、師と仰いでいた。笹山もそれを知っていて、おもしろそうなネタがあると、有里に回してくるのだった。
「つい先日、警視庁科学捜査研究所の研究員に会ってな。上司と意見が対立して腐っていたところを、うまくなだめて、痛いところをくすぐってやったら、やっこさん、おもしろそうなネタを漏らしてくれた」
 そう前置きして笹山が語り始めたのは、都内に建つマンションの一室で発生した、不審死事件の概要だった。
 亡くなったのははなおかあつしという三十歳の男性で、現場となったのは四十平米ほどの1LDKの部屋だという。
 遺体がうつぶせの格好で転がっていたのは、ダイニングテーブル下のじゆうたんの上だった。
 テーブルには、デリバリーのピザや野菜サラダ、水割りのグラス、ウィスキーの空き瓶などが並んでいた。
 状況から、夕食の途中、花岡篤の身体に何らかの異変が生じ、突然死に見舞われたらしいとわかった。
 発見されたとき、死後一週間が過ぎて肉が崩れて液状化し、現場は目を覆わんばかりの惨状を呈していた。
 部屋は内部からカギがかけられた密室状態で、現場検証と検視が行われた結果、事件性は否定され、新聞報道もされなかった。
 第三者によって殺されたのではないとすれば、まず、自殺が疑われたが、室内から毒のたぐいは一切発見されなかった。おまけに、花岡は一流企業に勤めるエリートで、仕事も順調で、自殺の原因が見当たらない。持病はなく、覚せい剤、違法ドラッグとも無縁で、食中毒、一酸化炭素中毒の兆候もなかった。
 家の外で毒を盛られたり、頭に暴力を受けた可能性もあり、司法解剖に回されたが、死因を確定することはできなかった。
 事件の概要を語り終えた笹山は、無言のまま首を傾げ、意見を求めた。
 有里は、思わず前のめりになっていた上半身を戻しながら言った。
「三十歳という若さ、持病がない、というところが、引っ掛かりますね」
「死因不明のまま処理される単独死なんてごまんとある。特に年寄りとなれば、脳いつけつと判断されて、まず解剖は行われない。しかし、三十歳の若さで、持病もないとなると、ちょっと気になるなあ……」
「気づかないうち、急性食中毒や、急性アレルギー反応を引き起こす因子を、体内に取り入れたとしか、考えられませんね」
「ところが、その因子が何なのか、皆目見当がつかない」
「未知のウィルスとか……」
「さらにもう一件、ほぼ同時期に、似たような不審死が起こっているのを小耳に挟んだんだ。場所は横須賀、自衛隊官舎の一室、亡くなったのは海上自衛官の二尉。夕食後、夫の身体に異変が起こり、妻がすぐに救急車を呼んだが間に合わず、病院到着前に、自衛官は息を引き取っている」
「彼、何歳だったんですか」
「三十歳」
「年齢が一致してますね……」
「偶然で片づけるわけにはいかないだろう。どうだ、興味が湧いたか? 水面下で取材を進めておいたほうが、よかねえか」
「今後、大きな事件に発展しかねない……、そうにらんでるんですね」
「警視庁の科学捜査官は、当局が何か隠しているかもしれないと、ほのめかしていた。察しがつくだろ?」
「死因として、未知のウィルスや細菌が疑われた場合、かつに公表できませんからね。公表が正しければパニックが起こり、間違っていたら取り返しのつかない失態を演じることになる」
「そうだ。新しい感染症の可能性が浮上し、その発生源が日本となれば、外交上の大問題となる。物流がストップして経済的大打撃を被りかねない」
 ほんの一瞬、笹山の顔を深刻な表情がよぎった。しきりにまばたきを繰り返す小さな眼をのぞき込んでいるうち、有里には、彼が何を要求しているのか理解されてきた。
 都内のマンションと、横須賀の自衛隊官舎で起こった不審死は、近い将来、大事件に発展しかねない案件である。当局の発表を待たず、週刊誌がおくそくだけで事件を報道するわけにはいかなかった。しかし、正式に発表された後は、機を逸せずに特集記事を組まなければならず、そのためには、事前に内偵を進めておく必要があった。
 いわゆる潜航取材というやつである。
 公表されてから取材しているようでは、同業他社のこうじんを拝するのは必至。ただし、不審死の理由がたわいもない偶然とわかり、記事にはできず、取材が無駄骨に終わる事態を覚悟しなければならない。
 日本人のひとりとしては、むしろ、記事として成立しないほうが望ましい……、と笹山が憂慮しているかどうか知らないが、有里は、意図はよくわかったと大きくひとつうなずいて見せた。「自分の仕事も抱えて、おまえさんも大変だろうが、ま、ひとつ、よろしく頼むわ」
 笹山は他人事のようにさらりと言う。
 従来の担当を継続した上での潜航取材となれば、仕事量は当然増える。おまけに同僚の協力を取り付けるのは無理そうだ。
 編集部内には同業他社との付き合いがあるスタッフが多く、内部から外部へと情報がろうえいすることがままある。とびに油揚げをさらわれる事態だけは防がねばならなかった。
 内偵していた大物芸能人の覚せい剤疑惑を他社にすっぱ抜かれたり、不倫の証拠となるメールが他社に流出したりと、この手の失敗は枚挙にいとまがない。
 えて、喫茶コーナーで話し合いが持たれたのは、他の編集部員に聞かれないためであった。
「ひとりでは荷が重すぎます。外部スタッフの協力を仰ぐのも、だめなんですか」
「同業者は駄目だが、守秘義務のあるエキスパートなら、ま、よしとするか」
 それを聞いて、有里は、ある人物の顔を脳裏に浮かべていた。
「ところで、今回の件を、なぜ、わたしに?」
 有里は自分が選ばれた理由を知りたかった。
「医療関係はおまえさんの得意ジャンルだろ」
 男性医師だけを対象としたお見合いパーティに二回参加した前歴がバレたのかと、有里は思わず身構えたが、どうやら思い過ごしのようだった。笹山は、昨年に有里が中心になってまとめた医療過誤の記事を褒めているに過ぎない。
 決まり悪そうに有里が目をらすと、笹山が畳み掛けてきた。
「おまえさんには、きな臭い事件を追うハンターの素質がある」
「ハンター、ですか」
「独特の臭覚を持っていると、おれは、踏んでるんだがね……」
「買いかぶりすぎですよ」
 けんそんしたものの、悪い気はしなかった。笹山の評価を受けて、ぜん、仕事にやる気が出てきたのも確かだ。
 しかし、一方では、仕事に一生懸命になればなるほど、ますます婚期が遅れると、自戒の念がわき起こる。
 本当は、魅力ある独身男性を次々に狩り立てるハンターになりたい……、しかし、残念ながら、そっち方面の才能からは見放されているようだ。

