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試し読み

宮下奈都・朝比奈あすかが推薦!いま読みたい【音楽×青春物語】 佐藤いつ子『ソノリティ はじまりのうた』大ボリューム試し読み#2

宮下奈都・朝比奈あすか推薦の【音楽×青春物語】
合唱コンを舞台に、思春期のほろ苦さと眩しさを描く快作!

デビュー作『駅伝ランナー』、続く『キャプテンマークと銭湯と』で読み応え抜群の成長譚を世に送り出し、本読みをうならせた気鋭の作家・佐藤いつ子。
最新作『ソノリティ はじまりのうた』では、合唱コンクールを舞台に、悩みを抱える中学生たちの葛藤と成長をみずみずしい筆致で描きます。
今回は本作から、それぞれの登場人物の「悩み」を切り取ったシーンを特別に公開!
思春期の甘酸っぱさやもどかしさが蘇る、鮮やかな読書体験をお楽しみください。

▼試し読み#1
https://kadobun.jp/trial/sonority/7epu7jglhskc.html



佐藤いつ子『ソノリティ はじまりのうた』試し読み#2

涼万りようまはバスケ部の岳とともに、学内で目立つ存在のコンビとして知られている。
物静かなクラスメートの早紀とはこれまで話したこともないが、合唱コンの指揮者になった彼女の澄んだ声を聴いてから、その挙動が無性に気になってしまう。
そんなある日、放課後の一コマ。

第一章    涼万りようまの場合 
──声の矢

      2

「だりぃよな。朝練なんてマジめんどい」
 部活が終わって一年部員がそろって部室を出ると、岳が舌打ちした。
「お、おぅ」
 涼万りようまはあいまいに相づちをうった。目を合わせなくてすむように、首に巻いたスポーツタオルで顔をぬぐう。ぬぐってもぬぐっても、汗はじわじわとしみ出てくる。
「部活の朝練もめんどくなっちゃったの?」
 バスケに関してだけは積極的な岳のセリフに、他の部員が意外そうな顔をして首をつっこんできた。
「ちげぇよ。明日からうちのクラス、合唱コンの朝練やるんだってよ」
「へぇ~。五組気合い入ってきたね。まさか優勝狙ってんの?」
「あいつが急に張り切り出してよぉ」
 岳は、少し前を歩いていく女子バスケの集団に向かって、あごをしゃくった。
「あぁ、キンタね。そんなのシカトしちゃえばいいじゃん。岳たちは部活の朝練に来いよ」
「そっか、それもありだな。涼万、どうする?」
 岳の声がにわかに弾んだ。
「いや、キンタ怒らす方がめんどい気がすっけど」
 涼万は間髪いれずに、さらりとかわした。
「それな。でも俺、バスケのためなら早起き出来るけど、合唱コンの練習のために早起き出来る自信ないわー」
 岳が言うと、まわりのみんなも同調するように笑った。
「やっぱ部活に行こっと。涼万もそうするべ。なっ」
「う、うん」
 岳のいかつくて鋭い目が迫ってきて、ついうなずいてしまった。岳の目力にはいつも圧倒される。
「俺たち、合唱なんてガラじゃないしー。やっぱ部活に行くわ」
「……」
 強引な岳に反発を感じながらも、涼万ははっきり断れない自分に対して、もっとイラついた。
 部活に行きたいなら、お前ひとりで行けばいいじゃん。いちいち俺を巻き込むな。
 心の中では鮮明な言葉になっているのに、ひとことも口に出せない自分がもどかしい。情けない。
 岳とつるんでいることで、目立つ存在でいられる。それは恩恵かも知れないが、こんな風にいっしょの行動を強要されると、うっとうしい。
 校門に向かってみんなといっしょに歩き出した涼万は、突然両手をパッと広げた。
「あっ、ごめん。俺、弁当箱、教室に忘れてきたかも。みんな先に行ってて」
 今日は手で持ちかえるはずだった弁当箱がないことに気づいた。ふだんはリュックに押し込むのだが、体育着袋のせいで入らなくなったのだ。
 昼休みになんか忘れそうだなぁと思いながら、弁当バッグを机の横のフックに引っかけたのだが、案の定、忘れてしまった。
 涼万はみんなに片手を上げると、引き返した。もう一度上履きに履き替えて、小走りに教室に向かう。三階まで階段を一気に駆け上がり、誰もいない教室に滑りこむと、せっかく引きかけた汗がまたどっと噴き出した。
 真ん中あたりの列、後ろから二番目の涼万の席には、予想通り弁当バッグがかかっていた。涼万はひとり苦笑いしながら、弁当バッグをひょいとつかんだ。
 そのとき、机の中からはみ出したプリントに目がとまった。プリントを押し戻そうと、伸ばしかけた手がふと止まる。合唱コンクールの自由曲『ソノリティ』の楽譜だった。楽譜をそっと引き出した。
「はじめはひとり孤独だった」という最初のフレーズが頭を流れた。気づくと、早紀があの声で歌ったらどんな風だろう、と妄想していた。
 やっぱり俺、かなり変。
 弁当バッグをつかんだままの手で、頭の後ろをかいたときだ。どこか遠くの方から歌声がかすかに流れてきた。

