わたしは探している。〈人を殺せる〉怪談を。
第41回横溝正史ミステリ&ホラー大賞〈大賞〉受賞作!
10月22日に発売された、第41回横溝正史ミステリ&ホラー大賞〈大賞〉受賞作にして、新名智のデビュー作『
本作は、“体験した人が死ぬ怪談”を探す怪談師の三咲と、“呪いか祟りで死にたい”カナちゃんのふたりが、本物の怪異を追い求める物語。
怪談を探すミステリであり、怪異とめぐりあうホラーでもある、選考委員の絶賛を浴びた大注目小説を、まずは試し読みからお楽しみください。
『虚魚 』試し読み#19
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本当はまだ明るいうちに行こうと思っていたのに、宿でのんびりしすぎたせいで、池に着いた頃には、もう真っ暗闇になっていた。あたりは入り組んだ住宅地で、スマートフォンの地図を頼りになんとか見つけ出した。話に聞いた通りの雑木林があったが、公園や神社のような雰囲気ではない。
街灯などはもちろんなさそうだったので、用意していた懐中電灯をつけた。砂利の敷かれた道をしばらく歩くと、暗闇の中に金属製のフェンスが浮かび上がる。立入禁止、と書かれた看板があり、他にも釣り禁止だとか、町役場の担当部署の名前だとかがフェンスのあちこちに掲示されていた。どうやらここで間違いなさそうだ。
話の中では、どこかにフェンスの切れ目があるということだったが、部外者のわたしたちには見つけられそうもない。仕方がないので、フェンス越しに中の池を懐中電灯で照らした。フェンスからさらに四、五メートル奥に行ったあたりに、てらてらと光る水面が見える。
ふと振り返ると、カナちゃんの姿がない。
「こっち、こっち」
わたしがあちこちに光を向けて捜しているのに気づいたのだろう。少し離れたところからカナちゃんの声がした。
「ここ、金網がめくれてる」
近づいてみると、たしかにそこだけフェンスの金網が枠から外れて、少し丸まった状態になっていた。めくると、ひとりならくぐれる程度の大きさの穴になった。例のカップルが通った場所かもしれない。
「入ってみる?」
やめる理由はなかった。わたしがうなずくと、カナちゃんはさっさとくぐって奥へ行ってしまう。わたしもライトを手に追いかける。金網の端で手を切らないよう、慎重に通り抜けた。その間にカナちゃんはもう水辺まで行っていた。
池の周囲に明かりはなかったが、林の外はすぐ人家なので、一寸先も見えない、というほどではない。しかし、それでも懐中電灯がないと足元がおぼつかない。カナちゃんはよくあんなに歩けるな、と思った。
近づいて声をかけようとすると、その前にカナちゃんが言った。
「何か聞こえない?」
一瞬、ぞくりとした。会話をやめて耳をすます。林の奥からぎゅうぎゅうという鳴き声がしきりに聞こえてくる。種類はわからないが、たぶんカエルだろう。
と、どこかで水の跳ねる音がする。
はっとしかけたが、まだ例の音かどうかわからない。池の近くなのだから、水の音がしたって別に不思議じゃない。どうやらカエルもいるようだし、
しばらく待っていたが、次の水音は聞こえてこなかった。わたしは懐中電灯の光を水面に向ける。
池の中央付近を光が通り過ぎる瞬間、水に入っていく何かの姿が目に映った。
「……今の見た?」
「見た。なんかいたね」
ふたりとも見ているなら錯覚ではなさそうだ。光に反応して魚が跳ねたのだろうか。あるいは、岩のようなものが水面に突き出していて、光源がすばやく動いたためにその岩も動いて見えたのか。そう思ってもう一度、水面をゆっくりライトで照らしていったが、今度は何も見えなかった。
動けずにいるわたしをよそに、カナちゃんが一歩ずつ、池に向かって歩き始める。
つづく
『虚魚 』新名智
第41回横溝正史ミステリ&ホラー大賞<大賞>受賞作
虚魚
著者 新名 智
定価: 1,815円(本体1,650円+税)
発売日:2021年10月22日
わたしは探している。<人を殺せる>怪談を。 横溝賞<大賞>受賞作。
“体験した人が死ぬ怪談”を探す怪談師の三咲は、“呪いか祟りで死にたい”カナちゃんと暮らしている。幽霊や怪談、呪いや祟り、オカルトや超常現象。両親を事故で亡くした日から、三咲はそんなあやふやなものに頼って生きてきた。カナちゃんとふたりで本物の怪談を見つけ出し、その怪談で両親を事故死させた男を殺すことが、いまの三咲の目標だ。
ある日、「釣り上げた人が死んでしまう魚がいる」という噂を耳にした三咲は、その真偽を調べることにする。ある川の河口で似たような怪談がいくつも発生していることがわかり、ふたりはその発生源を求めて、怪異の川をたどっていく。“本物”の怪談に近づくうち、事情を抱えるふたりの関係にも変化がおとずれて――。
選考委員の絶賛を浴びた第41回横溝正史ミステリ&ホラー大賞<大賞>受賞作。
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「ナキザカナプロジェクト」
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