2

 これまでに調べ上げた内容をフローチャートにしてノートに書き込み、流れを整理している最中、恵子は、一瞬の睡魔に襲われて顎をがくんと落としかけた。
 このところ眠れない夜が続いていた。
 調査料が破格な分だけ、期待にこたえなければというプレッシャーが重くのしかかり、比例して焦りも大きくなる。
 調査を開始して三週間が経過したというのにはかばかしい進展が見られず、焦燥感といらちに駆られて、心地いい睡眠が妨げられていた。
 恵子はコーヒーを飲んで眠気を覚まし、ノートに目を戻した。そこに並んでいるのは膨大な数の「中沢ゆかり」だった。無駄に費やされた時間の量が思い出され、疲労感につながったのが、居眠りを引き起こした原因と思われた。
 調査報告書の提出期限は一か月後に迫っていた。それまでに結果をまとめて麻生夫婦に報告し、今後の方針についてお伺いを立てなければならない。
 孫を見つけられれば万々歳なのだが、見つけられなかった場合は、どこで落としどころをつけるかが問題となる。孫の有無の調査において、存在証明は簡単だった。本人を発見して連れてくればいい。ところが不在を証明するのは難しく、提示できるのは、可能性が極めて低いということぐらいで、どこかにいるのではという懸念はくすぶり続けてしまう。しかし、だからといって、永久に調査を続けるわけにはいかない。
 調査が空回りした最初の原因は、中沢ゆかりの戸籍に到達できないことにあった。
 懇意にしている裏の名簿屋に出向き、わかっている限り中沢ゆかりの情報を提示した上で、名簿を絞り込むよう依頼し、提示されたリストを頼りに電話取材をかけても、一向にそれらしき人物には行き当たらない。
 現在の所在がわからないのは当然としても、せめて手掛かりぐらいほしかった。
 中沢ゆかりの戸籍さえ手に入れば、家族構成や生誕地、成育歴、かつての住所や通っていた学校がわかって同級生名簿の入手へと繫がり、友人やしんせき一同に対して、しらみつぶしの聞き込み調査を行うことができる。
 ある人物の現在地を突き止めようとした場合、もっとも役に立つのは、その人物の過去を知ることである。
 ところが、中沢ゆかりの場合、同姓同名の女性の名は無数に出てくるのだが、当該人物と確定できるデータは皆無だった。手掛かりとなる生活の場は「夢見るハーブの会」と、その母体である「自然智教会」のみという少なさである。
「夢見るハーブの会」が集団死事件を起こすずっと前に、新村清美は、まだ幼かった中沢ゆかりを連れて、「自然智教会」から独立している。新村清美と中沢ゆかりの年齢差と親密さにピンときて、恵子は再度、上原の仕事場を訪れて情報交換をしたところ、とかく謎の多い新村清美に「中沢ゆかりは実の娘である」という噂があったことを知る。
 この噂が正しいとすれば、中沢ゆかりは偽名であり、戸籍に記載された名前とは別人と推測できた。ならば、中沢ゆかりの名前を辿たどって戸籍を取り、彼女の過去を知ろうとした行為が無駄骨に終わったのも頷ける。
 次に恵子が試みたのは、新村清美にターゲットを変更することだった。
 新村清美の戸籍が入手できれば、そこには娘として、中沢ゆかりに相当する人物の記載があるはずだった。
 ところが、「自然智教会」に出向いて以前の同僚に聞き込み調査を行っても、新村清美の実像はぼやけるばかりで、一向に戸籍に到達できなかった。
 ……まるで幽霊のよう。
