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試し読み

【池井戸潤「民王」待望の続編】9/28発売の新作試し読み! 第二次泰山内閣発足直後、目玉のマドンナ大臣が乱心し……。『民王 シベリアの陰謀』#2

あの「民王」が帰ってきた!
新作『民王 シベリアの陰謀』がいよいよ9月28日に発売予定。第二次内閣を発足させたばかりの武藤泰山を絶体絶命のピンチが襲う! 冒頭部分を5回に分けて特別掲載します。

『民王 シベリアの陰謀』#2

第一章 マドンナの乱心

 パーティは佳境を迎えようとしていた。
 ゆうらくちようにあるホテルイースタン。公園にほど近いこのホテルで最大の宴会場、「ほうおうの間」には新大臣を激励しようと千人近いパーティ客が駆けつけており、低めに設定された空調にもかかわらず汗がにじむほどの熱気である。
 人いきれのする会場の正面には、「こう西さいれい大臣を励ます会」の横断幕。ここにいるのは、高西の地元北海道から大勢駆けつけた支援者をはじめ、各企業の代表、民政党関連議員、そして多くのマスコミたちだ。
「それではここで、高西麗子大臣より、本日この会にいらしていただいた全ての皆様に、ひと言、ごあいさつ申し上げます」
 司会進行役の案内に、拍手と歓声が会場に沸き起こった。
 照明が暗転し、ちょうどパーティ会場の中央にいた高西にスポットライトが当たると、筋肉質の堂々たる体格がモーゼのごとく人垣を割って壇上へ近づいていく。
 高西麗子は、北海道出身の四十五歳。元プロレスラーというユニークな経歴ながら、環境問題で頭角を現し、いまや並ぶ者のない論客として存在感を放っている。
 その高西を環境大臣に起用したのは、昨年発足した第二次武藤泰山内閣の、いわばサプライズ人事というやつだ。
「よっ、マドンナ!」
 威勢のいい掛け声があちこちから上がった。「マドンナ」は、高西のリングネームだ。いまでも親しい者たちは高西のことを「マドンナ」と呼ぶ。
〝泰山内閣のマドンナ〟となった高西には、新環境大臣として豪腕を期待され、ゆくゆくは初の女性内閣総理大臣になるやも、という気の早い衆望すらあるほどである。
 さて──いまその高西は舞台中央に立ち、まぶしそうにスポットライトを見上げたところであった。
 それも束の間、自分に注目するパーティ参加者に向かって、「皆様のマドンナ、高西麗子でございます」、という高らかな第一声を放つ。
「私はこれまで、この地球を巡る様々な環境問題にスポットライトを当ててきました。いま浴びているこのスポットライトより、まぶしく強い、正義のライトです」
 とスポットライトへ手をかざし、「──ちょっと。これどうにかならないの。私をまたリングに上がらせるつもり?」。
 笑いの中、舞台そでにいた秘書が駆けだしていったが、気の利かない照明係のせいで一向にスポットライトは弱まらなかった。
「我が国の環境問題、とくに脱炭素の取り組みは、欧米と比べて相当の遅れを取っています」
 高西は続ける。「原子力発電への不信感。それを補う火力発電の──」
 どよめきを誘う異変が起きた。
 高西の巨体が見えないひじ打ちでも食らったようにぐらりと揺れたのである。
「おい、大丈夫か。マドンナ」
 舞台前にいる支援者たちが駆けよった。
「おい、早くスポットライト消せ!」
 誰かが叫んだが、それを制するように高西は体勢を立て直す。だが、その表情はゆがみ、体調の異変ぶりは誰の目にも明らかだ。
「ああ、大丈夫です。ちょっとその──まいが、した、だけですから」
 途切れ途切れにいった高西は、再びスピーチを続けようとした。一語一語を刻むように。「──原発事故、以来、火力発電の、増加で、電力構成は、変動を、余儀なくされ、脱炭素の、構造は、むしろ──後退しています。じゃあ、どうすれば、どうすればいいでしょうか」
 何が起きているのかはわからない。
 突然の体調の変化にもかかわらず、スピーチを続ける高西のはくに会場が飲み込まれようとしている。だが──。
「いったい私たちはどうすれば──」
 高西のひざががくりと折れた。
 それまで息を詰めて見守っていた秘書たちが壇上に駆けより、会場が騒然となった。もはや挨拶どころではない。舞台に両膝をついた高西を両側から抱え上げようとするが、なにしろ巨体である。
 しかし、このとき信じられないことが起きた。
 高西の太い腕がいつせんしたかと思うと、取り囲んでいた者どもがのごとく吹き飛ばされたのだ。
 ゆっくりと立ち上がった高西の目に、何か得体の知れない光が宿っている。
 まえかがみになり、両手を突き出して立つ様は、タックルを狙うプロレスラーのようだ。
 低くどうもうな声が漏れ始めた。
「落ち着いてください、大臣。うわっ」
 再び高西に近寄った秘書が、強烈な一撃とともに吹き飛ばされた。さらに数人が、すさまじいりよりよくの前になすすべもなくらされていく。
 もはやプロレスの場外乱闘だ。
 パーティ会場はこんとんとし、蜂の巣をつついたような騒ぎになった。
 順風満帆だったはずのマドンナの政治家生命はとつじよ、大海の荒波に放り込まれ、木っ端のようにほんろうされはじめた。

