THE ORAL CIGARETTES 山中拓也フォトエッセイ『他がままに生かされて』
大反響により台湾での翻訳版出版決定!
人気ロックバンド・THE ORAL CIGARETTESのボーカルで、ほぼ全楽曲の作詞・作曲を務めるフロントマン、山中拓也。彼が紡ぐ、人間の本質を表す言葉は、なぜ多くの若者を虜にするのか。そして、いかに生み出されるのか。そんな彼の半生や人生観。過去と未来のこと。今の時代に伝えたいことを綴ったエッセイ『他がままに生かされて』(2021年3月2日発売)が、大反響により台湾での翻訳出版が決定!
それを記念し、特別に第1章「汚れた感情の向こう側」全話を10日間連続で公開中です。
『他がままに生かされて』試し読み#9
ゴッドマザー
大学、という響きには「夢のキャンパスライフ」という憧れに似たイメージがあった。まさにオレンジデイズのような甘い恋愛をして、友だちと旅行に行き、あんなことやこんなことまで…。しかし、そんな現実はやってこなかった。
実は、僕が高校3年生の受験期を必死に過ごしていた頃、母が乳がんと診断されたのだ。勉強を終え帰宅すると、洗面所にある鏡の前で泣いている母を見たこともある。手には?と大量に抜け落ちた髪の毛。治療に必要とはいえ、抗がん剤の副作用は母の精神を苦しめていった。母親が、がんになったと聞いたとき、真っ先に浮かんだのは「僕のせいだ」という五文字。関係ないと思う人もいるだろう。そんなのこじつけだと笑う人もいるはずだ。だけど、今まで語ってきたように中学生の僕は母と衝突し、母の顔面を殴り、高校に入っても2度停学処分になるなど、これでもかというくらいに心配をかけてきたのだ。このストレスがまったく関係ないとは思えない。
家には僕と母の二人きり。兄は早くに家を出ていたし、父も海外出張からほとんど帰ってこない。僕も大学に入ったら神戸で一人暮らしをする予定だったが、そうしたら母はどうなるだろうか。薬の副作用で手がむくみ、荷物すらまともに持てない母を置いて、自分の夢見たキャンパスライフを送る? そんなことできるわけがない。「今まで心配かけた分、回復するまで面倒見よう」そう心に誓い、実家から片道2時間かけて通学することにした。
仕方がないことだ、と分かってはいたが、当時父がほとんど家に帰ってこないことを僕は不満に思っていた。父が出張から帰ってきたタイミングで僕はその苛立ちをぶつけることになる。
「自分が好きで結婚した人ちゃうん? おかんが大変なときくらい、もう少し多めに家に帰ってくるとかできんの? 俺、一人暮らしやめてここにいるんやけど」
「別に一人暮らししたらええやないか」
簡単に言ってくれる。まるで、今日の晩御飯を決めるくらいに軽い受け答えだった。その答えに納得できない僕は、食い下がる。
「そしたらおかんはどうするん?」
「そんな心配いらんやろ」
その言葉を聞いた瞬間、僕は父に対して怒りが込み上げ、気付いたら怒鳴っていた。
「この家族には信頼も愛もクソもないなぁ!」
父への苛立ちと同様、僕は兄にも不満を感じていた。たまに会えば「おかんに優しくしてやれよ」という説教じみた言葉を言われるだけ。優しくしてやれ? 遠くで一人暮らしして、自分の生活が何ひとつ変わらない人間がよくもそんなこと言えるな、と思っていた。言うだけなら誰にだってできる。優しいフリをすることだって簡単だ。こうして、僕は父と兄に対する信頼を失ってしまったのだ。
通院するようになった母は、日に日に弱っていくように見えた。もちろん、薬の副作用のせいなのは分かっている。これが回復するために必要な時間なのも理解している。それでも、腕がパンパンにむくんでいる姿や、眉根に皺を寄せて苦しんでいる様子を見れば不安に駆られた。
悪いことは重なるものだ、とよく言われるが僕の場合も例外じゃない。僕には当時高校時代から付き合っている彼女がいた。同じ塾に通っていた子で、「浪人することにはなっちゃうけど、このまま塾に通って自分の行きたい大学を目指すね」と話していた。本気で結婚を考えていたし、家族同士の仲も良好。そんな中、高校時代の友だちから耳を疑うような話を聞いた。
「○○ちゃん、俺らが教えてもらってた塾の先生と付き合ってる?」
嫌な予感は的中。僕の受験が終わった一週間後に電話がかかってきた。内容は、僕よりも塾講師を好きになってしまった…というもので、塾講師に彼女を奪われるという形で彼女との関係は終わった。
結婚まで考えていた彼女と別れ、僕は部屋にこもって沈んだ時間を過ごしていた。そんな僕を心配した母は、体調が優れないのに僕の部屋まで来て「これからもっとええ人が現れるんやから大丈夫」と声をかけてくれた。僕のメンタルが落ち込んだ1ヶ月間、ずっと僕のことを気にして励ましてくれた母。近くにいて母を助けているつもりが、結局また僕は母に助けられていた。今、当時のことを振り返ってみると、母親の偉大さに改めて気付かされる。自分が辛いときでも、子どもが困っていたら何でもする、という温かい気持ちに頭が下がる思いだ。
母の病状は、胸の切除手術や再発を抑える処置などを経て、僕が大学2年生になる前にはかなり良くなっていた。僕は女性ではないから、本当の意味で片方の胸を失う辛さは分からない。それでも、自分の身体にメスを入れられる恐怖や、身体の一部分を失う不安は、僕にも分かる。この話は、またのちほど語ることにしよう。
(つづく)
作品紹介・あらすじ
他がままに生かされて
著者:山中拓也
定価:2,090円(本体1,900円+税)
発売日:2021年3月2日
ロックバンド・THE ORAL CIGARETTESで、作品の作詞作曲を手掛けるフロントマン、山中拓也。
彼が紡ぐ、人間の本質を表す言葉は、なぜ多くの若者を虜にするのか。そして、いかに生み出されるのか。
生死をさまよった病、愛する人の裏切り、声を失ったポリープ手術、友人の死etc.
そこには数多の挫折や失敗があり、周りにはいつも支えてくれた家族や仲間、恩人たちの存在があった。
山中拓也は、これまでもこれからも、他に生かされて我がままに生きていく。
そんな彼の半生や人生観。過去と未来のこと。今の時代に伝えたいことを綴ったエッセイ。
故郷・奈良の思い出の地巡り、ドイツや国内で撮影した作品写真、貴重なレコーディング風景など撮り下ろし写真も多数収録する。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322009000608/
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