 もともとこの世に存在しなかった母子を探しているような感覚にとらわれ、恵子は、幾度となく調査を投げ出したい衝動に駆られ、頭をかきむしった。
 そんな中、彼女の脳裏にひらめいたのは、「無戸籍者」というキィワードだった。
 現在、日本人にもかかわらず戸籍を持たない人は、法務省が把握しているだけで千人近く存在する。そのほとんどは、離婚と再婚のはざに生まれた子の出生届を出さないことで生じていた。本来の実数や理由となると、全体像は正確につかめていなかった。
 新村清美が無戸籍者であったと仮定すると、一本筋が通ったストーリーが浮かび上ってくる。七十年ばかり前に、おそらく非嫡出子として、新村清美はこの世に生を受けたのではないか。ところが、事情があって出生届は出されず、無戸籍のまま彼女は教団施設で育てられ、教育を授けられた。無戸籍者に小学校入学の案内は来ないからである。
 そうめいな女性に成長した清美は教団内で頭角を現すも、母と同じてつを踏み、行きずりの男と関係して子をはらみ、ひっそりと生み落とす……。無戸籍者ゆえ出生届を出すことができないまま、赤ん坊は、ただ、中沢ゆかりと名付けられた……。
 祖母から母、母から子に受け継がれた無戸籍の系譜が、調査を困難にしている可能性は十分にあった。
 この世に誕生した根拠が奪われている人間を探すのは極めて難しい。
 推理が正しければ、三代目の系譜に連なる孫を発見するチャンスもまた極めて低いと言わざるをえず、先行きの暗さに、恵子は、あんたんたる気分になってくる。
 どん詰まりとなったフローチャートの先に新しく枝葉がのびる余地はないのか……。
 恵子は、これまでの調査の流れを丹念に辿り、どこか別のところに突破口がないかと思い巡らした。
 人探しの鉄則である戸籍謄本に頼ることなく、起死回生の一発となる抜け道が、どこかにあるはずだった。
 かすかな光明は、ある場所の名を告げる謙介の声によってもたらされた。
 ……第六台場。
 中沢ゆかりが子を孕んだとすれば、その父親となるのは、麻生敏弘以外に考えられない。敏弘は病死する前の月に、「自分の子を孕んだ中沢ゆかりを第六台場に捨ててくる」と告白している。
 謙介は、これをたちの悪い冗談と受け止め、「近くにあって隔絶された場所」「灯台下暗し」のたとえとして、「第六台場」と表現したに過ぎないと解釈した。
 中沢ゆかりが子を生む場所を敏弘が指定し、ある意図の元に「第六台場」と仮称したのだとすれば、それをヒントに出産場所をつき止められるかもしれない。
 現実の第六台場は、レインボーブリッジのすぐ南、お台場海浜公園から西に三百メートルばかりの海上に築かれた砲台跡である。
 周囲550メートル、変形五角形の小さな島は手付かずの植生に恵まれていて、貴重な文化財を守るため、東京都によって上陸が禁じられていた。原生林が生い茂り、昼間でもなお暗い無人島は、人目を忍んで子を生む場所としてうってつけだ。
 恵子は、学生時代に読んだ『ローズマリーの赤ちゃん』というサイコホラー小説を連想してしまう。
 ベストセラーとなった小説は映画化され、大ヒットを記録している。
 ニューヨークの高級アパートに暮らすローズマリーは、夫と子作りに励んだ当夜、悪魔に犯されるという幻覚を見る。その後、妊娠が判明した夫婦の周囲には、なぜか悪魔崇拝者たちが集まって奇行が繰り広げられ、自分が生む赤ん坊が悪魔の子ではないかと不信感を募らせ、日に日に恐怖を増大させていくローズマリーに、いよいよ出産の日が訪れる。一体、彼女は何を生むのかと、ストーリーはスリリングに展開する……。
