澤村御影さんの大人気民俗学ミステリシリーズ第2弾『准教授・高槻彰良の推察2 怪異は狭間に宿る』が5月24日に角川文庫より発売されました。発売を記念し、カドブンでは、2日間にわたって試し読みを配信します! 一度読めばハマること間違いなし! ぜひこの機会に読んでみてください。
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【これまでのあらすじ】
噓を聞き分ける大学生・深町尚哉は、怪異収集家の准教授・高槻とともに、町の小学校で噂になっている「コックリさん」の調査をすることに。放課後、コックリさんをやったら、それからおかしなことが沢山起きるようになり、児童たちは、教室のロッカーにコックリさんが棲み付いて皆を呪っている、と信じ込んでいるのだという。実際にコックリさんをやった少女たちに直接話を聞こうとする高槻と尚哉だが――。
高槻が尋ねた。
「あれが、問題のロッカーですか?」
「いえ、例のロッカーは、子供達があんまり怖がるんで、空き教室に移してしまいました。あれは、代わりに運んできたものです」
まりか先生が答える。
成程、と高槻はうなずき、それからまた女子達に視線を戻した。
「それじゃ、コックリさんをやっていたときの詳しい状況を聞かせてもらってもいいかな。皆、そのときと同じ席に座ってみてくれる?」
高槻の言葉に、女子達が窓際の席に移動した。
前から二列目の窓際の席に理帆が、その隣にあかりが座る。杏奈はその後ろの三列目窓際だ。理帆とあかりは椅子に横向きに座り、杏奈の席を振り返る形になっている。
「その席で間違いないんだね?」
「うん、そう。あたし達、ここでコックリさんをやったの。それで……」
杏奈がまりか先生を見る。まりか先生は「いいのよ」というようにうなずき返し、後を引き取る形で話し始めた。
「──うちの学校では、別にコックリさんは流行っていなかったんです。でもこの子達、塾で仲良くなった他所の学校の子から、コックリさんのやり方を聞いたらしくて。自分達もやりたくなって、あの日、そこの席でコックリさんを始めたんです」
杏奈達が「コックリさんコックリさん、おいでください」と何度か唱えると、やがて十円玉はすいすいと動き出したという。
杏奈達は、他愛のない質問を幾つもコックリさんに向かってした。好きな男の子の名前を挙げて「彼が好きな女の子は誰ですか」と尋ねたり、「将来結婚する相手の名前は何ですか」と訊いたり。その度に十円玉はすいすいと動き、皆驚いたようにそれを見つめては、小さな声で笑い合った。
けれどそのうちに、尋ねる質問も尽きてきた。
そろそろ終わりにしようという話になり、杏奈達は「コックリさんコックリさん、お戻りください」とお願いした。
だが、十円玉は、その場でぐるぐる回るばかりで、止まらなかった。
「え」「やだ」「どうして」と戸惑いながらも、杏奈達は「お戻りください」と繰り返した。けれど、やはり十円玉は止まらない。
そしてそのうちに、すいっと「いいえ」のところに動いたのだ。
杏奈達は震え上がった。コックリさんが帰ってくれない。それどころか、帰るのが嫌だと言っている。
「お戻りください」「いいえ」「お戻りください」「いいえ」──そんなやりとりを何度も繰り返した後、たまりかねたように理帆が「あなた一体誰なんですか? さっさと帰ってよ!」と叫んだ。
すると十円玉は、五十音の平仮名が並んだ方へとすいっと動き──「ち」「な」「つ」と順番に指し示した。
さらなる異変が起こったのは、その直後のことだった。
かちゃん、という小さな音が、教室の後ろの方から響いたのだ。
杏奈達もまりか先生も、思わずそちらを振り返った。
すると、教室の隅に置かれたロッカーの扉が、きいいっと小さく軋みながら、ゆっくりと開き始めたのだという。
「それを見たこの子達は、一斉に悲鳴を上げて……教室から逃げ出したんです」
「『コックリさんが帰っていないのに中断してはいけない』というルールなのに?」
高槻が女子達に向かって首をかしげると、三人はばつが悪そうに目を伏せた。
杏奈が代表して口を開く。
「だって……本当に怖くて。ルールどころじゃなかったんだもん」
「まあ確かに、勝手にロッカーが開いたりしたら、怖いよね。それで、その後は?」
「この子達が廊下を走っていったので、私も慌てて後を追いかけました」
再び、まりか先生が当時のことを話し始めた。
まりか先生が彼女達に追いついたのは、昇降口だった。三人とも下駄箱の前に座り込んでわあわあ泣いており、まりか先生は必死に彼女達をなだめたという。
「あまりの騒ぎに、まだ校内に残っていた他の児童や教員が集まってきてしまって……事情を聴かれて、コックリさんをやったことや、ロッカーが勝手に開いたことを話してしまったんです。それが校内に怪談として広まったみたいで」
まりか先生が困り果てた顔をしながら言う。
片手で軽く顎をなで、高槻が尋ねた。
「それで、その後はどうしたんですか?」
「ええ、泣いているこの子達を他の先生にお願いして、私は一旦教室に戻りました」
「お一人で? そんな怖いことがあったのに、まりか先生は勇敢ですね!」
「そ、それはまあ、ちょっと怖かったですけど……他の先生についてきてほしいとお願いするのも気が引けまして。それにこの子達、鞄を教室に置き忘れていたんです。コックリさんに使った紙も放置したままでしたし、そのままにはしておけなくて……」
