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試し読み

宮下奈都・朝比奈あすかが推薦!いま読みたい【音楽×青春物語】 佐藤いつ子『ソノリティ はじまりのうた』大ボリューム試し読み#1

宮下奈都・朝比奈あすか推薦の【音楽×青春物語】
合唱コンを舞台に、思春期のほろ苦さと眩しさを描く快作!

デビュー作『駅伝ランナー』、続く『キャプテンマークと銭湯と』で読み応え抜群の成長譚を世に送り出し、本読みをうならせた気鋭の作家・佐藤いつ子。
最新作『ソノリティ はじまりのうた』では、合唱コンクールを舞台に、悩みを抱える中学生たちの葛藤と成長をみずみずしい筆致で描きます。
今回は本作から、それぞれの登場人物の「悩み」を切り取ったシーンを特別に公開!
思春期の甘酸っぱさやもどかしさが蘇る、鮮やかな読書体験をお楽しみください。



佐藤いつ子『ソノリティ はじまりのうた』試し読み#1

プロローグ

 早紀は制服のブレザーに腕を通しながら、慌てて食卓についた。一時間目の音楽の授業が憂鬱で、ベッドからなかなか出られなかったのだが、急げば間に合いそうだ。
「遅いなぁ」
 お父さんが新聞をばさりと閉じた。
 別に待ってくれなくていいのに、と、早紀はいつものように、心の中だけで言い返した。
「おはよう。今日は早紀の好きななめこ汁よ」
 お母さんは、わざと弾んだ声で、湯気のたつ鍋から味噌汁をよそう。カウンターに置かれたお椀を、早紀はせっせと食卓に運んだ。お父さんはどっかり座ったまま、番茶をすすっている。
 早く食べたいならいっしょに運んでよ……と、これも脳内でのひとりごと。
 だし巻き卵、あじの干物、インゲンの白和え、なめこ汁。温かい朝食が食卓に並んだ。毎日、こんなちゃんとした朝食を用意するのは、お母さんも大変だと思う。
 前日の夕食の残りとか、たまにはトーストとか簡単にすませられないのは、お父さんのこだわりだからだ。
「いただきます」
 早紀は伏し目がちに手を合わせた。会話も弾まないなか、家族三人で食卓を囲むのは、朝から気の重い時間だった。食も進まず、早紀は窓の方に顔を向けた。気持ちとは裏腹に、ベランダ越しに見える青空はすっきりとした秋晴れだ。
「早紀、部活はどうだ?」
 あっという間に食べ終えたお父さんが、口を開いた。
「どうって?」
 その口調が多少反抗的に聞こえたのか、お父さんがかすかに眉を寄せる。
「まだ一年生なんだもの。これからよね」
 お母さんがとりつくろうように、横から口をはさんだ。
「俺は早紀に聞いているんだよ」

 早紀はこの春、緑山みどりやま中学に入ってから、吹奏楽部に入部した。スポーツが苦手なので運動系の部活はありえない。小学五年生のときまでは、ピアノを習っていたし、大好きな音楽ならと思い吹奏楽部に入ったのだが、その考えは甘かった。
 吹奏楽部は文化系の部活とはいっても、運動系のごとくランニングなどの運動もあれば、先輩後輩の上下関係もきびしかった。
 ピアノ教室を途中でやめたのも、優しかった先生が小学五年生のときに転居してしまい、代わりの先生が怖かったからだ。威圧的な先生や先輩というのは脅威でしかない。
 春先、吹奏楽部で担当楽器を決めるときのことだ。
 早紀は、比較的肺活量が少なくてすむフルートやクラリネットなどの木管楽器がよかったのだが、そちらは人気があった。やりたい理由を、部長の丹治先輩の前で順番に言わされた。
 ついこの間まで小学生だった早紀にとって、中三の先輩は恐ろしく大きく見えた。早紀がまごまごしているうちに、丹治先輩は言った。
「チューバはどう?」
 嫌だとは言わせないような圧があった。結局、早紀はあいまいにうなずいてしまい、誰からも希望のなかったチューバを押しつけられてしまった。
 チューバ。大型の低音金管楽器。最も避けたかった楽器の一つである。

「うまく音が出なくて……」
 早紀がつぶやくように食卓に言葉を落とすと、
「そんな最初からうまくいくわけないよ」
 お父さんから一蹴された。
「でも、わたしには向いてないかも」
 お父さんはあきれたようにため息をついた。
「なぁ早紀。『石の上にも三年』っていうことわざ知ってるか?」
 それくらい知っていたけれど黙っていた。
「大変でも辛抱して続けていれば成果が出るっていう意味。たかが半年くらいで弱音吐くなよ」
 早紀はくちびるをそっとかんだ。
「そうだっ。昨日、仕事の帰りに楽器屋に寄って、チューバのパンフレットもらってきてやったぞ」
 お父さんは思い出したように席を立つと、壁際に置いてあったビジネスバッグから取りだしたパンフレットを、テーブルの上にタンと置いた。
「まだそんな……」
「さすがに楽器は結構するなぁ。ま、子どもはお金のことは心配しなくていいから」
 早紀は先走るお父さんに、困惑を隠せなかった。
「早紀はもともと音楽が好きなんだから、だいじょうぶよ。そのうち部活も楽しくなるわよ。ほら、音心そうるくんもいっしょだしね」
 お母さんは励まそうとするが、早紀の心は軽くはならない。
 音心とは違うし。これも、脳内でのひとりごと。
 音心は幼稚園のときからの幼なじみだけれど、音楽において音心と同じ地平に立っている人はこの中学にはいないだろう。幼いころにいっしょに始めたピアノ教室でも、最初から群を抜いていて、すぐにもっと本格的な別の教室にかわっていった。
 ピアノの天才・音心が、なぜ特段強くもない緑山中学の吹奏楽部に入っているのか、早紀は常々不思議に思っている。
 ピアノを弾いている音心の姿が思い起こされ、伴奏者のそれと重なった。
 今日の音楽の授業は、二週間後に迫った合唱コンクールの練習にあてられるはずだ。音心はピアノ伴奏を担当している。
 早紀は箸を一本すっと手に取ると、おもむろに振りだした。
「ちょっと、早紀。お行儀悪いわよ」
 お母さんが変なものでも見るように、瞬きを繰り返している。はっと我に返り、箸を空で止めた。無意識の行動に自分でも驚いた。
 目下、早紀の頭を悩ましているのは、部活より何より合唱コンクール。
 早紀は、その指揮者だった。

(続く)

作品紹介・あらすじ
佐藤いつ子『ソノリティ はじまりのうた』



ソノリティ はじまりのうた
著者 佐藤 いつ子
定価: 1,650円(本体1,500円+税)
発売日:2022年04月20日

東大王推薦!気弱な少女が歌を通じて自分を解き放つ【音楽×青春】物語。
「俺たちにも才能、あるんじゃね?」
「自分よりすごいやつがそばにいても、差を見せつけられても、それでも絶対めげない才能」

吹奏楽部というだけで、合唱コンクールの指揮者を任されてしまった中学1年生の早紀さき
内気な彼女が、天才ピアニストの幼なじみ、合唱練習に来ないバスケ部のエースなど、個性的なクラスメイトたちとの関わりを通じて自分を解き放っていく。
しかし本番直前、思わぬアクシデントが起こり ……

仲間とともに何かをつくりあげる達成感、悩みもがきながらも「自分らしさ」を模索する中学生たちの内面、みずみずしい人間ドラマをまっすぐに描いた、珠玉の成長物語。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322111001151/
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