 生まれ落ちるのが悪魔の子と事前にわかっていれば、是が非でも、出産を世間に隠す必要が出てくる。
 恵子は、こうとうけいなフィクションと承知の上で、似たような設定を当てはめれば、敏弘のおかしな言動が説明できると考えた。
 無戸籍者の中沢ゆかりが、出産地に第六台場を選ぶのは、なんとなくちようが合いそうな気がする。
「カルト集団死の謎」の中、著者の上原は、「夢見るハーブの会」の教義の底には、創立当時より、楽園思想が脈々と流れていると指摘している。楽園思想の源流を辿って行き着くのはエデンの園である。
 旧約聖書によれば、人類の始祖であるアダムとイブは、ヘビにそそのかされて禁断の木の実を食べ、神の怒りを買って楽園を追われ、ユーラシアを東に進む旅に出る。これによって人類が背負い込むことになった重荷は、原罪と呼ばれている。
 上原によれば、失われた楽園への郷愁は異端の思想へと受け継がれ、現在に至るまで脈々と流れ続けているという。
 異端思想の根底には「物質的世界を拒否する傾向」があり、「来世に夢を託して死ぬほうがいい」という考えに傾きがちである。
 そして上原は、「自然智教会」のさらに前身である「世界神光教会」が、キリスト教原理主義ともいえる異端の思想の影響を受けていた証拠を示し、「夢見るハーブの会」をその三代目と位置づけるのだった。
 とすると、一部の信者が、絶海に浮かぶ無人島こそ来世に夢を託す楽園に相応ふさわしいと考えるのも不自然ではない。
 しかし、第六台場は絶海とはほど遠く、東京湾のど真ん中に浮かぶ孤島である。
 第六台場への興味はみるみる膨らみ、恵子は、グーグルアースを開いて、その映像をディスプレイに呼び出してみる。
 上陸が禁止されているため、グーグルアースのカメラが島内に入ることはできない。せいぜい、面積二万平方メートルばかりある島を囲む石垣を、カーソルを移動させながら辿るだけだ。
 数メートルの高さに積み上げられた石垣には、北西の角にだけ切れ目があり、島内へと導く門のように見えた。その手前からは、長方形の石垣が海へと突き出ていて、いにしえの船着き場をほう彿ふつさせた。
 上陸するとしたら、ここにボートを付けるほかなさそうだ。
 第六台場に上陸する計画をシミュレーションしている自分に気づいて、恵子は、「ばか」と苦笑いを漏らす。
 第六台場への好奇心が異様に膨らむ心理的メカニズムを、恵子は簡単に説明することができる。キリスト教原理主義的な傾向を持つアーミッシュやメノナイトなどの信者は、文明から隔絶された片田舎で、産業革命前と同様の素朴な暮らしを営んでいたりする。そんな思想の流れをむ教団で育った中沢ゆかりが、第六台場で子を生み、母子ともども島内で暮らしているイメージは、妙にしっくりとくるのだ。
 第六台場に上陸すれば中沢ゆかり母子を確保できるという甘い期待が、つい湧いてしまう。
 そのとき、テーブルに置かれたスマホが着メロを鳴らした。
 モニターには「葉月有里」と発信者の名前が表示されている。
 謙介が、麻生夫婦の孫探しという仕事を携え、久方振りで恵子のもとを訪れたのは、出版社時代の後輩である有里が、恵子の窮状を謙介に訴えて連絡先を教えるというおせっかいに出たからである。
 葉月有里こそ、麻生夫婦の孫探しを始めるきっかけを作った張本人といえる。

