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試し読み

怪談師として生計を立てているわたしのもとには、様々な噂が持ち込まれる。――『虚魚(そらざかな)』試し読み#6

わたしは探している。〈人を殺せる〉怪談を。
第41回横溝正史ミステリ&ホラー大賞〈大賞〉受賞作!

10月22日に発売された、第41回横溝正史ミステリ&ホラー大賞〈大賞〉受賞作にして、新名智のデビュー作『虚魚そらざかな』。
本作は、“体験した人が死ぬ怪談”を探す怪談師の三咲と、“呪いか祟りで死にたい”カナちゃんのふたりが、本物の怪異を追い求める物語。
怪談を探すミステリであり、怪異とめぐりあうホラーでもある、選考委員の絶賛を浴びた大注目小説を、まずは試し読みからお楽しみください。

虚魚そらざかな』試し読み#6

 昔のことを思いながら手を動かしていると、あらかた掃除も終わった。わたしは日課の情報収集に取り掛かる。美人女子大生怪談師の鮮烈デビューから早七年。かつては過激な親衛隊がいたるところに現れてひんしゅくを買っていたものだが、そういった連中は若い子にくらえしたのかすっかり鳴りを潜め、なおも残るコアなファンたちだけが全国のマニアックな情報をメールで送ってくれている。今日は三件だ。
 一つ目、ひとりで夜中に組み立てた紙の箱から鬼が出てきて殺される話。
 二つ目、二枚の鏡を経由して人形の顔を覗くと死ぬ話。
 三つ目、ミネソタ州の森の中に住んでいる人食い魔女の話。
 ミネソタは遠いので論外として、箱と人形は見込みがあるかもしれない。そう思って中身を確かめたら、すでに知っている話だった。ラストでだれか死ぬ怪談、とジャンルを絞り込んでいるから、よくこういうことが起きる。
 ただ、念のためデータベースを確認すると、前に集めたものとは違う土地の話のようだ。これもありがちな現象だ。自分の体験談を脚色するために、有名な話のディテールを流用したり、あるいは逆に、仕入れてきた話を披露するにあたって、身近な場所に引き寄せて語ったり。たとえば、幽霊が子供を育てるために夜な夜なあめを買いに来た、という古典怪談があるが、その買いに来た店というのが当店です、とする飴屋は全国にいくつかある。
 とはいえ一応、新しいほうの話も、データベースに加えておいた。実際、怪談と呼ばれるものの九割九分は噓か錯覚なのだろうけど、噓をつくときはちょっとくらい事実も混ぜておくものだし、まして百通りの噓の中に必ず変わらない要素があったら、それは何かしらの真実を反映していると思いたい。
 その日、予定していた仕事は滞りなく終わり、次の怪談集の原稿の準備などに取り掛かっているうち、気づけば夜の七時を過ぎていた。昇と店で会う約束をしていたことを思い出す。場所は事務所から歩いていける小さな居酒屋で、とくにこれといった名物もないのだが、店主が極度の宇宙人好きだった。リトルグレイの話をしつつイカ刺しを出されても喜ぶ客は多くない。つぶれる寸前のところをわたしが見つけ、足繁く通っている。
 中に入ると、昇はもうカウンターに陣取って、店主とのオカルト談義に花を咲かせているところだった。
「あ、丹野さん。ちょうど今、怪談業界について話をしてたんですよ」
「テレビに出るような怪談師ってレプティリアンが多いでしょう。あたしはね、顔を見たらわかるんですわ」
 興味深い話題だったが、ノーコメントで済ませた。この店主はテレビに映る著名人のことを例外なく宇宙人のスパイとして疑っているのだが、壁の隅にうすぼけたサイン色紙が飾られているのを見る限り、なかようのことだけは信頼しているらしかった。
「ぶり大根は頼んでおきましたから」
「ありがとう」
 彼はわたしの好物を覚えていた。
「ぼくは唐揚げにしよう」
ひややつことかにしといたら?」
 わたしは彼のふっくらしたお腹を見て言った。付き合っていた頃より一回り大きくなった気がする。しかし彼は取り合わなかった。博士課程に進んだらどうせせるのでちようじりが合う、というのがその理由だった。
 ビールで乾杯し、軽く近況などを話し合ったところで、彼が本題に入った。
「おじさんの死亡記事、見つけましたよ」
「本当?」頼んだのは今朝なのに、もう見つけてきているとは思わなかった。「早すぎない?」
「人を捜すのは得意なんです。コツがあるんですよ。ただ名前で検索するだけじゃなくて、SNSから知人の線をたどったり、『誕生日おめでとう』みたいなメッセージを見つけて、生年月日にあたりをつけたり」
 詳しい手法を説明されても理解しがたい。いずれにせよ敵には回したくないタイプだ。
「まあ、このおじさんはそこまでしなくても済みましたけどね。交通事故だったので」
 その言葉を聞いて、わたしの表情がこわばったのを察したのか、昇は手に持っていたコピー用紙を引っ込めた。たぶん新聞記事の切り抜きか何かだろう。
「すみません、概要だけお話ししますね」
「いいの、気を遣わないで続けて」
「単独事故です。サイドブレーキを掛け忘れた車が坂道で動き出して、それと塀との間に挟まれて亡くなったとか」
 痛ましいことに違いはないが、それだけならよくある事故だ。
「フェイスブックのアカウントも見つけました。例の、金魚の釣り堀で撮った写真もあるので、ご本人だと思います。釣りが趣味だったようで」
「でしょうね」
「海釣りをしている写真もありましたよ。場所は静岡県のかま市だそうです。なじみの船宿があったみたいですね」
 わたしには彼の言わんとするところがすぐにわかった。
「そこに釣り上げると死ぬ魚がいたってこと?」

つづく

虚魚そらざかな』新名智



第41回横溝正史ミステリ&ホラー大賞<大賞>受賞作
虚魚
著者 新名 智
定価: 1,815円(本体1,650円+税)
発売日:2021年10月22日

わたしは探している。<人を殺せる>怪談を。 横溝賞<大賞>受賞作。
“体験した人が死ぬ怪談”を探す怪談師の三咲は、“呪いか祟りで死にたい”カナちゃんと暮らしている。幽霊や怪談、呪いや祟り、オカルトや超常現象。両親を事故で亡くした日から、三咲はそんなあやふやなものに頼って生きてきた。カナちゃんとふたりで本物の怪談を見つけ出し、その怪談で両親を事故死させた男を殺すことが、いまの三咲の目標だ。
ある日、「釣り上げた人が死んでしまう魚がいる」という噂を耳にした三咲は、その真偽を調べることにする。ある川の河口で似たような怪談がいくつも発生していることがわかり、ふたりはその発生源を求めて、怪異の川をたどっていく。“本物”の怪談に近づくうち、事情を抱えるふたりの関係にも変化がおとずれて――。
選考委員の絶賛を浴びた第41回横溝正史ミステリ&ホラー大賞<大賞>受賞作。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322106000335/
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「ナキザカナプロジェクト」特設ページ
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