「教室の様子はどうでしたか?」
「特に変わりはありませんでした。ロッカーの扉は開いたままで、この子達が使ったコックリさんの紙が机の上にあって。……私、一応ロッカーに近寄ってみたんです。でも、別におかしなところはなかったように思います。それに、あのロッカーはもう古くて、金具がだいぶ緩くなっていたんです。ですから、前にも勝手に開いたことがあって。だけど念のために扉を閉めて、この子達の鞄を持って教室を出ました」
「コックリさんに使った紙はどうしたんですか?」
「それも回収して、後で焼却炉に捨てました。子供の頃にコックリさんをやったとき、使った紙は燃やさなくてはいけないというルールだった覚えがあって……」
「ああ、それが一般的ですね。──それで? その後、他に異変はありませんでしたか? コックリさんをした中の誰かが体調を崩したりとか、そういうことは」
「いえ、特には……この子達も少ししたら落ち着きましたし。異変と呼べるようなことは起こっていません」
まりか先生がそう答えた途端、女子達がそろって首を横に振った。
「噓、怖いこといっぱい起きたよ!」
「勝手にロッカーが開くことが増えたの!」
「授業中とか、放課後とか! それに、ロッカーの中から声がするのを聞いた子だっているよ! あれは絶対千夏ちゃんの声だったって!」
三人が口々に言う。
高槻が女子達の方に身を乗り出した。
「千夏ちゃんの声?──それじゃ君達、コックリさんが示した『ちなつ』という名前に心当たりがあるんだね?」
すると彼女達は、急に口ごもった。何か後ろめたいことでもあるかのように視線を交わし、うつむいてしまう。
替わって口を開いたのは、まりか先生だった。
「千夏ちゃん──水沼千夏ちゃんは、夏前まで五年二組の児童だった子です」
過去形で、まりか先生は千夏のことを話した。
「千夏ちゃんは生まれつき心臓が悪くて、小学校にもほとんど来られなかったんです。五年生に進級してからも、教室に来られたのは二回だけで。それで、手術を受けるために遠くの病院に入院することになって……夏休み前に、引っ越していったんです」
あそこが彼女の席でした、とまりか先生が指し示した場所は、教室の一番後ろの、ちょうど掃除用具用のロッカーの前だった。
そのときだった。
「──素晴らしい」
高槻が、ぼそりとそう呟いた。
え、という顔で、まりか先生が高槻を見る。
高槻が握手でも求めるかのように右手を差し出した。やや困惑した表情のまま、まりか先生もつられたように手を差し出す。
すると高槻はその手を握り、まるでダンスにでも誘うかのごとく、優雅な動きでまりか先生を己の方へ引き寄せた。どきりとした様子で高槻を見上げたまりか先生の顔をすぐ間近から覗き込み、高槻が言う。
「本当に素晴らしい。完璧です、まりか先生」
「え? え? あ、あの……っ?」
まりか先生が戸惑った声を上げる。が、高槻は満面の笑みを浮かべて続ける。
「他愛のない遊びだったはずのコックリさんの暴走から始まり、ロッカーの怪異へとつながって、その裏付けとして浮かび上がるかつての同級生の死! 怪談としては完璧な構造ですよ! 話が広まるうちにオチが『ロッカーに近づくと違う世界に連れていかれる』になったのも、もともとこの話に死の影がついていたからですね! きっと『違う世界=死者の世界』という意識なんでしょうね、ああ本当に素敵だ!」
まずい、と尚哉は慌てて高槻の傍に寄った。
せっかくここまで割と紳士的な振る舞いで通せていたというのに、ここにきてやっぱり高槻の理性が吹っ飛んだ。何しろ怪異は高槻の大好物だ。目の前に好みの怪談を差し出されれば、高槻は大喜びで食らいついていく。こうなってしまうと、基本的には誰かが止めない限り止まらない。散歩中にすれ違った相手にわふわふと抱きつきにいく大型犬のごとく、相手を熱烈に抱きしめかねない。
尚哉が高槻に助手として雇われている理由の半分は、高槻が理性を飛ばしたときに常識担当として止めに入るためだ。尚哉は高槻の肩に手を置き、まずは冷静に諭した。
「高槻先生。ちょっと落ち着きましょうか、まずは手を放しましょうね、ほら早く」
「何を言ってるんだい、深町くん! 君も聞いたろう? これはつまり、死んだ同級生が降霊術によって帰ってきたということだよ! 実に興味深い話だと思わないかい、これで落ち着いていられる人なんているわけがないよね!」
「いや、あんた以外は全員落ち着いてますからね!?」
駄目だこの三十四歳、と尚哉は内心で頭を抱えた。こういうときは本気で犬用のリードが欲しいと思う。ただでさえ高槻は相手との対人距離が近すぎるのだ。女性相手に気安く手を取ったり顔を近づけたりして、そのうちこの人は痴漢かセクハラで捕まるのではないかと心配で仕方がない。周りにちらと目をやれば、智樹や女子達は皆ぽかんと口を開けてこっちを見ている。このままでは高槻の立場と信用がやばい。
「……あ、あのっ」
そのとき、高槻に迫られながら、まりか先生が絞り出すような声を出した。
「し、死んでません! 死んでないんです、千夏ちゃんは!」
「……はい?」
「……え?」
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准教授・高槻彰良の推察2 怪異は狭間に宿る
著者:澤村 御影 / カバーイラスト:鈴木 次郎
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