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試し読み

わたしは人が死ぬ怪談を探していて、同居人のカナちゃんは呪いか祟りで死にたがっている。――『虚魚(そらざかな)』試し読み#5

わたしは探している。〈人を殺せる〉怪談を。
第41回横溝正史ミステリ&ホラー大賞〈大賞〉受賞作!

10月22日に発売された、第41回横溝正史ミステリ&ホラー大賞〈大賞〉受賞作にして、新名智のデビュー作『虚魚そらざかな』。
本作は、“体験した人が死ぬ怪談”を探す怪談師の三咲と、“呪いか祟りで死にたい”カナちゃんのふたりが、本物の怪異を追い求める物語。
怪談を探すミステリであり、怪異とめぐりあうホラーでもある、選考委員の絶賛を浴びた大注目小説を、まずは試し読みからお楽しみください。

虚魚そらざかな』試し読み#5

 着替えと化粧をして出かける支度を整えてから、カナちゃんの部屋の前に立った。
「行ってくるから」
「うん」
 と、ドア越しに返事だけ返ってくる。引きこもりの娘を持った母親はこんな気持ちなのだろうか。
「お小遣い、足りないなら置いていくけど」
「まだあるからいい」
 カナちゃんは無職なので、彼女の生活費はわたしが出している。わたしの助手として働いているといえばそうなのだけど、客観的に見ればヒモも同然だ。カナちゃんは近所の店で食料や着替えを買ってくることと、ときどき釣り堀だの将棋クラブだの渋い遊びに出かけるほかは、ほとんどお金を使わない。ヒモとしては安上がりな部類に違いない。
「わかった。もし何かあったら、携帯か事務所に電話して」
「うん」
 気のない返事にももう慣れた。このくらいのほうがお互いに楽でいい。
 だいたい、他人には説明できない間柄だった。去年の夏、家に帰る途中の路上であの子を拾って、一緒に暮らし始めたときは、どこか悪趣味な冗談のつもりだった。普通、悪趣味な冗談は一年も続かない。
 わたしたちの関係は利害の一致によるものだ。つまり、わたしは本当に人が死ぬ怪談を探していて、一方のカナちゃんは、呪いかたたりで死にたがっている。
 最初に出会ったとき、カナちゃんは身元不明の自殺志願者だった。アルコールと向精神薬をまとめて胃に流し込んだというカナちゃんは、同業者との飲み会帰りに通りかかったわたしが発見するまで、自販機と電柱とゴミ箱の間にある三角形のスペースで気を失っていた。わたしはその姿をちらりと見て、無視して通り過ぎようとしたところ、起き上がった彼女に足首を摑まれた。ゾンビ映画さながらだった。
 さて困った、警察を呼ぼうか、救急車のほうがいいか、と思ってスマートフォンを取り出すと、バッテリーが切れている。仕方なく彼女を連れたまま家に帰った。正直なところ、わたしもかなり酔っていたのだ。
 リビングのソファにカナちゃんを寝かせ、そのまま酔った勢いで、わたしは彼女にいろいろと話しかけた。わたしの職業のこと。生活のこと。だいぶ前に年下の彼氏と別れたことや、わたしにはある目的があって、そのために、本当に人が死ぬ怪談を探してるっていうこと。温かいお茶を飲みながら聞いていたカナちゃんは、最後のほうでだいぶ意識を取り戻したのか、わたしに尋ねた。
「信じてるの、呪いとか、祟りとか、それで本当に人が死ぬって?」
 それで、わたしはイエスという意味のことを答えた。カナちゃんは、すぐには納得してくれなかった。何度か質問が続き、それも終わると、あとはただ真剣な目でわたしを見つめていた。もっとも、それが彼女の真剣な目だということは、最近になってから知った。
「だったら、わたしで実験してみなよ」
 最後に、カナちゃんはそう言った。それがわたしたちの出会いだった。人生は不可思議の連続だ。そんなことを思いながら地下鉄に揺られ、いいばしの事務所に着いた。
 事務所と言っても、わたしひとりが使うだけの狭い物件だった。もともと打ち合わせに便利だからと借りたのだけど、家でかさばる衣装とか小道具とかを運び込むうち、すっかり物置と化している。今日の仕事はまず片付けと掃除。それからメールで送られてきている怪談情報のチェック。午後は次回のライブについての打ち合わせ。
 と、その前に、郵便受けに入っていた雑誌の献本を回収する。最近、短いコラムを書いたものだ。がさがさと取り出して裏表紙からめくり、執筆者一覧に名前があるのを見て満足する。
 わたしの肩書は「怪談師・丹野三咲」ということになっている。師、と名乗るほどの技を磨いた覚えはないのだが、他に適当な呼び名がないのだろう。
 高校を卒業し、地元の短大に進んだ頃から、わたしの怪談集めは周囲に知られていた。わたしにとって必要なのは人が死ぬ怪談だけだったけれど、予選があるわけではないので、必然的に死なない怪談も集まってくる。知人の知人を紹介してもらい、二けたで足りない人数から情報が寄せられるようになって、ちょっとこれはまずいぞ、と気づき出した。合理化のため、怪談データベースを作成し、内容別に分類、日付順にリストアップ。「人が死ぬ」は丸、「たぶん死んでる」は三角、「生きてる」はバツの三段階評価。
 その頃には都内の怪談イベントや、ホラー関係者が集まる飲み会などにも出没するようになり、そこで何人か、怪談師と呼ばれる人たちの目に留まった。彼ら彼女らからすると、怪談集めに情熱を燃やす女子大生は、なかなか逸材に見えたのかもしれない。やがてわたしもステージに立つようになった。名刺があったほうが取材には便利だ。祟りがあると噂される危険なスポットの情報も、伏せ字やモザイクなしで手に入る。

つづく

虚魚そらざかな』新名智



第41回横溝正史ミステリ&ホラー大賞<大賞>受賞作
虚魚
著者 新名 智
定価: 1,815円(本体1,650円+税)
発売日:2021年10月22日

わたしは探している。<人を殺せる>怪談を。 横溝賞<大賞>受賞作。
“体験した人が死ぬ怪談”を探す怪談師の三咲は、“呪いか祟りで死にたい”カナちゃんと暮らしている。幽霊や怪談、呪いや祟り、オカルトや超常現象。両親を事故で亡くした日から、三咲はそんなあやふやなものに頼って生きてきた。カナちゃんとふたりで本物の怪談を見つけ出し、その怪談で両親を事故死させた男を殺すことが、いまの三咲の目標だ。
ある日、「釣り上げた人が死んでしまう魚がいる」という噂を耳にした三咲は、その真偽を調べることにする。ある川の河口で似たような怪談がいくつも発生していることがわかり、ふたりはその発生源を求めて、怪異の川をたどっていく。“本物”の怪談に近づくうち、事情を抱えるふたりの関係にも変化がおとずれて――。
選考委員の絶賛を浴びた第41回横溝正史ミステリ&ホラー大賞<大賞>受賞作。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322106000335/
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「ナキザカナプロジェクト」特設ページ
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