 ──はじめはひとり孤独だった

 弁当バッグを危うく落としそうになった。
 えっ? 空耳?
 頭を軽く振った。耳に全神経を集中させる。

 ──ふとした出会いに希望が生まれ
 ──新しい本当のわたし

 歌声は続いた。
 あの、声で。あの、透き通った声で。
 涼万は歌声に向かって廊下に飛び出した。歌声は廊下の一番奥から流れてくる。音楽室だ。走り出したい衝動に、急ブレーキをかけた。もし足音が響いたら、驚いて歌声が止まってしまうかも知れない。
 息をつめるようにして、そろりそろりと廊下を進んだ。しんとした廊下で、歌声は波になってまっすぐ自分に打ち寄せる。
 廊下の壁にかけられたシューズ袋も、壁にはられた模造紙も、静かに歌声に聴き入る観客だ。窓から差し込む夕日は、細かな塵が空中で踊っているのを映し出す。塵はじっとしていられなくて、歌声に合わせて舞っているみたいだ。
 涼万は音楽室の入口のすぐそばまできた。ドアは開いている。手前で立ち止まった。壁に身を寄せ、軽く目を閉じた。清らかな歌声は、まるで心の澱を洗い流すように、涼万の胸の奥まで押し寄せてはよどみなく流れていった。
 ずっと聴いていたい。もっと近くで聴いてみたい。
 首だけ伸ばして中をのぞいてみた。
 早紀はいつもの指揮者が立つ位置で、指揮棒を振りながら歌っていた。
 涼万は目を見開いた。
 早紀の指先につながった指揮棒は、まるで体の一部のようになめらかに表情豊かに動く。目の前には誰もいないのに、合唱隊形に並んだ生徒たちがいるみたいだ。
 水野がこんな透明な声で歌うなんて、誰も知らない。そのことを知っているのは、俺だけだ。うん、たぶん、きっと。
 指揮棒を振りながら上体を揺らして歌う早紀の姿から目が離せなくなった。指先がじんじんしてきた。三度目の繰り返しのフレーズが始まった。もう歌が終わってしまう。