3

 葉月有里がミーティングの場所として指定してきたのは、あかさかつけから徒歩二分の距離にあるビルの一室だった。
 三階のガラス窓に表示された「カラオケボックス」の文字を見上げて、恵子は、「あのバカ、何考えてるんだろう」と、有里の神経を疑った。
 カラオケボックスをミーティングの場とすることに異議はない。しかし、よりによってなぜこのカラオケボックスでなければならないのか……。
 エレベーターで三階に上り、ラインで送られてきた部屋の前に立って、二度目の驚きを覚えた。
 ……313号室。
 まさに同じ部屋だった。恵子が数字を覚えているのは、自分の誕生日が三月十三日だったからである。有里が部屋番号を覚えていたはずはなく、数字の一致は偶然としか考えられない。
 七年前の初夏、謙介と初めて会った場所こそ、このカラオケボックスの313号室であった。
 その夜、大学時代の先輩たちと飲んでいた有里から、突如、恵子は呼び出されることになった。唯一の女性である有里は、先輩たちからいい子を調達するよう命じられ、悩んだ揚げ句、スマホに前沢恵子の番号を呼び出した。
 こんな場合の人選は難しい。有里より年下の女性となれば、男性陣からちやほやされるのを見せつけられて苛立ちが募るばかりだろうし、年上の女性となれば、見栄え次第で男性陣から総スカンを食らう恐れがある。
 そこで有里は、「年上の、色っぽい、おねえさん」という触れ込みで、恵子に白羽の矢を立てたのだ。前宣伝から「人妻」の二文字を削ったのが、後々、恵子の運命を変えることになるとは露知らず……。
 ちょうど仕事を終えたばかりの帰り際に呼び出された恵子が、指定されたカラオケボックス313号室におもむいたところ、入れ違いで男性ふたりが帰って、男女ふたりずつのツーペアとなった。
 男ふたりのうちのひとりが謙介だった。
 謙介の隣に腰をおろした恵子は、歌はさておき、会話を弾ませて、二時間ばかり楽しい時間を過ごした。
 お開きの時間が近づき、有里ともうひとりの男性が目配せをして「じゃ、わたしたちそろそろ」と席を立ちかけたのを見て、釣られて腰を浮かせかけた恵子の手は、テーブルの下から延ばされた謙介の手で握られ、数センチばかり浮いていた尻をすとんと落としたのだった。もっと一緒にいようという誘いと受け止め、恵子は、反射的に手を握り返していた。テーブルの下で交わされた手と手の呼応は、ふたりの恋が始まる合図となった。
 その夜、恵子と謙介は、手を握り合うだけで一線を越えることはなかったが、数日後にはふたりだけのデートに進んで、相手が妻帯者であり人妻であると知らぬまま、関係を深めていった。
 後々恵子が後悔することになる出会いの場所こそ313号室なのである。
 その扉を開けて部屋に入った恵子は、あいさつもそこそこに問いただす。
「ねえ、有里、ちょっと、これ、どういうこと?」
 先に来てビールを飲んでいた有里は、我関せずとばかり顔を上げ、「せんぱい、かんぱい」とジョッキを掲げてきた。
 一口ビールを飲んだ後、有里は聞き返した。
「どういうことって、どういうこと?」
「この部屋よ」
「便利よお。密会の場所として最適。防音はかんぺきだし、人目も気にならない」
「わかるけどさあ。わたしと謙介が初めて会ったのが、この部屋って、覚えてた?」
 有里は「へえ」と目を見開き、「すごい偶然じゃない。ま、たまたま店の人に通されただけだけどね」と興味なさそうに、ジョッキを口もとへと運ぶ。
 唇に泡をつけてビールを飲むのんな顔を見ているうち、部屋番号の一致などどうでもよくなり、「わたしも同じもの」と、恵子は生ビールを注文した。
 かんぱいして、ビールでのどを潤した後、有里は、今回のミーティングの本題に入っていった。
