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試し読み

呪いの魚の噂のある地域には、河童が出る池の怪談もあった。わたしはカナちゃんに怪談を語る。『虚魚(そらざかな)』試し読み#18

わたしは探している。〈人を殺せる〉怪談を。
第41回横溝正史ミステリ&ホラー大賞〈大賞〉受賞作!

10月22日に発売された、第41回横溝正史ミステリ&ホラー大賞〈大賞〉受賞作にして、新名智のデビュー作『虚魚そらざかな』。
本作は、“体験した人が死ぬ怪談”を探す怪談師の三咲と、“呪いか祟りで死にたい”カナちゃんのふたりが、本物の怪異を追い求める物語。
怪談を探すミステリであり、怪異とめぐりあうホラーでもある、選考委員の絶賛を浴びた大注目小説を、まずは試し読みからお楽しみください。

虚魚そらざかな』試し読み#18

 八板町に住む高校生の男の子が体験した話だ。
 彼はしばらく前から、恋人でもあるクラスメイトのひとりと、深夜にふたりきりでデートするという計画を立てていた。夏休みになって、彼らは本当に計画を実行した。自宅を抜け出した彼は、近所で恋人と合流し、そのままふたりでこっそり出かける。といっても高校生なので、ドライブに行くとか、繁華街に繰り出すということはない。コンビニでアイスを買い、近所を散歩しながら語り合うだけの健全なデートだったそうだ。
 ふたりの家から少し歩いたところに雑木林があり、奥には大きな池がある。そこでは昔から、子供が落ちておぼれる事故が多かったようだ。そのせいか、今では周囲をフェンスで囲まれ、おいそれと入れないようになっているのだが、そうは言っても破れ目のひとつやふたつはある。ふたりはそこから中に入り、岸に座って愛をささやきあった。まあ、他のこともしたかもしれない。
 しばらく経った頃、不意に水の音がした。
 何かが池に落ちるような、ばちゃん、という音だった。魚でも跳ねたのだろう、と最初は気にしなかった。ところが、ばちゃん、ばちゃん、と、その後も池のあちこちから音が聞こえてくる。さすがにふたりとも不審に感じた。
 会話を止めて耳をすますと、またどこからか、ばちゃん、と音がする。だれかが池に腰までかって、ちょうど子供の水遊びみたいに、水面をかき回している。そんなイメージが浮かんだ。
 けれども、その場に自分たち以外の人間がいるとは思えなかった。立入禁止の池の周囲に明かりはまったくない。ただ、一面の闇の中に、よどんだ水の質量が感じられるだけだ。
 それなのに、その水をしきりに鳴らしている何かがいる。
 男の子は内心かなりおびえていたが、彼女の手前、逃げ出すのも恥ずかしい。おれが見てくる、と威勢よく言って、池に近づいた。しゃがんで水面に顔を近づけたが、波紋などがある様子もない。それなのに水音だけがする。しかも、その音はだんだんとこちらに近づいてくるように感じる。
 ばちゃん。
 ばちゃん、ばちゃん。
 ばっちゃああん。
 最後の音はほとんど鼻先で聞こえた。ふたりともすくみ上がり、恐怖のあまり身動きが取れなくなった。暗い水面に、何かがゆっくりと浮かんでくる。やがて、ちょうど人の頭くらいの大きさのシルエットが、水面から突き出した。それがぼそぼそと何かを言った。
 彼はどうにか立ち上がると、彼女の腕を取り、全力疾走で池から離れた。背後ではまた、ばちゃん、ばちゃんと音がする。今にして思えば、それは水に落ちる音ではなく、何かが水から出てくる音のようでもあった、と男の子は語った。

 オリジナルの怪談では、この池に落ちて溺れた子供の霊がときどき現れることもある、という話をくっつけて終わっていた。聞き終わったカナちゃんが、わたしに質問する。
「その池の水はどこから来ているの?」
 鋭い、とわたしは応じた。
「そこは、もともとは狗竜川の支流のひとつだったのが、川の流れが変わって、取り残されてできた池らしいの。地下では今も狗竜川とつながっていて、魚が入ってくることもあるって」
「例の魚は河口にいると思っていたけど、そうじゃなくて、実はもっと川の奥にいたってこと?」
 最初に、釜津でこの怪談の詳細を聞いたとき、話を教えてくれた釣り人は「川の魚」だと言った。河口で釣れたという話だったから、そのあたりの魚だと思いこんでしまったけれど、本当は違うのではないか。
「その魚が河口付近だけでなく、川全体にいるなら、狗竜川とつながっている池や支流で見つかってもおかしくないよね」
 しかも、この河童の話と、例の魚の話には、他にも共通点がある。その存在が何か言葉を発していた、という部分だ。取材した本人にも確認してみたが、体験者はこの言葉の内容をまったく聞き取れなかったらしい。何かをしゃべったが、内容は伝わらない。これも魚の怪談と同じ特徴だった。
 それ以上、湯船の中で話し合っているとのぼせてしまいそうだったので、続きは現地に向かいながらやることにした。カナちゃんは湯上がりにコーヒー牛乳を飲みたがったが、あいにく小さな旅館で売店も自販機もなかった。

つづく

虚魚そらざかな』新名智



第41回横溝正史ミステリ&ホラー大賞<大賞>受賞作
虚魚
著者 新名 智
定価: 1,815円(本体1,650円+税)
発売日:2021年10月22日

わたしは探している。<人を殺せる>怪談を。 横溝賞<大賞>受賞作。
“体験した人が死ぬ怪談”を探す怪談師の三咲は、“呪いか祟りで死にたい”カナちゃんと暮らしている。幽霊や怪談、呪いや祟り、オカルトや超常現象。両親を事故で亡くした日から、三咲はそんなあやふやなものに頼って生きてきた。カナちゃんとふたりで本物の怪談を見つけ出し、その怪談で両親を事故死させた男を殺すことが、いまの三咲の目標だ。
ある日、「釣り上げた人が死んでしまう魚がいる」という噂を耳にした三咲は、その真偽を調べることにする。ある川の河口で似たような怪談がいくつも発生していることがわかり、ふたりはその発生源を求めて、怪異の川をたどっていく。“本物”の怪談に近づくうち、事情を抱えるふたりの関係にも変化がおとずれて――。
選考委員の絶賛を浴びた第41回横溝正史ミステリ&ホラー大賞<大賞>受賞作。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322106000335/
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「ナキザカナプロジェクト」特設ページ
https://kadobun.jp/special/nakizakana/


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