 ──はじめはひとり孤独だった
 ──ふとした出会いに希望が生まれ
 ──新しい本当のわたし
 ──未来へと歌は響きわたる

 次の「la‌la‌la」が続くところで、早紀は最初の「la‌la」でぷつんと歌うのをやめた。涼万の心臓がぼっこんと動いた。本当に何センチか前に飛び出したかと思った。
 ……気づかれた。
 サッと逃げようと思えば逃げられたのに、意思とは反対に体はこちんとフリーズした。おのずと呼吸も止まっていた。でも早紀はドアがある左側を向くのではなく、ゆっくり右奥を振り返った。
 そこには壁と同化したような、音楽倉庫に続く扉がある。しばらくして、その白い扉がぎっと音を立てて開いた。さらに間をおいて、音心そうるがバツが悪そうに首をすくめながら出てきた。
 涼万の心臓がまたしてもぼっこんと動いた。そして今度は反射的に首を引っ込めて、壁に身を隠した。汗がどっと噴き出したのに、指先は冷たい。
「音心だったの? びっくりさせないでよ。倉庫に人がいるなんて思っていなかったから」
 中から早紀の声が聞こえる。
 音心って、呼び捨てかよ。水野、井川とそんなに仲いいわけ?
 なんだか胸がざらっとした。
「ごめん。使っていない古いティンパニーが倉庫の奥にあるって先輩から聞いたから、探してたんだ。そしたら、早紀の歌声が聞こえてきたからさ」
「やだ、聴かれてたんだ」
 早紀の照れるような声に、こそばゆい気分になった。どんな風に、はにかんでいるのだろうか。見たい。おでこのあたりが熱くなった。
「最後まで歌を聴いてから倉庫を出ようと思ったのに、気づかれちゃったみたいだね」
「なんか、気配感じたの」
「そっか、気配ね」
 音心はフッと笑ってから続けた。
「それにしても合唱コン、早紀は歌わないと本当にもったいないな。指揮者じゃね」
 壁を挟んで、涼万もまったく音心の言う通りだとひとりうなずいた。
「……そうかな」
 早紀の声がくもる。
「でもこのクラスで振れるのは、早紀くらいしかいないか。あいつらがもっと真面目に歌ってくれればな」
 投げやりな感じで音心が言った。岳いわく「ただのオタク」に見えた音心が、クラスメイトのことを「あいつら」よばわりしていることに、涼万は小さなショックを受けた。
「わたしの指揮がよくないんじゃないかな」
「そんなことないよ。えっ、まさかそれで指揮の練習? どんなにうまく振ったって、ムダな気がするけど。あいつら、どうせ音楽なんて分かってないっしょ」
 涼万の眉間がしぼられた。
 音楽が分かってるなんて、俺にはとうてい言えっこないけど、その言い方はあんまりじゃね。
 歌声をこっそり聴いていたときの清々しい気持ちが、一気に吹っ飛んだ。腹の奥からむかむかが肥大していく。早紀は音心の言葉をスルーして、
「あ、今日はありがと」
 と、話題を変えた。
「なんだっけ?」
「ピアノの即興演奏。音心、またピアノの腕上がったね」
「最近、ジャズに興味があるんだ」
「へぇ。確かに音心はジャズが向いているかも知れないね。あのとき、音心の即興にみんないっせいに注目したよ。だから……」
「だから?」
「うーん、うまく言えないけど、音楽が分かるとか分からないとかは、理屈じゃなくて……。いいものは誰の心にも届くんだよ」
「早紀はいい子だね」
 音心は少し間を置いて、
「いい子いい子」
 と、続けた。それはまるで、頭をなでながら言っているようなそんな間合いで、またしても勝手に映像が浮かんでしまった。胸がざわざわ騒ぎ出す。
 どんな物音も聞き逃すまいと、涼万は壁際に耳をさらに数センチ近づけた。教室の中をのぞいてみたい気持ちと、のぞいてはいけない気持ちが交錯しだす。
 そのとき、廊下の奥からひょいと人影が現われた。

(続く)

作品紹介・あらすじ
佐藤いつ子『ソノリティ はじまりのうた』



ソノリティ はじまりのうた
著者 佐藤 いつ子
定価: 1,650円(本体1,500円+税)
発売日:2022年04月20日

東大王推薦!気弱な少女が歌を通じて自分を解き放つ【音楽×青春】物語。
「俺たちにも才能、あるんじゃね?」
「自分よりすごいやつがそばにいても、差を見せつけられても、それでも絶対めげない才能」

吹奏楽部というだけで、合唱コンクールの指揮者を任されてしまった中学1年生の早紀さき
内気な彼女が、天才ピアニストの幼なじみ、合唱練習に来ないバスケ部のエースなど、個性的なクラスメイトたちとの関わりを通じて自分を解き放っていく。
しかし本番直前、思わぬアクシデントが起こり ……

仲間とともに何かをつくりあげる達成感、悩みもがきながらも「自分らしさ」を模索する中学生たちの内面、みずみずしい人間ドラマをまっすぐに描いた、珠玉の成長物語。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322111001151/
amazonページはこちら


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