わたしは探している。〈人を殺せる〉怪談を。
第41回横溝正史ミステリ&ホラー大賞〈大賞〉受賞作!
10月22日に発売された、第41回横溝正史ミステリ&ホラー大賞〈大賞〉受賞作にして、新名智のデビュー作『
本作は、“体験した人が死ぬ怪談”を探す怪談師の三咲と、“呪いか祟りで死にたい”カナちゃんのふたりが、本物の怪異を追い求める物語。
怪談を探すミステリであり、怪異とめぐりあうホラーでもある、選考委員の絶賛を浴びた大注目小説を、まずは試し読みからお楽しみください。
『虚魚 』試し読み#20
「ちょっと、何してるの」
「また何か聞こえる」そう言ってカナちゃんはこちらを振り返った。「ほらまた、あっち側で」
カナちゃんは、わたしたちから見て左の方向を指差した。
「水の音?」
「違う、なんかしゃべってるみたい。よく聞き取れないけど、日本語っぽい」
わたしはそちらに光を向けかけて、急いでやめた。池のどの方向にも他の光はない。つまり、しゃべっているものの正体が人だったとして、彼らは明かりを持っていないか、わざと消しているということだ。
「近所の人かもしれないよ。地元の不良とか」
「だったらもっとにぎやかでしょ。ぼそぼそ、切れ切れに聞こえるの」
「強盗とか、レイプ魔かもしれないよ」
「こんなだれもいない場所に?」
カナちゃんはわたしのほうを振り向いて、手招きした。
「行ってみようよ。河童かもしれない」
カナちゃんは、まるで散歩に誘うみたいに、軽くそう言った。いつもと同じだ。わたしは胸騒ぎがした。理由はわからない。ただ、なぜかカナちゃんを行かせてはいけない気がする。
「もういいよ、帰ろう」
それだけ言うと、わたしはカナちゃんの手首を強く握り、なかば引っ張るようにして池から離れた。後ろからはカナちゃんの抗議が聞こえてくる。
「ちょっと、痛いよ、やめてよ!」
わたしはそれを無視した。とにかくこの場所から遠ざかることが優先だ。フェンスの裂け目があった場所まで早足で急ぐ。本当に怪談だったらこの穴も消えているところだが、幸いにして変化はなかった。
「早く出て」
「なんで、チャンスじゃん。本物の怪現象かもしれないのに」
「いいの。とにかく、今夜はだめ」
「なんで……」
「お願い、言うことを聞いて」
わたしが懇願すると、カナちゃんは逆らわなかった。彼女が金網をくぐり抜けるのを見届け、わたしも続こうとしたところで、背後の池から大きな音がした。
ばちゃああん。ばちゃん。
わたしは振り返らずに裂け目を通って外に出た。
池から宿に帰るまでの間、わたしたちはお互いに口を開かなかった。カナちゃんは、もしかすると怒っているのかもしれなかった。それか失望しているのかもしれない。人が死ぬ呪いを試すだなんて言っておいて、いざ奇妙なことが起きたらこのざまか、と。
わたしにも不思議だった。どうしてわたしはあんなにも怯えたのだろう。いわくつきの場所へ出かけた経験は二度や三度ではない。そこで怪しい物音を聞いた経験など数え切れないほどある。それでも、今夜のように取り乱しはしなかった。
宿に着いたのは十時近くだったが、大浴場はまだ開いていた。もう一度、お風呂に浸かりたい気分だった。カナちゃんは疲れたといって布団に入ってしまったので、わたしはひとりで汗を流した。
頭の中では、もう言い訳が出来上がっている。わたしの目的は、呪いの正体を見極めて、あわよくば利用することだ。カナちゃんがむやみに危ない目にあうところを見たいわけでもないし、そもそも人間の犯罪者に襲われたらどうしようもない。
でも、本心はまだ混乱している。
水の音がしたからかもしれない、と思った。池を満たしていた黒い水が、まるであのときのように見えたからだ。わたしの両親を殺した川の水と、あの池に淀んでいた水とが同じに思えたから、わたしはカナちゃんの腕を摑んだ。あの子を行かせたくないと思った。
温かい湯の中で手足を広げ、浮かぶようにして天井を見上げる。
ひょっとして、わたしはカナちゃんを死なせたくないのだろうか。うすうす感じながら、でも、結論は出せなかった。
続きは本書でお楽しみください
『虚魚 』新名智
第41回横溝正史ミステリ&ホラー大賞<大賞>受賞作
虚魚
著者 新名 智
定価: 1,815円(本体1,650円+税)
発売日:2021年10月22日
わたしは探している。<人を殺せる>怪談を。 横溝賞<大賞>受賞作。
“体験した人が死ぬ怪談”を探す怪談師の三咲は、“呪いか祟りで死にたい”カナちゃんと暮らしている。幽霊や怪談、呪いや祟り、オカルトや超常現象。両親を事故で亡くした日から、三咲はそんなあやふやなものに頼って生きてきた。カナちゃんとふたりで本物の怪談を見つけ出し、その怪談で両親を事故死させた男を殺すことが、いまの三咲の目標だ。
ある日、「釣り上げた人が死んでしまう魚がいる」という噂を耳にした三咲は、その真偽を調べることにする。ある川の河口で似たような怪談がいくつも発生していることがわかり、ふたりはその発生源を求めて、怪異の川をたどっていく。“本物”の怪談に近づくうち、事情を抱えるふたりの関係にも変化がおとずれて――。
選考委員の絶賛を浴びた第41回横溝正史ミステリ&ホラー大賞<大賞>受賞作。
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「ナキザカナプロジェクト」
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