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試し読み

〈釣り上げたら死ぬ魚〉の噂をしていたおじさんは、死んだらしい。――『虚魚(そらざかな)』試し読み#4

わたしは探している。〈人を殺せる〉怪談を。
第41回横溝正史ミステリ&ホラー大賞〈大賞〉受賞作!

10月22日に発売された、第41回横溝正史ミステリ&ホラー大賞〈大賞〉受賞作にして、新名智のデビュー作『虚魚そらざかな』。
本作は、“体験した人が死ぬ怪談”を探す怪談師の三咲と、“呪いか祟りで死にたい”カナちゃんのふたりが、本物の怪異を追い求める物語。
怪談を探すミステリであり、怪異とめぐりあうホラーでもある、選考委員の絶賛を浴びた大注目小説を、まずは試し読みからお楽しみください。

虚魚そらざかな』試し読み#4

    *

 それから一週間以上経ってもカナちゃんは死ななかったので、わたしたちは次の怪談に着手した。
「こないだ言ってたじゃない、釣り上げると死ぬ魚って」
「うん、言った」
 カナちゃんは朝食のちぎりパンをもそもそと口に運びつつ答えた。このパンはいつ見ても赤ちゃんの腕みたいでぎょっとする。わたしは食べない。
「あれってどうなった?」わたしは普通のトーストにバターをたっぷり塗る。「あのおじさん、また会えた?」
 彼女の話では、そのおじさんはもう定年退職しているらしく、混雑を嫌っていつも月曜日に釣りを楽しんでいたそうだ。カナちゃんはパンの塊をしばししやくしていたが、やがてぼそりと言った。
「死んじゃった」
「え?」
 カナちゃんは口の中に詰め込んだパンを冷たい紅茶で流し込む。
「おじさん」
 カナちゃんが言うには、今週の月曜日、カナちゃんが釣り堀へ繰り出すと、珍しくそのおじさんは来ていなかった。夕方になっても現れないので、不思議に思ったカナちゃんは、よくおじさんと話していた若い親子連れに話しかけて、おじさんの近況を聞いた。
「どうして死んだの?」
「知らない。その人たちも新聞のお悔やみ欄で見ただけだから、詳しい事情はわからないって」
 おじさんの年齢を考えると、病死でもおかしくはない。それにしても、できすぎた展開だ。怪談やホラー映画などではたいてい、こういう事件を掘り下げていくと怖いことになる。チャンスかもしれぬ。
「ちょっと調べてみる。そのおじさんの連絡先ってわかる?」
「ううん。聞かなかったから」
 聞いといてよ、と文句を言いそうになったが、我慢した。彼女にそういう仕事を期待するほうが間違いだ。カナちゃんはカナリア。掘り進めるのはわたしの役目だ。それに、二十歳そこそこの女の子と連絡先を交換するおじさんだって、それはそれでちょっと嫌だ。
 名前だけはぼんやりと覚えていたようなので、死亡記事を当たっていけば出てくるだろう。そういう作業にうってつけの男をひとり知っている。
 食事を終え、洗い物を片付けたところで、わたしは彼に電話した。
「もしもし?」
「おはよう、のぼるくん。三咲です」
「ああ、たんさん。どうしたんですか、朝から?」
 ふたりの関係が変わってから、彼はかたくなにわたしを名字で呼びたがる。
「串刺し人形はどうでした?」彼は自分が仕入れた怪談の首尾を聞いた。「人形、家に来ました?」
「だったら、もうきみに連絡してないよ」
「ひどいな」
 彼は笑った。
 西さい昇は、初めて会ったときには怪談オタクの大学生だった。その後、わたしの恋人になり、オタクの大学生に戻り、今はオタクの大学院生になった。そちらの専門はトポロジーだかなんだかで、いずれにせよ、わたしのあずかり知るところではない。
「ところで、最近は時間ある?」
「何かありましたか」
「調べてもらいたい怪談があるの。釣り上げると死ぬ魚、っていうんだけど」
「初耳ですね。どこで仕入れたんです?」
「阿佐谷の釣り好きなおじさん。でももう本人は死んじゃったらしくて」
 昇はちょっと黙って、言った。
「……釣ったんですかね?」
「あるいは」
 すごいな、と小さくつぶやいたのを受話器が拾う。
「ホラー映画だったら、そのおじさんの死の真相を調べていった結果、とんでもないことになるやつですよね」
 わたしが考えたのと同じことを言う。昇とわたしは思考回路が同じなのだ。だから付き合ってみたけれど、結局はそのせいで別れた。似た者同士はうまくいかない。
「そのおじさんがどこの何者なのかを調べてほしいの」わたしはカナちゃんから聞いた名前を、昇に伝えた。「ついでに、その怪談についてもわかることがあれば」
「わかりました、引き受けましょう。今日、事務所には行かれますよね?」
「うん、ちょっと寄るつもり」
「じゃあ、いつもの店で八時に会いましょうよ」
 約束して電話を切った。昇のことだから、二、三日もあれば話の出どころを見つけてくることだろう。彼は怪談の収集に人生のほとんどを費やしている。何が彼をあそこまで駆り立てるのか、わたしは知らない。

つづく

虚魚そらざかな』新名智



第41回横溝正史ミステリ&ホラー大賞<大賞>受賞作
虚魚
著者 新名 智
定価: 1,815円(本体1,650円+税)
発売日:2021年10月22日

わたしは探している。<人を殺せる>怪談を。 横溝賞<大賞>受賞作。
“体験した人が死ぬ怪談”を探す怪談師の三咲は、“呪いか祟りで死にたい”カナちゃんと暮らしている。幽霊や怪談、呪いや祟り、オカルトや超常現象。両親を事故で亡くした日から、三咲はそんなあやふやなものに頼って生きてきた。カナちゃんとふたりで本物の怪談を見つけ出し、その怪談で両親を事故死させた男を殺すことが、いまの三咲の目標だ。
ある日、「釣り上げた人が死んでしまう魚がいる」という噂を耳にした三咲は、その真偽を調べることにする。ある川の河口で似たような怪談がいくつも発生していることがわかり、ふたりはその発生源を求めて、怪異の川をたどっていく。“本物”の怪談に近づくうち、事情を抱えるふたりの関係にも変化がおとずれて――。
選考委員の絶賛を浴びた第41回横溝正史ミステリ&ホラー大賞<大賞>受賞作。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322106000335/
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「ナキザカナプロジェクト」特設ページ
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