たいさん、泰さん。えらいことですよ」
 官房長官の狩屋こうが、総理大臣執務室に飛び込んできたのは、高西が会場から運び出されて間もない頃であった。
「どうした、カリヤン。財布でも落としたか」
 のんな声でいい、泰山は爪を切っている。
「冗談いってる場合ですか。いまね、マドンナの秘書から連絡があったんですが、パーティ中に体調を崩して病院に運び込まれたらしいんですよ」
「誰が」
「だから、マドンナですよ」
 泰山はようやく顔を上げた。
「鬼のかくらんってやつだな」
「そんな悠長な話じゃありませんって。パーティ会場で突然暴れ出したらしいんですよ。みんなで押さえつけてとりあえず救急車で病院に運んだそうです。そもそも微熱もあったそうで」
「いったいなにを食ったんだ、マドンナは」
「昼にたい焼きを食べたそうです」
「どこのだ」
 鯛焼きには目がない泰山はきいた。
あさくさあみもとの鯛焼きです」
「あそこのなら大丈夫のはずだがな」
「三十個食ったそうです」
「なに、三十個……」
 腕組みをして、泰山は胸に浮かんだ疑問を口にした。「マドンナにしては少なくねえか」
「言われてみれば。微熱のせいですかね」
「かも知れん。どうせマドンナのことだ。病院で『せいがん』でも処方してもらってすぐに出てくるだろうよ」
 さして気にも留めなかった泰山であったが、それが楽観に過ぎたと知ったのは翌朝のことであった。
 精密検査に回された高西が、謎のウイルスに感染していることが判明したからである。

つづく

作品紹介『民王 シベリアの陰謀』



民王 シベリアの陰謀
著者 池井戸 潤
定価: 1,760円(本体1,600円+税)
発売日:2021年09月28日

謎のウイルスをぶっ飛ばせ!!
「マドンナ・ウイルス? なんじゃそりゃ」第二次内閣を発足させたばかりの武藤泰山を絶体絶命のピンチが襲う。目玉として指名したマドンナこと高西麗子・環境大臣が、発症すると凶暴化する謎のウイルスに冒され、急速に感染が拡がっているのだ。緊急事態宣言を発令し、終息を図る泰山に、世論の逆風が吹き荒れる。一方、泰山のバカ息子・翔は、仕事で訪れた大学の研究室で「狼男化」した教授に襲われる。マドンナと教授には共通点が……!? 泰山は、翔と秘書の貝原らとともに、ウイルスの謎に迫る!!
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322104000661/
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