「デスクから潜航取材を命じられたんだけど、なにしろ、担当している仕事だけで手一杯。おもしろそうな案件だから、本当は全部自分でやりたいんだけど、忙しくてそうもいかず、で、こんなときに頼りになるのが、恵子先輩ってわけ。高くはないけど、調査費は計上できるから、仕事と割り切って手伝ってもらえるとありがたい」
 そう前置きして有里が語ったのは、笹山デスクがしやべった内容の聞き伝えだった。
 有里は、都内のマンションの一室で起こった突然死と、横須賀の自衛隊官舎の一室で起こった突然死の概要を語り、両者とも死因が不明のままであることを強調した。
 ほぼ同時期に突然死したふたりの男性は、三十歳という若さだった。「夢見るハーブの会」の七人の犠牲者のうち六人は若い女性で、共に死因は不明のままである。十五年の開きがあるこれらの事件に、共通の因果関係があるかもしれないと恵子は臆測した。
 有里から連絡を受けたとき、何か頼みごとをされるだろうと察していたが、まさか似た事案の調査協力を請われるとは思いも寄らなかった。
 ひとしきり有里が語ったあとを継いで、恵子は、「夢見るハーブの会」集団死事件を大まかに語った。
「確かに、似たところがあるわね」
 有里は並々ならぬ関心を示し、ふたつの事件の共通項をまとめた。
1)ほぼ同時に健康な人間が突然死した。
2)死因が今もって不明のまま。
 知る限りの情報を互いに開示した後、恵子と有里は意見を交わして、論理的に筋道が通る仮説を導き出そうとした。
 十五年の時を隔てたふたつの事件が、同じメカニズムで引き起こされたと仮定した場合、その原因として何が考えられるだろうか……。死因が不明のままという現状にかんがみれば、「未知の要因」が関与している可能性が高くなる。既知の毒の類いであれば、検出はそう難しくないが、新型のウィルスや細菌が出現した場合、その特定に時間を要するのが通例である。
 過去の大規模感染事例においても、初期の段階で迅速かつ的確な対応ができた例はあまりない。新種のウィルスが出回っていると判明したときには、既に多くの日数が経過しているものである。
 次に問題となるのは、ウィルス、細菌などの「未知の要因」が、同時に複数の人間に感染した経路である。
 たとえばウィルスの場合、飲食物が口から入ってうつる「経口感染」、輸血やセックスでうつる「血清感染」、空気中を漂うウィルスが粘膜に付着してうつる「空気感染」、人間以外の昆虫や動物が広げる「媒介感染」の四種類がある。
 複数の人間がほぼ同時に死んだ事実を念頭において消去していけば、最後に残るのは「経口感染」のみであろう。毒性のガスや、注射針等の使用は、現場に証拠品が残ってしまう。
 ところが、現場に残っていた飲食物を分析しても、それらしきモノは何も発見できなかった。なぜ、なのか。未知のものである上、一見して見慣れたものであるために、見落とされてしまったのではないか……。
 しかも、複数の人間がそのモノを同時に摂取したとしか考えられない。効果が現れるまでの時間が一定であると仮定し、なおかつ、摂取時間を一致させなければ、ほぼ同時に死んだことの説明ができないからだ。
 恵子は、上原が下した推理を思い出していた。
 ……死の直前、「夢見るハーブの会」の信者は何らかの儀式を執り行っていたのではないか。
 儀式ならば、七人が同時に同じモノを口に入れるシチュエーションが生じないとも限らない。
 都内マンションと自衛隊官舎で、二人の男性が同じモノを口に入れる状況として何が考えられるのか。
 恵子と有里は、議論を重ねながら、複数の人間を同時に死に追いやった「未知のモノ」を特定するのが最優先事項であろうと、今後の調査方針を一本に絞り込んでいった。
「こんな場合、プロの探偵なら、まずどこに目をつける?」

(続きは本書でお楽しみください)

作品紹介



書 名:ユビキタス
著 者:鈴木 光司
発売日:2025年03月26日

人間たち、完全に絶望せよ。日本ホラー界の帝王、16年ぶりの完全新作!
原因不明の連続突然死事件を調べる探偵の前沢恵子は、かつて新興宗教団体内で起きた出来事との奇妙な共通点を発見する。恵子と異端の物理学者・露木眞也は「ヴォイニッチ・マニュスクリプト」と事件との関連性に気づく。だがそのとき、東京やその近郊では多くの住民の命が奪われはじめていた――。

詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322411000026/
amazonページはこちら
電子書籍ストアBOOK☆WALKERページはこちら

著者プロフィール

鈴木光司(すずき・こうじ)
1957年生まれ、静岡県浜松市出身。1990年に『楽園』で第2回日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞しデビュー。1991年刊行の『リング』が大ヒット。1995年刊行の『らせん』で第17回吉川英治文学新人賞を受賞。2008年刊行の『エッジ』は米国でシャーリイ・ジャクスン賞を受賞。


紹介した書籍

関連書籍

おすすめ記事

MAGAZINES

小説 野性時代

最新号
2025年4月号

3月25日 発売

ダ・ヴィンチ

最新号
2025年5月号

4月4日 発売

怪と幽

最新号
Vol.018

12月10日 発売

ランキング

書籍週間ランキング

1

意外と知らない鳥の生活

著者 piro piro piccolo

2

ご自愛サウナライフ

原案 清水みさと 漫画 山本あり

3

雨の日の心理学 こころのケアがはじまったら

著者 東畑開人

4

気になってる人が男じゃなかった VOL.3

著者 新井すみこ

5

あきらかに年齢を詐称している女子高生VTuber 2

著者 なまず

6

メンタル強め美女白川さん7

著者 獅子

2025年4月14日 - 2025年4月20日 紀伊國屋書店調べ

もっとみる

アクセスランキング

新着コンテンツ

TOP